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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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さびしいのはイヤ

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名はナナ。

 異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あなたは、しにました。

 その言葉を眼の前の担当らしき人(?)に聞いた時、私はただ「そうですか」と告げた。

「おや、ずいぶんと淡白ですね?」

「そうですね、ぼっちが長かったですから。むしろ肩の荷が降りた気持ちです」

 両親も死に、たったひとりしかいなかった友達とも疎遠になり、それから何年かかったろう。

 コミュニケーションの苦手な私は結局、新しい趣味の友達ひとつ作れずに終わってしまった。

 ただ、ひとつだけ幸いだなと思ったのは。

 死の瞬間のことはよく覚えてないが、幸いにもあまり苦しまずにすんだらしいことだ。

 よかった。

 長く苦しんだら自分も大変だけど、多くの人に迷惑をかけてしまうのもつらかったからね。

 ま、いいか。

 どのみち私の生は終わったわけだし。

 今後の自分がどうなるかと思うと不安も多少あるけど……?

 いや、まてよ?

 首をかしげていると、担当さんが「あ、気づかれましたね?」と笑顔になった。

「あの、なんで私はここに?」

「実は、あなたはこれから新たな人生に向かうことになりまして」

「え、転生ってことですか?」

「はい」

「もう?早くないです?」

 さすがにうんざりした。

 ひとりぼっちも嫌いじゃないけど、さすがに人生のラスト二十年の孤独は、ちょっと疲れた。

 またあんな人生は、ちょっときついなぁ。

 そうしたら、担当はにっこりと笑った。

「次の人生には、今回の教訓を反映できますよ?」

「え、そうなの?」

「はい」

 そうなると魅力的かもしれない。

 次の人生は……そうだな。

 うざいくらいに人、人、ひとの人生というのも面白いかもなぁ……いやまてよ。

 ああうん、そうだな。

「実りある人生っていうのは可能ですかね?」

「といいますと?」

「独身ぼっちの人生でしたからね、今度は孫に囲まれるような人生がいいかなと。

 ま、相手がいなきゃ自分の孫なんて無理だろうし、ひとの縁でできた孫的存在でもいいですけど」

 こんな縁で私なんかと結ばれる人がいたら、その人こそ不幸だろう。

 だから配偶者は無理には求めない。

 ただ、さびしさのない人生があればうれしいなと思ったんだ。

 そう正直に告げたら、担当さんは微笑んだ。

「はい、その願いでしたら叶えられます……というか、引く手あまたですよ」

「え、そうなの?」

「孤独を抱えて亡くなられる方は最近多いんですよ。

 でも、寂しいからって誰にでもよりかかられないでしょう?特に近年は隣人を信じられない時代ですし」

「……たしかに」

 ものすごく身に覚えがあった。

「あと、もうひとついいですか?」

「なんですか?内容によりますが」

「私の記憶は、新しい私には引き継がれるんですか?」

「できると思いますが、そうしますか?」

「いえ、望みません」

 私は首を横にふった。

「ただ、たったひとつだけ、新しい私に伝えてほしいことがあるんです」

「ふむ、なんでしょう?」

「ひとりぼっちはつまらないよ、みんなでいこうって」

「……ふむ」

 担当さんは少し考え、そして。

「わかりました、たしかに伝えましょう」

 そう約束してくれたのだった。

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

「ナナぁ、おちっこー」

「はいはい、もうちょっとだからねー」

 背中にしょった幼子が、むずがりはじめた。

 この子、サンクは一番下のおちびさんで、おまけに唯一人の男の子。実はとっくに自分で歩きだしているのだけど、まだ唐突にすっころぶうえにどこに行くかわからないので、今のところ外出時はおんぶしている。

 上の子たちは、今日は珍しくお留守番。

 だけど子供たちの雰囲気からすると、何かやらかしそうな悪寒……帰るのが怖いわ。

 さてさて、おむつのガードがあるといっても、わざわざ背中にぶっかけられたいわけじゃない。

 帰るとしますか。

 

 

 私たちが暮らしているのは、大きな大きな大都市の、忘れられたような小さなすみっこにある小さな家。

 一応、法的には教会になっているんだけど、実際にはなかば孤児院として機能している。

 え、なんで一応かって?

