とある男の結末
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今回もまた、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼はいわゆる転生者だった。そしてチートも持っていた。
だが、そのスキルは情報系や対話系のスキルばかりだった。前世では孤独な引きこもりで生涯を過ごし、生まれ変わったら黒髪黒目のおかげで迫害されるという彼ではそのスキルをほとんど活かす事ができなかった。
そんな彼だが、さすがに異世界という事か、結婚する事になった。美人とはいえない顔立ちだったが、どこか羊を思わせる優しい笑顔、それに自分のスキルを肯定し、自信をもってと激励してくれる優しい妻に助けられ、彼は一人前の狩人兼冒険者として、ようやく一人前に活動できるようになってきた。
やがて、待望のひとり娘誕生。
前世では得られなかった喜びに男泣きし、この幸せを守り続けようと決意を新たにして。
そして、その日はやってきた。
「なんだよこれ……」
俺はあの瞬間の事を、きっと一生涯忘れないだろう。
燃え盛る我が家。遠巻きに見ている人々。
家の中にある……何よりも大切だった、ふたつのもの。
女房と娘が……死んでいた。
俺のスキル「エリアサーチ」に、死亡状況と死因らしきものが表示されていた。
なんだよ、これ。
なんなんだよ!!
「ダイキ、あんたの嫁さんと家族が逃げ遅れて……」
「やめろ」
俺は、村長の言葉を遮った。
逃げ遅れただって?
逃げ遅れた人間が、どうして家の中に他殺死体で転がってるんだ?
ためいきを一つ、ついた。
「……村長、ひとつ教えろや。
火事に巻き込まれたなら、どうして女房と娘は汚されてんだ?しかもその上、槍で刺されてるんだ?」
「え?」
俺はゆっくりと、村長に……いや、村人に向き直った。
ここからは見えないが、村の入り口に騎士団らしき連中が待機している。
「何をバカな、しっかりしてくれダイキ。おまえの家族は……」
しらばっくれるのか。そうか。
なら、ちゃんと教えてやるよオイ。
「そうか、知らなかったのか。だったら今、教えてやるよ。
俺はいろいろスキルあんだけどさ、その中に過去認知ってスキルがあんだよ。
今の状況にあわせてわかりやすく説明するとだな、家の中で死んでいる女房と娘がどういう状況で誰に殺されたか、なんてのは目の前の本を開くようにわかるんだよ。しかも現場の映像つきでな」
エリアサーチのスキルと組み合わせればって事だけど、まぁ間違いではない。
「!?」
ギョッとした顔をした村長。
「なぁ村長。騎士団が俺の家族をやり殺す時、お相伴にあずかれなくて残念だったなぁ?」
顔色を変えた村長を無視して俺は動いた。
こいつらは後だ。先に騎士団をつかまえないとな。
もちろん村人だって絶対に許さない。
だけど、実行犯とその黒幕は断じて許せない。
何かわめいている村長を無視して村の入り口に行くと、20人ほどの騎士団がいた。
「勇者ダイキ、国王の勅命である。その場にひざまづき静粛にするように……」
その上から目線をガン無視して俺は言った。そいつの声を完全に打ち消すよう威圧スキルも載せて。
「俺の女房と娘を殺した犯人、今すぐ名乗り出ろ。俺はすでにスキルにより命令者も指揮系統も特定ずみだが、一度だけチャンスをやる。自分から自首すれば本人は半殺しですませてやる。
「あと、殺害指示した黒幕を吐け。別に言わなくてもかまわんが、その場合はおまえらでなく、お前らの故郷の家族を同じ目にあわせてやる事になるぞ」
実のところ、誰が犯人かはわかっている。死因を特定したのと同じスキルでな。ずっと過去ならともかく、殺して数時間とたたないものならごまかしようもない。
だけど、ここではそこまで言わない。
なぜなら。
騎士団の代表らしき男が、にやにやと笑いながらも大上段にふりかぶり、態度だけは偉そうに怒鳴りはじめた。
「貴様、恐れ多くも勅命に逆らうというのか!勇者だか何だか知らんが黙って命令に従えばよいのだ!」
「……ほう、それが手前らの答えかよ」
だめだ、冷静でいようと思っても、到底我慢しきれん。
冷静でいなくちゃと思えば思うほど、女房と娘の無念さが俺の胸をかきたてる。怒りで震えがとまらない。
畜生。超絶くだらねえお姫様の呼び出しなんぞで家をあけた、その結果がこれかよ?
