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異界漂流者の物語  作者: hachikun
32/95

サエ

レイシャシリーズと関係します。

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名はサエ。

 異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 前世記憶といっても色々あるのだが、サエに個人的な記憶はほとんどなかった。

 たくさんのデータがあるがそれは客観的な記号にすぎず、つまり今のサエには理解できない情報が多かった。

 それは当然の事で、エンジンの概念すらない世界に自動車の記憶があったとて、それは理解できる情報にならないという事だ。

 まぁもちろん、役立つ知識もあるにはあった。

 

 サエは、摩擦によりパチパチする事を、静電気の発生だと知っていた。

 サエは、炎の色と温度の関係を知っていた。

 

 これらの自然科学的な情報を概念として理解できている事が、魔法の技能を急速に伸ばすのに非常に役立った。

 サエは言葉より先に魔法を覚えるほどの熟達ぶりを示した。

 もちろん村の基準では比べるのも馬鹿馬鹿しいレベルに達していたし、それどころか、所持魔力の大きさがバレれば一発で王都に連れて行かれ閉じ込められたろう状態でもあった。

 

 しかし、サエはその魔力を巧妙に隠した。

 ちょっと魔法の得意な村娘、程度に綺麗に隠蔽し、せいぜい魔法上手の村娘程度にみせかけていた。

 

 なぜなら。

 サエは、大人とか人間というのが基本的に信用できない存在である事も同時に知っていたからだ。

 

 人の善意を疑うわけではない。

 だが同時に、非凡な能力をもつ村娘など、体よく利用され、食い物にされるだけだという事も理解していた。

 彼らの村にはお金がまったくないし、税は重く彼らの生活を蝕んでいる。

 そして国の主権は国民でなく王侯貴族にある。

 はっきりいえば、美人だったりかわいいだけの平民の女というのは、貴族にとって「おもちゃ」以上のものではない。見つけて良いと思えばその場でかっさらい、泣き叫ぶのを笑いながら手篭めにして楽しみ、飽きたら売り払おうと適当な罪状をでっちあげて厄介払いしても、なんの問題にもならない。

 冗談でもなんでもなく、そういう「常識」が横行している国だった。

 そして、それはおぞましい事に平民側の需要にもマッチしていた。

 つまり。

 死亡率が高いがゆえに子供をたくさん産むのだけど、生き延びた全員を養うお金があるわけない。

 ではどうするかというと、家督をつぐ長男や、村内の有力者と結婚させる上の娘以外は良くてスペア、悪ければ穀潰しなわけで、お金になりそうなら、元がとれるうちに売り払ってしまうのだ。

 女の子なら可愛ければ即行売られるか、不作の年に年貢代わりに貴族に献上された。

 男の子でも体力などが伸びなかったり病弱だったりすると、置いといても村の害にしかならないだろうと二束三文で売り飛ばされたり、これもやはりどこかに犬のように貰われていった。

 そこに人権などあるわけもない。

 ただ運がいいか悪いかだけの話だった。

 

 サエが生粋の村娘なら、それが当たり前、運命なのだと受け入れたかもしれない。

 だがサエは、異界の知識により、それが当たり前ではないと知っていた。

 そして、彼ら村人が自分の味方ではない事も理解していた。

 

 幸いというより、それはむしろ不幸であったかもしれない。

 今の自分が幸せでない、むしろ地獄の中にいるのだとその記憶は教えてくれるのだから。

 

 問題はそれだけではない。

 サエが村人たちにいい感情を持っていないように、村人たちもまたサエを得体の知れない娘だと考えていた。

 かわいいかどうかといえば可愛い顔をしているし、将来は美人になるだろう。

 ただし中身はというと?

