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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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バイオハザード

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名はカネモリ。

 異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 とある世界で、異世界戦士の召喚が行われた。

 そして平均15歳、33名という若者の召喚に成功し、ただちに『女神の恩恵』の調査が行われた。

 そうしたところ、若干数名だが戦闘に全く不向きと思われる恩恵が見つかったものの、ほかは問題なかった。

 彼らを効率よく戦わせるため、戦士たちを2つの階層に分けた。

 高い戦闘力をもつ主役の上組と、戦闘力の低い、または非戦闘員の下組である。

 知識はあるが若者が多く、精神的にも未熟な彼らは扱いやすく、早くもヒーロー気取りの一部の少年や女子勢に人気のある者、戦いそのものを忌避する層などをうまく誘導し、お互いに反目させるようにした。

 特に知能が高く王などの命令に素直に従わない非戦闘型の恩恵の持ち主については最下層に置き、一部にある不満のはけ口とする事で役立たせた。

 まぁ、結果として『動物召喚』なる恩恵を持つ一名が失われる事になったが。

 このスキルは異世界より生き物を呼び寄せる事ができるが、犬猫レベルの、あまり強力とはいえないものしか呼び寄せられない。

 そんな微妙な能力でも家畜なども呼べたので開拓地では喜ばれるのだけど、戦いには向かない。

 また、その恩恵の持ち主である女は陰気な見た目に反して判断力に優れ、こちらの狙いをあけすけに見ている可能性が指摘されていただけに、うまく厄介払いができたと彼らは安堵した。

 

 だが本来、女神の恩恵で無駄な能力持ちなどないはずである。

 なのに彼らはこの者を勝手に「盾代わりに呼ばれた消耗品」程度に判断していた。

 死亡確認さえも適当にすませてしまった。

 それが後に大惨事の引き金になるとも知らず。

 

 

 女がいなくなって二ヶ月ほどたった頃、それは始まった。

 

 

 一部地域の村落の連絡が途絶え始めた。

 当初、それはあまり問題にされなかった。

 この世界のほとんどの国は貴族が権力を持っていたが、地方分権は進んでいなかった。各領地の民衆はそれらを支配する貴族にとっては搾取対象でしかなくて、そして連絡が途絶えた村落の多くは超のつく僻地で、まともに税もとれないような場所ばかりだった。

 こういう場所ではもともと税収も少なく、盾代わりに置かれているようなものだが、そもそも重視されていない地域なので今日明日どうという事にはならない。

 まぁ、半年以上なんの連絡もないならば調査員を出そうと結論づけられた。

 

 だが、さらに二ヶ月とたたぬうちに大きな問題が持ち上がり始めた。

 それは。

 

 それらの土地を独自に見に行った者がいるのだが、現地には病魔で全滅した可能性があるという。ただし流行病かどうかは判別できなかった。

 もし流行病なら大事であり調査が行われる事になったが、思わぬ事態で調査が進まなくなっていた。

「なに、調査員が風邪でダウンした?」

 初冬に風邪が流行るのは毎年のことだが、もろにぶつかってしまった。

 しかも運の悪いことに近年稀に見る大流行らしく、体が資本の騎士や冒険者ですらもやられているという。

 

「なんだろう、今年の風邪はひどいな」 

「女子供や年寄りを守れ、弱いものがかかると厄介だぞ」

 風邪というと軽く見られがちだが、こじらせると弱い者は命を奪われる事もある。

 特にこの年の風邪は心臓を痛めつけるようで、心臓の弱っている年寄りや体力の落ちている産後の女たち、まだ弱い乳幼児などが犠牲になりはじめた。

「おい、なんなんだこれ」

「西部の村じゃ全滅したとこもあると言うぞ」

「さすがにデマだろ、でも心配だな……おまえのとこはどうだ?」

「いやな予感がしてな、第一報の時に領地にこもらせたよ」

「そうか、それが賢明かもしれんな」

 確かにひどいのだが、それでも風邪には違いなかった。

 そして流感の規模というのは年によって差異があるものだ。

 だから「今年の風邪はひどいな、要注意だな」という程度の話題にしかならないはずだった。

 

 だがそれでも、一部の者は不穏なものを感じていた。

 また、だからこそ田舎に逃したのだろう。

 ……それが、もう遅すぎるのだとも知らずに。

 

 今年の流感は強さだけでなく、しつこさも異様だった。

 患者を長期間寝込ませて体力も気力も奪い続けた。

 さらに二週間もたつと、今度は心臓麻痺や各種の病気を併発して死亡する者が出た。

 これには国の医療関係も眉をしかめたのだが、それでも「体力を奪われすぎた結果、もともと弱いところが発病してしまったのだろう」と、風邪との直接の因果関係を否定した……公式には。

 

 だが裏では、彼らの精鋭はもっとまずい事態を懸念し、活動を開始していた。

 これはちょっと怪しいと。

 何か、おぞましい大流行病の兆しではないかと考えたのだった。

 

 

 だが結果的に言えば、彼らの行動は遅すぎた。

 なぜなら彼らは、微生物……目に見えない微細な生き物の存在を知らなかったからだ。

 

