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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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軽視された聖女候補

女性主人公のラノベでよくある、おまけ召喚的なケースです。

 異世界召喚といえば、他の世界から戦士などを呼び込む際の定番と言われる。

 だが、自分の意思に反して突然よその世界に誘拐され、その世界のために命をかけて戦え、などとその誘拐犯どもに頭ごなしに命令されて、ハイそうですかと相手が従うとは限らない。そして実際、そういう事を見越しているからこそ、まだ精神的に未熟で騙しやすい青少年を狙っている可能性もある。

 だが忘れてはならない、相手は勝手の違う国からやってきた異世界人なのだ。

 このため、時には誰も得しないような問題が起きてしまうことがある。

 今回紹介する女性も、そうした人のひとりであった。

 

  

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ふたりの聖女候補が召喚された。

 だが、若き美少女で聖女っぽく見えた娘は、実は聖女でないと判明。

 そして。

 もうひとりの、ぼさぼさ髪の不健康そうな成人女性が実は聖女であった可能性が高まった。

 だがその時にはもう、あからさまにオマケ扱いの周囲に腹をたて、出ていってしまった後だった。

 当然、捜索隊がさしむけられたのだが。

 

「聖女はまだ見つからんのか!?」

「森の奥に消えたまではわかっているのですが、それ以降の手がかりなく」

「死んでいるのではないか?だったら再度召喚すればよいだろう?」

「殿下、ご自分のおっしゃっている事を理解しておられますか?相手は同じ人間なのですよ?」

「貴様、俺をバカにしているのか!?」

「使い捨ての道具のようにおっしゃるのはおやめくださいと言っているのです!

 殿下のおっしゃるように再度召喚を行い、新たに召喚された聖女様が我々に敵意を抱いたらどうするのですか?」

「は?敵意だと?何を言っているんだ?」

「前の聖女はどうしたと尋ねられたらどうなさるのです?

 存在すら無視して怒らせ、死なせたと知ってわが国に、この世界に良い気持ちを持つと思うのですか?」

「何を言ってる?聖女なのだから世界を救って当然だろうが!」

「しつこいようですが殿下、相手は同じ人間なのですよ?」

「さっきから人間、人間うるさいぞ貴様!誰か──」

「人間なら敵意も害意も抱いて当然でしょうが!!

 それすら理解できないのですか!?」

「!?」

 年配の騎士らしき者の怒声に、殿下と呼ばれた者はビクッと反応した。

 どうやら純粋な坊っちゃん育ちで、荒事には無縁の人物らしい。

「……貴様、平民あがりの分際で」

 その殿下に睨みつけられた騎士は、全く動ずる事なく言い切った。

「ほう、それが何か?」

「誰かこの者を捕らえよ!反逆罪で処断してやる!」

「ほう、殿下にそのような権限があると思っておられるのですか?」

「な……貴様」

「自分を騎士団長に据えたのは陛下の勅命です。直接命令権も陛下がお持ちです。

 殿下には私を処分する権利はおろか、命令する権利もございませんよ。

 それどころか、私の職務を妨害すれば、場合によっては殿下の方が罰せられます」

「この……」

「しかしまぁ、論じるのはそのような事ではないでしょう。

 ──ひとつお聞きしたい。

 殿下、本当に再度召喚をお望みなのですか?」

「なに、きさまいいかげんに──!?」

 激高しかけた青年は、騎士の涼し気な顔に秘めた異様な迫力に気づいた。

 

 実戦で鍛え上げた、年季の入った戦士のそれに、青年だけでなく周囲の者も冷や汗をかいた。

 怒りに染まっていた空気が萎縮していく。

 

「失礼極まる言動の数々、お許しいただきたい」

 静かになった場所に、低く迫力のある男の声が響く。

「今うかつに動くのは危険なのです。

 殿下が感じておられる危機感、それは国の上層部の多くのものにも広がっているのですよ。

 たとえば、これはあくまで憶測になりますが。

 殿下と同じように再召喚を考えた者がいて、その者が『もうひとりの女が残っていたら再召喚の邪魔になるのではないか』と考えて、殿下が保護なさっているあの方を始末しようとしたら、どうなさるのですか?」

「なんだと!?」

 再び激怒しかけた青年だが、騎士が絶妙のタイミングでサッと伸ばした手で止まった。

 どうやら、この騎士は空気をうまく変えるのに慣れているようだ。

「殿下だけではない、この場にいる我々の誰も、そんなことは望んでおりません。ご安心を」

「そ、そうか……いやすまん、つい」

 どうやら青年は熱血漢ではあるが、頭の悪い人間ではないようだった。

「許せドナー、俺が短気に過ぎたようだ」

「こちらこそ申し訳ありません。

 だいいち、打つ手がなく困っているのは我々とて同じなのです……現状、できる事といえば一つだけですかな」 

「む、何かあるか?」

「今、話題になったあの方です。

 たしかに聖女認定からは外れたものの、スキルやレベルの成長がすばらしく速いそうですね?魔術師団長が絶賛しておりましたが」

「うむ、それは俺も驚いている。そして、だからこそ聖女で間違いなしと思っていたのだ」

「ええ。聖女であろうがなかろうが、その才能は是非とも伸ばすべきです。幸い、本人も魔術師を志望したと伺ったのですが、本当ですか?」

「うむ、アヤカは魔法に非常に興味を示していた。それこそ魔法なら何でもだ。

 ただ、できすぎて属性を絞り込まないのが悩みのようだが」

「なるほど、我々もお手伝いしましょう」

「なぁドナー」

 ふと、青年は首をかしげた。

「俺はどうもわからないんだが。

 あらためて聞くが聖女か、そうでないかという基準はどこにあるんだ?