何が勇者だ。
魔物のはびこる世の中じゃ子育ても大変だからって頑張っただけなのに。勝手に勇者だなんだって祭り上げやがって、そしてその結末がこれなのかよ。
結局、これがこの世界の人間の民度って事なのかよ。
ああ、もういいや。
俺の中で、何かが決定的に壊れた音がした。
バカ騎士のひとり。馬上にいるそいつの元に一瞬で飛び上がった。そいつの表層思考の通り、懐にしまってある命令書を奪い取り、飛び降りた。
「な……!」
「印璽は本物……そうか、やはり黒幕は国王で間違いないか」
印璽というものは署名した本人を証明するものだ。しかもこの世界の印璽は、日本のハンコなんぞ比較にならないほどに強固なセキュリティで守られている。
誰かが国王の印璽を勝手に使った可能性だってゼロでははないが、それは向こうの問題であり、こちらが気にする事ではない。
それに俺のスキルにも、この命令書を国王自身がしたため、念を押して命令している姿がありありと見えていた。
『ナタデ侯爵の娘が呼びつけておる今がチャンスだ。あの者の家族を事故に見せかけて始末せよ、そして村の者たちは黙らせろ。手段は任せる。
勇者の血をあのような辺境に置いておいてはろくな事にならぬ。妻子がいなくなればあきらめがついて、あれも王都に来るであろうよ。
あとは、ナタデ家でもどこでもかまわぬが、とにかくアレを囲い込み子を作らせよ。よいな』
ひとの女房子供を、こんな目にあわせて。
勇者の血ってなんだよ。俺は種馬かなんかか?
しかも、妻子を殺されたらおとなしく王都に来るだろうって……いったい、ひとをなんだと思ってやがる。
いや、そうではないか。
そもそもこいつらは、俺や女房や娘を人間と見ていない。自分たちの自由になる、ただの資源としか見てないんだろう。
昔、読んだ本の一節を思い出した。
『人間とは、相手が同じ人間ではないと認識した時、信じられないような残虐性を発揮する生き物である』だっけか?
畜生……。
怒りで目の前が真っ暗になりそうだった。
そういえば王都にとどまれ、王族か貴族の娘と結婚しろとうるさかった。自分は田舎に妻子がいると何度いっても「勇者にはそれにふさわしい血筋が必要だ」とか意味のわからない事を言い出しやがって。
イラッとくるのをおさえつつも、自分はいち農民に戻って平和に暮らしますといって王都を辞したわけだが。
妻子を殺された事の憎しみ、悲しみも大きかったけど。
同じくらい、自分の間抜けさに吐き気がする思いだった。
勝手な事をぬかして妻子を殺したこの国。
騎士団に従うどころか積極的に引き込み、自分たちもおこぼれにあずかろうとした村の人間たち。
どうしようもなく憎しみが湧いた。
とりあえず目の前のやつの剣をもぎとると、片っ端からなで斬りにした。馬を。
「うわっ!」
「ぎゃあああっ!」
騎士ってのは武装して馬に乗ってるわけで。まっとうに戦えば確かに強いんだけど、重装備で馬に乗っているってのは大きな欠点も内包している。
そのいい例が落馬だ。
重い鎧ごと転げ落ちて大怪我したり、落ちどころが悪いと死ぬヤツだっている。そうでなくとも大混乱に陥る。
さらに、そんな連中に睡眠霧をかける。
俺は槍の使い手として知られているらしいが、実は最も得意なのは魔法だ。中央で使われているような華麗な人族の魔法なんてほとんど知らないが、独自に集めたいろいろな魔法を駆使する事ができる。
まぁ、国には徹底して秘密にしていたけどな。
だってそうだろ?
