元令嬢のへっぽこ聖女
よくある令嬢の話です。
……とはいえ事件自体はつまらない勘違いによるものです。
「聖女エレナ・ファルコンシア、この私、ファラルク王国第二王子ケルックとそなたの婚約をたった今をもって破棄とする!
あと貴様ごときに聖女などもったいない、聖女の名はこのメメにこそふさわしい!
よって貴様はたった今から聖女ではない!ただの女だ!
ファルコンシア家からも放り出された平民エレナ!貴様を国外追放とする!
何か申し開きはあるか?あるなら最後の機会だ、聞いてやろう!!」
嘲笑と蔑みに満ちた目。
しかしまあ、なんてマヌケな。
とりあえず、一言申し上げましょうかね?
「申し開きもなにも第二王子サマ、そもそも、いつ私があなたと婚約したというのです?」
「……なんだと?」
おうおう、バカ王子サマがお怒りですよっと。
「何をお怒りです?当たり前じゃないですか。
勇者や聖女は女神様により任命されるものであり、その職務上、この世のあらゆる階級とは別の存在になるのですよ。
当然ですが、どこの国の国王陛下であろうと、勝手に聖女の婚姻など命令すれば、女神様への反逆とみなされます。
当たり前ですよね?女神様の御威光に真っ向から逆らうのですから」
そういうと、私は言葉をいちど切った。
「ねえ第二王子デンカ?
まさかとは思いますが、その婚約というのは、本当に国王陛下の命だというのですか?
もしそうなら、ファラルク王国は女神様に反旗を翻した事になり、背教国として断罪対象になりますが?」
「いや、それは」
あらら。なんか急に、口ごもっちゃった。
「おまけに、女神様の任命を無視して、勝手にそこの女を聖女にするですって?
それ、不信心どころの話じゃアリませんよね?
ファラルク王国は滅亡したいのですか?」
「……」
「言いたいことはそれだけですか?だったら、引き下がっていただけます?」
「な、き、きさまいい加減に!」
「……あのですね、王子」
王子の言葉をびしっと遮り、言い切ってやった。わかりやすいように敬語もやめて。
「こんなお子様むけのお小言はいいたくないんですが。
ここは大神殿なのですよ。
つまり女神様のお膝元であり、国の配下にはないのです。
どこの国の国王であろうが、ここで大きな口をたたく権利はないのですよ?
それすらもご存じないと?
ましてあなたは国王ですらない、それどころか立太子すらしていない、ただのガキじゃありませんか」
「なんだと!?」
「事実でしょうが」
口ごもる王子に畳み掛けた。
「そのあなたがなぜ、ここで我が物顔で、でかい顔していますの?いいかげんに消えていただけませんかね?」
「な、ふざけるな!き……!」
だが次の瞬間、バカ王子サマの顔は凍りついた。
でしょうね。
だって彼の目には今、たくましき神殿兵たちが怒り顔で、ずらりと並んでいるのが見えているはずだから。
神殿兵は信仰をよりどころにし、鍛え上げた本物の武装集団。
平和に慣れきって貴族の丁々発止の延長線になってしまってる、王国の騎士団とは比べるべくもない。
信仰という心のよりどころの元では普通にいい人たちだけど、本来は筋金入りの荒くれ者ばかりなのよね。
「さらにこのうえ文句がおありですか?
では正式に、あなたのお父上、ファラルクの国王陛下にご通告さしあげましょうか?
正直、あなたのここでの罪業をまとめ報告したら、もはや謹慎どころですむ内容ではありませんが、それでもいいんですか?」
「俺を脅迫する気か!?」
「脅迫?ただの事実確認です。
今のややこしい国際情勢でこれ以上の厄介事が起きれば、国王陛下なら、殿下おひとりよりも国益を優先させざるをえないと判断なさるのではないですか?
そうなったら、いくら王子でも無事ではすみませんよ?
最低でも廃嫡、場合によっては公開処刑もありえますよ?」
「ばかな!?」
「ばかなと言いたいのはこちらです。
国の威信を損なう状況のリカバーなのですから、内外にバーンと示さなきゃお話にならないんですよ。
だったら。
もっとも簡単なのは、たったひとりで莫大な国益を損ねている出来損ないに全ての責任をおわせ、派手に宣伝して始末する事ではないですか?」
「……」
今度こそ王子は絶句した。
「さぁ皆さん、王子殿下がおかえりですよ?お見送りを」
「いらん!」
「あらら」
王子は肩を落とし、恨みがましい顔をしつつ去っていった……。
最初から最後まで王子にベタベタのへんな女や、青い顔をした護衛やらをぞろぞろ連れて。
「ありがとうございますお姉さま!」
「いやースッとしたよ!ありがとうねエレちゃん!」
「いや、あの、だからそのお姉さまっていうのは……ちゃんづけもちょっと」
ドタバタが終わり、あとの神殿。
神官たちはひっこんで、私は同僚や先輩、後輩たちとさっきの事について話をしていたんだけど。
「いやー助かったよエレナ、ありがとー」
「ひゅーひゅーエレナちゃん、おつかれ!」
「はぁ……でも先輩方、油断は禁物ですよ?なにしろ相手は王子ですからね」
私は仏頂面で腕組みした。
「しっかしエレナ、ふっかけたね。あの王子に公開処刑までちらつかせるなんて」
「あー先輩、あれ実は脅しじゃないです」
「え、そうなの?」
「はい」
よくわかってない先輩方に、かるく説明した。
「というわけで、国だってバカじゃない。把握しているんですよ」
「把握したうえで放置してるの?あれを?」
あれって、私もそうだけど、みんなも口悪いなぁ。
「もういいから切り捨ててくれ、みたいなオファーはもう国王陛下から届いてるそうですよ。つまり」
「え、それって」
「はい、あちらでも準備完了していたって事です」
「……こわ」
引いている先輩方に、いちおう追加説明をした。
「おっしゃりたい事はわかりますけど、これは当然ですよ。
あの国王陛下が、この事態を放置しているわけがないです。
さすがに処刑は最後の手段でしょうけど。
でも、廃嫡か臣籍降下か知りませんけど、きっちり切り捨てるかと」
「ンーでも親子だよ?」
「何度かお話いたしましたが、国王陛下は立派な方ですよ……まさに国王陛下としてね」
「そうか」
私の言いたいことがわかってくれたようだった。
「王族って厳しいんだなぁ。職務のためなら親子でも切るなんて」
「自分たちより領地が、国が優先ってのは王侯貴族なら当然ですからね。
というより、だからこそ特権も認められているわけですし。
ほら、昨年若い子襲いかけた事件あったじゃないですか?」
「おーあれね、うんうん」
「誤解されがちですけど、貴族ってああゆうの厳しいんですよ?
