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異界漂流者の物語  作者: hachikun
31/95

ヤッコ

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名はヤッコ。

 異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 誘拐犯の根城から、やっと抜け出すことに成功した。

 だけどどうやら、家に帰ることも警察に通報することもやっぱり無理らしい。

 だって。

「──月が」

 大小ふたつの、見慣れない月が空にかかっているのを見て、少女──ヤッコはためいきをついた。

「やっぱり、異世界なんだ」

 あの誘拐犯たちの言葉は、それだけは正しかったとヤッコはつぶやく。

 これでは帰れない。

 逃げてきた根城では今も、ヤッコと同じ学校にいた人たちが勇者様と甘い言葉で騙されている。

 魔王を倒せば帰れるとか嘘八百吹き込まれ、騎士様だのお姫様だのにチヤホヤされながら戦争のコマとして準備と訓練をさせられているんだろうとヤッコは思った。

 ではなぜ、ヤッコはそこにいないのか?

「……ステータス」

 ヤッコは自分の称号とスキルを表示してみた。

 

 

『ヤッコ』※本名隠蔽ずみ

 所持称号: 誘拐されてきた異世界人、被虐待者、夜魔

 所持スキル: ナイトアイ(2)、看破(4)、モンスターハート(1)、幻惑(5)

 

 詳細は以下に。

  誘拐されてきた異世界人: 本人の意思を無視して異世界からつれて来られた。洞察力+1

  被虐待者: 日常的にいじめを受けている者、受けたことのある者。隠密+4

  夜魔: 人型の魔物に変ずる可能性。

    最初からナイトアイと幻惑のスキルを従属的に持っていて、さらに夜間にはこれらの能力が倍増する。

    さらに使い続けると、その行動に即した各種スキルが並列的に成長し、また行動によって必要なスキルの発生も促す。

    ただしこれらのスキルを夜に使い続けると、最終的に……。

  ナイトアイ: 闇を見通す目。

  看破: ひとの性質などを見抜く。被虐待者からの従属スキル。

  モンスターハート: 人間を信用していない+夜魔持ちに低確率で派生。魔物に襲われない。

 

 

「……」

 まっとうな戦闘スキルがなく、せいぜい役立つのはナイトアイと看破くらい。

 もちろん誘拐犯や他の生徒たちには、盗賊系のようだと伝えておいた。特にモンスターハートなどのスキルがバレると何をさせられるかわからなかったので、うまくごまかした。

 でも、いずれ使い潰されるのは目に見えてるし。

 だいいち、周囲の同郷者も全員が自分をいじめるかその同調者、あるいは見てみぬふりをしている者たち。

 とても共存できないし、だいいち強くなる事もできない。

 

 ……そう、ヤッコは強くなりたかった。

 それもあの誘拐犯や虐待者たちを皆殺し(・・・)にするための強さを。

 

「……」

 現在、彼女のナイトアイのスキルは全開になっている。

 今までにも夜間などに少しずつ鍛えていたけど、ここは城内ではない。どこにも人工の明かりがないわけで、否応がなしにナイトアイの経験が積み上がっていく。

「!」

 夜目の鮮明度が上昇した気がした。

 まさかと思ったら、ナイトアイがレベル2から3になっていた。

(よし、これでパッシヴ系のスキルは上がるめどが立った。次は)

 問題は、他者を攻撃するためのスキルだった。

 ヤッコは直接攻撃系のスキルを全く持っていない。

 おそらく幻惑を鍛えればいいのはわかる、これはナイトアイ同様、夜魔の称号に紐付けられたものだからだ。おそらく、自分の力を引き上げる鍵を持っているのは、この夜魔の称号。

 夜魔(ナイトメア)とは物騒な名前だけど、おそらく直接戦闘には向かないまでも、なにがしかの強さをもたらすものが得られそうだと感じていた。

「問題は……強くなる方法かぁ」

 武器も、魔法も、使えそうなものは何も持ってない。

 だいいち、他者に投げかける能力が幻惑しかない。

 確かに闇夜でも迷わず、魔物にも襲われにくいかもしれないが……どうしたものか?

