苦学生
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その人の名はマヤ。
異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
「この依頼、お断りします」
「は?」
きっぱりと拒絶の意思を示した少女に、周囲の大人たちは目を白黒させた。
「そもそも、なぜ私のところに持ってきたのですか?
私は学園で学ぶために学費をため、この日のために頑張ってきたのです。
なのに殺人事件の犯人を探して学園に潜入せよというギルドの仕事を受ける事はできません。
それはこれから出会うご学友を、先生方を犯人候補として見よという事です。
そういう事のできる人もいるのかもしれませんが、私には無理です。
私には勉学と潜入捜査の両立はできません」
少女……マヤの言葉には一切のウソはなかった。
事実、マヤは学園で学ぶために数年かけてお金をため、学費と数年分の生活費を工面したのだから。
やっとこさ入学できる、三年間という期限付きだが勉学の日々を送れるのだと意気揚々と学園都市にやってきたのだけど。
町についたと思ったらギルドに連行されて、在学中に中からの調査依頼である。
彼女が真っ当な冒険者なら、光栄と受けた案件なのかもしれない。
だけどマヤはそもそも冒険者ギルドに帰属心などない。
もとの世界で大学に行けなかったので、ゆっくり魔法の勉強でもしたいと思っていたのである。
そして好成績を上げる事ができれば、物好きな教授のもとで仕事をさせてもらえる日もくるかもしれない、なんて下心もちょっとはあったりもする。
そんなマヤにとり、冒険者ギルドからの仕事は寝耳に水どころの話ではなかった。
そもそも、学園に入るのでしばらく冒険者仕事はお休みしますと元の町のギルドでも伝えてあったはずだ。
なのにどうして、こんなことになっている?
「そう言われてもね、マヤくんが条件にピッタリなんだよ。
学園に入るのに年齢制限はないが、歳をとっていると目立ってしまう。腕利きのベテランはやりづらいんだ。
その点、マヤくんは非常に若いうえに腕利き、しかもこれから学園に入ろうというんだ。
依頼をするのは当然だと思うけど?」
「何度も言いますけど、私は在学中は冒険者仕事は休業すると伝えてあります。ゆえに依頼を受けるつもりはありません。
それでも依頼を受けろというのなら、それなりの代償を支払ってもらう事になりますが、いいのですか?」
「それはなんだい?」
「冒険者仕事を学園でする以上、そっちで学業はできません。
依頼終了後にいち学生として過ごそうとしても、学園側も、生徒の皆さんもそういう目で見てくださらないでしょうしね。
ゆえに、依頼の達成可否に関わらず、終了後に別の学園に行きますので、そちらに無試験編入の手配をしてもらいます。
試験を受ける許可などではなく、問答無用で一般学生として入れる手配です。
……こんな仕事をさせるのですから、当然、代償として手配できますよね?
もちろんこの場での口約束ではだめです。
書面で、該当の学院長の了承も得た正式なもので提出してください」
大人たちは眉をしかめ、お互いの顔を見た。
「……ずいぶんと無茶を言うものだね」
「いわせているのはそちらでしょう。
今まで、この手の報酬を求めて、その全てで何らかの形で裏切られてきていますからね。
冒険者は依頼の報酬を疑え、それが基本でしょう?
