遠路はるばる
巣ごもりGW記念……。
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。
ここに、そんな人物のひとりの話を紹介しよう。
彼の名はケイスケ。異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
夜明けの少し前。
いつものようにエネルギーがなくなってきた俺は街道を外れ、よく開けた、しかし街道から見えづらい場所を休憩場に定めた。
バギーカーを停止させると、自動的にソーラーセルが広がった。
そのまま切り替え、簡易テントモードに移行する。
この装置は便利なもので、どう見ても旅行用には見えない小さなバギーカーでの旅を可能にしている。手間暇かけて狭いテントをはる必要もなければ、風に弱くエネルギーを食う大きなバンもいらない。
そして毒虫や毒蛇のような生き物が入り込む心配もないので、俺の安眠も確保できるってわけだ。
さて、寝る前に水を補充する。
小さなあかりをつけ、補水タンクの水を飲む。
「……あと10日もたないな」
どこかで調達しなくちゃならないけどな。
飲み終わったら片付け、寝袋を広げたらもう就寝可能だ。
寝る前にバギーカーを確認すると、明るくなってきたことでソーラーセルが少しずつ発電を開始していた。
俺は配線のひとつをとると、コネクターを左手の脇腹にもっていき、そこに差し込んだ。
「──よし」
視界の片隅に『低電力充電中』の表示が出たのを確認する。
うん、これなら寝て起きる頃には充電できてるだろ。
もし一日中快晴なら、バギーカーや予備バッテリーまで満タンにできるだろうけど……さて、どうかな?
そんなことを考えながら、俺は寝袋に入って寝た。
さて、ちょっと夢の中で状況説明しようか。
俺は……うん、ケイスケとしておこうかな。野田圭佑というのが本名だけど、今の俺が何者なのか、正直よくわからないから。
目覚めた俺は、瓦礫の山みたいなものすごいところにいた。
それが植民惑星に作った前線基地だと、なぜか目覚めた俺は知っていた。
混乱を起こした俺は鏡を探してみたが、見慣れた日本人の俺とは似ても似つかない顔で、しかも人間ではなかった。
──ドロイド。
ひとことで言えば、半有機合成人間。
生命工学と機械工学のハイブリッドで、要はものすごくよくできたアンドロイドと思えばいい。
幸いなことに、自然治癒能力で機能は戻りそうだけど、生き延びるには補給用の水と電力が必要だった。
だからソーラーパネル……地球基準だとありえないほどの超高性能だが……を探しつつ、基地の中を調べて情報を集め、そして理解できた事があった。
この星は、もう死滅してしまっている。
植民地とするために母星からやってきた開拓団だが、想像をはるかに越えた原住民の反撃を受けた。
まるでキャメロン監督のあの傑作映画のように原住民を下に見たやり方で圧力を加え続け、ついに激怒させた。
それでも開拓団は、ろくな武器もない原住民をなめてかかっていたが、やがてそれが大間違いだと気づいた。
軍人などわずかにしかおらず、文民と技術者がほとんどという開拓団。
対して、技術的には未開人そのものだが、人間をはるかに上回る頑丈な肉体をもち、しかも練度も高い戦士たち。
たちまち大量の犠牲者を出してしまい、状況はみるみるジリ貧に。
しかも、母星に増援を頼んでいる最中に、頼みの母星の方でも異変が発生した。
最後の連絡によると、大きな戦争により星系外にまで手が回らなくなるとの事で、一度設備を捨てて一時帰還するので、すみやかに中央基地に集合せよとの連絡があったようだ。その記録が最後になっていた。
基地が壊れていたのは、退去の際に星ごと焼き払ったかららしい。
俺が無事だったのは、おそらく事故だ。
何しろ、基地を自爆装置で破壊するのでなく、惑星上をくまなく焼き払うという無茶苦茶をしたようだからな。
万が一にも残した設備を原住民にいじられたくないし、中央基地は数百度くらいなら耐えられる。
合理的にはわかるんだけど……なんて事しやがる。
最初、どうしようかと思った。
そもそも、なんで俺としての意識があるのかもわからない。
異世界に転生する物語なら読んだことがあるけど、それはほとんどファンタジー仕立てのもんだろ?
なのに人型とはいえロボット。
しかも異世界の、さらに宇宙の果てくれときやがった。
ただまぁ、調べているうちに興味も湧いてきた。
せっかく、現代日本人が絶対見られない、遠い遠い惑星にいるんだぜ?
これはアレだろ、物見遊山しろってことだろ?