「!」

 ふと他者の気配を感じて目をやると、樹上にヒョウみたいな魔物がいた。

 ピリピリと微かな警戒心が伝わってくる。

 その魔物はヤッコを見たが、目をやるとすぐに目をそらした。

 どうやら、こっちが見なければ知らんぷりしてくれるようだ。

 もちろん狩りの邪魔をすれば攻撃されるので、邪魔をしないように距離をとる。

 そうしていると、魔物も警戒を解いたようで警戒心が消えた。

 思わずホッとした。

 

 これはスキル・モンスターハートの能力。

 

 この世界には、地球のゲームなどに出てくる「テイム」のような使役能力は存在しないという。

 そもそも他者を問答無用に使役するとなると『同じ人間族ですら困難なのに、異種の動物を使役など夢物語ですね』と、ヤッコがテイムについて質問した時に城の宮廷魔道士は言っていた。

 確かに、それはそうだろう。

 スキルで他人の意思まで縛るとか、本当に現実にあったら不気味かもしれない。やはりそれはゲーム的な発想であり、現実的ではないという事なのかもしれない。

 ではモンスターハートとは何か?

 簡単にいうと、モンスターハートは魔物と仲良しになるのでなく、問答無用で敵やら食料とみなされない能力だと言える。

 

 たったそれだけ。

 それだけなのだけど、とんでもない能力ではある。

 ではあるのだが。

 

「……積極的に戦う力じゃないと」

 理不尽をはねのける力がないと、いつかやられる。

 そうなってからでは遅いのだ。

 直接戦う方法はないものかと思うのだけど。

 そんな時。

「!?」

 考え事をしていたせいか、怪しい連中の接近に気づけなかった。

 みるみるうちに囲まれてしまった。

 

 盗賊か何かかもしれないが、ヤッコには兵士も盗賊も同じに見えてしまう。

 それにどうせ城から逃げた身なので、どちらでも同じことだろう。

 ヤッコはそのまま、一気に幻惑をしかけた。

 

『殺し合え』

 

 城ではせいぜい二、三人が相手であり、立入禁止の図書室に入るためなどに使っていた。

 当然、これだけ多数を同時に幻惑するのは初体験だった。

 命の危険への恐怖もあったのか、彼らはあっさりと術にかかった。

 しかし消耗もひどくて、ヤッコは静かに地面に座り込んだ。

 そして、殺し合いをはじめた彼らをのんびりと眺めた。

 

「……」

 それは凄惨な光景だったが、ヤッコはじっと静かに見ていた。

 そうしているうちに、体の中に新たなスキルが目覚めた気がした。

 無理をしたせいだろうか?

 そして、たまたま目の前に転がってきた男に対して中腰になって手をかざし、ソレを発動してみた。

 

『麻痺』

『吸精』

 

 豊かな生命力が流れ込んできた。

 それは驚くほど美味な感覚だった。

 たとえるなら、体中の血管が舌になったような気分だった。とても美味しい味が全身を駆け巡り、ヤッコの理性を食い破りそうになった。

 味覚の快楽のはず。

 なのにまるで、性のそれのようだった。

「……はァ、はァ」

 押し殺した快楽のためいきを漏らした。

 2分とたたないうちに男は蝋人形のように生命力を失い、やがて動きが止まった。

 

 そして。

 ぱたんと、何か軽い肉塊が倒れるように、男だったものは崩れ落ちた。

 

「あはぁ……すご、かった」

 気がつくと、すとんと腰が落ちていた。

 まだ半分がた夢の中にいるような声が、ヤッコの口から出た。

 ヤッコは異性経験がないが、腰に力が入らないってこういう事なのかと思った。

 まだ殺し合っている者たちをまるでスクリーンの映像のように見つつ、ステータスを再度チェックした。

 

 

『ヤッコ』※本名隠蔽ずみ

 所持称号: 誘拐されてきた異世界人、被虐待者、夜魔

 所持スキル: ナイトアイ(3)、看破(4)、モンスターハート(1)、幻惑(5)、吸精(1)、麻痺(1)

 

 詳細は以下に。

   吸精: 生命力を吸い取る。基本は接触だが、魔法経由でも効率が落ちるが吸い取れる。また低レベルの魔法スキルを属性と無関係に吸い取ることがある。

   麻痺: 吸精とセット。触れた相手の生命に干渉し、短時間だが麻痺させる。死者には効かない。

 

 

「吸精」「麻痺」

 その不吉すぎる名称がヤッコの不安をそそった。

 麻痺させて吸血して殺す……まさに今やった攻撃そのままだった。

 ……でも。

(……すごく、すごく、とんでもなくきもちよかった)

 命を吸う、それはとてもとても素晴らしい快楽だった。

 それに空腹まだ満たされてるし、体調も絶好調だ。

 怪我してたはずのところも、みればきれいに治っている。

 なんて、なんて素晴らしい!

