女奴隷を買った日のこと
18禁のつもりで書いていたのですが、大丈夫そうだったのでこちらに。
人権という言葉がある。
俺はこれを絶対的なものとして習って育ったが、今はそれが特定の社会でのみ限定的に通じるもので、本来はただの理想論であり、夢物語なのだと知ってる。
もちろん無意味とは言わない。それどころか素晴らしい理想だと俺は思う。
ただ現実に人権とは理想論であり、強固な社会秩序の上でのみ成立する限定的なものでしかない。
俺はそれを、別の世界なんてところで知る事になった……。
「おい」
「ああすみません、ちょっと懐具合を確認してたんで」
「ああそうか、いよいよだもんな」
「はい」
いよいよこの日がやってきた。
この店に何度通い、しょんぼりして帰ったかわからない。
でもそんな日も今日で終わる。
冒険者生活十数年。
俺は今、女奴隷を買おうとしていた。
「よし、今、担当を呼ぶからな。わかってると思うがちょっとまってろ?」
「はい」
「ハハハ、緊張してんな?落ち着けホレ」
「すみませんどうも」
え、いきなり何だよって?
たしかにそうだな。
じゃあ、すっかり友達になった客引きのおっさんが係を呼びに行っている間に、簡単に説明するよ。
俺の名はトオル。ある日突然に異世界に来てしまった。
転移か召喚かいまだによくわかっていない。
何しろ、教室にいたはずなのに、気づいたらいきなり荒野のど真ん中だったんだから。
『……なにこれ?』
それだけだった。
手ぶらで武器も何もなし、もちろんチートじみたものも何もなしときた。
まぁ、おかげさまで、詰め襟の学生服の上着が、布の服としては結構強度があることを知る羽目になったんだけど……よくあの状態から生き延びたもんだよ、まったく。
そんなわけで。
なんとか生き延びて冒険者になり、そして苦節十年。いよいよ冒険者としての第一線を退き、後輩を育成しつつの生活に移行するための準備が整ったんだ。
いやほら、いつまでも若くないだろ?
だから俺は、体が衰えだす前に引退すると決めてた。
これからはギルドで後輩を育成しつつ、小さな家でのんびりと暮らすつもり。
だけど、ひとつ問題があった。
資金と家は揃えたけど、ハウスキーパーがいない。
そして、冒険者として生き残る事に全力を注いできた俺には、この世界での家事スキルが全然ないときた。
え?奥さん?そもそも彼女すらいねーよ。
冒険者といえば聞こえはいいけど、要はその日暮らしのロクでなしじゃないか。しかもいつ死ぬかもわからない。
そんなヤツとつきあいたがる女は普通まずいない。
いたとしても、そいつは何か事情があるか、それとも貰い手のない同類の冒険者だろう。
そう、女はどこの世界でも現実的なんだよな。
……とまぁ、そんなわけでここにいるんだよ。
え?まだわかんないって?
つまり、日常生活と夜のサポートをしてくれる女奴隷を買いに来たってわけさ。
言っておくけど、こういうケースは多いんだぞ。
あと、奴隷といってもエロゲに出てくるみたいな非人道的な奴隷は普通ないぞ。犯罪奴隷の世界がどうなってるか知らないけど、俺みたいなニーズの場合、購入する事になるのは普通、旦那さんをなくして経済的に破綻しちゃった未亡人ってケースが多いしな。
こういうのは契約奴隷といって、何をするか、させるかを最初に確認するんだ。当然、やりすぎたり契約外の事をさせると契約解除される事もある。まぁ奴隷は奴隷だから対等とはいえないけど、ノリはハロワに近いと思うんだよね、これ。
さすがに俺の買えるレベルじゃ年若い美人なんて絶対ムリなのはわかってる。
でもまぁ性格ブスでなくて、こんな俺にも笑顔でメシ作ってくれる人だったら……我慢どころか、俺の余生には充分だと思う。
いいひとに出会えるといいなぁ。
さて。
「トオル、担当きたぜ」
「トオル様、本日はよろしくお願いしますね」
「こりゃご丁寧に。お世話になります」
「こちらこそ、ではこちらへ」
担当って店長さんじゃん!……いいのかこれ?