エネルギーさえ確保すれば、活動するには問題ないし。
うん、いいね。
むかし、ウイルス騒ぎで中断しちまった、学生時代の旅行の続きが異世界というのも面白い。
のんびりと旅を楽しみつつ、無事かもしれない中央基地とやらへ行ってみようじゃないの。
「……」
ぼんやりと意識が戻ってきて、覚醒したのだとわかった。
『システム異常なし』
下半身に緊張感があるが、これは生理的なものだ。男性タイプだから。
生身と違って放尿はしないが、少し待つとおさまる。
情報によると女性タイプもいるはずだが、俺のいた基地にはなかった。
ちなみに性欲は、ある……相手がいないけどな。
何しろ目覚めてからこっち、生き物にすら出会っていない。
誰もいない、果てしない荒野を旅しているだけだ。
このアンドロイドの容姿は母星側でなく、この星の原住民のものになっているらしい。
しかも戦闘用の武装などはほとんどない。
たぶんだけど、最初は穏やかに調査したり友好を考えてたんじゃないかな?
地球人とは違うけど、意外なほどに違和感は少ない。
少し目が大きいんだけど、日本人的には少しアニメ的に感じるくらいで、普通に人間だ。ただし目の大きさのせいか、実際の年齢設定よりも幼げに見えるのはいただけないが。
「……」
……ああでも、そうだな。
女とは言わないけど、せめて話し相手がいないもんかなぁ。
どういう運命のいたずらか知らないけど、こうして自由に旅してるんだ。道連れのひとりもほしいわ。
「次はと……ああ、この基地だな」
わずかな希望をもって、データにあった各基地に寄り道している。どうせ時間はたっぷりあるしな。
けど、今まで立ち寄った基地はどこも完全にダメになってた。
いくつかの基地は自爆装置が作動したのか、クレーターみたいになってた。
植民惑星という性格を考えると、再利用のためにひとつだけは施設を残すはず。
情報からしても、おそらくそれは中央基地だろう。
でもそれは……無事ってことは別の意味で要注意になる。
立場的には、俺はつまり『勝手に稼働しているロボット』だろう。
……すると、だ。
中央基地が生きてたとしたら、近づいた時点で問答無用で消されるかもしれない。
要注意ったら要注意。
だけど、衛星軌道上にも何かあるだろうし、そっちにアクセスできるのは中央基地からだけだと思うんだよね。
そう考えると、やっぱり調査は必要だった。
……そして。
とある基地の半分崩れた地下設備で、カプセルの中で休眠状態の『彼女』を発見したんだ。
彼女を見た瞬間、俺の魂が震えた気がした。
「これは……」
彼女についての情報があった。
ふむ、タウペ三型っていうのか。
もともと敵地に潜入して破壊工作などを行う、どこぞのアクション俳優演ずる恐ろしい人型ロボットみたいな用途のものらしい。
ちなみに俺のボディはタウパ二型。旧型なのでなく、男のほうが後から作り出したので、事実上の同世代だという。
ふむ?
女のほうが先行開発なのはニーズのせいか?それとも開発者の趣味か?
まぁいっか、とにかく目覚めさせてみよう。
生きてる大型のソーラーセルや配線をみつけた。
持っている情報に従ってソーラーセルを配置し、線を引っ張ってカプセルにつなぐ。通電が確認され、カプセルが目覚めていく。
システム正常。
個体正常。
頭脳の中身は──ああうん、そっか。白紙か。
とりあえずAIが作動するので、稼働には問題なさそうだけど……俺みたいに誰かの人格が入ってるってのは期待できなさそうだな。
知らない女性とおしゃべりできる期待と不安の方は、かなわないか……残念だけど、まぁいい。
必要なデータはコピーすればいいし、あとは対話により学習させればいいだろう。
とにかく今は、無事起動するのを祈るだけだ。
『完全停止状態からの起動のため、起動に36時間ほどかかります』
よし。
『タウパ支援モードにて起動開始します。
機体の起動シーケンスに入りました。
現在、組織起動中です……カウントダウン開始しました、しばらくお待ちください』
うむ、じゃあ俺も充電に入るか。
バギーカーに戻って充電を行い、そして目覚めた俺は、充電が進んでいるのを確認してから、家探しを開始した。もちろん、旅の道連れのために容量を増やしたいと思ったからだ。
するとなんと、資材倉庫がひとつ生き残っているのをみつけた。
中は宝の山だった。
まず、大型トレーラー、いやトラックをみつけた。
言い直したのは荷台部分のカーゴを切り離せないようだから。
すごいのはエネルギー源で、小型の核電池らしい。カーゴの箱も全面ソーラーパネルになっていて、併用もできるっぽい。いかにも宇宙文明のオーバーテクノロジーだ。
バギーカーのより新しい携帯ソーラーセットが複数あった。
少し悩んだが、バギーカーもソーラーセットも積み込んで持っていく事にした。
俺たちが生き延びるには電力が必要不可欠なんだから、その動力源が複数あるに越したことはないだろう。
あと、倉庫はきれいに閉鎖しておく。
もちろん、まだ残っている資材を後で再利用するためだ。
爆破にも耐えた頑丈な倉庫だし、きちんと閉鎖しておけば長い年月を耐えてくれるだろう。
さて、荷物の方がうまくいったし、そろそろ時間だ。
彼女のところに戻ろう。
戻ると、いよいよ最終段階になっていた。
人形のようだった彼女の身体に生気がやどり、呼吸も開始していた。
そうなると、全裸である事が俺の身体に別の反応を起こさせる。
ああ、早く起きないかな。待ち遠しい。
この感情が「ようやく会えた仲間のような存在」へのものなのか、美しい女を抱きしめ、撫でさすり、ぶちこみたいのか自分でも区別がついていない。
いやいや待て、落ち着け、そんな事はあとまわしだ。
今はただ、きちんと覚醒し、話ができるようになればいい。そうじゃないか?