 

 もちろん解決すべき問題はある。

 いちいち相手を殺してしまうのでは、いつか『食料』がなくなってしまうだろう。

 それに、殺すならもっと短時間で吸い殺せないとダメなのも事実だ。

 訓練しなくては。

(ふふ……ふふふ) 

 ヤッコの脳裏に引っかかっているものがある。

 人殺し。

 同じ人間を吸血して殺すなんて、と騒いでいる、遠い誰かの声だ。

 その声にヤッコは言う。

(そんなの関係ないでしょ、だって)

 あの城の者たちは、自分たち日本人を便利な消耗品だと思っていた。

 漏れ聞く会話のはしばしに、死んだらまた再召喚すればいいとか言われていたし、日本人の食事に使っている食器にはメイドも触れたがらず、奴隷に命令して洗わせていたこともヤッコは見聞きしていた。

 いや、もっと決定的な事が神官や貴族たちの会話にあった。

 ……彼らは日本人について説明する時「女神様により与えられた、異世界産の人間の亜種」であると説明しているし、それがこの世界での一般的な認識らしい。

 つまり。

 

 あたし、ヤッコは間違いなく人間である。

 だがこの世界の人間族たちは、ヤッコを人間ではないと考えてる?

 どうして?

 

 そんなの簡単だ。

 この世界の人間族と、ヤッコは別の生き物だからだと。

 

(なんだっけ?

 昔、理科の先生がおっしゃってたでしょ。

 そう。

 同じような環境なら同じような見た目と機能の生き物に進化する……平行進化、だっけ?

 お魚とイルカ、それから……恐竜にも確かいるんでしょ?

 全然別の生き物だけど、同じような生活をするために同じような姿になるんだって。

 ……じゃあ。

 この世界の人間族をヤッコが食べたって、それは牛やブタを食べるのと同じだよね?)

 

 確かにその発想はある意味正しい。

 だが、ひとつだけ問題がある。

 

 確かにこの世界の人間族は地球人と見た目が似ているだけの、実は全く異なる種族なのかもしれない。

 だが、だからといって捕食対象にしてしまったら?

 その場合。

 同族なのか、そうじゃないかの区別はちゃんとつくのだろうか?

 

 もしかしたら。

 見た目が変わらないという理由で。

 敵対しているかもれないが、同じ地球人であるはずの元クラスメートも気軽に捕食してしまうのではないか?

 そしてそのことを。

 彼女はどう考えているのか?

 

 でも。

「うん、いいよね……」

 うっとりとヤッコはつぶやく。

 世界は、美味しい獲物で満ちていると。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 皆さんご存知、夜魔(ヤッコ)という俗語の語源とされている最強最悪の吸血鬼ヤッコ。

 第九期の終焉の原因とされ、たったひとりで当時の人類を食い散らかしたと言われる恐怖の吸血鬼真祖・ヤッコ。

 彼女については近年まで謎が多かったが、近年の研究で新事実がいくつか明らかになっている。

 元は異世界人であり、特殊スキルの進化の果てに吸血鬼化したらしい事。

 そして彼女の吸血鬼化の最大の原因は、召喚主たちによる暴行や虐待らしいこと。

 

 彼女の犠牲になった人間だが、当時十一あった国家のうち十までを食い尽くしたと推測されている。

 それはおそろしい数なのだけど、同時に彼女は、最後に残った国『希望の都』には決して手出しをしなかったという。

 また自分がもともと異世界から誘拐されてきた事も隠しておらず、「第二の自分を生み出したくないのなら、二度とよそから何者かをさらってきて人殺しをさせるような事をするな」と主張していたという。

 彼女については今も是非が問われているのは言うまでもない。

 だが現実問題として彼女以降、その出身地である異世界から戦士を召喚する事は一切行われなくなった。

 理由は言うまでもない。

 異世界召喚をする事により、第二の夜魔(ヤッコ)を呼び寄せてしまう事が恐れられたためである。


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