ラッキースケベのあと
ラッキースケベといえば、ある意味物語の王道なのだけど。
まったくドラマが展開することなく収束した、ひとりの人物の話。
異世界召喚といえば、他の世界から戦士などを呼び込む際の定番と言われる。
だが、自分の意思に反して突然よその世界に誘拐され、その世界のために命をかけて戦え、などとその誘拐犯どもに頭ごなしに命令されて、ハイそうですかと普通に従うような底抜けのお人好しは普通いないだろう。まぁ実際、そういう事を見越しているからこそ、精神的に未熟な青少年を狙って召喚し、言葉巧みに従わせたり隷属させて使うわけだ。
だが忘れてはならない、相手は勝手の違う国からやってきた異世界人なのだ。
このため、時には誰も得しないような問題が起きてしまうことがある。
今回紹介する少年も、そうした者のひとりである。
◇ ◇ ◇
やれやれと思った。
右も左もわからず徘徊していたら、川で水浴びしてる女たちがいて、一方的にノゾキだと言われた。
違うといっても話もきかずに攻撃してきた。あたれば死ぬか半殺しの一撃だ。
思わず、いつもやってるVRゲームのつもりでガードしたら防げてしまった。
戦いながら色々試すに、ゲームの魔法やスキルも使えることがわかってきた。
わけがわからないが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「話をきけってのに!……ってダメかこりゃ」
長々と対応していたけど、俺もさすがに腹が立ってきた。
がっつり魔力をこめて大きな魔力の檻をこしらえ、連中を河川敷ごと閉じ込めた。
『これを解け!!』
「心配すんな、何もせんでも三日後に自動的に解除するよ」
俺はギャーギャーわめく騎士っぽい女にそう言ってやった。
「人の話もきかずに攻撃してくるヤツと同席する趣味はないんでな、自業自得だと諦めてくれ。
俺は旅の身だから3日後にはここにいないし、二度と会うこともないだろう。
……言っておくが、追いかけてくるなら今度はお遊びでなく、本気で相手をしてやるぞ」
威圧のスキルをオンにして語りかけると、全員萎縮して口をつぐみやがった。
「言っておくが、こんなチンケな防壁が俺の全力だと勘違いしてくれるなよ?
繰り返すが、追跡だの討伐だのくだらない事やるようなら容赦しない。
俺だって流血沙汰は嫌いなんだからな、ゆめゆめ忘れるんじゃねえぞ?
──さて、記録しておくか」
俺は鑑定のスキルを全開にして、ひとりひとりの情報を記録していった。
「ほうほう、伯爵家出身の騎士に辺境伯、こっちは侯爵家の娘と。ずいぶんと偉そうだと思ったら、ここいらの国の支配層だったわけね。
だが相手が悪かったな、俺にとっちゃ等しくなんの意味もねえ」
意味もない、の部分で女たちのひとりがピクッと反応した。
「しかし、ああ、あんたは王族か、ふうん。──よし記録した」
そういうと、俺は紙をアイテムボックスに投げ込んだ。
瞬間、檻の向こうから驚愕の声が聞こえてきた。
『アイテムボックスの魔法だと!?』
『え、それって……』
『姫様、この者は異世界人です!召喚後行方不明という例の……』
「ほほう、俺をこの世界に引きずり込んだのは、あんたらの国の連中なのか。へぇ?」
『!?』
女たちが、ハッとした顔をしたがもう遅い。
「ま、今はいいさ。繰り返すが、余計な真似をはじめたら報復に移るぞ。ではな」
『ちょっと待て!待てと言ってるだろう!
姫様はどうしても行かねばならないところがあるんだ!大勢のひとの命がかかってるんだ!
だからこれを解け、解くんだ!これは命令だ!』
「……命令って、バカかおまえら?」
ためいきが出た。
「あのな。いったい誰が、誰に向かって命令しているつもりなんだ?」
『なんだと、貴様、たかが異世界人の分際で──』
「話にならないな」
俺は指差して言ってやった。
「おまえらさ、今、俺がこの世界の人間でないと知って異種族だと、対等な存在じゃないと思ったろ?
命令だなんて言い出したのもそういう事だよな?
しかも、そこいらの木っ端役人ならともかく、れっきとした王族のお姫様がそれ言うか?
