勇者とは?
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その人の名はヤス。
異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
勇者あらわる。
その情報が王都に流れたのは、とある五月雨の降りしきる日だった。
魔族領に近いこの国では魔族に関するおそろしい噂には事欠かないし、みんな怯えている。だからサエコなる勇者の登場に皆、夢を託した。
「よかったね!これで魔王も倒されて魔族もいなくなるよ!」
「そうだな、期待したいとこだな」
「ヤスは淡白だねえ、もっと喜べばいいのに」
「いや、だって話だと訓練はこれからなんだろ?大変なのはこれからだぞ?」
「うふふ、あいかわらずヤスくんはわかってないなぁ」
俺たちの話を聞きつけた彼女、受付嬢のフーリンは肩をすくめた。
「勇者様は女神様の祝福つきなんだよ?能力も高いけど、戦えば戦うほどにみるみる強くなるんだよ?」
「知ってるよ、だからこそ勇者なんだろ?
けど、現れてすぐの勇者は生まれたてみたいなもので、お城で訓練するんだろ?」
「え……ヤスくん、それどこで聞いたの?」
「どこでも何も、町のあちこちで話題になってるぜ?」
俺が言う前に、俺と話していた友人が先に応えてくれた。
たしかに、あちこちで話題になっている。
それは勇者召喚に懐疑的な連中が意図的にリークした情報だけどな。
「さすがにそれはガセだよ」
「そうなの?俺にはよくわからないが」
「そうなの!」
フーリンは大きな声で否定し。
そして、あわてて周囲を確認してから俺に言ってきた。
「あのね、そういう変な噂って、発生源だと勘違いされたら大変だよ?
それでなくても、魔族の妨害なんかももう始まってるらしいし」
余計なことは言うなってことだな?
「そうか……わかった、そういうの耳にしても聞かなかった事にしとくよ」
「うん、それがいいよ。
だめだよヤスくん。
冒険者は魔物や魔族と戦ってこそなんだからね!」
「まったくだ、へんなことでくたばるのはごめんだね」
「うんうん」
くわばらくわばら。
俺たちは笑いあった。
その翌日、俺と友人はそろって馬車に揺られていた。
護衛依頼を受けたかったが急だった事、あと依頼を受けて記録に残したくなかったので、普通に客として乗る事になった。
目指すは辺境の町グラッセ。
ここに、ごく一部の旅人にしか知られていない新しい国境ルートがあるんだが。
ここを通り、砂漠経由で隣国に向かうつもりだ。
え、いきなりなんでかって?
昨日のフーリンとの会話で、この国のギルドはもうやばいとわかったからさ。
おそらくだけど、魔族・魔物との戦いの名の下に冒険者にも強制召喚がかかるだろう。
勇者が出たという事は、ごく近いうちにそうなるはず。
もはや一日も早く脱出するしかないんだよ。
そんなことを考えていたら、隣の家族連れに声をかけられた。
「皆様もご旅行で?」
「ええ」
「はい。なんか大変な事になりそうですし、その前に休みがほしいなと」
「なるほど、そうですねえ。
うちも、できるうちにと家族連れで旅行に出た次第で」
「なるほどなるほど」
今はまだ町を出たばかりだから、会話のひとつひとつに気を使う。
少なくともグラッセにつながる最後の分岐を越えるまでは、どこに国やギルドとつながってる人がいるかわからないからね。
2日後。
最後の分岐点を越え、辺境のグラッセにつながる細い街道に入った。
数時間たってから御者から声がかかった。
「お客人方、皆様おわかりでしょうけど武装を頼みやす。この先は中央のようにはいきませんで」
「おうそうか!わかった!」
「へい、いつも通り頼みやすぜえ?」
これ、本来なら危険が多いから手伝ってくれという意味。
だが、このグラッセルートの場合はちょっと違う。
これはつまり。
今乗っている客が全員、身内だけなので安心してくれと言っているのだ。
俺たちはためいきをつき、お互いの顔を見た。
「では、あらためてご挨拶を。こちらエント・ツワスルカのパッキーと申します」
「え……こりゃどうも、チーム・ヤジキタのヤスです。
大先輩方とご一緒できて光栄です。
いやー、今回はほんと参りました」
「いやいや、まだ気を抜いちゃいけませんよ?少なくともグラッセの向こうに出るまではねえ」
「あ、はい、よろしくお願いします!」
「いやいやこちらこそ」
エント・ツワスルカといえばその昔、伝説のシーフがいたっていうチームじゃねえか!
「ウチは歴史がある事になってるけど、むかし一度壊滅してるんですよ。ご存知ですか?」
「あー、でもそれって、伝説のシーフが抜けたからですよね?」
「正しくは彼が抜けたことが原因でなく、彼の警告を無視して難易度の高いダンジョンに挑んだからですよ。
結果は彼の予言通り、もっとも用心深い小心者の若いシーフが生き残りまして。
エントの名を冠し、ひとりぼっちで再出発したのがその数年後で。
以降我々は代々、常に安全第一で進んできたのです」
「なるほど、それで今回も逃げようと?」
「我々冒険者には人間族以外の知人・友人もたくさんいます。
なのに戦争させられちゃたまりませんからねえ」
「まったくです」
俺たちは大古参の先輩方に、色々と役立つ話を伺った。
とてもよい経験だったと思う。
そして一ヶ月後。
無事に砂漠も乗り越えて隣国に逃げおおせた俺たちは、勇者隊編成のため、かの国が冒険者の強制徴兵をかけて猛反発を食らっているという話を聞いた。
はてさて、どうなる事やら。
◇ ◇ ◇
ヤスという名前は短いが不思議な伝説がある。なぜか異世界人や転生者が聞くと、高確率で変な顔をしたり笑い出すというものだ。
ただし当人もそれを狙ってわざとヤスと名乗っていたという話もあり、おそらくは本名ではないのだろう。
なんでも異世界の古い「げーむ」のネタだという話だが、説明した当人いわく、しかしその「げーむ」そのものに出てきたのでなく、当時大人気だった小太りの中年コメディアン氏が「こいつが犯人なんじゃねえの?」と言ったのが最初なのだという。
げーむとやらも、そのコメディアン氏も知らない我々には意味不明だが、同じ時代を生きて情報を共有している異世界人なら、そのほとんどが反応を示すという。
中には「こんなところで殿のお言葉を聞くとは」と感銘した者もいるのだとか。
どういう人物であったのか、それそれで興味が尽きない。
なお問題の勇者サエコ殿だが、同郷者の手引きにより魔国に入る前に無事、脱走に成功したという。
ただし女性ということで聖女タイプの勇者を連想していた者たちは予想に反し、修道女のように刈り上げた頭で浅黒く、筋肉ムキムキで、素手で暴走する魔犬もひねり殺す勢いの彼女の姿にビックリ仰天したらしい。
そんなサエコ嬢、勇者をやめると数年のうちに、野生の女神のような女性に変化したという。
サエコに逃げられた側の国がどうなったかは不明である。
だが勇者に逃げられた、見捨てられたなんて話はすぐに広まるもので、かの国の衰退が早まるのに寄与したのは間違いなさそうである。