 アヤカの才は間違いなく突き抜けたものだ。鍛えれば超一流の魔術師になれるだろう。

 だが、それでも聖女ではないのだろう?

 だったら聖女とは何なのだ?」

「その疑問、よくわかります。

 ですが、残念ながら詳しいことはわかっていないのです。歴史にも聖女の詳しい能力についての記述はないと伺っております」

「ほう」

「わかっているのは、浄化の力をもつか否かという事だけ。だからこそ今、こうして問題が起きているわけです。

 ……最初からわかっているのなら、聖女かどうかの判別もしやすかった。多くの者が傷つく事もなかったでしょうに」

「そうか……そうだな、まったくそのとおりだ。

 わかっていれば、私も間違わずにすんだんだからな」

 青年は青空を見上げて、そして自嘲げにつぶやいた。

 

  

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その頃。

 国をいくつもこえた大陸のはるか果て、ハイエルフ領では。

「ユキ、ここにおったのか」

「おはようございます、こずえ様」

「老木の(こずえ)じゃ。梢だけでは若衆と間違われるぞ」

「あ、すみません!」

「うむ」

 ハイエルフ族とおぼしき老女が、小さな羽根の生えたものたちと遊んでいる女に声をかけた。

 女は装いこそハイエルフのそれを着ているが、黒髪で明らかに種族が異なる。また、明らかに高度工業技術で作られたハーフリムのメガネをかけており、レンズもプラスチック、つるの部分は形状記憶合金と、少なくともこのあたりのどんな国でも作れないものであることは間違いなかった。

「そなたはほんに、精霊に愛されておるのう。ふふふ。

 さて、それはいいとして時間じゃぞ」

「あ、すいません、勉強の時間ですね!」

「うむ、さぁ来るがよい」

「はいっ!」

 女、ユキは嬉しそうに立ち上がった。小さなものたちも、肩に乗ったり頭に乗ったり、わらわらとついてくる。

 老女はそんなさまを見て、楽しそうにフフフと笑った。

 

 エルフ族は民族主義で閉鎖的と言われるが、ハイエルフはもっと排他的で、ややもすると危険な存在でもある。莫大な魔力をもち、さらに精霊使いでもある。

 だが、そんなハイエルフ族が唯一、好意的に受け入れる存在がある。

 それは精霊たちに愛され、なおかつ、ひとの世に利害関係をもたない存在。

 そう。

 異世界からの迷子である有希(ゆき)は当然、この世界に利害関係をもたない。

 そして精霊たちに愛されるのは、精霊の愛し子──この世界の人間が言うところの聖女だからでもある。

 

 そもそも、ただの魔法使いが世界を浄化するような巨大な魔法が使えるわけがない。そんな大規模魔法は、この世界では精霊の手を借りて精霊術師が行うものだ。

 だがこの世界の人間は精霊が見えない。

 それに、亜人ごとき(・・・・・)の力で浄化が行われているなんて彼らには認められない。

 だからこその聖女召喚。

 たまたまやってきた異世界の迷い人が精霊術を使えて、それに注目した過去の誰かが聖女として祀り上げたわけだ。

 

「まぁ人間どもにはいい薬じゃろ。

 自分らに精霊が見えないからって、異世界人を誘拐して精霊を使わせようとはのう」

「まったくです!

 しかも帰れないなんてひどいですよ!ひとをなんだと思ってるんですか!」

 ぷんぷんとユキはふくれっ面を浮かべた。

「ふふふ、怒るのはわかるが、そう怖い顔をするものではないぞユキ。

 それに人間どもはそなたと違い、精霊を見ることも触れることもできぬのでな。

 そなたにしてみたら、ふざけるなというのは当たり前のことじゃが、それでも決して悪意だけの行動ではない。

 怒りは当然じゃが、それだけはわかってやっておくれ?」

「……こずえ様がそうおっしゃるなら」

 ユキはちょっと不平そうに、でもおとなしくうなずいた。

 まるで優しい祖母に逆らえない、小さなおばあちゃんっ子の孫のように。

  

 ユキが生き延びたのは精霊たちが助けてくれたからだ。

 会話の通じる精霊に話を聞き、精霊たちの意見のままに森の最深部をつないで旅する事になった。

 森の奥は精霊と親しくする者しか入れず、精霊をまとわりつかせた者は動物も魔獣も襲わない。

 何より、この世界の人間族は精霊を認識できない。

 そしてそのまま、閉鎖的だが精霊使いには好意的だというエルフ領を目指したのである。

 

「まぁ今は学ぶがよい、幼子のように」

「あの~、わたし、子供じゃないんですが」

「なんじゃ?」

「いえその、頭ぽんぽんするのはどうかと」

「ほう、百にもならん小娘(こむすめ)が大人扱いせよと?おやおや?」

「いやいやいや、わたし成人してるんですよ!人間はふつう百二十年生きないし、生きててもすっごいお婆さんですって!」

「さて、それはどうかのう?かの世界とここは(ことわり)が違うからの、わからぬぞ。さて」

 

  

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 聖女なきこの時代は後に、凪の時代と呼ばれるほどに平和な時代でもあった。

 その平和さの理由として、聖女がいない事で森へ手出しをしなかった事があげられる。

 しかも、なぜか森の氾濫も全く起こらなかった。

 その理由は不明だが、逃げた聖女が森にいたからというのが、後の世の学者たちの主張となっている。



老木の(こずえ)

 この世界のエルフは魔力パターンで当人を呼び合うようになっていて、音声名は添え物である。だから、こずえさんでも全然かまわないけど、老人にご老木とつけるのは敬称みたいなものである。


 

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