……つくづく、お話にならないな」
『なんだと、ふざけるな貴様!!』
「いや、もういいから」
俺は手に魔力をこめ、そして檻の設定を変えた。
「やめた」
『やめた?』
「時間制限を解除して、もっと強力な結界に変更してやろう。
呼吸はできるし外も見えるが、脱出できないし、外からは一切見えない。
そうだな、ひとり以外全員死亡したら三日後に解除されるようにしとこうか。
うん、それがいいな、そうしよう」
『ちょっと待ちなさい!
わかりました、あとで褒美でもなんでも取らせますしできる限りの対応を約束しましょう、ですから、今はとにかくここから開放するのです!
わたくしは急いでいるのです!
王族だとわかったのなら理解できるでしょう?
急がなくては多くの被害が──』
「あばよ」
これ以上、会話する気も失せたので、宣言通りに結界を書き換えた。
え?被害がどうのって?知らん知らん。
あのな。
そもそもここは異世界なんだぞ。
同じ地球の生物なら、どんな異種族でも血や細胞を調べれば共通点があるんだ。
それこそ人類とゾウリムシを比較したって、同じ地球生まれの生物であるという共通点がしっかりと存在するんだぞ。
だけど、あいつらはそれがない。
切れば同じ赤い血がって言葉があるけど、あいつらは地球の生命じゃない、そういう意味での『赤い血』は一滴だって流れちゃいないんだ。
つまりあいつらは、人間にとってゾウリムシよりもはるかに遠い存在なんだ。
さっきの会話だって、本当に会話できたのかどうか疑問だ。
単に俺の望むような音声を返しているだけの可能性だってあるし、聞こえていたとしても異世界人にはそういう応対をしとけってマニュアルに従っているだけの可能性もある。
疑いだせばきりがない?ああ、その通り。
だけど俺は、自分自身をチップに差し出して彼らの良心を試すギャンブルなんてしたくねえよ。
俺は堅実な人間なんだ。
それに。
「……そんな暇があったら、さっさと鍛えないとなぁ」
ゲームのスキルや魔法が使えるのはわかった。
でも、魔法やスキルならともかく、これで戦えるもんなのか?
たとえば、実際に剣で戦ったこともないのにゲームの剣のスキルが使えるのか?
まぁ、そういうことだ。
検証も訓練も、これからしなくちゃならないんだ。
よし、まずはがんばってみよう。
◆ ◆ ◆ ◆
この人物は名前も何もわかっていない。
異世界の言い方で、意図せず若い女性の裸に遭遇することをラッキースケベというそうだ。
そして物語の王道では、それをきっかけにして新しい出会い、特に異性のそれがあるという。
しかしこの人物は、その出会いを全力で拒否し、そのまま歴史の裏側に消えてしまった。
歴史にハッキリ姿を見せたのはこの事件だけで、それも歴史の中に埋もれていた。
ただ、著名な冒険家ファンクスの旅日記によると、森の中で精霊たちと静かに暮らしている不思議なサトルなる人物の記録があり、この人物がそうだとされている。
情報をまとめてみよう。
檻に閉じ込められたのは第3王女ルナとその一行。
ルナはこの事件で出遅れてしまい、結果として女王になるタイミングを完全に逃してしまった。
さらに、遅れただけでなく最も頼りになる側近をすべて失っており、他の王族への対応すらも思うようにできず。
ついには、元第二王女である新女王に鞍替えした元取り巻きの手の者にはめられ、幽閉先でみじめな最後を迎える事になった。
彼に対して檻を解けと詰め寄った事情はここにあったと思われるが、そもそも事情もきかずに問答無用で攻撃をしかけられたら、反撃するのが当たり前である。
あえていえば、おかしなタイミングで出会ってしまったのは不幸だが、あまりにも対応が悪すぎる。
しかも、各人の日記や手記から推測するに、対等な対話を試みた形跡がない。最後まで上位からの命令として従わせようとしていた事が、ありありと伺える。
いち研究者としての見解であるが、まぁこれでは無理だろう。
とにかく以降、異世界人のことは語られなくなり、そのまま忘れられてしまった。
今はご存知のように、王位につけなかった王女の言い伝えが残るのみである。