「それにしても先日はご活躍でしたね。ドラゴンスレイヤーの名はこちらにも届いてますよ?」
「勘弁してください。
そりゃ俺にとっちゃ驚天動地の大成果ですけどね、世間的にはただのワイバーンですよ?
あんなんでドラスレだって威張ってたら、それこそ恥さらしでしょう。本物のドラゴンスレイヤー様に笑われちまいますよ」
なんか笑われた。
「しかし、かのワイバーンは変異種で大変な被害が出ていた。それをおひとりで倒したのですから、それは守られた町の者としては感謝して当然ですよ」
「面映ゆい限りです……って店長さん、こっちは高い奴隷のとこじゃないですか?さすがに俺、そんな金払えませんよ?例の裁判もご存知でしょ?」
「大丈夫です、高い奴隷ではないんですよ。
ただ以前、トオル様がおっしゃった条件、あれに合いそうな奴隷がたまたま見つかったのです」
「俺の条件て……黒髪の諸島タイプってアレが?」
「はい、ご迷惑でしたか?」
「いやとんでもない、でも希少じゃないんですか?」
「はい希少です、でも珍しいだけで高額ってわけではないんですよ」
けどなぁ。
そこまでして探してくれた奴隷ってなったら、気に入らなくても断りにくいじゃないか。
うーん、そういうパターンは想像しなかった……なんてことだよ。
俺は内心がっかりしながらも、仕方なく後に続いたんだけど。
「さ、こちらです。どうぞ見てください」
「あ、はい、どう……!?」
そのセリフを俺は最後まで言えなかった。
だって。
──そこにいたのは。
遠い日本にいるはずの、俺がずっと片思いしてきたはずの女の子だったから。
お、おい、まさか。冗談だろ?
だけど。
粗末なボロキレひとつしか許されず、鎖でつながれた惨めなその姿に、図書室で読書していた清潔で物静かな姿が重なって見えた。
「……ステータス確認していいいか?」
「ステータス?おや、解析もちでしたか?」
「まぁそんなもんだ。いいかな?」
「どうぞどうぞ」
では失礼して、解析させてもらった。
【奴隷(名無し)】LV9
呼称・奴隷78号
本名・長谷川あやめ(※封印中)
称号・召喚されし者、捨てられた元勇者、命と純潔を守り通した者、モンスターテイマー(未覚醒)
スキル・幻惑魔法LV10、悪食LV4、対毒性LV6、毒鑑定LV2
状態・隷属、人形化措置(修正不能)
情報・クラスごと異世界召喚されるが、戦士として目立つスキルを示さなかったので戦力外と判断され、訓練中に死んだと見せかけて処分された。
幻惑魔法を駆使して殺されず、汚されないよう誘導に成功したものの、奴隷として売り払われるのは止められなかった。
補正:
学習能力向上(召喚されし者)、精神耐性向上(捨てられた元勇者)、精神耐性および隠密行動力向上(命と純潔を守り通した者)、毒鑑定スキル派生(対毒性スキル)。
主人の命令に逆らえない(隷属)、死ぬまで若々しいまま(人形化措置)
は、ははは……まさか本当に、本物の長谷川さんなのか。
……なるほどなぁ。
俺が提示した奴隷の条件は、彼女そのものがモデルなんだけど、まさか本人を連れてきてくれるとは予想の斜め上すぎだよ。
ちなみに俺のステータスも確認してみたら……あ、変化してる。
【冒険者サトル】LV63
本名・西田聡※家名は現在名乗っていない。
称号・異世界からの迷い人、召喚からのはぐれ人、大人の赤子、ひとりぼっちのドラゴンスレイヤー
以下略
長谷川さんのステータス情報のおかげか、俺の情報も変わったようた。
この称号からすると、俺もどうやら転移でなく召喚らしいな。クラスメートたちと一緒に。
けどあの時、俺は教室にいなかった。トイレに移動してたんだ。
だぶんだけど、その位置関係の違いが影響したんだろうな。
「……」
目の前の長谷川さんは、俺が誰かわからないようだ。
ただ困惑げに俺を見ている。