 そりゃあ、私も一応シスターだからね……正論吐いて放逐されて、ここに転がり込んだという意味では私も孤児のお仲間みたいなものだ。

 本来、私はここで自殺するつもりだったのだ。

 だけど。

「ただいまー」

 ありゃ、誰もいない?

 へんね、気配はあるんだけど、何やってるのかしら?

 とりあえずサンクをトイレにつれていく。

 おしっこさせて後始末をする。もらしてはいないらしい。

 よしよしと褒めてやり、また背中にしょった。

 そして、皆を探してメインホールの扉を開いたところで──。

 

 

「ナナ、お誕生日おめでとー!!」

 

 

「……へ?」

 私はその時、ぽかーんと周囲を見てしまった。

 飾り付けられた部屋。

 笑顔の子供たち。

 そして──『ナナのおたんJようび』と、へたくそに書かれた垂れ幕。

 その意味の示すものを知った時。

 

 ──私はなぜか、ぽろぽろと涙をこぼして泣いていた。

 

 わけがわからない。

 たしかに嬉しいけど、でも。

 どうしてこんなに泣けてくるのか、自分でもさっぱりわからない。

 ただ。

 

「ナナ、ナナ、どうしたの?ぽんぽん痛い?」

「ちが、ちがうのよ、うふふ、ありがと、ほんとに……」

 

 私はしばらく泣き止むことができず。

 そして。

 泣きはらした目で、私の、はじめてのお誕生会が始まったのだった。

 

 

 私がこの教会にやってきたのは、行先がなくなって途方にくれたためだった。

 とりあえず、誰もいない教会にいれば雨露はしのげる。

 行き場のないシスターなんて、餓死するか異教徒に体を売るしか道は残されてないと聞いていた。だから、放逐された私の末路なんて、そんなもんなんだろうと考えていた。

 死にたくないし、体も売りたくない。

 そんな時、私は出会ってしまった……子供たちに。

 やせこけて、こちらを見る目。

 こちらを物欲しそうに見ながらも、あきらめてしまっているような目。

 

 気づけば自分の立場も忘れて、彼らの食事を作っていた。

 

 収入面の手配には苦労した。

 ただ、幸いにも私は一応、書類上はちゃんと今もシスターだった。

 そこで、この教会が絶賛放置中だけど、実は正式には運営中なのに気づいた私は、ダメ元で臨時のシスターとして登録した。復旧して運営させますから、援助お願いできますかと。

 担当で出てきた人は、中央教会では見たこともないような、あきらかに土着とわかるおばあさんだった。

 そのおばあさんは私の姿と、背負っていたちびすけを見て、あと何人いるんだいといきなり聞いてきた。

 どうやらお見通しらしい。

 私は正直に、あとの人数と、自分自身も食べるものがない旨を述べた。

『彼らを食べさせ、教育をほどこし、いずれはきちんと社会に旅立たせるつもりです』

『おやおや剛毅なことだ、お嬢ちゃん。それは本当に大変なことだよ?』

『もちろん、できるだなんて豪語はできません、今後も泣きつくこともあるかもしれません。

 だけど、この子たちをほっとけないし、やる前からできないとも言いたくありません』

 そういうと、おばあさんは大笑いした。

『今どき珍しい子だね、ま、いいだろ。

 セント・マリカス第六教会を臨時の孤児院兼業に指定し、生活費を支給しよう。

 ただし──無為徒食が許されるのは長くて一年だ。

 家庭菜園、道具の修理、なんでもいい。

 援助するに足りるだけの価値を少しでも示さないと、援助を打ち切らざるをえなくなるからね?

