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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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ただの冒険者の帰還

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名は吾郎。

 異界を漂流し、そして現実に帰還した者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 パシリのチビのヲタのゴミ。

 西吾郎(にし・ごろう)という人物に対する一般の評価はそうだった。

 引きこもりでチビで暗いヲタ。

 デブでないという点で少しはマシだけど、この3つで充分にいじめの対象にあった。

 無視などはまだ可愛い方で、小学校高学年からこっち、吾郎は人間としてまともに扱われていなかった。

 定期的にカウンセラーにもかかっていたが、そのカウンセラーも他に仕事がなくてやっているような女で、吾郎に生活の改善とやらを勧めるものの、その目はクラスの連中と同じだと吾郎は感じていたようだ。

 そして、自分に魅力があると勘違いしているのを不快とも。

 男子中学生としての血気盛んな吾郎(おとこのこ)をわざと挑発しておいて、そのキモいヲタ顔がいけないと叩き落として楽しむような女だったのだ。

 ところが。

 とある日を境に吾郎はまるで別人になったのである。

 

 

「大したものだな彼は。とても成人してすぐとは思えない」

「中卒で大検とったんですよね?どんな生活してたんだか」

「おいおい、それは個人的な」

「いえ、そういう意味じゃないですよ」

 とある事務所。

 私たちは西吾郎に依頼をうけ、彼の法律面でのバックアップを行っているのだが……。

 あまりに型破りの彼のプロフイールに当初、驚くばかりだったのを覚えている。

 

 元々はいじめられっ子だったらしい。

 それが中学時代のある時から急速にいじめが沈静化、ただ遠巻きに見られるようになる。

 中学卒業と同時に五年間、行方不明。

 定期的に家族に送っていたハガキによると海外にいたようだが、ラオス・カンボジア・ベトナムあたりからタイ北部にかけてをウロウロしていたらしい。

 しかし家族は少年がいつパスポートを取得したかも知らず、大使館経由でも連絡つかず。

 そして二十歳になったある時、唐突に帰国。

 だけど実家には寄り付かず、海外で稼いできたというお金で故郷と違う地元に家を購入。

 お金目当てにやってくる両親含む肉親の全てを、成人男性であることを盾にシャットアウト。

 どこの国の娘とも知らない少女を帰化手続きをして日本人にしてしまうと、あとは二人で畑を耕し、のんびり暮らしているという。

 

 うん、色々とおかしい……それが事務所の皆の共通認識だった。

 

 五年も海外をさまよってた人間が、いつ大検とれるほど勉強したのか。

 日本で土地ごと家を買い、しかも管財人が必要なお金をどこで稼いできたのか。

 そもそも家族に隠して中学生がパスポートをとり、海外にいくのがどれだけ大変か。

 しかも初めての海外ゆきは船で上海に渡り、次に消息がわかったのはベトナム国境だとか。

 経路と旅の内容が素人離れし過ぎてる。

 

 問題は続く。

 一緒の少女は何者で、どうやって面倒な帰化申請をあっさり通したのか。

 きけばアジアのとある国の孤児で、一緒に政変のどさくさに逃げ回りつつ言葉と文字を教え、後にはアシスタントとして活躍してくれていたというが……怪しすぎる。

「色々おかしいでしょ。

 たった五年の時間で、どうやって死にかけてた孤児をビジネスパートナーにすんのよ」

「まぁたぶんですけど、むしろ普通にワケありの外国人をお嫁さんにした……ってとこなんでしょうね」

 戸籍制度のある日本だとピンとこないけど、事実上の無国籍の人は結構いるものだ。

 そして偽装結婚の例をとるまでもなく、結婚というのは帰化にいい理由といえる。

「仲いいもんね。ふたりで死線をくぐり抜けてきたって感があるし」

「たしかに」

 実際ふたりはとても仲がいい。

 単にベタベタしてるのでなく、あうんの呼吸というか、いかにもパートナーという感じがするのだ。

 ただし。

 ふたりともどこか、今も荒野か戦場にいるような不思議な緊張感をまとっているが。

 でもその話をした者に、彼はこう返したのだ。

 

『あー……いつも危険と隣合わせでしたからね。日本は安全と頭じゃわかってるんですが』

『そんな政情不安なとこにいたの?』

『はい、まぁ。

 彼女を日本につれてくる時もずいぶん悩んだんですよ?』

『どうして?安全な方がいいんじゃないの?』

『実際に安全なのと、彼女が安心できるかは別問題ですよ』

『……』

『ただ俺、背中を任せられるのは結局彼女しかいなくて。

 だから俺が無理いって連れてきたようなもんなんです。

 彼女の実家ももうないし、俺といこうよって』

『あの、失礼な質問かもだけど』

『彼女の実家ですか?暴徒に根こそぎかっぱらわれて焼かれたようで。

 家族も皆殺しで誰も残ってないです』

『っ!?ご、ごめんなさい!』

『え?ああいえ、こっちから話した事ですし』

 

