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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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魔道士ミナカ

2015/08/19 連載の方に複写。

2019/12/05 誤字訂正いれました。ご指摘に感謝いたします。


 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今回もまた、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 彼女の名は、ミナカ。異界漂流者である。

 

 

「おいミナカ、次だ」

「はーい」

 忙しく走り回る食堂。ちょっとガラの悪い、しかし素朴な人々。

 ミナカは専業の食堂手伝いではないが、忙しい時間帯だけ手伝う事がある。いわばパートタイマーなのであるが、必ず仕事があるわけではない。

 メニューは多くないし、味もそう美味しいわけではない。

 だけど、もともとこの世界はそれほど食にバラエティがないし、これでも充分においしいお店なのだ。それにメニューが多くないからこそ、毎日やっているわけではないミナカでも手伝いができるという事でもある。

 そんなわけでパタパタと元気に走り回っているのだけど。

「おい」

「?」

 ふと手を掴まれて、見ればガラの悪そうな男。

 うーん、定番ですねと思いつつミナカはいう。

「ちょっとお客さん、手を放していただけます?」

「ホウホウ元気なことだ。わしはアブラスク伯爵の使いじゃ。うちの侍女にとりたててやるとお館様が申しておられる」

「ハイハイここは食堂でわたしは注文不可ですからね!」

 一瞬の隙をついてスルッと手を引き抜き、あとは無視して仕事に戻る。後ろで何か聞こえているが知った事ではない。

「こンの忙しいのに、何であんなのまで湧くのやら」

 簡単にやっているように見えるが実はそうではない。ミナカは武道の心得があるので何とかなるが、普通の女の子ならひと騒動だろう。

「見てたよ見てた、人気もんだねえミナカ?」

「勘弁してよもう。この忙しいのになんでバカまで湧くのさ」

「忙しいから湧くんじゃない?そういうもんだって母さん言ってたし」

「へぇ」

 話している相手はスー。この食堂本来のあととり娘で、すでにちょっと恰幅がいい。なんというか包容力たっぷりな感じだ。

「こら娘ども、騒いでないで仕事仕事!ほら次のお客さんだよ!」

「はーい」

「ういっす」

 

 お昼のピークが終わると、ミナカはスーと共に遅い昼をもらう。もちろん、まかない食だ。

「ひゃー今日は暑かったねえ。もうベタベタだよ」

「それにしても、すんごい混雑だったねえ。なんでいつもトリの日だけ混むの?」

「さぁねえ。きっと看板娘が美人だからかな?」

「あっははは、それ自分で言うの?スー?」

「やっぱダメかー」

「ダメに決まってるっしょ。そりゃスーは可愛いけど、だったら毎日混んでもしかるべきじゃないの?」

「……わかってないのもねえ」

「へ?なんかいった?」

「いえいえ。ミナカは幸せ者だなぁって」

「ん、確かに。いい労働にスーママのごはん。実に充実したお昼なわけで。うん」

 実はミナカがこの店を手伝うようになったのは、無銭飲食がきっかけだった。財布をスられたのに食べていて気づき、青くなって事情を話したら「手伝ったらチャラにしてあげる」とおかみさん、つまりスーの母上に言われたのである。

 当時のミナカは宿もない放浪者で、そのままご厚意に甘えて下宿させてもらったのは二年ほど前。今はミナカも独立しているが、住んでいる家はなんとこの食堂の裏。調理の匂いと熱気がきつくて無人になっていた家を安価に売ってもらったのだが。

 おいしい食堂の裏に住む。

 自称、食いしん坊のミナカにとり、それはとても幸せなことだった。

 

 

 

 食堂の仕事は昼のピークだけ。だから食事と休憩が終わるとミナカは自宅に戻る。

 ミナカ宅は見た目こそ怪しいが、中身は……いや十二分に怪しい。もし彼女の部屋を『前世』の彼女が見たら、こう形容しただろう。『魔女の家』と。

 そう。

 彼女の本業は錬金術師、かつ魔道士だ。武道もこなすがそれは前世でやっていた合気道の延長であり、いざという時のための接近戦と護身のためというのが近い。

 

