ある辞職騒ぎと風鈴
「どうして協力要請を拒むのかな?」
「どうしてと言われても……私は別になんでも知ってるわけじゃないですよ?」
「きみ、他の魔物の討伐だと色々助言してくれるのに、今回は一般論しか述べてないよね?
その理由について知りたいんだけど?」
「ですから、私は何でも知ってるわけじゃないと」
「悪いけど本音を聞きたいんだ。教えてくれるかな?リリカ君?」
「本音と言われましても……」
困ったようにリリカは眉をよせた。
リリカはここ冒険者ギルド支部の職員である。
彼女は全滅した山奥の村の出身で、村の長老に習ったという数々の知識を持っていた。身分はいちギルド職員であるが、魔物討伐の際に冒険者顔負けの知識と情報をもって助言することがあるのも有名だった。
だが、そんなリリカだが何故か一切の助言をしないケースがあった。
今、リリカを詰問しているのはギルド支部の職員や、リリカを取り込みたいと考えているこの土地の領主など。彼らにしてみたら、リリカが単に知らないのでなく、何か理由があって特定の討伐依頼については情報を出し渋り、むしろ討伐させないように見えてならなかったので、いろんな意味で詰問が必要と考えていた。
だが、彼らとリリカの考えには多少の、しかし致命的なズレがあった。
それは──。
「……そうですね、そこまでおっしゃるのなら申し上げますが。
ですけど、以前から何度も何度も、くりかえし申し上げている事ですから、今さら申し上げるまでもない話ではないですか?」
「なんの話かね?まさかと思うが、ドラゴン討伐に協力するのはイヤだとダダをこねた事かね?」
「何がダダですか、話を捏造しないでください!」
リリカは、はじめて眉をつりあげた。
「はぁ、では第三者のいるこの場で再度申し上げ、いえ警告させていただきます。
竜種は魔物ではありません。
ワイバーンをはじめとする下位竜種は単なる動物ですが、今回の依頼に出ている風竜のような上位竜はすべて超越種です。神獣クラスではありませんが討伐対象にするなど論外の極みです」
「ではリリカ、キミは住民に被害が出てもいいというのかね?」
「幼竜を返却して犯人を差し出せば解決する、と提案しましたよね?」
「バカな、末席とはいえ王子殿下を差し出せだと!?」
眉をしかめた領主に対してリリカはあっけらかんと言った。
「今、領主様から答えが出たのではありませんか?」
「え?」
「つまり貴方方は、幼竜の返還と犯人の提出による円満な問題解決を拒否した。
だったら、あとは風竜とこの国の人間族の『戦争』になりますよね?
私は以前、ギルドマスターからの強い要望でギルドに籍を置いた際に戦争、特に種族間戦争には一切関与しないと宣言しております。
ですが、戦争には関わらないと今の状況でギルド職員が宣言したら角が立つのは明白ですよね?
だから、あえて一般論しか申し上げてないのですが?」
「……」
「それともギルドマスター、ギルド職員の雇用契約を解除なさいますか?
私の意思に反して戦争への関与を強制するのなら雇用契約は終了、解除されますよ?」
「いや、それは」
ギルドマスターがその意味に気づいたのか、口ごもった。
無理もないことだ。
竜種が魔物でないのは事実だし、上位竜を討伐といって一方的に狩ろうとするのも誤りだ。最悪の場合、この国そのものがすべての竜種の憎悪の対象になる可能性すらある。
それに、リリカの立場を思えば──。
要するにリリカの主張が正しく、彼女に無茶を言っているのは彼らの方なのだ。
しかし領主の方はギルドマスターの静止をきかず、リリカに宣言した。
「そうだな、それがいいだろう」
「え?」
「セネク、すぐにこの娘をギルドから解任するがいい。
同時に、わしはこの娘、平民リリカを特例で強制召喚、領主であるわしの直属扱いとさせてもらう。
冒険者だとまずいかもしれないが、彼女は冒険者兼業でない一般職員だし今は非常時だ。問題あるまい。
よし、すぐにかかりたまえ」
「いや、ちょっとまってください」
さすがに文句を言いかけたギルドマスターの横で、リリカが先に眉をよせ発言した。
「地方領主がギルドに手出しする?なんの寝言を言っているのですか?
それはつまり、冒険者ギルド相手に宣戦布告をなさるおつもり?」
あからさまな挑発である。リリカが領主の失言をさそっているのは明らかだった。
それに対する領主は、ハッと憐れむように笑った。
リリカがせいいっぱいの虚勢で逆らっているだけだと判断したようだ。
「とんでもない、わしは協力関係にあるここのギルドで、一方的に辞職させられた哀れな職員を温情で雇ってあげようとしているだけだとも。
今はギルド職員としての立場もあるが、冒険者でなく身寄りもないおまえは失職すれば、ただの無力な小娘であろう。
それとも領主命令に逆らって無法者となり、追放されて野垂れ死にたいかね?」
「ああなるほど、そういうことですか。
ギルドマスター、私がクビというのは本当ですか?」
「ちょっと待てリリカ、それは」
「イエスかノーかで答えてください、どっちなのです?」
「……」
ギルドマスターは困ったように、リリカと領主を見た。そして答えた。
「い、イエスだ。しかしリリカ君」
「なるほど認めるのですね、それは良かったです」
「……よかった?」
ギルドマスターとの会話の内容、そして、うれしそうに笑うリリカの発言に、今度は領主が眉をよせた。
「それではお言葉に甘え、たった今をもって契約完了を宣言いたします。『精霊よ、ただちに契約の満了を』」
「ちょ、待ちなさいリリカ!」
ギルドマスターが制止しようとしたが、精霊はその制止を口先だけと判断したようだ。
目の前に契約書らしきものが現れたかと思うと、めらめらと燃え上がり消えてしまった。
「特級精霊使い!?バカな!!」
驚く男たちにリリカは微笑んだ。
「あ、そうそう、残りのお給料の支払いはきっちり、しっかり払ってくださいね。
あちらは満了してないので当然、破棄されてませんから。
もし支払われなかったり、私のギルド口座そのものが消失しているような事態になった場合、契約の精霊の怒りを買って懲罰が発動いたしますので。それでは」
「ちょっと待てリリカ君!」
でもリリカは「もうおわった」と言わんばかりにギルドマスターを無視して立ち上がった。
そして、もはや用はないと領主の事は完全に無視して立ち去っていった。
「……」
あとには、あっけにとられた領主たちが残された。
「おい、事情を話せ」
「……それはできません。いかに領主殿とはいえ冒険者ギルドに命令することは」
「ほう、それをおまえが言うのか?