 覚悟おし』

『はい、わかりました』

 

 そんなこんなでまぁ、小娘の身でいきなり孤児院をやる事になってしまったわけ。

 

 ありがたかったのは、私の元の職業がシスターだったこと。

 この世にある女の職業で、とにかく体力を求めるのの代表格がシスターという仕事なのだ。

 それはいろんな理由なんだけど、とにかく私は体力で困る事はなかった。

 次に助かったのは、ご近所の方々だった。

 お化け屋敷状態の教会に得体の知れない子供たちが住み着いたという事で、彼らは戦々恐々していたらしい。

 でもそこに、まがりなりにもシスターがやってきた。

 そして教会兼孤児院として運営開始したことで、徐々に彼らも話をきいてくれるようになってきた。

 まだ現状では教会らしい事は何もできないんだけど、シスター・ナナなんて恥ずかしい呼び名で近郊の村にも知られ始めているらしかった。

 

 

 ……で、話は今に戻る。

 

 

「これ、あんたたちだけで準備したの?飾りは?」

 尋ねてみると、納屋の中に大昔の飾りみたいなのがいっぱいあったという。

 ああ、なるほど。

 それで聖職者的目線で見ると、悲鳴があがりそうな凄いもんまで飾りつけに使われているのか。

 うん、あれだね。

 これはこれでお礼を言いつつ、見られたらまずいもんは使うなって教えないとまずいねコレは。

「食べ物はどうしたの?料理は皆でしたの?材料は?」

「料理は僕たちでやった。材料は、フェンダさんやゴーロさんたちがくれた」

 つまり、ご近所さんに事情を話して少しずつもらったと。

 うん、なるはやでお礼して回らないとね。

 で、今、私が言うべき事は、たったひとつだけだった。

「──ナナ、ごめん怒った?」

「まさか、怒ってなんかいないよ?

 ただ、飾り付けに神様のものや聖者像を使っちゃってるのがちょっと、困ったなぁって」

「!」

 上の子が、アッと気づいた顔をした。

「ああ、いいのいいの。そういうのは明日にしよう、ね?

 今はそれより……みんな、うれしいよ、本当にありがとね!!」

「「「!!!」」」

 みんな、パァァァーッと幸せそうな笑顔になっちゃった。

 

 まったく、嬉しいのはこっちだっての。

 私は、あんたたちにそんな慕われるような人間じゃないのに。

 その笑顔は私が、あんたらに浮かべるもんなのに。

 ほんと。

 ほんと、なんていい子たちだろ。

 

 …っといけない、また泣いちゃいそうだ。

「さ、食べよう食べよう!!」

「「「はーい!!」」」

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 セント・マリカス第六教会の心優しき無位無官のシスター『ナナ』。

 彼女についての情報は、ほとんど残されていない。

 ただ、世界に名を馳せる屈強の傭兵団『マリカスを護る団』が中枢を置いていたのがセント・マリカス第六教会であり、彼らの最盛期ですらこの教会は教会兼孤児院として運営されていた事がわかっている。

 記録によるとシスター・ナナは、わずか十七歳にして無実の罪で中央教会を放逐。浮浪者のような姿で放置されていたセント・マリカス第六教会にたどり着いた。

 そして、そこに住み着いていた孤児たちを手懐け、彼らを保護しつつ社会化支援のための孤児院を設立したと言われている。

 

 本来、現場経験のないシスターにこのような仕事を任す事などありえないはずである。

 教会の研究家によると、セント・マリカス第六教会は田舎すぎた事、土地の住民の改宗率が低くて中央の援助が得られないままに前の司祭が亡くなってしまい、後任者もなく放置されていたのだという。

 つまり運営中という体裁を少しでも整えたい者、現状をよく思っていなかった関係者、そして住み着いた本人たちの思惑が一致した結果、彼女の孤児院は活動を開始できたのだろうとのこと。

 ナナのこのあと、一切世に出る事なく第六教会のシスターとして生涯を終えた。

 しかし孤児出身でない一般傭兵にもマリカスのおふくろさんと慕われ続け、大勢に惜しまれながら、微笑んで世を去ったと伝えられている。

 

 また、ナナには実子がひとりだけいたとも言われる。

 これは勇猛を誇る傭兵団の団長であるサンク=ガイタ・ロワに息子がおり、しかし母親不明であったこと。

 そしてシスターがある年、半年ほど療養生活になって孤児院の女子たちがサポートをしていた事があり、これらを根拠としている。

 しかしこれらについては証拠もなく、都市伝説という説もある。


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