 ミナカは、いわゆる記憶もち、つまり転生者である。

 生まれはわからない。ただ幸福な環境じゃなかったろうと思うのは、記憶の中にある母親が首輪をつけていたためだ。鎖を引っ張られて裸の母親が連れて行かれる記憶もあり、おそらく母はなんらかの理由で奴隷に落とされた者で、その母が誰ともわからぬクソ男に産まされたのが自分なんだろう。そう思う。

 そんなミナカの記憶が戻ったのは、母が殺された時。

 今にして思えば、あれは騎士団か何かだったのだろう。扉が何か乱暴な力で破壊され吹き飛んだのだが、それは怯えて子供を抱え、息を殺していた女の頭を直撃してしまったのだ。

 母親の死の瞬間を見たその時、ミナカの中でパチッと何かがはじけた。

(ああ、そうなんだ)

 ただひとりの保護者の死という異常事態をキーワードに、一気に芋づる式に記憶が戻っていく。

 『前世』で大好きだった体感式のVRMMOゲーム。

 ふと記憶のままにステータスチェックを試みて、いくつかの魔法が使用可能であると気づく。

 殺傷力には乏しい。でも、この場にはぴったりの魔法。

 扉の向こうから覗く男たちの顔。死んでいる母を見て驚き、何やら騒いでいる。

 ちくしょう。

 こんなやつらに、つかまってたまるか。

 今世のミナカは赤子に毛が生えたようなものだ。ひとりで生きるなど普通はできるはずがない。

 だが。

 あのゲームのような魔法やスキルが使えるというのなら、何とか生き延びられるだろう。

 ダメだったら?

 そんなもの……この世界で、親をなくした子の運命に従うだけだろう。

「『だれもわたしにはきづかない』」

 幻惑で姿を隠すとミナカはとっとと逃げ出した。

 逃げ出しただけでなく、閉じ込められていたらしい建物そのものを、外から魔法で破壊した。

(これで追手はつかない)

 母が何者であったにせよ、彼らの目的は母であったはず。

 たとえ再調査したとしても、自分の育てられていたあの部屋が消え去っていれば、記録もあるわけがない。

 さあ、逃げよう。

 

 ……とまぁ、そんなわけで。

 それから色々と紆余曲折の果て、今のミナカがある。

 ああ、そうそう。

 ミナカという名前は自分でつけたもので、母に呼ばれていた名前ではない。どこから足がつくかわからないので、もちろんそんなものは捨ててしまった。前世の記憶からつけた名前。

 もっとも、ミナカが前世の自分の名だったかは非常に怪しい。おそらく違うとミナカは考えている。

 大切な名前だった記憶はあるのだけど、どうも、個人を個人と特定するような部分の記憶が失われている。自分自身じゃなくて、家族の誰かの名前だったのかもしれないとミナカは思っている。

 それに事実、前世の記憶なんてそれで正しいのだろう。

 仮に前世の全てを覚えているとして、前の死の原因まで覚えていたらどうする?内容によってはトラウマになり、今の自分に悪影響を与えてしまうだろう。

 だから。

 おそらく、知らずにすむのは本来正しい事なのだと。

「こんにちはー」

 おや珍しい。飛び込みのお客様のようだ。

 ミナカは一応、薬屋をやっているのだけど、ギルドと契約して納める方がメインの仕事になっている。へたに高性能の薬を作ってしまって名前や顔を知られたくないので、低レベルの薬を数作って納める仕事をしているわけだ。もちろん高額収入はのぞめないのだが、品質が安定しているので普通の契約薬師よりもいいお金をもらっている。

