あるお馬鹿の話
4月バカとは関係ないけど4月バカ記念です。
異世界召喚といえば、他の世界から戦士などを呼び込む際の定番と言われる。
だが、自分の意思に反して突然よその世界に誘拐され、その世界のために命をかけて戦え、などとその誘拐犯どもに頭ごなしに命令されて、ハイそうですかと普通に従うような底抜けのお人好しは普通いないだろう。まぁ実際、そういう事を見越しているからこそ、精神的に未熟な青少年を狙って召喚し、言葉巧みに従わせたり隷属させて使うわけだ。
だが忘れてはならない、相手は勝手の違う国からやってきた異世界人なのだ。
このため、時には誰も得しないような問題が起きてしまうことがある。
今回紹介するのは、ちょっとおバカな者の話である。
◇ ◇ ◇
話に聞く異世界召喚というのは初体験だが、ちょっとありがたいことがあった。
これは、この世界の女神様が俺の魂を古びた肉体から抜き取り、転生に切り替えてくれたからだ。
え、理由?
おっさんだと成長限界があるから子供からやるべきだとさ。
そもそも召喚ってのは相手をあまり選べないそうだし、大人になった人間に無理な力を植え付けたら寿命を縮めるのでやりたくないそうだ。
その言葉と応対には、女神様の誠意を感じた。
別人になるので元の世界に戻れないと言われたが、まぁそれは仕方ないだろ。
で、スキルをどうするかと言われたけど、俺は健康で丈夫で、ひとに嫌われない程度の容姿があればいいと言い切った。
不思議そうに「それでいいのか」という女神に「たったひとりの英雄様なんてロクな結果にならねえよ。それより、仲間を集めて皆でがんばる方が、後々を思えばいいと思わないか?」と。
なるほどと女神は納得し、他に希望はないかときいてきた。
俺は「そうだな、健康で友達がいて、あとは賑やかで楽しい人生なら嬉しいかな。俺、ぼっちだったし」と正直に言った。
そんな俺を女神様は微笑ましげに見て「ええ、では、楽しめる人生を用意してあげます。そのかわり、あなたは世界を救う立役者として頑張ってくださいね」と、くすくす笑いながら言ったのだった……なんだかな。
そんなわけで俺、公爵家の末っ子パトリック・ルイズは転生者だ。
高位貴族といっても末席だし、すでに俺らの世代は立太子も終わっていて、権力争いに巻き込まれることは皆無だ……だけど魔物の活性化が騒がれていて、大人たちは戦いにそなえて右往左往しているようだった。
え、俺?
たった3つのガキが戦争にいけるわけもなく、高齢出産で後宮でまったりしている母上と一緒ですよ。
兄上たちの中には母上の顔も知らずに成人した者もいるそうだけど、いかに正室の子といっても末席もいいとこの俺は重要視もされず、俺を生んだことでさすがに若さを保ちきれなくなってきた母上も、いいかげん子供を政争にさらすのはごめんだということで、俺は親子水入らず状態で後宮でのんびり育っていたのだ。
とはいえ、戦いにはそなえている。
女神様の言葉が正しいなら、俺は仲間をひきいて戦いに出るはずなのだ。まだ3つとはいえ準備は忘れちゃいけないよな。
「『光!』」
前世末期の俺の薄毛も輝けとばかりにペカーッと光が出る……のはいいんだが、たかが光程度で疲労がでかい。
はぁはぁとためいきをついていると、母上が汗をふいてくれた。
「すばらしいわねパトリック、もうこんなに光を維持できるなんて」
「ありがとうございます、でもまだ全然です。未来にそなえなくては」
「魔物との大きな戦いがくるという女神様のおつげね?」
「はい」
うなずくと、母上は大きくうなずいた。
「パトリック、気持ちはわかりますが急いてはダメ。
女神様が告げられたということは、いずれそれは起きるでしょう。
しかし、おまえはまだ3つ。ともに戦う仲間もいないし、まだ魔力も弱い。
これから鍛えていけばいいのですよ?」
「それはそうですが」
「パトリック?」
「……はい、母上」
母上は、俺の女神の話を子供の妄想と切って捨てなかった。
あとから知ったことだが、魔物の活性化の裏には魔王がいるという説もあり、王族とはいえ末っ子の俺は軍属などに回される可能性が高い。