 

 誰も教えていないのに文字を読み、村の誰も知らないような高度な算術の知識もある。

 村人がわからないのをいい事に金額を当たり前に誤魔化した商人に逆ねじを食わせ、税を無用に釣り上げていた徴税官の数字の誤魔化しをズバリ指摘し、怒りだす徴税官に、わたしのような子供でも見抜けるのに、大人にわからないわけがないでしょう。あなた、そのうち事故に見せかけて暗殺されますよと笑顔で脅して目の前で税収確認のサインをさせ引き上げさせた。

 なるほど賢い。

 だが──。

 村のために知恵を絞ったサエに村人は感謝するのでなく……異端の怪物を見る目で見た。

 そして、賞賛とは行かなくても感謝くらいはもらえるだろうかと思っていたサエは、むしろ自分がした事があまり良い事ではないという事も知らされる事になった。

 食事も減らされ、女のぶんざいで思い上がるでないと人前で叱責もされた。

 

 その事実でサエは理解した。

 このままいけば、まずい事になる。

 売られるか殺されるか、ろくな結果にならないんだと。

 

 もとより将来の心配はあった。

 この世界には、魔力酔いという現象があるらしい……これは自分より格段に魔力の大きな子を妊娠した場合、その魔力を押さえきれずに母親が体を壊すというものだ。最悪、これは死に至る。

 とはいえ、これは普通は悪い例。通常、胎児の段階ですら魔力を押さえきれない子なんて、まず妊娠しない。

 ところがサエの場合、その「子供の魔力を抑える」ことが大問題だった。

 

 現時点で、サエは自分の大きすぎる魔力を常におさえて生活している。

 おなかの子供の魔力を抑える必要が生じたら?

 自分の魔力を抑えつつ、おなかの子供の魔力も抑えられるものなのか?

 その事のまずさに、サエは気付かされた。

 

 このまま誰かと結婚させられ、妊娠したらどうなる?

 魔力酔いを避けるために子供に力を割けば、周囲に自分の魔力の大きさがばれてしまう。

 しかし、だからといって魔力酔いを放置すれば、こっちの身が危ない。

 問題を避けようにも、この村ではその知識も得られない。

 

 そして……村で生活している限り、誰かの子を産むのは女の義務だ。

 もし拒んだり石女だという事になれば、確実に売られてしまうだろう。

 

 ──ダメ、これ詰んだ。

   どうしようもなくなる前に村を出なくちゃ。

 

 すべての女性がそうとは言わないが、基本的に女は安定を好む。

 それは悪い事とは言わないが、目の前の生活が安定しているとあまり危機感をもたず、未来に確実にやってくる危機に目を向けようとしない者がいるのはさすがに問題である。

 しかもそういう女に限って、いざ破綻となってから自分は不幸と大仰に嘆き悲しみ、周囲の同情を引き出し、無償の助けを得ようとする。そんな事態になる前には全く危機感をもたず、目の前のおいしい生活を好き放題に堪能していたのにだ。

 サエ本人にも多少その傾向はあった。

 だけど、いくらなんでも日常生活ですら完全にアウェーで、ひとつ間違えたら破滅という毎日が続くとなれば話は別だった。

 

 もっと力を。

 もっと安全を。

 もっと安心を!

 

 考えた末、サエは村のおばばたちを味方につける事を考えた。

 おばばたちは元々、村の中ではサエに近い立場にいる。

 彼女たちは年月ゆえの知恵でのみ価値があるが、日常的には農作業の効率も悪いし、稼いでいるとはいえない状態だからだ。

 そしてサエのように、ごくたまに現れる規格外……村のスケールに収まらない子供の事も知っていた。

 おばばたちはサエに、早めに村を出なさいと勧め、生活の知恵などを授けてくれた。

 彼女たちにサエは感謝したし、村人たちを憎んでも復讐のような事はすまいと心に誓った。

 

 そして、その日がやってきた。

 

 突然に村長に呼ばれ、貴族の使いが迎えに来るので、ついて町に出よと命令された。

 つまり、その貴族の性奴隷になれという事だった。

 村の女たちに準備させるという指示をサエは拒否し、やる事があるので部屋に戻ります、とだけ言って部屋に戻ろうとした。

 だがそのサエの行動に不穏なものを感じた村長は、目配せして待機させていた者たちを動かし、サエを捕らえようとした。

 そもそも、これから売り飛ばすと言われたら逃げようとしたり自殺を試みる者は男女問わず普通にいるので、彼らは無力化の準備もちゃんとしていた。おまけに命令をした村長の部屋には、簡素ではあるが魔封じの陣もあり、村人が使える程度の魔法はすべて封じられる。