囲うのならちゃんと最低限の責任はとる、それは当然の義務です」
「そうなの?てっきり」
「いや、女作りまくったり遊興に浸ることは禁止してないですよ?
禁止してるのは、やりっぱなしで責任をとらずに放置したり、飽きたからって殺したり奴隷にして売り払う事です」
「そうなんだ、でもなんで?」
「国民は国の財産というのがひとつ。
もうひとつは国防上の理由からです」
「国防上?」
「騎士や貴族に女を送り込み、その女経由で牛耳るなんて、当たり前にやりますからね。
あちこち無責任に女を作るような人は、間違いなくやられますよ?
……ていうか先程、見ましたよね皆さん?」
え、という声がした。
誰かがアッという声を出した。
「えーと、それってまさか?」
「ええ、あのメメとかって女、少なくとも我が国の者じゃないですよ。
なまりと雰囲気はソリティア風ですが、実態は……くやしいけど私じゃ、どこの国だかわかりませんけど。
多重偽装しているかもですし、数カ国の相乗りもありえます」
「相乗り?」
「たとえば、数カ国合同でこの国を混乱させ、攻め滅ぼすんです。割譲する時にどこの利権をとるかで取引するんですよ」
「こわ」
皆の顔が渋くなった。
「さすが詳しいな」
「まぁ、こんなんでも元令嬢ですからね!」
「おお心強い!」
「エレぴーすごい!まるで本物みたい!」
「うわひど!」
「あははは!」
フンスとふんぞりかえったら、みんなで大笑い。
いやほんと、ここいいひとばっかだわ。
私のまわりは、やたらと人が多い。
ああもちろん派閥というかグループはちゃんとあるんだけど、私の場合はちょっと事情があってね。
私と、お世話してくれてるリンフとミンフって双子の女神官のまわりだけが、ちょっとした中立地帯みたいになっちゃってるの。
まぁ簡単に言えば、私がへっぽこ聖女ってことかな?
派閥なんて作るのがバカバカしいくらいの。
雨乞いをすれば、降るを通り越して大雨に。
魔力使い過ぎて、森の中で失神しちゃったこともあるねえ……あのときは、皆にしこたま怒られたっけ。
おまけに、修行が進んで力が大きくなったらなぜか生理が止まっちゃって。
病気かと見てもらったら、聖女としての力が無駄に大きくなりすぎて肉体年齢が上がらなくなったって。
貴族令嬢出身なのに生理も止まっちゃったら、もう貴族として嫁げないでしょ?
つまり。
このまま本当に聖職者に──へっぽこ聖女だけど、このまま頑張るしかなくなっちゃったってわけ。
いやもう、なんというか。
適性はあるってよく言われるのにねえ……なんで失敗ばかりするかな?
これでよく見捨てられないなと思うけど、なんとか生きてますよ、ええ。
リンフとミンフは、聖教会本部から派遣されてきたらしい。
理由は話してくれないけど、たぶん私が変わり者のうえにへっぽこなせいだと思う。
ごめんねいつも。
「エレナ様はそんなこと気にしなくていいのです」
「え、なんでわかるの?」
「お顔にでてますから。その、捨てられた子犬のようなお顔で」
「……」
あ、あははは……。
◆ ◆ ◆ ◆
貴族と聖職者は表面上こそ仲良くしても、上に奉じる存在が異なるわけで、根本的には折り合わないのが普通である。
しかし全く交流がないわけではなく、たまに貴族でありながら聖職者になったり、還俗して貴族に嫁いだりするケースはあった。
エレナ・ファルコンシア嬢は高位貴族の末娘であったが、あまりにも強い聖女としての才覚を発現してしまった。このため彼女の肉体は人間としての時を刻むのをやめてしまい、このため、彼女は貴族として子をなす事ができなくなってしまった。
ゆえに、大した能力もないのに教会に引き取られた……少なくとも当人はそう思っていたようである。
だが現実問題として、女神への祈りで天候すら変わる聖女が、ダメ聖女のわけがない。
むしろ、あまりにも巨大な能力ゆえに浮世離れしてしまっていたと思われる文献が多数残されており、おつきの神官がいたのもそのためと推測させる。
このエレナ・ファルコンシア嬢であるが。
皆様も気づいておられるように、今も聖国におられる「森の大聖女」エレアンナ様のご本名なのではないかとされている。
現在、都の北にある精霊の森深くで暮らしておられる彼女は、その多くが謎に包まれているのはご存知の通り。
今回明らかになったエレナ嬢の物語が、エレアンナ様研究のため少しでも役立つことを願ってやまない。