そんな物珍しい魔法を駆使できるって知られちまったら、国に目をつけてくれって言ってるのと変わらないじゃないか。
さて。
眠らせた騎士たちの武装を剥ぎ取り丸腰にすると、奪ったそれは全部アイテムボックスに収納した。で、武装のなくなった騎士たちは後ろ手で軽く縛ると、村の境界の中に全員入れた。
遠くの方からこっちを見ているのは……村人たちだな。
スキルで確認。よし、誰も村外には逃げてない。
何を思ったのか、こっちにパタパタやってくる村長を無視して、俺は村の入り口を守る防護結界に触れた。
『結界解除!』
パキンと何かが割れるような音がした。村を守る結界が停止したんだ。
同じ結界をかけなおされてはたまらないので、オリジナルの別の結界魔法で即座に上書きする。
『人は逃げられない』
ちょっと間抜けな掛け声と共に、紫色の結界が起動。村を守っていた結界を上書きし、村を包み込んだ。
教えてくれたヤツによると、この結界は「特定の何かを閉じ込める結界」だという。
そして今回、その対象は『人』。つまり人間を中から逃がさない結界というわけだ。
よし、まずはこれで一段落。誰も逃げられないぞ。
次にポケットから、前にもらった小さな石をとりだす。
それは白い石だった。子供の頃、森でできた友達にもらったものだった。
「聞こえるかい?」
魔力をこめて石に呼びかけると、すぐに返答がきた。
『む、大きい兄弟か、どうした?』
人間とは違う言葉、異質な発音。
え、大きい兄弟って何だって?そりゃ、通信相手が人間より小さいんだよ、それだけさ。
あー、つまりね。
チートによくある広域むけの巨大な戦闘力を全く持たない代わりに、俺は言語理解とかそっちはめちゃめちゃ得意なんだよ。
まぁ、女房には昔「なんでこんな口下手の朴訥野郎にそんなスキルがあるのかしら。神様も不思議な事をなさるのね」と身も蓋もない事を不思議そうに言われたりもしたんだけど。
まぁいい、今は追憶の時じゃあない。
『俺の女たちが人間どもに汚された上に殺された。仕返しをしたいんだ』
『なんと、それはひどい。して敵はどうなってる?そこはニンゲンどもの村か?』
『犯人たちは武装を剥ぎ取ってホイ・ケナケナ・メケで閉じ込めてあるよ。俺の魔力だから兄弟たちは皆、通れるよね?』
『紫結界か!大きい兄弟、おまえの魔力でやったのか?』
『ああ、そうだよ』
『中にいるのは全て獲物か?』
『うん、そうだよ』
『わかった、ではこちらから応援を送ろう。獲物は何体いる?』
『戦闘員が26、ただし非武装。あとは色々だけど戦闘員はいない』
『なるほどわかった。では城喰いとメイジも送ろう。それと大きい兄弟』
『なんだ?』
『紫を張ってあるのなら、しばらくは問題ない。きついかもしれないが酒食らってでも少し休め、いつもの精彩を欠いておるぞ大きい兄弟。寝てる間くらいは我らが引き受けるから』
やさしい気遣い。
そうなんだよな。こいつら魔物だけど、身内には本当にやさしい奴らなんだ。
『ああ……ありがとう』
通信を止めると、俺はその場に座り込んだ。
強い鎮静効果のある錬金薬をアイテムボックスから取り出すと、少し口にいれ水で飲んだ。
そして木にもたれて、目を閉じた。
そして目覚めると、目の前には地獄が広がっていた。
村の中に、とんでもなく巨大なスライムがいた。そいつは村人や丸腰の騎士たちを動けないように確保していて、その周囲では小柄な子鬼……すなわちゴブリンたちが、動けない彼ら相手に目もあてられない、好き放題の狼藉を繰り広げていた。