私の私生活をぶっ壊して仕事させるんです、引き受けるなら当然、私の受ける損害に見合って余りある報酬を出してもらいます」
「……おい、ふざけるんじゃないぞ、小娘」
大人のひとりがついに切れそうになっていた。
マヤはその大人を見て、ためいきをひとつついて、そして立ち上がった。
「なんだ、まだ話は終わってないぞ」
「いいえ、終わりですよ。
たった今の、その人の言葉がその証拠です。
依頼は却下します。
では失礼します」
マヤはそれだけ言うと、大人たちが止めるのもきかずに部屋を出ていった。
大人たちはあれこれ話をしたが、結局、マヤを冒険者として強制召喚する事にした。
報酬については、在学時の学費の一部補助でもすればよかろうとの事になった。
だが。
翌日、マヤを召喚するため宿にいった担当官が戻ってくると、マヤは昨日のうちに宿を引き払っていたと報告した。
「もう学園に行ったのか?しかし宿を引き払うとは?」
「すでに連絡しましたが、学園には来ていないとのことです」
「ほう、面倒事をさけて行方をくらましたのか?」
ちんまりした見た目に似合わぬ行動力に感心する者もいたが、一部のギルド幹部は眉をつりあげた。
「今すぐギルドに招集連絡を出せ!」
だが彼らは半刻後、そちらもすでに手を打たれた事を知る。
そう。
冒険者ギルドには昨日のうちに退会届が出されており、すでにギルド員のカードまで返還ずみだった。
本来、高ランクの冒険者が退会するときには上が説得するために連絡が入る。
しかし書類を受け付けた受付嬢はマヤが実は高ランク扱いになっている事を知らず、書面通りの低ランクで普通に退会処理をしてしまったのだった。口座にも小銭しか残っていない。
ギルドの規約も強制も、すでにギルド員でない者には当たり前だが通用しない。
「人を出せ、捕まえろ!」
「すでに出してますよ。
しかし、そもそもマヤに捜査依頼の話があったのは、彼女が盗賊系の高スキル保持者でもあったからです。
正直、今回の依頼に間に合う時間では見つからないと思いますが?」
「……」
彼らは沈黙するしかなかった。
冒険者ギルドで大人たちが騒いでいた頃。
マヤは商業ギルドの一室で友人と話していた。
「それで学園行きをとりやめたんですか?」
「かかわらないようにっていっても、入学したら問答無用に巻き込んで、お仕事させられる可能性高いですし。
拒否したらなんだかんだでペナルティをゴリ押ししてくるでしょうし。
それに、かりに他の人が捜査に入ったとしても、そんな事件の起きている学園でゆっくり勉強できそうにないよ。
だったら、もう少し頑張ってロンドメリ魔法大学にしようかなって」
「おー、最高学府ですねえ」
「ふふ」
「それでマヤ、冒険者ギルドの方は結局?」
「はい、退会しました。
今なら書面上はまだ低ランクでしたから、窓口で普通の受付嬢にやってもらえば一発と思ったんですが、狙い通りでした」
「あっちの預金を押さえられたんじゃないの?」
「惜しいですけど、あっちは冒険者仕事用のプールにすぎませんから」
そういうと、マヤはためいきをついた。
(はっきりいえば、ロンドメリに行くのは大変だけど。
ま、日本で東大クラスに行くと思えば)
マヤは口には出さなかったが、別の可能性も考えていた。
つまり。
そのまま無関係として入学しても、入ってきた捜査官がマヤを巻き込むために、犯人側にあえて、マヤがギルドにつながっているという噂を流す可能性があるという点だ。
そんな形で巻き込まれては、たまったものではないし。
それに。
もしそうなったら、今度こそもうマヤは冒険者ギルドを敵対認定してしまうかもしれなかった。
マヤ本来の日本人的感覚なら、そんな非常識はありえないこと。
でもこの世界の冒険者と関わってきた経験は、それが十分ありうると考えている。
そして。
マヤの懸念を言わずとも読み取った友人は、ためいきをついた。
「心配している事はわかります、それは重要な警戒事項だと思います」
「うん」
「その意味でも他の学校に行く事を僕たちとしてもおすすめします。
冒険者ギルドの悪口を言うつもりはないですが……依頼第一の冒険者に現場でそういう『良識』を求められないと考えます」
「……」
「まぁ、僕らだって契約や取引で似たような事があるわけですからね。それぞれの事情があるのはわかりますよ。
でもね。
正直、僕ならマヤを敵に回すのは愚策だと思うんだけどなぁ」
「えっと、それはどうして?」
「その人となりを見て、信用できると思っているからです。
ぷらいすれす、というんでしたっけ?
信用や信頼は値段をつけられないほど大切、うん、よくわかりますよ」
「……なるほど」
◇ ◇ ◇
少女マヤの事件は当時の商業ギルドの記録から見つかった。
異世界人にまつわるトラブルはいくつかあるが、中でももっとも不幸な例が、権力をもつ者が何かをゴリ押ししようとして本気で怒らせるケースである。
確かに異世界人は穏やかで戦いを好まない者が多いが、決してただのお人好しではない。
また、圧力をかけて無理やり従わせるような事をすると強い不快感をもつ者も多い。
それでも、その場でキレるような者はむしろ扱いやすい方で、むしろ笑顔で了解し、一見するとおとなしく従っているように見えるケースのほうが、ずっと厄介事の種になりやすいという。
マヤの友人だった当時の商業ギルド員の日記によれば、マヤは二度と冒険者ギルドに戻る事はなかったらしい。
無事にロンドメリ大学で魔法学の教授の弟子となり、研究者生活を送ったという。