『覚醒』
「お」
「……」
女は目をあけた。
瞳はルビー・レッドか。風変わりだけど魅惑的だ。
「……」
女は視線をまわして俺を見た。「誰?」という顔だ。
そして俺は、ずっと考えていた最初の会話をはじめる。
「やあ、おはよう。俺の声は聞こえるかな?」
「……はい」
「うん、いい返事だ。自分が誰かはわかるかな?」
「……タウペ三型、製造番号…」
「ああっと、聞きたいのは型番や製造番号でなく固有名。呼び名はある?」
「……固有情報の蓄積がありません。初回起動と思われますので、名前はありません」
「そっか、じゃあ俺が名前をつけていいのかな?所有者は誰?」
「不明です。所有者・運用者は登録されておりません」
「じゃあ、俺を所有者であり運用者にしてくれる?」
「わかりましたご主人様」
「!?」
思わず、漫画的にいえば茶を吹きそうになった。
は、ははは……勘弁してくれよもう。
「あー、ご主人様はさすがにねえわ」
「では、だんな様で」
「いやいや違う、そうじゃねえって。せめて名前にしてくれ」
「お名前をどうぞ」
ああそっか、名前知らないからご主人様呼びなのか。
いやまぁそれにしてもなぁ、ご主人様て……変な趣味に目覚めそうだ。
「俺のことは、ケイス……いやまて訂正、ケイ、ケイで頼む」
「了解、ケイ様」
「様ぁ?……まぁいっか。起きられるか?」
「はい、問題ありません」
むっくりと起き上がると、豊かな胸がたゆんと揺れた。
思わず目が吸い寄せられた。
「性処理をなさいますか?」
「ああいや、そういうのは後でな。
それより今は起きなさい、移動の準備をする」
「移動ですか?」
「ああ」
ぎごちなく首をかしげる彼女に言った。
「俺たちは旅の途中なんだ。
まだ先は長いし、やることは多い。
だから焦らず準備して、そして、準備がすんだら出発しよう」
「目的地はどこになりますか?」
「目的地?」
そう言われて、はたと説明に困った。
一応、中央基地が目的地といえば目的地だが、それだって仮のものにすぎないから。
「とりあえず、生き延びる事が第一かなぁ?
仮の目標はあるけど絶対じゃないっていうか予定は未定というか、一寸先は闇っていうか」
「……よくわかりません」
「そうだな、俺にもわからん。
だがそもそも、生きるっていうのはそういう事だと思うよ」
「生きる……」
「ま、そんな話はいいや。とにかく起きよう」
「はい、わかりましたケイ様。
ところでケイ様、わたしの呼称ですが、特に決まっていないのなら個体番号の600382695……」
「いやいやちょっとまて!」
「あー……」
名前を考えてなかった。えーと。
「……よし、リナだ。おまえの名前はリナにしよう!」
「リナでよろしいですか?」
「ああ」
「では、わたしは個体名リナ……よろしくお願いいたします」
◇ ◇ ◇
エルダー歴486年第六月、調査報告。
通称『ヨルムン世界線』で発見された荒野の惑星だが、休眠状態になっていた二体のドロイドが発見された事から、いくつかの謎を残しつつも原因が判明した。
この惑星はかつて自然界があり生命が存在したが、他星系の文明に侵略を受けた。目的は資源の採取だった。
しかし、その文明に問題が発生、侵略者たちはたったひとつの基地を除きすべて爆破、最後の基地にも封印処置を施して立ち去った。爆破には高性能の熱核弾のほか、おそらく生命体そのものに打撃を加える種類の兵器が利用されており、これによってかの星の全生命は死滅した。
問題のドロイドであるが、男タイプの精神パターンを解析したところ、人工知能でなく人間の記憶と人格を移植したものと判明、生存者として登録された。
ただし彼は侵略者の文明の生存者というわけではなく、おそらく調査・探索を行わせるために、次元航行のおり、たまたま拾ったどこかの世界線の人類の脳を利用したものと推測される。
つまり彼もまた、かの文明の被害者と考えられる。
問題の文明だが、彼らのもつ情報から母星を探してみたら現存こそしていたが、かつての文明は衰え、全ての民は母星に引きこもっている状態と判明した。
おそらく外に出る事なく、いずれ絶滅すると思われるが、念の為に監視を設定した。
以上。
記録担当、ワルキス・エドゼマール。