うわ、これはすごいな。
起き抜けにざまぁな光景を見物する趣味はないので、とりあえず状況を確認したところで起きあがる。
ふわぁぁぁ。おはよう。
『起きたか、大きい兄弟。調子はどうだ?』
ゴブリンの一匹、正しくはゴブリンロードでこの群れのボスだが、そいつが近づいてきた。
『おはよう兄弟。なかなか盛況みたいだな』
『おまえの結界のおかげだがな。気分はどうだ?とりあえず水飲め』
『悪くない、もしかして薬も使ってくれたのか。すまん』
差し出された丸いコップ……ああ、素材は見ない方がいいぞ……を受け取り、生暖かい水をもらって飲んだ。
あ、解毒スキル効いてら。大した事はないが一応いっとこう。
『兄弟、これ水腐ってる。ガキには飲ますなよ』
『なにそうか、わかった』
ふむ。
立ち上がって、改めて周囲を見てみた。
村の施設はあらかた巨大スライムに食い尽くされている。農作物もそうで、この村はもう村として復活する事は二度とあるまい。
そうして、村を食い尽くしつつスライムは村人や騎士たちを捕まえた。
野生のスライムなら、そのまま食べてしまうのだろう。でもこいつはゴブリンたちがテイムしているやつだから、村人をおいしく利用して、そしていよいよ用無しとなったら、捕縛者が捕食者に変じて一巻の終わりってわけだな。
この世界では、巨大に育ったスライムは城喰いと言われる。
もともとスライムには剣がきかない。それでも小さいうちは燃やせば子供でも殺せるわけだけど、こうも大きくなると戦略級の魔法でも使って一気に丸ごと焼き尽くさない限り、完全駆逐は不可能に近くなる。もちろん、村人や丸腰の騎士団では相手にならない。幸いにもスライムの移動速度は早くないから、見つけたら逃げるのが一番。
だけど、こいつらは逃げられなかった。
そう。
俺が結界で捕まえていたし、さらにスライム自体も、知恵のはたらくゴブリンたちがテイムしているからだ。
ゴブリンは弱い魔物だけど、知恵を寄せ合って生きる事に長けている。そんな彼らと仲よくなった大昔の異世界人……たぶん、俺みたいにコミュニケーション成立させちゃったヤツなんだろうけど……そいつがスライムをテイムして育てる事を教えたらしいんだよね。
以降、この世界のゴブリンたちは、会話スキルで意志の通じる俺みたいなのを「大きい兄弟」と呼ぶようになったんだとか。
『うん、見事なもんだ。俺の女房たちの遺体はどうした?』
『身に着けていた装備はこれだ。身体の方は大地に返した』
大地に返すとは、皆で食べたという事だ。
一応フォローしておくと、ゴブリンは雑食でもちろん人間も食う。しかし『大地に返す』というのはただの捕食ではない。人間でいえば家族の埋葬にあたる行為だ。
こいつら、女房と娘をきちんと身内として葬ってくれたのか。
俺はともかく、女房と娘はこいつらにとって、本来ただの食糧にすぎないはずなのに。
ああ。
なんでこの世界は、魔物たちがこんなにやさしいんだろう。人間はひでえ奴らばかりなのに。
俺が記憶もちで魔法が使えると知った途端、売り飛ばそうとした人間たち。
ひとりぼっちで逃げ出した俺を助けるふりをしつつ、稼いだ金を全額吸い上げ、ごみを食わせて飼おうとした聖堂教会。
そして。
俺を兵器として囲おうとするために、騎士団を派遣して女房と娘を殺し、知らん顔で招聘しようとした国。
異世界人とはいえ、同じ人間のはずの連中が、どいつもこいつもこんなんばっかなのに。
困っていたら黙って飯を食わせてくれたいろんな種族の奴ら。