俺の言葉通りに戦いに行かねばならない可能性は高く、女神様の勧めるように仲間を集め、共に鍛え上げるのは悪くない考えだと母は思っていたらしい。
そんな母心を知るよしもない俺は、理解のあるやさしい今生の母が大好きだったが。
さて。
「汗びっしょりになったわね……パトリック、お風呂にいってらっしゃい」
「お風呂に?いいのですか?」
ここの後宮のお風呂はレディーファーストが基本だ。当然、男の子のうえに王族とはいえミソッカスの俺は後の方のはずだ。
「今日はいいのよ……うふふ」
「?」
「まぁ、いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
母の言葉を疑わずに風呂に向かった俺は、それが後宮の女たちに仕組まれた悪戯であることを知らなかった。
……そう。
暇をもてあました後宮の女たちは時々……具体的には春の朔の日、面白おかしいイベントをわざと起こすものらしいのだ……うかつにも俺は知らなかったんだが。
(朔の日→新月の事で、陰暦では文字通り、月のはじめの日を意味する)
この世界の風呂、特に大風呂は懐かしい日本の風呂とほぼ同じである。
もともと国の近くに火山脈があるようで、温泉が多いのだ。このため入浴の習慣があり、温泉のないところでも火魔法などを駆使することにより、ほとんどの地域で公衆浴場くらいなら利用することができた。
そんな風呂だが、珍しく静まり返っていた。
いつも大人の騎士などと一緒のお風呂なので、賑やかであることを思うと寂しいとも感じた。
衣服を自分で脱ぎ捨てて誰かを呼ぼうとしたら、いつのまにか現れたメイドが預かってくれた。なぜか母と同様に笑顔で「楽しんでらっしゃい」と意味のわからないことを言った。
なんなんだ?
よくわからぬと思いながら堂々と中に入り、身体を流してから湯船に使った。
「ほう、いい湯だ……ん?」
その時になって、俺はようやく先客がいることに気づいた。
しかも小さい、俺と大差ない子供のようだ。
あららと思った俺は同時に、ははーんと母上たちの思惑に気づいた。
王宮というところは縦割りになりがちで、後宮でも子供同士の交流はなかなかしにくいものだ。
だからおそらく、子供同士をひきあわせてみようという事なんだろうと。
結果としてその予想は半分だけ正解だったが、俺は迷わずその影に近づいていって……。
そしてフリーズした。
そこにいたのは、頭にタオルを巻いた女の子だったのだ。
俺と同い年か、もしかしたら一つくらい上かもしれないが。
……母上、さすがにちょっと悪戯が過ぎませんかね?
「よう」
俺はつとめて明るい声をかけた。
「!」
女の子の方は完全に警戒してるみたいで、お湯の下の手は必死に胸やら下やら隠し、ちぢこまっていた。しかしお湯が透明なので、その隠しているところまでもよく見えたのだが。
俺はそっちを見ないふりしながら声をかけ続けた。
「ああ、母上たちも酷ないたずらをするものだな……心配しなくてもいいよ。
俺はパトリック・ルイズ、ルイズの末っ子だよ。君はなんていう?」
「……め、メイマ・ランソン」
「メイマ……ああ、ランソンの末っ子かぁ、なんだ仲間じゃねーか!」
そういうと、女の子─メイマは不思議そうに俺をみて「なかま?」と首をかしげた。
「ルイズもランソンも、めんどくさいのはみんな終わってるからな。俺たちゃ気楽なおミソで、どうでもいい末っ子だろ。違うか?」
「あ」
どうやら理解したらしい。
「ところでメイマ、俺は母上に騙されてここにきたんだ。先にお風呂入りなさいってな。
メイマはどうして来たんだ?」
「えっと、ルイズの末っ子の『おてつき』になれるからって……うち、お金ないから」
「うわぁ」
生々しい話だった。
「おてつきって、何考えてんだよ……メイマはいくつだ?」
「3つ」
「なんだ一緒か、俺も3つだ」
俺はためいきをついた。
「幼稚園児を風呂でひきあわせて、おてつきとか……脳みそ腐ってんのかよ」
「ヨウチエンジ?」
「気にするな、メイマは知らなくていいことだ」
前世記憶のある俺にはわかるけど、リアル3つのメイマに親たちの悪戯の意味がわかるはずがない。
いくらなんでも、こんな小さな子にこんな事するか?