 過去の流行病対策だって、病に侵された村をまるごと焼き払う、道具類を酢に漬けるなどの原始的な対策をとるか、毒消しや快癒の魔法を駆使する以外の対応策がとれなかった。

 当時も多くの国民を失ったが、魔法を独占していたおかげで中位以上の王侯貴族は助かっていた。

 だからこそ彼らは今回も過去同様に「あの頃のようなひどい被害になるかもしれない」と考えるものの、それはどこか他人事でもあった。

 そう。

 王族かつ高位の王位継承者であり、きっちりと治療も受けていた王子のひとりが、流感から呼吸器をいため、ぜいぜいと苦しげに息をしながら死亡するまでは。

 

 この頃になってようやく、気づく者が増えてきた。

 さらに言うとこの時、例の異世界組の誰かが発した「インフルエンザウイルスって動物?植物?」という会話により、流感の裏に微細な生物が関係している事を、彼らはこの世界ではじめて知る事になった。

 ……微細な生き物だと?

 その会話を聞いていた宮廷魔道士のひとりが、先日、盾として使い潰されて「死んだことにされた」異世界女の持っていた恩恵を思い出した。

 ──まさか!

 ギョッとしたその魔道士はその事を王城の関係者に話し、そして事情を知る関係者は、この大流行を誰が引き起こしているかという可能性にとうとう気づいたのである。

 だが、存在すら忘れていたような女を、病魔で大騒ぎ中の状態で探せるわけもなかった。

 そして今の対応をそのまま続行させ……ただし王族や上位貴族の子どもたちだけは聖域とされる奥地に避難させる事になった。 

 そう。

 最悪の場合でも次世代は残せるようにと考えたのだ。

 

 だが、彼らの遅すぎる、しかも秘密だらけの対応は、さらなる大惨事を呼び起こした。

 奥地に一時避難させた先で患者が出てしまったのだ。

 原因となった侍女は王都にいる間から、彼女がお気に入りの王子のひとりにより治外法権状態で守られていた。魔法薬をこっそり服用し、症状を抑えることで健康を装っていたのだった。

 この疎開が「未曾有の事態に対応する緊急避難」であることを王子は聞かされていたが、詳細が秘密だったので勝手に事態を軽く見た結果だった。

 彼女がついに倒れた時には、すでに避難中の子女の多くが罹患してしまっていた。

 そして閉鎖空間で、あっというまに小さい子を中心に病魔は広がり。

 避難組は最終的に、守るべき肝心の子女のほとんどを失うことになった。

 

 これらの対処の混乱や認識の遅れが、事態をさらに、さらに、取り返しの付かない大惨事へと発展させていった。

 事情を隠した召喚国の関係者は最終的に全滅した。

 当初は「ひどい風邪」程度の流行だったが、一息ついた頃にさらなる強力な第二相の流行が覆いかぶさるようにしてスタート。長く寝付きながらも何とか生き延びていた者の、弱った体を容赦なく直撃した。

 各国の関係者が事態を把握する頃には、すでに状況は黒死病(ペスト)すらも越える地獄に発展していた。

 対応の遅れは、一部の地域ですむはずだった流行を、国を、地域を、どんどん越えて進んでいった。

 

 発信源の召喚国を含む、いくつかの国が国家として機能しなくなったのは、それからわずか四ヶ月。

 流行が収まり、無事乗りきった国々から大流行の終焉が宣言されたのは、それから二年後の事だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 カネモリという仮称のみが今も言い伝えられる女性だが、その能力については今もなお推測の粋を出ない。

 ただし彼女の持っていたという恩恵『動物召喚』については解析が進んでいる。

 それは、この世界の者にしてみれば、とるに足りない生き物を呼び出すだけのもの。

 彼女はその能力を用い、異世界から小さな生き物を呼び寄せたのだろう。

 ただし、一部の者が言うように病魔そのものを呼び出したとは考えにくいと専門家は指摘する。

『彼女が召喚したのはおそらく、流感にかかった何か、あるいは「ウイルス」を付着させたものだったのではないかと思われます』

 召喚された戦士たちによれば、流感つまりインフルエンザは生物の体の外では生きられないそうだが、同時に流行時に空気感染を引き起こす事があり、シーズンには帰宅時に手洗いなどが強く推奨されるという。

 この話の意味するところは簡単だ。

 流感をひきおこす生き物は、ごく短時間なら患者の体から離れても生きており、それをうっかり体内に取り込んでしまうことにより感染すのだろうと推測される。

 しかも「ウイルス」は毎年のように新型が生まれるほど変化の激しい存在だという。

 つまり、異世界よりカネモリ嬢の恣意あるいは偶然により召喚されたウイルスは、元の世界と違うこの世界で変異を引き起こし、かの大惨事の引き金になったのだろうと思われる。

 

 だが、彼女自身がかの大惨事を引き起こしたかったかというと、おそらくノーであろうと多くの研究家が指摘している。

 というのも。

 我々がそうであるように、かの異世界でも流感そのものは大病とは見られていない。

 だからむしろ、かりに彼女が召喚したとしても、それは嫌がらせ的な意味で召喚しただろうとの事。せいぜい風邪を流行らせて小さな騒動を起こし、それを高みの見物で笑い飛ばす程度のものだったろうと。

 しかも研究者によると、この大惨事はカネモリ嬢本人も巻き込んだ可能性が高いという。

 

 さて、彼女は病気でなくなったか、それとも逃げ延びたか。

 それは歴史のロマンの彼方である。


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