チートに覚醒して酔いしれてたら、自分の危険も気にせず、狡猾な人間に裏をかかれる怖さを警告してくれた隠れ魔族のおばちゃん。
そして。
村で奴隷扱いだった幼児期の俺を助けてくれ、事実上喰わせて育ててくれたゴブリンの兄弟たち。
ああ、本当に……。
『ところで兄弟、犠牲は出たか?』
『相手が丸腰だと先走ったオスと、ニンゲンの若いオスに先走ったメスが数匹やられた』
『そうか……』
『そこは喜ぶところだぞ大きい兄弟。
さすが、おまえの結界は凄い。普通ならこの十倍は被害が出るところだ』
『なるほどな』
俺の作った結界は、もともとゴブリンメイジに習ったもの。ゴブリンの敵、つまり人間に対してマイナス効果を与え、そしてゴブリンや魔物一般に恩恵を与えるものだ。ただの裏結界ではない。
『大きい兄弟もメスとやるか?活きのいいやつがまだ残ってるが?』
『俺はいい。ここの奴らにとっちゃ、兄弟にやられるのが一番堪えるはずだからな』
俺にとっちゃゴブリンは友で仲間だけど、あいつらにとっちゃ薄汚い子鬼の魔物なんだと思う。
だったら、俺にやられるよりもゴブリンにやられる方が精神的にくるはずだ。
『ほう、そういうもんなのか』
『俺も想像で言ってるんだけどな。どうも普通の人間ってのは、そういうもんらしいぜ』
『ふむ……興味深いな』
聞きようによっては悪口なんだけど、ゴブリンたちは今の会話で悪意を抱く事はない。
彼らは常に知恵をめぐらす。
つまり彼らにとって「人間はゴブリンに嫌悪感を持っている」という事自体もまた、生き延びるための情報のひとつと認識されているみたいなんだ。
さて。
『ところで兄弟、そろそろ移動を考えた方がいいと思うぞ。ここは人間の村があった場所だからな、このままいると来訪者に見つかる可能性が高い』
『おっと、そうなのか?』
『あいつらの中に村人じゃないヤツがいるんだ。その仲間が探しに来るかもしれん』
普通なら、こんな寒村にくる来訪者なんてほとんど心配ない。
だけど、騎士団なんて派遣している以上、連絡が途絶えたら調査隊なり斥候なりが来るかもしれん。
『おお、わかった大きい兄弟。早めに移動の手配をしよう』
『おう、頼んだぜ』
『ところで大きい兄弟、あんた、これからどうする?ここが住処だったんだろ?』
『ああ、それはな。もう決まってる』
俺はにっこりと微笑んで、友達に宣言した。
『実行犯の騎士団、全員の情報は保存してあるからな。それと黒幕もな。
これから全員の実家をめぐって、俺のやられた事……すなわち、そいつら本人でなく、その直系の女を全員、同じ目にあわせてやるつもりだよ』
ひとの妻子にあんな酷い事をやらかしたんだ。当然、自分の妻子がやられる覚悟はしてるよな。
もっとも俺は無関係の第三者を殺すなんてごめんなんで、よほどの相手でなきゃ命はとらないけどな。
『ほほう、そこまでやるのか。できるのか?』
『時間はかかるだろうけど可能だよ』
俺のスキル構成は情報特化といっていいけど、実は隠密系とか狙撃、撹乱のスキルもあって、これだって立派にチートだ。
単に殺すよりもずっと手間だから断言はしないけど、でも、不可能ではないさ。
やってやるともさ。
……たとえ、何年かかろうと。
◆ ◆ ◆ ◆
後の時代に魔人ダイキなどと記された男だが、元は単に記憶持ちというだけの、実態はただの村人だったらしい。
確かに勇者に匹敵する能力を持っていたようだが、本人は表に出る気が全く無く、むしろ妻子と平和に暮らす事を何よりも望んでいた。
