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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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マミと呼ばないで

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名はマサミ。

 異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 聖女が逃げ出した。

 そのニュースは聖女を召喚した国だけでなく、かの国を中心とする西側世界のすべてに広まった。

 

 歴代聖女の中でも珍しく、魔法に秀でた天才と言われていた今代。

 本来の能力である『浄化』『癒やし』のみならず、さまざまな方面での活躍が見込まれていた。

 だが身体能力は今までの歴代聖女同様に低いうえ、性格も非常に従順であった。だから召喚した神官たちも危険視することはなかったという。

 

 聖女は神がもたらした恵みの雨のようなもので、人間の形をしているが消耗品にすぎない……それがこの世界の人々の認識である。

 だが、わざわざその消耗品ごときを聖女と祭り上げてきた背景には理由があった。

 

 ひとことでいえば、聖女の力の原動力とは慈愛の心だからだ。

 

 無理やり力で従わせたり洗脳したのでは、最高の性能は発揮されない。

 だからこそ王命で親しく接するよう徹底させたし、聖女の好みそうな美形の異性も用意してきた。

 それでこそ聖女は自らすすんで自分の命を削り、自分が壊れて廃物になるまで世界を浄化してくれる。

 神の遣わしてくれた使い捨ての道具なのだから、きっちりと最後まで使い潰すのが敬虔なる人の道。

 で、使い物にならなくなれば速やかに処分し、準備しておいた次の召喚を行う。

 このあたりも徹底的に合理化ができており、なんの問題もなかった。 

 

 誰が予測したろう。

 大人しく従順に見える聖女が、実はこちらを利用していたなどと。

 ひっそりと力をたくわえ、技術を、手段を溜め込んだ聖女はある日、一陣の風のように姿を消してしまった。

 部屋などに残留していた魔力から、ただちに追跡魔術が起動されたのだが、この追跡は失敗に終わった。

 痕跡を追いかけて捕まえてみても、そこにいるのは犬や猫といった動物ばかりだったからだ。

 魔術師どもによると、追跡できないように残留魔力を偽装することは不可能ではないらしい……ただし、なかば伝説となっているような古代の超魔術ではあるが。

 なんと。

 いらぬところまで、とんでもなく規格外すぎると王や貴族たちは眉をしかめた。

「だいいち、何が不服だというのだ!

 奴隷用とはいえ屋根のある部屋に入れ、服を着せ、食事までとらせておったではないか!」

 

 聖女には世話役の侍女がつけられていた。

 といっても侍女というのは名義だけで、現実には聖女を飼うために連れてきた獣人である。

 いくら神から与えられたものとはいえ、得体の知れない異世界亜人の侍女をしたがる人間なぞこの世界にいるわけもなく、同じ道具である獣人をいくらか買ってきて、その中から使えそうなのを侍女として聖女の世話をさせたというのが実際のところだった。

 コレを締め上げれば何か情報を吐くかもしれぬ。

 拷問の前に、一発ぶちこんで遊びたい本音を隠そうともせず、何人かの好き者がニヤニヤ笑った。

 だが、彼らの試みは失敗してしまう。

 なぜか?

 なんと、侍女を拷問にかけようとしたらあっというまに燃え上がり、ただの紙切れに戻ってしまったのだ。

 ひとが紙切れになる?そんな馬鹿な。

 魔術師団長の解析によると、ゴーレムに似ているが異世界語によるまったく異質のものだという。

 なんと、オリジナルの魔術まで密かに編み出していたというのか!

 

 底知れぬ聖女の能力に恐れが広がったが、同時にひとつの提案もなされた。

 

 野にあっても聖女が聖女であるならば、どこかで聖女の浄化を使った事件を起こすだろう。

 聖女というのは召喚の際、神によって身体を作り変えられており、聖女としての能力を使わずにいると神力をもてあまし、最終的にはおかしくなってしまうのだという。

 実際逃げ出した聖女は過去にもいたが、必ず出先で見知らぬ誰かを救い、目立つ行動をしがちなのはそのせいだという。

 とにかく噂を集める事が先決だという話になったのだが。

 だがその認識もまた今回、完全に裏切られることになった。

 なんと聖女は浄化をまったく行なわなかったのだ。

 たまに聖女と思われる人物の話が出るが、追跡ができるほどの情報は得られなかった。

 

 一度に召喚できる聖女はただひとりで、その者が死なない限り、次は喚べない。

 つまり浄化を行うためには聖女を探し出し、無理やりでも浄化させるか殺すしかないのに。

 

 人々は口々に「不良品」の聖女を呪いつつ、捜索隊という名の討伐部隊を編成するのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 近年人気の子供むけ創作劇である『戦乙女マミ』。

 主人公のマミ・サラートのモデルがこの『反逆の聖女』マサミ嬢である事は記憶に新しい。

 ちなみに彼女をマミと呼んだのは近年の劇作家でなく、当時の獣人族たちだというが詳細はよくわかっていない。

 

 記録によれば結局、この時代の人間族たちはマサミを取り戻せなかったという。

 別に異世界人に頼らずとも自分たちで浄化すればよかったのにと思えるが、当時は浄化など神に選ばれた人間のすることではないと考えられており、執拗に聖女の捕獲または処分にこだわったらしい。

 結果として、人間族の第十期文明は浄化しきれない汚れにより多くの問題をはらんだままつぶしあい、ことごとく滅亡していった。

 現在生きている我々はエルフ領などで保護され、生き延びた民の子孫にあたる。

 

 そのマサミ嬢であるが、人間の国を逃げ出したあとは獣人の里に逃げ込んだ事がわかっている。

 仲良くなった獣人侍女の手引きによるものだが、かの地ではマサミ嬢は聖女でなく魔道士として過ごし、聖女の神力は魔力に変換する道具を開発、魔法強化に役立てていた。

 もとより聖女が浄化する「汚れ」は当時の人間社会そのものが原因であり、一種の公害のようなもの。他種族にとっては対岸の火事に近いものがあった。

 まったく問題ないわけではないが、人間側の文明が滅びれば、自然と「汚れ」も自然界のレベルで落ち着くだろうとされていたので、マサミも力をふるう必要はなかったわけだ。

 ちなみに、一度に呼べる聖女がひとりという話だが、これは事実らしい。どうやら召喚術式の欠陥で、同一個体を複数喚ばないための安全機構の設定ミスだと最近の陣形解析で判明している。

 マミの時代の彼らは魔法陣を設計したり修理する技術を失っており、訂正は不可能だった。

 

 マミのトレードマークである猫耳カチューシャと猫しっぽ。創作だと言われがちだが、実は本物のマサミもちゃんと装備していた事がわかっている。

 オリジナルは侍女が手作りし、マサミが強化と付呪を行っていた。

 それは侍女の猫耳としっぽがお気に入りで「わたしにも耳としっぽがあればなぁ」と嘆くマサミのために侍女が作ったもので、ふたりがとても仲良しだった事をしめすエピソードとして知られている。

  

 ところで余談であるが。

 当時から一部獣人と吟遊詩人はマミと呼んだが、当人はマミ呼ばわりを嫌がっていたという。

 なんでもマミという名にはトラウマがあるそうで「マミるのはイヤー!」などと、なぞの叫びをあげていたらしい。

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