 予想の何倍か重い話が出てきて、当時の担当は焦ったらしい。

 そりゃそうだ。

 強盗殺人で家族も家もまるごと失うなんて、現代日本ではありえない悲惨な体験だもの。

 

 しかし、そんな彼女……帰化名を西紗理奈(にし・さりな)というが、その彼女に暗さは見受けられないというのが、私たちやカウンセラー全員の所感だ。

 それも悲劇を真正面から受け止め、なお生きようという強さを感じるそうだ。

 

 ちなみに可愛らしい娘だけど、美少女という感じではない。派手さは正直皆無だ。

 顔立ちも日本人に似ている。

 違うのはただ、よくみると黒褐色でなく明るい瞳の色くらいのものだ。

 そして際立った特徴としては、コミュニケーション能力の高さ。

 若いのに、まるで料亭のおかみのようだとは年輩の仲間の弁。

「ファンタジー物語なら、あれよね?」

「?」

「主人公が定宿にしている宿屋の娘さんってとこ?

 宿屋がダメになっちゃって、主人公の仲間に加わったのね。

 戦える財務担当、雑務担当みたいな」

「そのまんまじゃん」

「たしかに」

 実家がどこにあったのかは話してくれないが、聞けば宿屋をしていたんだそうだ。

 そして物心ついた頃には息をするように自然とお手伝いをしていたそうで、吾郎君もお客様のひとりだったらしい。

 

「……」

「どうしたの、りっちゃん?」

「いえ、大丈夫です」

 わたしは同僚や知人たちに笑顔でごまかした。

 

 そうなんだよねー……。

 実はわたし、ひょんな事から彼らの秘密を知ってしまったのだ。

 うん。

 少しだけその事を話そう。

 

 

 それは書類を交わすため、たまたま彼らの家を訪れた時のことだった。

 

 古民家を片付けたというその家は、古いがよく手入れをされていた。

 まるで大家族でもいるかのように住みやすく整えられていて、わたしは思わず感心したものだ。

「紗理奈さんすごいですね」

「えへ、ありがとうございます。まぁゴ……彼にずいぶんと頼っているんですけど」

 若い入植者に田舎は厳しいというけど、彼らとの仲も良好らしい。

 町内会にもいれてもらい、もらった古い軽トラで走り回り、若い衆として頑張ってるとか。

 この地の彼らを除く住民の平均年齢は55歳。

 この日も近所のおばあちゃんがお茶とお菓子片手にやってきてお味噌づくりをしていた。

 ちなみにおばあさま方にはゴロちゃん、サリーちゃんと呼ばれているらしい……吾郎君までちゃんづけなのがちょっと哀れ。犬か。

「色々教えてくれるんです、すごいんですよー」

「うちの孫らは覚えてくれんからねえ。

 それが、こんな若い子たちが住んで、家もこんなキレイに直してヨ。

 きけば西の家の古い親戚だってんじゃないか。

 ここもご先祖様をたどってて見つけたんだとか。

 よくもまぁ帰ってきたもんだ。

 しかもこんな、めんこい嫁さん連れてよぅ」

「ああなるほど」

 そういえば、そんな報告もあった。

 この家はもともと、先祖の地を探しててみつけたんだとか。

 元の住人はもう絶えていたが、実は遠い親戚だったらしい。

 

 田舎では、こういうつながりを提示するのは大切なことだ。

 事実上は赤の他人だったとしても、一族の者ならまぁ、という意識が働くからだ。

 もちろん元の住人が村八分だったりした時は、そのマイナス評価もひきずってしまうわけだが。

 幸いにも問題なかったそうで。

 

 そして。

 若いお嫁さんを連れてきて農民になるということは。

 これからこの土地に骨をうずめ、家庭を作ると言っている事。

 新しい入植ではなく、住民の帰還。

 そりゃ歓迎されるというものだ。

 

 ……しかし本当、二十歳の男の子がよくそこまで思いつくものだ。

 それとも、紗理奈さんの入れ知恵なんだろうか?