こちらで何年も過ごして傷だらけになり、容姿もすっかり変化した俺はもう昔と別人。
場所だけでなく、時間も盛大にズレてるっぽいな。
俺はもうおっさんと言える歳なのに、彼女はあの頃と比べておそらく二年とたってないっぽい……まぁ、雰囲気はずいぶんと大人びてるけど、そりゃま、それだけ大変な思いをしたせいだろうし。
「どうですか、気に入られましたかな?」
「!」
いけない、ちゃんと反応しないと。
俺は必要な会話をいくつか交わし、金額についても確認した。
買うのかって?もちろん買うとも。
売買契約を結んだので、名前をつける事になった。
これは主従契約の魔法サインを兼ねているので、きちんとつける必要がある。
「名前か……そうだな」
本当ならここで本名の「あやめ」で呼んであげたいけど、それはできない。
だって、当人が本名を封印してるんだから。
それに召喚された者だとわかれば面倒の種にしかならない。
まぁ、何年、何十年あとに「実は」と語るかどうかはまたその時に悩めばいいだろ。
彼女の顎を軽くつかみ、自分の方を向かせた。
内心、ウワー長谷川さんに顎クイやってるよ俺、みたいにドキドキしてしまった……まったく歳を考えろ俺。
「おまえ、アーヤの花を知ってるか?」
「!」
「遠い国の里に咲く、色気もあるが可憐な花だ。
かつて別の世界からもたらされたという伝説がある。
その名がいいだろう、今からおまえはアーヤだ。いいな?」
「……」
「返事は?」
「は、はい、すみません、わたしの名前はアーヤです」
「謝る必要はない……よし、うまく契約も起動したようだな」
アーヤの名前がステータスに書き込まれた。
本名のアヤメによく似ている事で、長谷川さん──アーヤは微妙な顔をしていたが、ここは徹底的に知らんぷりをしておく。
毎日アーヤと呼んでいれば、そのうち、酔ってうっかり長谷川さんとかあやめさんとか呼ぶ可能性もなくなるだろうさ。
「アーヤ、最初におまえの用途について確認する。
おまえは俺に奴隷として買われた。
用途は家の切り盛りと、それから俺の性処理だ。そこまでは理解してるか?」
「は、はい」
「うむ、よろしい。
ああ、そんなに硬くならなくていいぞ。
家の切り盛りもさせる以上、おまえは単なる愛玩奴隷ではない。
考えてみるがいい、外に出る権限がまったくないとしたら、どうやって来客対応する?庭の掃除はどうする?買い物は?
たぶん、おまえは性処理と聞いて鎖でつながれて囲われるような状況を想像したのだろうが、そういう事をしようとすると非常に金と手間を食うんだよ。俺程度の収入では無理だ。
だから安心するがいい」
「……」
こっちを見ている目に、なぜか呆れたような雰囲気が混じった……解せぬ。
「道具として使い潰すつもりは毛頭ないが……最初に言っておくが、裏をかいて俺に危害を加えたり、逃げ出そうとするのはやめておけ。俺もおまえも、周囲の誰も後悔する事になるからな。
思うところがあれば、無言で逃げる前にまず正直に言え。
苦情を聞き入れるかどうかはともかく、その苦情だけを理由におまえをどうこうする事はないと断言する。
むしろ、何も言わずに事態が深刻になる方が困るからな。
いいな、わかったか?」
「……わかりました」
どう受け取ったのかはわからないが、アーヤはしみじみと返答した。
「ひとつ、うかがってもかまいませんか?」
「答えられるもんならな」
「ご主人さまは冒険者なのですか?」
「いずれ廃業だが、今はそうだ。
おまえを買ったのは、後輩を育成する立場になって小さな家を買ったからだ。
こちとら家の維持などやった事がないんだ。ゴミ屋敷になってからでは遅すぎるだろう」
「……」
ゴミ屋敷と言ったところで、なぜかピクッと反応した。
しかし特に変な顔もしないので、そのまま続けた。
「他に質問はあるか?