そのギルドの規約を曲げて、あの娘をわしに売ろうとしたおまえが?
だいいちさっきの話からすると、あの娘をしばっていた契約とやらも後ろ暗いところがあるのだろう?」
「……」
「ごまかしはきかんぞセネク。
高位の精霊使いが絡む以上、ギルドの独立性は通じぬ。
親友のせがれとて容赦はせんぞ、一族郎党始末されたくなくば白状するのだな」
「……仕方ありません、では話しましょう」
ギルドマスターは観念したようで、話しはじめた。
「リリカは迷いの森の奥にあった、森の民の村落の出身です。正体を隠して冒険者をしていて、色々あってウチの庇護下に入れたのですよ」
「森の民だと?……ああなるほど、それならば納得がいくが。
しかし本当に森の民なのか?
それに、森の民がギルド職員をするなど信じられん」
「今見たように高位の精霊使いですし、出会った時にはエルフ語で話してました。見た目の理由は不明ですが、森の民なのは間違いないですね」
精霊を使えるのもエルフや森の民に多い特徴である。
「そういう事か……なら怒って出ていったのも無理もないな」
領主はためいきをついた。
「え?」
「ん?まさか、わからんのか?」
領主は呆れたようにギルドマスターを見た。
「セネク、そもそも、森の民が森にいるのは人類側ではないからだぞ。
知っていて彼女を雇い入れたのではないのか?」
「それは……」
「ああ、そういうことか。
能力だけに注目して、言葉巧みに騙して契約で縛ったのだな?
だから辞職させるよう命じた時、あれほどもあわてたのだな?呪縛が解けるから」
「それは!あれほどの能力がありながら、森でのんびり生きるというのですよ?
彼女の力があれば、どれだけ国に、社会に貢献できるかもしれないのに!」
「だからって、それを森の民に強制するのかね?
だいいち、その国も社会も我々人族のものではないか。異人種の彼女にはなんのかかわりもないことだぞ」
「一般論ではそうでしょうが……」
キルドマスターの反応に、領主はためいきをついた。
「セネク、おまえもしかして、森の民をいわゆる亜人共棲派の一種のように見ているのではないか?」
「え?」
「やはりか。
セネク、親友の息子のよしみで教えてやるが、その認識は大間違いどころの話ではないぞ。
森の民はな、そもそも我々とは全くの異種族なのだ。
人の姿をしているからよく人族の冒険者は勘違いをするが、人どころか、エルフよりもはるかに遠い存在なんだぞ。
そんな森の民が、あくまで他人に主張を押し付けず中立を保ち続けたのだろう?実に理性的な好人物ではないか」
「……」
「しっかりしろセネク。
はぁ。まったく、セルゲイが生きていれば、おまえの頭をどついて納屋に閉じ込めたろうに」
「父は関係ないでしよう!?だいたい、いつまで私を子供扱いする気です?」
「そうやって激昂するうちはダメだな」
眉をつりあげるギルドマスターに、領主はためいきをついた。
◆ ◆ ◆ ◆
当時の歴史書には森の民は異民族とあるが、ご存知のように全くの異種族が正しい。
彼らの祖先はよくわかっていないが、エルフやドワーフでさえ人間と混血を作れるのに彼ら森の民は混血不可能と言われており、しかもエルフをはるかに越える長命種であったとされる。
なおリリカなる娘は当時の史書にたびたび登場するが、今回テキスト化してみたのは、現在知られている最後の記録となる「最後の別離」である。
前ギルドマスターのセルゲイ氏との交流でリリカ嬢は人の世との関わりを得た。セルゲイ氏はリリカ嬢の秘密を親友にすら明かさず、交流を持ち続けたが、ある時に事故で急死してしまった。
その息子は父親の死後、善意が前提で組まれていたリリカ嬢の契約の穴をつき、彼女をギルドに閉じ込めて仕事をさせ、知識を吐き出させていたらしい。
最初は亡きセルゲイ氏への友愛から妥協していたリリカ嬢だが、息子の偏狭な人族至上主義に嫌気が差し、ついにはこの「最後の別離」事件を最後に契約を終了させ、出ていって二度と戻らなかったという。
そんな彼女だが。
どうやら森の民のうえに異世界の記憶持ちという異端であったらしい。
彼女がもたらしたフゥリーンと喚ばれる玩具は今もこの地方の軒先にぶらさがり、夏場に涼し気な音をたて続けている。