だがそれを無視して当時の所属国家『アスフェロン王国』が祭り上げた。その目的は勇者級の能力をもつダイキを国で囲い込むためで、そのためにダイキの妻子の暗殺まで行った。しかしダイキ本人にその意図が漏洩したために彼を激怒させた。黒目黒髪で差別されてきた彼は元々国家というものに良い感情を持っていなかったとされるが、これにより完全に敵対化したとされる。
アスフェロン王国はこの敵対化の一か月後ほどから貴族の子女が次々と自殺をはじめ、しまいには大流行になる。ほとんどの子女の死因などは隠され伝わっていないが、隠しきれなかった一部の低位貴族の情報から、貴族の子女を専門に襲う恐るべき襲撃者の存在が伺える。当時は情報不足から犯人がわからず護衛や騎士団もなんの役にもたたず、そして王族までも簡単に犠牲になった。見えない敵への恐怖から王国の運営はマヒ状態になった。
現在残されている各種の情報から、研究者はダイキの暗躍を指摘している。
当時は全く知られていなかったがダイキは戦士でなく魔術師であった。隠していた理由はおそらく妻子と平和に暮らすためであったと思われるが、彼は自分の能力が知られていないという事を最大限に利用した。当時、貴族以外に魔術師が生まれる確率は低く、生まれても教師役がいないので魔術師として成功する確率はゼロに等しいという「常識」もあり、死んだ家族、それとごく一部にいただろうわずかな盟友以外、誰もダイキが魔術師である事を知らなかった。
やがてこの状態が慢性化し、アスフェロン王国は国としての機能を失っていき……隣国の侵略にあっさりと滅ぼされる事となった。ダイキが後ろで糸をひいていたとすれば、彼は見事に裏側から王国を乱れさせ、滅ぼす事に成功したといえる。
最後の彼の記録は王国滅亡後、旧王国領を旅していたエルフの吟遊詩人が出会ったものである。
かつて村があったという更地の荒野を訪ねたところ、黒目黒髪の男が立っていたという。むかし妻子がこの村で亡くなったとの事で、吟遊詩人が彼の妻子のために鎮魂歌を捧げたところ、優しい目をしてエルフ語で礼を言われたと吟遊詩人は書き残している。
ダイキの情報で興味深いのは、民間の資料、聖堂教会の記録、そしてエルフの領域にある全ての記録が大きく食い違っている事だが、どうやら事実に最も近いのはエルフ領のもの。そして最も捏造だらけなのは聖堂教会のものらしいという事が、最近の研究でわかっている。どうやらエルフ領はダイキに敵対した事が一切なく、普通に交流もあったという。利害が対立する事もなかったので、素直に出来事が記録されたらしい。
エルフ領の往時の研究者は、こう結んでいる。
『ダイキの妻子は、ひどい幼年時代を送った彼にとっては最愛の存在というだけでなく、人類社会に彼をつなぎとめる楔でもあった。それをわざわざ破壊した当時のアスフェロン王家、それに協力したとされる聖堂教会。その罪は万死に値するものであり、特に、滅亡したアスフェロン王家と違い、今も尊大な顔をして人族至上主義をぶちまけている聖堂教会は自分たちの罪を理解し、人族が神に見放されたのは異人種のせいではなく、自分たち自身の招いた結果であると認めるべきである。
彼らがその態度を改めない限り、この世界における人間族の未来は変わらないだろう』
最終的にダイキがどうなったのか、どう生きたかについては謎が多く、よくわかっていない。ただエルフ領の記録を信用するならば晩年には魔族領に理解者を得て、それなりに平和な余生を過ごしたのだろうと思われる。
ナタデ侯爵: ちなみに娘さんはココさんです。
ナタデココ……す、すみませんすみません ><