 もっとも、そのせいで「本当は能力を出さないようにしている」と思われているようで、たまにとんでもない薬を頼まれたりもするのが悩みの種なのだが。

 さてお客様の方だが。

「ミナカ、おひさー!」

「ランじゃない、どうしたの?」

 古いお客様にして魔道士のランだ。ここしばらくは仲間と王都に行っているはずなのだが。

「いやーミナカ印の薬が切れちゃってさぁ。王都のはダメだね、安いけど効力が安定しなくて」

「うわ、それはイヤだねえ」

 どれくらい回復するかハッキリしない薬など、現場では使いづらいだろう。

 ストックの薬をあれこれ売ってしまうと、今日はもうランは予定がないらしい。ミナカの店は営業中なので、カウンター裏に入って世間話となった。

「そういえばね、ミナカ。面白い話を聞いたのよ」

「え?」

「もうずいぶん前なんだけどね、ご病気のお姫様がいてね。何年も床につかれたままとうとう亡くなられたのが十三年前なんだけど。何かそれ違うらしいって話なのよね」

「違う?」

「お姫様はね、いとこの王子様の子供を身ごもっていたんですって。王族同士といっても結婚前に子供作るとか醜聞でしょう?それで療養中という事にして、出産してからそれらしい理由をつけて王族に入れるって話だったそうなんだけど。

 でも、王妃様のご実家のあるファラーゼの里に移動中に賊に襲われて、それで行方知れずになったらしいの」

「……それで?」

 ファラーゼというところで、ミナカがほんのわずかにピクッと反応した。

「王宮としては必死になってね、何年も探したらしいのね」

「何年も?どうして?」

 ミナカはちょっと首をかしげた。

「妊婦さんだったんでしょう?運ぶだけでも神経使うし、本職の奴隷商なら知らないけど普通の盗賊なら厄介者扱いだよね。ひどい話だけど、殺されたんじゃないの?」

「王宮の神官が『母娘ともに健在であらせられます』って言い切ったらしいんだよね。で、中央の神官がそこまで断言するならって事になってね」

「へぇ……」

 生命探査の魔法だろう、とミナカは思った。

 前世知識では敵の所在を把握するための魔法だった生命探査だが、この世界では家族や親友など、より親睦のあった人物の安否の確認に使われる事が多い。ただし具体的な場所まではわからないようだが。

「それで?」

「問題はその十三年前なんだよね。

 お姫様は病死じゃなくて、盗賊たちに殺されたんじゃないかっていうんだよね。とうとう居場所が判明して騎士団が踏み込んだんだけど、証拠隠滅に殺されるところで。タッチの差で間に合わなかったって」

「……」

 ミナカは物言いたげな顔をしたが、結局は黙った。

「そう……悲しいお話だね」

「あれあれ?ミナカはそれで終わりなの?いつものミナカなら、その先はって聞くんじゃないの?」

「どういうこと?」

「いや、だからね。子供の行方」

「子供?」

 うふふ、とランは笑った。

「お姫様は助けられなかったの。でも子供……女の子らしいんだけど、元気に生き伸びているらしいってわかったんだよねえ」

「そうなの?どうして?」

「魔力の痕跡よ。残されたお部屋や道具の中に、姫様の直系と思われる女の子の魔力があって、しかもそれが相当に強かったらしいの。使っていた生活用品から魔力が辿れるくらいにね」

「……そう」

 ミナカは、なぜか悲しげに目を伏せた。

 そしてランは、にこにこと微笑みながらミナカに顔をよせた。

「ねえ、ミナカ……いえ、エミナリーアさ」

 さま、と言いかけたところでランの言葉が止まった。ミナカが魔法を発動したからだ。

「『ラン。私の事を知っている人は他にいるの?』」

 魔力をかけて尋問すると、まるで操られたようにスラスラと答えが返ってきた。

「わたしだけよ。他の人に告げて知れ渡っちゃったら、ご褒美がふいになるじゃないの」

 ご褒美。そんな事のために売られるのかとミナカはためいきをついた。

 念のために、さらに情報を聞き取っていく。

 最初からミナカが王族ではないかと疑っていた事。その根拠が顔立ち、王族の血の濃い者の身体に現れるという特殊なほくろと、魔の才能である事。

 ランにとってミナカとは、最初から資金源だったらしい。家族のためと恋人との結婚のため、彼女は頑張ったのだ。

 ミナカは、その恋人さんとも会った事がある。

 その彼も、最初から一枚噛んでいたらしい……。

(私、バカだ……情けない)

