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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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仙人暮らしの人

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その豊かな山々を見てアルプスと名付けたけど、それはもちろん心の中にとどめた。

 親の記憶はない。

 元々は麓の村にいたんだけど、口減らしに殺されかけたところで「自分が誰か」を思い出した。周囲の異様な状況に気が狂いそうになりながらも逃げた。普通なら間違いなく死んでたろう。

 前世でいわゆるブッシュクラフトまがいの事をよくやっていた事。

 ナイフすらないのは、魔法らしきものが使えると気づけたことでギリギリ代用できた。

 見つかる動植物が日本とほとんど変わらないのも運が良かった。

 いくつかの要素が奇跡的に組み合わさったおかげで、何とか生き延びられたんだ。

 

 そんな、全てが手作りのひとりぼっちの生活。

 慣れてくれば考える時間もできるわけだけど、まぁ思うところはあるよ。

 寂しいっちゃ寂しいけど、前世を踏まえた今ってのは、言うならばボーナスステージみたいなもんだ。

 だから、ひとりで好きにのんびり行きて、それで野たれ死ぬならそれでいいじゃないか。

 達観しすぎ?

 ははは、でもね、自分の性格はよく知ってるし、いまさら無理してもねーと思うんだよ。

 それに、自分を殺そうとした麓の村の連中は麓にまだいるだろ。

 老人になるまで生き延びられたら、いつか尋ねてみるのも面白いと思うが……今は正直、面倒事になるくらいなら山にいたいなと思ってた。

 といってもまぁ、年取って身体がきかなくなったら、普通に魔物か獣に殺されて終わるだろうけどな。この山じゃ。病死とどっちが楽だろうね?さて。

 

 

 そんな生活が何年も過ぎたある日、冒険者ってやつがやってきた。

 でも、なんというか、とんでもない奴らだった。

 死にかけていたので助けてやったのに、いきなり殺されそうになったのが始まり。

 正直、すぐに助けたことを後悔し始めていた。

「すみません、まさかこんな山ん中に人が住んでるなんて想像もしてなくて!」

「謝ることはないけど、気をつけてくれよ。こちとら、この山ン中に一人暮らしなんだ。うっかり判断ミスで負傷しました、なんて事してたら生きていけないんでね」

「え、一人暮らしなんですか?なんで?」

 なんか異様に驚かれた。

「あなたお名前は?どして、こんなところにひとりぼっちで?」

 ん?なんかイヤな反応だなこれ。

「名前って、そもそも自分どころか親の顔も知らないよ。好きに呼んでくれ」

「……どういうことですか?」

「俺が生まれた村は貧乏でさ、親がもう死んでるってんで、口減らしに殺されそうになって、山へ逃げ込んだんだ」

「はぁ?」

 事情を話したら半信半疑の顔をしつつ、そういう事なら山を降りて訴えろと言われた。

 言いたい事はわかるが、それは論外なので拒否した。

「あのな、よそじゃどうか知らないけど、このあたりの村じゃ口減らしは当たり前なんだよ。

 たとえ生き延びたって、もう俺は死人扱いだ。

 死人が訴えたところで、いい事は何もないよ。

 それどころか、適当な罪状でっちあげて奴隷に売られるだけだ。領主にも話が通ってるから無駄なんだよ。

 良かれと言ってくれるのはわかるけど、わざわざそんな事に命かける気はないんだ。ここでのんびり暮らすよ」

 きっぱりと許否したのに、彼らは若いのか話を全く聞いてくれない。

 ひとりでこんなところに住むなんて人間の暮らしじゃないとか、かわいそうとか、一方的にわめいたあげくに無理やり俺を山から降ろそうとする。帰れといっても帰ろうとしない。

 なんなんだよこいつら。

 しまいには俺を、逃亡奴隷なんじゃないかと邪推まではじめやがった。

 とにかく強制的に村へ連れて行って確認しよう、なんて密談まではじめてしまった。

 逃げた奴隷を捕まえていくと特別報奨金が出るらしくて、彼らはだんだん笑顔になってきた。

 

 ふざけんなよと思った。

 死人扱いになってる以上、逃亡奴隷呼ばわりされたらウソでも本当に奴隷にされるだろうが。

 こいつらそんなこともわからないのか。

 それとも……わかった上で俺を奴隷に落とそうってんのか。

 

 まぁでもそれは、要するにハッキリと彼らが敵に回ったって事でもあった。

 やりやすくなったとも言える。

 

 こんな場所に暮らしてるんだ、魔物や毒虫、動物に殺されるなら仕方ないとあきらめるさ。

 けど冤罪で奴隷にされたあげく、すり潰されて死ぬなんてごめんだね。

 

 問題は、完全武装でしかも相手は複数ということ。

 かりにも不慣れな身でここまで来た以上、彼らが弱いわけがない。

 対して、こっちはろくな武器防具もなく1人。

 しかも、ひとりでも取り逃がしたら最後、大勢で山狩りされる事になる。

 そうなったら、逃げるか捕まるかしか選択肢がなくなってしまうだろう。

 

 ただ、こちらも多少なら戦う手がないわけではない。

 恐るべき魔物・化け物はびこる土地で生き延びてるってのは、そういうことだ。

 さらに隠密行動スキルも高いし、地の利も当然ある。

 ゆえに最低限の道具だけ持って山に入った。

 さぁ狩りの開始だ。

 