ないなら、これから服を買って帰る。女の服など持ってないからな」
「あの」
「ん?」
「着替えがひとつあります。それを着る事を許していただければ、当面は買わずとも困らないかと」
そう言うので出させてみたら、なんと制服。しかもアイテムボックスから出した。
うわぁ、懐かしいにもほどがあるだろ。
しかし、そんなもん着て奴隷の首輪つけて家事とか……勘弁してくれ。
そんな刺激物、毎日見せられたら余裕で死ねるわ俺の理性が。
だから俺は言った。
「なんの服かしらないが、それは相当に高価なものだな。
普段の作業に使うなんてもったいない、しまっておけ」
「そんなに高価なものなら、これを売れば」
「いいからしまっておけ」
俺はためいきをついた。
「女の、しかも奴隷のおまえが後生大事に守り通してきた服だろ?
ならば今はとっておけ、いつか必要となる時のために」
「……わかりました」
「あと、今後アイテムボックスは人前で使うな。誰かに見られると厄介事の元だぞ」
「は、はい、わかりました」
大切そうに収納する姿を見て、なぜか胸が痛んだ。
「よし、いくぞ。まずは服屋だ。
その格好では飲食店にも入れんから、悪いが最優先で行くぞ、ついてこい」
「はい」
硬かった顔はほんの少しだけ、でも確かに綻んでいた。
ああ……いつか彼女の満面の笑みが見られるんだろうか?
いや、今は「きっといつか見られる」と楽しみにしていよう。
◆ ◆ ◆
先日掘り出された中世期の手記などが収められた資料の中に、異世界人と思われる人物のものが発見された。そしてその中には、とある元冒険者の事が綴られていた。
彼の名はサトル。
冒険者出身で中年になってからはギルドに転職、戦技教官をしていた。
この人物は今までも手紙などが知られていたが、異世界人である事を示すものはなかった。
妻のアーヤ、つまり異世界人の生き残りアヤメ・ハセガワの晩年の発言に、夫も異世界人であると一瞬だけ触れているものがあり、確定情報が求められていた。
見つかった記録によると、彼も帝国に召喚されたひとりで、アーヤと同窓の学生であった模様。ただし何かの要因で彼だけが十年前の、帝国から離れた荒野に放り出されたあげく、しかも召喚者としての恩恵も特になかった模様。
確定した理由は、アーヤによる日記の一節である。
『はじめて会った日「ゴミ屋敷」って日本語で言ったのよね。
しかも当人それに気づいてないの。どうしようって思ったわよ。
おまけに名前もサトルだし、おじさんになってたけど面影もあるし、行方のわからなかった西田君なのは丸わかりじゃないの……でも本人が必死に隠してるのよ?突っ込むわけにもいかないじゃないの。
え?元クラスメートなのに拒まなかったのかって?
こっちは奴隷、相手を選べないのよ?
だったら、素性を知ってて基本、お人好しの善人と知ってる彼はお買い得じゃないの?
……まぁその、好意につけ込むみたいで胸は痛かったけどね』
サトルは、立場を利用して愛しい彼女をお金で購入したと内心、謝っていた。
そしてアーヤは、やさしい彼の好意につけこんで安全を手に入れたと心の中で土下座していた。
その微妙なすれ違いのまま一生、お互いを守り続けたという。
ちなみに周囲はそんなふたりに苦笑いしつつ、同じ墓に葬ったという。
まったくの余談だが。
調査隊の若手たちが何やら嘆いたりぼやいたりしており。
その後、彼らの間で大量のカップルができあがったのはここだけの話である。




