失敗の原因
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろう私とバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その人もまた、異界漂流者だった。
◇ ◇ ◇
「ほい、おつかれー」
「おつかれさまですー」
ちんとグラスを鳴らして一杯、ああおいしい。
「あいかわらず美味そうに飲むもんだ」
「お酒は好きですよ?強くないから、あまり飲めないんですけど」
近頃、妙に回数が増えている部長との飲み会だ。
昔はボンクラな問題児の私だから目をつけられてると思ったんだけど、なんか気がつけば部長の愚痴の聞き役になってしまっていたり。
──気がつけば めぐり続きし お客かな。
「勇者候補な、また逃げられたそうだ」
「またですかぁ?」
エール片手に鳥料理をつまみつつ、私はためいきをついた。
「部長、こんなこと言うのは不敬って言われそうですけど」
「ん?いいぞいいぞ、ここは無礼講だ」
あー、うん了解。
「そんじゃ、ここだけの話ではっきり言いますけど」
「うむ、聞こう」
「相手を納得させられるだけの対価を提示できてないのが問題なんじゃないでしょうか?
今のパターンを続ける限り、どんなに手を尽くしても任意で協力を取り付けるのは無理じゃないかと」
「ふむ」
そういうと部長は少し考え、そして言った。
「勇者には姫との婚姻、逃した者も叙爵は確実だぞ?これ以上ない褒美じゃないか?」
「部長、それはこの世界の者の価値観です。
そして彼らは異邦人です。
確かに婚姻も叙爵も凄い話ですけど、彼らにとってみたら、この世界でもらっても仕方ないものなんじゃないですか?
できるかどうか知りませんけど。
ベストを問うなら、元の世界で使える宝なり金子を持たせたうえで、関係者に「やむない事情でご子息をお借りしました」との詫び状をつけて送り返してあげられればいいんですが」
「……ふむ、でもなぁ」
「ええわかります、おそらく無理なんですよね?」
「む、そんな話をどこで?」
部長が眉をつりあげた。
「どこでも聞いてないし噂にもなってないです、私の想像です。
ただ、褒美の内容を考えてこう考えただけの話ですよ。
元の世界に返すこと、それと王族との結婚を天秤にかけるのかって。
帰す事ってそんなにも難しいのか、そもそも帰すつもりがないのかって」
「……」
「部長、言っておきますが、彼ら異世界人が逃げた理由は間違いなくソレかと。
つまり、帰れない、もしくは帰還の鍵がこちらの胸先三寸でいいようにされる運命にあると気づいてるんですよ。
で、そのうえで陛下や王女殿下から提示された条件を考えてみてください。
体よく道具にされるんじゃないか?
飼い殺されるか、用がすんだら始末されるんじゃないか?
少なくとも私が彼らの立場なら、そう考えると思うんです」
「……ふむ」
部長は私の顔を見て、そして、串焼きを見た。
「じゃあ、君はどうしたらいいと思う?」
「少なくとも帰れないのに帰れる、帰すと言うのはやめたほうがいい、それは不誠実かと。
だったらむしろ、帰れないと言ったほうがいいです……たとえそれが大人の事情で帰せないだけで、本当は技術的には可能だったとしてもです。
帰れない。
その事自体はウソじゃないでしょう?」
「……ふむ」
部長は納得したようにうなずいた。
「彼らの立場にたってみてください。
もし部長が突然に見知らぬ国の見知らぬ場所に転移させられて、魔族の王と姫が、おそろしい敵を倒すために戦え、戦うのが当たり前だと命令してきたらどうします?おとなしく従いますか?」
「その前提はおかしいだろう、我々は人間であり魔族じゃないぞ」
「それは我々の視点です部長、証拠もあります」
「……証拠?」
「我々自身です」
私は自分を指差してうなずいた。
「部長も私も、彼らを『異世界人』違う人種だと考えていますよね?
だったら彼らだって、我々を異世界人、自分たちとは違う人種だと考えているのではないですか?」
「!?」
部長は驚きの顔で俺を見た。
「部長、気づいてなかったんですか?」
「……おそらく陛下たちも、そこまではお考えではないだろうな」
「それはまずいかと。
いえ、異世界人という認識を変えろっていうんじゃなくてですね」
私は、大きくためいきをついた。
「魔族との戦いは、私たちにとっては大切な戦いです。
ですけど彼ら異世界人にとっては違うんです、本来は全く関わりのない異世界の戦じゃないですか。
なのに、きちんと状況を説明しようともせず、むしろ煙にまこうとしている。
これじゃあ何度召喚しても、今後も逃げられるか、協力するふりをして裏切られるかのどっちかだと思うんですけど……部長はどう思われます?」
「……?」
部長はなぜかこっちをみて、不思議そうな顔をした。
「なんです?」
「おまえは異世界人擁護の側じゃなかったか?」
「私は中立ですよ、あたりまえじゃないですか。
部長。
中立でないと文官仕事なんかできないと、新人研修で教育してくださったのは部長ですよ?」
ためいきをついてやった。
「なるほど、たしかにそうだったな。
では君は、今後の召喚ではどうするべきだと思う?」
「彼ら異世界人を見た目通りのガキだと思い、軽い応対をするのをやめるべきかと。
相手をなめた対応をすると反感を買うだけですから」
「……」
「それよりも腹を割り、がっちりと事実を述べて協力を頼むほうがいいと思います。
世界の危機だの魔王討伐だの、そんな騙すような言い方をしないで、きちんと現状を話した上で手を貸してほしいと言うべきだと思うんです。
……たぶんですけど。
きちんと話せば、少なくとも全員逃げちまうような事はなくなるんじゃないかと思います」
「……そうだな、どうせダメなら試してみる価値はあるかもしれないな」
部長はそう言って大きくうなずいた。
そして半年後。
またしても部長に飲みに誘われた。
川エビがたくさん採れたらしく、素揚げに塩をふったやつがツマミに出てきた。
おお美味い。
「ほい、おつかれー」
「おつかれさまですー」
ちんとグラスを鳴らして一杯、ああおいしい。
だけど。
最近、部長と飲み会していると店員の皆さんの目線が生暖かい。
これなに?