 

 と、そんな時だった。

「!」

 パァンという音がした。

「銃声!」

「サリナ、婆ちゃんを」

「わかった!気をつけて!」

「おう!」

 彼は床の間に駆け込むと、まるでヤリのような立派な棒を掴み出ていった。

 わたしもついて出ていこうとしたんだけど、

「危ないからダメです!」

「でも」

「彼は大丈夫です!私たちが行ったら、むしろ彼を危険にさらします!」

「……えっと」

 がつんと言われて言葉が継げない。

 困っていると、紗理奈さんは窓を指さした。

「たぶん、そこから見えますよ」

「窓から?」

「ええ」

 言われた通りに窓から外を見て、そして固まった。

「クマ!?」

「ええクマです、しかもお腹すかせて暴れてます」

 ヒグマほどじゃないけど、どう見ても大人のクマだ。

 しかも殺気立っているのがここから見てもわかる。

「ちょ、110ば……」

「そんなの間に合わないです、落ち着いて!」

 平然と紗理奈さんはいい、それよりも見ろという。

 そしてその方を見て、わたしはギョッとした。

 

 彼がクマとやりあっていた。

 

 棒一本で彼は、自分より大きなクマを余裕であしらっていた。

 付かず離れず、それはもう巧みに。

 信じがたい光景だった。

 しかもそれを周囲の男たち……年寄りが多いが、彼らも不思議に思ってないことだった。

「いいぞ坊主!」

「爺さんまだか!」

「よし弾撃つぞ!!おまえら下がれ!」

「おうっ!」

 彼と男たちが下がると、鉄砲らしきものをもつ老人がそれを二発、発射した。

 パァン、パァンと大きな音がして、クマの動きが鈍くなった。

「爺さん!」

「うむ!」

 彼はその老人をかばうように再び前に出て、棒でクマのどこかを激しく突いた。

 そして。

 クマはやがて動かなくなり。

 そして弾丸をこめなおした老人がとどめをさした。

 

 

 そのはもう、村をあげて大騒ぎになった。

 クマとはいえ市街地で射殺したのだから、そういうのの手続きも必要だ。

 でも、飛んできた駐在さんもクマを見て納得、さっさと手続きをはじめてくれた。

 こういうとこ、さすが田舎は早いね。

 さて、それにしても。

 ……あれはなんだったんだろう。

 

 わたしにもわかる、彼の動きは素人じゃない。

 よくわからないが、なんらかの武術によるものだ。

 

 棒術だか杖術かしらないけど、そういう武術があるのは知ってる。

 だけど、数年前まで中学でいじめられっこだった少年が、棒術でクマを倒す?

 いや、牽制して時間を稼いで猟師の人に始末してもらってたみたいだけど……。

 正直、なんでそんなことができるのかナゾ過ぎた。


 それにだ。

 戦いがすんでから紗理奈ちゃんが外に出ていってけが人の治療を始めたんだけど……。

 何もないとこから水が出てきて、それで傷口を軽く洗ったりしてるんですけど。

 何かこう、光ったら切り傷がふさがったりしてるんですけど!

 しかも。

 それをまわりの人、全然不思議だと思ってないんですけど!

 な、なんで?

 そしたら、さっきのおばあちゃんが笑いだした。

「いやぁ、さすが西の家だぁ若いのに」

「え?」

「ああ、しらなんだのかえ?

 西の家は大昔は代々神主様の家でな、法力と棒でクマも打ち据えたって話があってのう。

 嫁も通力もちの白拍子だの、よその界から連れてきた鬼の娘だの、そんな話がいっぱいある家なんじゃ」

「そうなんですか……じゃあ彼も?」

「よう知らんけど。

 中学の時に神隠しに会うて、異世界のルシャード王国とかってとこに連れて行かれたと言うとったのう。

 そこで冒険者っつったかのう、化物を殺してお金をもらう雇われの兵隊さんみたいな仕事をしとったそうじゃ。

 けど、その国が悪いやつとの戦争になって、なくなってしもうて。

 ゴロちゃんはサリーちゃん連れて界を渡り、こっちに逃げてきたんじゃと」

「そうですか」

 そうなんだ。

 なんてバカバカしい、ふざけた話だろう。

 

 だけど。

 かりに異世界というのが眉唾だとしても。

 彼は棒でクマでも撃退できる男で、奥さんはけが人を光で治せるわけだ。

 ……プロフィールの真偽を脇においといても、すごい夫婦よね。

 

 はぁ。

 わたしはためいきをついた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 もちろん私は、ふたりのプロフィールの話なんて誰にもしていない。

 村の人たちに聞き込みをしたところで、年寄りがボケているとしか思われないだろう。

 だけどわたしは知っている。

 そしてたぶん……信じられないけど本当のことなんだろうな、と思ってる。

 

 ゴロウくんと紗理奈ちゃん。

 紗理奈ちゃんは異世界から地球に帰化した人で。

 そして。

 ゴロウくんは物語の勇者のように異世界に行ってしまい、そして帰還した者なのだと。


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