どうせメイマが泣き出すとか、そういう「子供らしい」微笑ましい展開を狙っていたんだろうが。
俺は自分の歳をたなにあげて、母親たちの悪趣味な悪ふざけにむかっ腹を立てていた。
「しかし、そうか……ランソン家ってそんなお金ないのか?」
大人同士ならできないド直球だが、子供同士ならまだ許されるだろう。
「うん、ない。いつもお父さまは怖い顔をして、お母様も鬼バ(ハッ!)」
途中で途切れたが、内心で母親を鬼ババア呼ばわりしているのは確定だった。
ははは、なんだかんだでこの子も負けてないな。
そんなこんなをしているうちに、俺にもちょっと、いたずら心が湧いた。
どうせ母親たちは、ちびっこ同士のお茶目な出会いを演出したつもりなんだろう。さすがに風呂には入ってこないけど、脱衣場に誰か待機してて、この子が泣き出したりしたら保護するつもりなんだろうし。
フン、なんか気に入らないな。
「なぁメイマ、おまえ魔法使えるか?」
「んー……すこし」
「何が使える?」
「ほのお、それから……やみ」
闇のところはちょっと悲しそうだった。
あーうん、闇属性はよくいじめの対象になるからな。
しかし。
「炎と闇か!すごいじゃないか!」
「え?」
ぽかーんとするメイマに俺は続けた。
「俺も魔法使えるけど、光と水なんだ。
二人あわせたら、かなりイケるんじゃねーか?」
「……そうなの?」
「ああ。
おまえ、かなり魔力がありそうだからな。
その歳で炎と闇なら、もういち属性くらい目覚めるかもだし」
よしよしと俺はうなずいて、そして続けた。
「なあ、メイマ……おまえ、本当に俺のお手つきに、相棒になる気はあるか?」
「え?」
話を理解できてないメイマに、俺は続けた。
「といっても、そうだな……俺たちまだ子供だから、本当の意味のお手つきにはなれないんだ。
だから、代わりにおまえに印をつけてやる。大人だったら誰でもわかる印をな。
お手つきになったかって言われたら、そいつにその印を堂々と見せてやれ。お手つきになったって」
「よくわかんないけど……うん、わかった」
「よし。だったらちょっと立て」
「え、立つの?」
「ああ……おまえに変なこと吹き込んだ奴を脅かしてやる」
そういうと、俺は精霊たちに声をかけ、右手の指に集まってもらった。
■ ■ ■ ■
ふたりの子供に悪戯をしかけたルイズとランソンの家人たちは、メイマ・ランソンの下腹部につけられた精霊文字の刻印にビックリ仰天することになった。
精霊の刻印は、この世界では婚約の印である。
正妻以外の女にもつけられるが、どちらにしろ「彼女はもらいます」と精霊に、ひいては世界に正式に誓いをたてないとこの印は決してつくものではない。
もちろん、炭やインクで描かれたわけではないから消せないし、そもそもつけられているメイマも抹消を拒否した。
しかも拒否の理由をきいて、大人たちは冷や汗をかいた。
つまり、パトリックはきちんと「お手つき」の意味を知っていた。
そして、わずか三才の子供に仕掛けるには趣味の悪い悪ふざけに腹をたてた。
さらにそのうえでメイマの意思をきちんと確認し、お手つきより上位の「婚約印」の契約を即興だが正式に行い、メイマの下腹部にしっかりと印をつけて返した事になる。
「ハハハ……凄まじい意趣返しですな……本当にパトリック君は三才なんですか?」
「いや、うちでもこれほどとは……だいいち精霊儀式ができるということは精霊も扱えるという事ですし」
大人たちは頭を抱え。
そしてしばらくの後、パトリック・ルイズとメイマ・ランソンの婚約が発表されたのだった。