 いくら賢くても無力な女など、とらえるのはやさしい事のはずだった。

 

 だが。

 その甘さを彼らは思い知る事になった。

 

『なんだこれは!?』

 サエに近づこうとしたら、目に見えない壁に阻まれて誰も近づけない。

 そんな彼らを涼しい顔で見つつ、サエはぐるりと視線を巡らせた。

『どうやら味方はいないみたいね……ま、言うべき人にご挨拶はすませてるからいっかぁ』

 そういうと、サエは笑って言った。

『おばばさまたちに免じて命は助けてあげる……そんじゃバイバイ』

 そういうと、そのままサエは消えてしまったのである。

 

 

 翌日になって来た者は貴族家の使者ではなく、貴族本人だった。

 前の査察の時に強い魔力反応を感じていた彼は、発信源を探していた。そしてそれが年若い、しかも美しい娘と知り、自分の元で養女とし、その魔道の才を活かした道に進ませようと思っていたのだ。

 娘がもういない事を知った貴族は、しかし村長の態度に不審なものを感じた。娘をよその貴族家に横流ししたり、隠そうとしている可能性を考えたのだった。

 しかし、村長宅に異様に強い結界魔術の痕跡がある事から、村長たちが何かをやらかして娘が逃げたのではないかと推測。

 身分を隠して娘について知りたいと聞き取りをしたところ、職務のための召喚でなく奴隷として呼びつけられたんだと言う村人がおり、貴族は事情を知り怒りを覚えた。

 なぜなら、それは娘に渡すべき支度金を着服しているという事でもあったからだ。

 

 それからしばらくの後、村長以下の有力者は全員、始末された。

 理由は領主の指示を無視して勝手な事を繰り返していた事や支度金などの横領、税のピンハネそのほか、多数の余罪が並べられていた。

 また、領主は村長の部屋に残されていたサエの魔術の跡にふれ、こうも述べている。

 

『この娘は明らかに戦略級魔道士の素質を秘めている。

 その才を見抜けなかった事については、田舎の村のことだし不問としよう。

 だが、その才を見抜いて召喚をかけた命を無視して奴隷として扱おうとした事は絶対に許す事はできぬ。

 間違えるな。

 逃した事でなく、奴隷として扱おうとした事が罪なのだ。

 それで、かの娘が我が国に敵意を抱いたらどうするつもりなのだ?

 かの者が成長して強大な魔道士となり、我が領、我が国に敵意を抱いたらどれだけの被害が出るか、そなたらに理解できるか?

 ──はっきり言おう。

 おまえたちの罪は単なる命令無視ではない。

 我が国の安全保障に不安を投げかけ、敵に利する行為……つまり国家反逆罪と利敵行為である!』

 

 利敵行為は、それがもたらす被害の大きさもあってどこの国でも、これ以上がないほどの重罪である。

 村長は平民であった事もあり、一族郎党とはならないが、それでも叔父叔母・いとこくらいまでは連座で死刑となった。

 これは乳幼児でも例外ではなかったが、さすがに幼子には睡眠薬に混ぜた毒薬が使われた。

 問題は、村長家の家族は村でも金と力を集めており、そこいら中の女に子を産ませていた事。

 これらの一族も古老を除き全員対象とされたため、まさに村には殺戮の嵐が吹き荒れた。

 そして。

 事件を知る近郊の村民たちも、この村とは関わろうとしないもので。

 やがて。

 サエをかわいがっていた老婆たちが老衰で全員いなくなる頃には村は村として維持不可能になり。

 残された者たちは他の村に移住し、肩身の狭い思いをしつつ余生を送る事となった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 サエについては謎が多く、ハッキリ当人とわかる目撃談はこれ以降、一切ない。

 後に活躍した強大な女魔道士『エリシャ』がサエではないかという説があるが、これも証拠があるわけではない。

 サエを意味する当時の文字を逆読みすると『エシャ』もしくは『エーシャ』となるため、これを元にして名乗った家名であるという説がサエ・エリシャ派の根拠となっている。

 

 だがどれも具体的な証拠は今のところ見つかっていない。

 サエ嬢も、そしてエリシャも、全ては歴史のロマンの彼方である。


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