よくある、はぐれ勇者タイプの失敗例
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その人の名はコウスケ。
異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
勇者の王道には二種類ある。
ひとつは、王道。
召喚なり立志なり、なんらかの形で立ち上がり、挫折したりしながら勇者に至る道である。
もうひとつは、はぐれ型。
王道から外れた者、たとえば勇者チームから追い払われた者、個性派すぎて王道になれない者が独自の道を進み、成り上がるコースである。例外もあるが、こちらの場合はたいてい、王道を進む勇者チームなどが別途いる事が多い。
コウスケは典型的な後者だった。
彼は集団召喚された中でのおミソであり、元いじめられっ子でもあった。直接戦闘に使えるスキルがなかった事もあり、魔物たちの群れの前で逃げ遅れ、はぐれてしまったのだ。
だけどコウスケは無事だった。
彼は特殊な属性のおかげで魔物の中でも生き延びた。
そして苦難の末、クラスメートたちの元に生還しようとした。
そればかりか、クラスメートたちに迫る重大な危機を知り、それを知らせに舞い戻ったのだ。
なのに。
「……」
コウスケは、岩山の上に座り、泣いていた。
彼の手の中には一冊のノートがあった。
それをコウスケは眺めて、そして、
『……燃えろ』
ノートはコウスケの手を焼くことなく、一瞬で焼けて灰になってしまった。
その時、背後から声が聞こえた。
「コウ、それはおまえが必死に集めた情報だろ?」
「いいんだ……もういらないんだ」
コウスケは首をふった。
彼の脳裏に、数時間前の、喜びの再会だったはずの風景が蘇った。
コウスケの姿に驚いたクラスメートたち。
だけど。
『生きてるわけない、偽者だろ』
『殺せ!』
こちらの話など全くきかず、一方的に、しかも執拗な攻撃を受けた。
『よけた!しなないぞ!』
『あいつがこんな動けるもんか!やっぱ偽者じゃねーか!』
驚きながらも必死に逃げたら、追ってきた連中はなぜか笑っていて。
そして。
『バカだな、死なずにすんだんなら逃げときゃいいのによぅ』
『へー、その汚いノートが敵の調査資料ってやつ?よしよし、もらっといてやるからよこせよ、おら!』
さすがの彼も気づいてしまった。
彼は事故で取り残されたのでなく、意図的に時間稼ぎの生贄にされたのだと。
もともと彼らは、仲間ではなかったんだと。
気づいた時、コウスケの中で何かがはじけた。
そして気づいたら。
彼は追ってきた者たちを殺し、装備やアイテムを剥ぎ取り立ち去っていた。
「僕は間違ってたって、ようやく気づいたよ。
考えてみたら、あの国の人たちは僕を日本から誘拐した挙句人殺しを強要した人たちだし、あいつらは日本にいた頃から僕をいじめていた。どっちも僕にとっては加害者であり敵だったんだ。
なのに僕は……暴力はいけないとか同じ人間なんだからとか、そんなバカな考えばかりで。
結局、何も考えずに問題を、判断を先送りにしているだけだったんだ」
それは、たしかに大切な教えだったのかもしれない。
守るべき大切なことだったのかもしれない。
だけど。
今まさに虐待され、暴力を受け、殺されようとしている者に対しては、あまりにも空虚で意味がない。
天は、自ら助くる者を助くという言葉がある。
それは足掻くもの、努力する者にこそ神は手をさしのべるという意味だが、それは同時に、何もせずにいる者を神は助けないという意味でもある。
そして足掻く、努力するというのは逃げたり他者に相談するのだってアリだ。
要は、ただ信じて待つだけではダメだってこと。
頭を抱えて小さくなっているだけでは、なんの救いもありはしないという事なのだ。
コウスケは涙を浮かべながら笑った。
「間違ってた、僕は本当に間違ってたよ。
どんなに正しくても口で言うだけじゃ、それで聞いてくれるのは結局、話の通じるヤツだけだ。
最初から悪意で来てるヤツに、そんなものきくわけがない。
そして。
何もしないで助けて、助けてと言ってるだけのヤツを助けてくれる人だって、いるわけない。
戦う、逃げる、なんでもいい、今を変える何かをしなくちゃ。
……それが当たり前なんだって」
「そうだな兄弟」
ぽんぽん、とコウスケの肩を叩いたのは、武装帯剣した立派な戦士……だがどう見てもゴブリンかその亜種だった。
しかし、そこいらにいるゴブリンとは明らかに異質。
目は知性に光っていたし、装備も一流。
だいいち、彼の胸元には、この世界の高位冒険者がよくするマーキングがあった。
「勝てる目があるなら、それにかけるのもいい。
自分じゃ無理だと思うなら、逃げられるうちにケツまくるのも当然アリだ。
生きててこそ、だ」
「はい」
「ま、生きてるうちにわかって、よかったじゃねえか。な?」
「うん」
コウスケは立ち上がった。
「さて、そうと決まったら僕も修行し直さなくちゃな。
エンギさん、どこかおすすめないかな?」
「そうだな……ヒビノ道場ってのはどうだい?」
「え?ヒビノ?」
「昔いた、マサユキって伝説の冒険者が開いたって道場さ。
当人は一流のシーフだったそうだけど、奥さんが三人いてな。
それぞれシスター、精霊使い、剣士がいたんだ。
その三人の奥さんが初代の道場主なのさ」
「へえ……法術と精霊術、剣術ですか。いいですね……でも僕精霊術は」
「だったらなおのこと、ほかの技術もいるだろ?