 

 離れて観察していると、彼らは二手に別れた。

 こちらを警戒しつつ、移動に長けた盗賊っぽい一名を知らせに走らせるようだ。

 ああ、これは先に逃亡奴隷ありと知らせて自分たちの手柄にする気だな。

 そうはさせない。

 さっそくこちらも盗賊を追跡開始。

 暴れ(ひぐま)相手よりも警戒に警戒を重ね、追跡し、そして背後から殺した。

 

 よし、これでまず1人。

 そいつからいくつかの装備品だけをとると、わざと身ぐるみ剥ぐ事なく放置して戻った。

 

 残りのメンツも追いかけて、順番に殺していった。

 

 ただ、最後のひとりには残念ながら殺し切る前に気づかれた。

 泣きながら助けてくれと言うので、ひとこと言ってやった。

「知らん。よってたかってひとの、しかも命の恩人の人生をむちゃくちゃにしようとした報いだ」

「なんでですか、罪はつぐなわなくちゃ!」

「馬鹿野郎、勝手に罪人にすんな。

 それとも、貧しい村に生まれて、口減らしで殺されかけたのは俺の罪なのか?

 それはいったいなんて罪状なんだ?」

「口減らしで生き延びるなんて子供でも騙されませんよ、ほんとは逃亡奴隷なんでしょう?

 そんな自分も騙せないようなウソでごまかしてないで、自首するべきです。

 罪は償うべきです!ちゃんと償えば許されますよ!」

「……はぁ、話にならんな」

 ハハハだめだ、本当にこいつ、同じ言語話してる人間なのかね?

 実は変な翻訳魔法が働いてて、神様が誤変換しまくってるって言っても信じるレベルだぞこれ。

 結局、首を掻っ切って殺した。

 

 はぁ。

 そういや日本のラノベにもたまにこんなヤツいたよな、どういう理由であれ一般社会からズレてるヤツを一方的に変な型にはめて、それを「救ってやる」んだ、みたいなヤツ。

 こっちの話なんかひとことも信じなくて、手前勝手な正義感を絶対と信じてふりかざす。

 若者ゆえの、お綺麗で高尚な正義感なのかもしれないが、そのせいで人生ぶっこわされちゃたまらねえよ。

 たとえあとでゴメンと言われたって、失われたものはもう戻らないんだから。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 これは前回のラッキースケベ氏同様、ナゾの多い人物の一例である。

 公式記録もなければ、異世界召喚もされてなかった時代の中で突然、明らかに記憶持ちの転生者と思われる記録がある。名前などは残っていないが、以下のことが判明している。

 

・寒村で口減らしにやられるが、前世記憶と多少のスキルで何とか生き延びた。

・ひとりぼっちは寂しいけど、どうせ二度目の人生じゃないかと世捨て人生活を自ら楽しんでいたらしい。

・基本はお人好しなのか、迷い込んだ人などを何人も助けている。しかし結果として全員が余計なトラブルの原因になっており、それは最後の事件まで変わる事がなかった。

・最後はお家騒動で逃げてきたお姫様を助けたが、この件で山に招聘の名の元に大量の騎士団を送り込まれた。目的は適当な罪をきせての殺害。

・未知の強力な魔法で騎士団に反撃、なんの罪もない王女つきの侍女以外を全滅させた後、侍女は手ずから城に送り届けた。

・以降、彼を見た者はいない。


 王女は、勝手に招聘の王命を出した国王にまず怒り狂った。

 娘の命の恩人を城に呼びつけるとは何事かと王妃もたじろぐ剣幕で、さらに王命をないがしろにする者などこの国にはいらない、ただちに処分せよ、でなければ考えがありますよと言い放った。

 そもそも王女は若くして外交で活躍しており、助けられたのもその帰りを襲われたためだった。そのような人物であるから、国王への脅しは実際に効力のあるものだった。

 だが殺害にかかった者たちは国王の派閥の家の者だったので国王は処分を許否。逆に王女を外交から外し、王都の政治と無関係の法衣貴族に嫁がせようと勅命を発した。

 この件で王女はついに国を見限り勅命を拒否、捕縛しようとする者たちを振り切り逃走。自ら外交仕事で集めたスタッフと共に、既に渡りをつけてあった隣の帝国に亡命し、母方の祖母の実家の養女となって帝国の文官職に就いた。

 

 二十年後、たくみな外交戦略によってついに王国は帝国の属領となり、王家は存続するも建国以前の男爵家に戻された。

 王女だった女は領主の妻として戻り、祖国だった土地の立て直しに奔走。

 そして、過去の過ちを忘れないよう『恩を仇で返す者は必ず報いを受ける』という内容の石碑を王都にたて、かの王族の愚挙を繰り返すなと訴える事になった。

 

 そう。

 今も恋人の待ち合わせに使われている首都の名所『約束の石碑』は、実はひとりの記憶もちの男と王女の物語から生まれているのである。

 王女が男にどんな思いを抱いていたのかは想像するしかない。

 しかし「恩人というだけでなく、政治などに深い知識をもつ人でもありました。おそらく高い教育をうけた立場ある方だったのでしょう」という言葉を残している。


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