 自分の愚かさに落ち込みつつも、ミナカは敵対者(ラン)に最後の命令をする。

「『至上命令。汝はこの部屋での会話を忘れ、この店を出る。出たところで私の事を忘れ、そして表通りまで出たところで、この店の存在を忘れる。帰ったら彼氏の前で自害する。無理なら自宅の部屋でひとりで死ぬ』」

「……はい」

「では、ただちに実行しなさい」

「はい、わかりました」

 ランはゆっくりと立ち上がると、まるで夢の中を歩くようにカウンターを出て。

 そして、店を出て行った。

 残されたミナカは静かに立ちすくむと、

「……ちくしょう」

 目をギュッと閉じて、ボロボロと泣いた。

「負けない……絶対負けるもんか……ちくしょう……」

 

 

 生前の母に聞かされていた。母は元々やんごとなき身分の娘で、そして貴女は王子の子なんだと。

 くりかえし、くりかえし。

 物心もつかない赤子と変わらないような娘に、まるで、自分を慰めるように過去の身分を言い続けた母。

 そんなボロボロの奴隷女でも、ミナカにとっては、最後まで守ってくれたお母様だった。

 そして、ああなった理由も今のミナカは知っていた。

(お母様が何年も奴隷の立場にあったのは、騎士団に見つけられなかったせいじゃない。大人の事情で、お母様は「いない人」にされていたんだ)

 ミナカが女の子なのもまずかったのだろう。

 王子なら貴重だし、よほどの事がないかぎり、いずれかの派閥の貴族が拾い上げたろう。

 王家には他にも女の子はいたし、むしろ醜聞の元なんて戻ってほしくないという声もあった。

 だけど、いつ必要になるかもわからないから……だから、あんなひどい生活でも、赤子が死なない程度にはギリギリ保護していたのだろう。

 それに。

 直接母を殺したのは盗賊じゃない。中に誰がいるとも知らないのに扉を破壊し、母を殺したのは騎士団の者。

 それが過失なのか、それとも故意の事かは知らない。

 だけど。

(……誰がそんな家に、今さら近づくかい)

 もし近づくとしたら、むしろそれは王家を滅ぼす時だろうとミナカは思った。

 やろうと思えば、ミナカには可能。

 だけど現状そうしていないのは、ミナカにとって死んだ母以外の身内などどうでもいいし、この国がどうなろうと関心もなかったからだ。

「しかし……ランまであのありさまじゃ、ここは引き払うしかないか」

 スーやおかみさんと離れるのは正直つらい。

 だけど、このままいたら二人の人生をめちゃめちゃにするかもしれない。

「よし、いこう」

 ミナカは立ち上がると、収納袋に金目のものを詰め込み始めた。

 

 

 

 その日の夕方にはもう、ミナカを知る者はこの町には誰も居なかった。食堂の母娘ですらミナカの事など記憶になくて、夜、ミナカの事を尋ねたり話題にした冒険者たちは、母娘の妙な反応に首をかしげた。

 だがその者たちも、食事が終わる頃にはその事も、ミナカの事も忘れていた。

 また、ランが非常用にかけておいた保険によって数日後にはダメ押しの騎士団がやってきたのだけど、彼らはミナカのミの字も発見できず。ランが虚偽で騎士団を動かしたと判断して尋問しようとしたが、そのランは王都に戻って恋人の前で謎の自害を遂げており、しかもその恋人も記憶があいまいで、恋人の死因については全くわからないとの事だった。

 

 そしてその後、ミナカと呼ばれる少女がその国に現れる事は二度となかった。


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