それに、精霊術を極めたら、戦わずに勝てるかもしれねえぞ?」
「え、ほんとに?」
「たぶんだけどな」
◇ ◇ ◇
マサユキ・ヒビノの残したものといえば、今も残っている『ヒビノ道場』がある。
だがご存知のように、現在残っているヒビノ道場は名前だけ道場であり、その中身は「素人さんでも精霊と触れ合える・もしかしたら色々と目覚める」精霊カフェになってしまっているのはご存知の通り。
この、名前はふざけているし内容もただのカフェなのに関わらず、本物の精霊術師を何人も輩出している謎のカフェ誕生には、ちょっとした秘密がある。
この精霊カフェ、かつてはマサユキが支援していた精霊術師を師範とする普通の精霊術部門だった。
ただし当時のヒビノ道場の中で、適合者の少なさから閑古鳥が鳴いていた。
その精霊術部門の体制を見直し「誰でも触れ合える精霊カフェ」を作ったのがコウスケ氏らしい。
コウスケ氏は戦闘用のスキルがないと言いながらも、実は精霊術のスキルを持っていた。ではどうして彼が非戦闘員扱いされていたかというと、彼は「かわいい精霊たちを戦わせるなんてとんでもない」と、その技能を隠し続けたせいであった。
そんなコウスケ氏は、修行うんぬんよりまず、精霊と触れ合える場を作ろうと考えた。
そして、誰でもウエルカムのカフェにすることで来場者を増やし、さらにメイドカフェ風にして軽食と喫茶くらい楽しめるようにした。
で、コスプレ店員や店内のおもちゃ類などにこっそり本物の精霊を混ぜることで、見える・話せる・触れる者を釣り上げる方式に切り替えたのである。
この方法は「馬鹿げた釣り堀り」などと一部に揶揄されたが、かわいいメイドさんや実直そうな執事が人気で、なにげに老若男女問わずの人気になった。
また実際、それらの中に無自覚の精霊術師も数名おり、釣りあげ効果もしっかりと上がった。
れっきとした道場の中に突如としてメイドや執事のいるカフェが現れたのにはさすがに誰もが驚いたが、実績をあげれば認めないわけにもいかない。
やがてそれは町の、もうひとつの顔になっていったのである。
そして未来。
傘下の道場が元気に活動するようになってヒビノ道場が総本山として以上の役目を終えてしまった時代。
それでも精霊カフェだけはますます健在で、ついには道場が看板だけの今になってもなお、事実上の精霊カフェとして元気に生き残り、また、新しい精霊術士を生み出すにも貢献し続けている。
なお、コウスケを使い捨て追い出したとされる被召喚者集団の方だが。
こちらは某国の第七次召喚勇者部隊の事だとされているが、いつまで健在だったかは不明である。
彼らはコウスケがヒビノ道場に入ったとされる翌年に頭をとっていた数名が暗殺された。
犯人は同国の反勇者派の貴族で、花嫁修業で王宮づとめしていた自分たちの娘が、彼らに汚され捨てられた事で怒り、謀殺に至ったとされている。
この件がきっかけになり、第七次勇者軍団は次第に役立たずと見なされていった。
そして新たに召喚した第八次軍団を育てるため、弾除けにされて使い潰されたとされている。