「部長、残る者が出たって本当ですか?」
「おまえの意見を上申してみたんだが、試験的に一部の者に採用してみたそうだ。
そしたら、好感触を返してきた者は高確率で無事残り、さらに出ようとする者を説得する者すら出たらしい。
しかも、戦いには参加しない職種など、中の仕事に就く者も出てな。
陛下はことのほかお喜びだぞ」
「それはよかったですね」
私にはどうすることもできない。
せめて、異郷に拉致された彼らに少しでも慰めになればと祈るのみだ。
さて。
「ところで部長、また問題ですか?」
「それがな、今回の提案をした者ということでおまえと話したいと陛下がおっしゃるんだ」
「げ」
私は眉をよせた。
「それは避けたいんですが」
「ふむ、どうしてもかね?」
「はい、どうしても」
「ふむむ、手はないことはないんだが」
「では、是非それを……部長?」
部長はなぜかポケットをまさぐり、何かを取り出して見せてくれた。
それは、ケースに収まった指環だった。
「え?え?」
「今日はあくまで飲み会だし酒が入ってるからね、正式には明日にでも渡そう。
なので、今夜はあくまで確認というか先触れのようなものだ」
「……部長?」
「ん?わたしは間違えたかね?
こうやって、こっそり作った指環を贈ってサプライズするのが記憶持ちの転生者の求婚だと聞いたんだが?
こう、時には舞台役者のように、雰囲気のいい場面でここぞと渡すものだと」
「……それ、知識が偏ってます」
私はためいきをついた。
「それで、内容が内容なので確認しますけど」
「もちろん本気だぞ、改めて言おう。結婚してくれたまえ」
「!!」
うげ、なんか周囲の目線が集まってきた。
あたりまえだ。
こんな場末の居酒屋でプロポーズなんてやらかしたら、そりゃみんな見るよ。
……そして私は、再度のためいきをついた。
「ひとつ確認したいんですが」
「何かね?」
「部下の結婚退職は、おいやじゃないんですか?」
「うん、できれば退職は勘弁してほしい。
人を雇ったり色々と配慮して、大変な時期は別として普段は仕事ができるようにしてみようじゃないか」
「……ホントに本気なんですね」
私はまたも、ためいきをついた。
「いいです、わかりました、お受けします」
「おお、ありがとう!」
部長は大喜びをはじめ、そして周囲の空気がなぜかお祝いムードになった。
なんか店長が居住まいをただし、祝いを述べにやってきた。
……うわぁ、なんか変な感じに目立ってるし。
やれやれ。
まぁ正直、私もなんの期待もなく、定例化しつつある飲み会に来てたわけじゃないし。
最近、そういう内容の噂も飛びまくっていたし、進展具合を女の同僚に尋ねられたりもしていた。
うん。
いくら生来の鈍い人でも、さすがに気づきますって。
「それじゃあ、よろしくお願いしますということで、あらためて」
「う、うむ」
「何注文します?」
「…………おい」
「部長、緊張ほぐれたらおなかすいたでしょう、何か重いものとります?」
「……」
「部長?」
「……そうだな、この季節だとフェル魚がよくないか?」
「あ、いいですね。ほぐし焼きで?」
「いいね、ああ、ほぐし焼きならむしろマカオもありか?」
「マカオいいですね!おにーさん、マカオいっちょー」
「あと木箸も二本ね」
「了解しました」
いつのまにか待機していた店員が、笑顔で端末をいじり始めた。
◇ ◇ ◇
今回判明したイツァム国の女文官だが、今までまったくの無名だっただけあって名前すら定かではない。
ただ、もともと同僚であったこと、なぜか居酒屋でプロポーズしたらしい事が伝わっている。
それと男が気を使って、記憶もちの転生者だからと異世界式に指環を用意したらしいことだけが記録に残っている。
今回は、当時の国王が興味を示した記録から判明した。
実際のところ、多くの名もない転生者は自分を告げず、バレたとしても親しい者たちの手で隠されるようにして、特に大きな事件もなく普通に人生を過ごしていると思われる。
それはそうだろう。
過去に別の世界で生きていたからといって、それを生かして派手に生きたい者ばかりではない。
彼らは一度別の人生を生き、死んで生まれ変わった記憶をもつ者たちなのだから。
むしろその知識を動員してでも、穏やかに生きたい者の方が多いのではないか、とは転生者の記録を追う担当官、ニコリ・ピー氏の言であるが、わたしも同意見である。
お客:
生前の彼女が生きていた地域では、飲み会や宴会のことを『お客』と言ったようです。




