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異界漂流者の物語  作者: hachikun
23/95

せーれー

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名は江川なつみ。異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「よっしゃあーっ!これでここのボスも倒したぜっ!」

 そんな叫び声が聞こえている。

 森の中。殺されたたくさんの魔獣たち。

 そして殺したのは、目の前にいる『クラスメート』たち。 

 胸が痛い……。

「あれ、なんで泣いてるの江川?」

「かわいいモンスターが死んだからだろ、ほっとけほっとけ」

「そうよね、これから剥ぎ取りで大変だもんね……江川くん剥ぎ取りできないし」

 あたりまえだ、剥ぎ取りなんてできるか。

 俺は楽しそうに話をしつつ獲物の前で楽しそうにしている連中を無視して、心の中で皆に謝った。

 ごめんよ。

 ごめんよ……。

 

 さて。

 死んじまった子たちの代わりを探しにいくか……。

 ああイヤだなぁ。

 あいつらなんかのために……ちくしょう。

 

 

 俺たちのクラスが異世界ってやつに召喚されたのは、一年ほど前のことだ。

 王宮に引っ立てられ、偉そうな王様の前で戦うことを誓わされた。

 誘拐犯どもの言うことなんかきくのはまっぴらだったんだけど、戦闘系のスキルを持っているやつらが自称・お姫様や王子様たちに持ち上げられその気になってた。

 そして俺たち非戦闘系スキルもちも、結局は一緒にやるのが一番というながれになっていった。

 

 え、俺のスキル?

 俺のスキルは『精霊』としか書いてないナゾのものだった。

 とりあえず家畜や魔獣と意思疎通できるっぽいので、皆には魔獣使いだとウソをついた。

 なんでかわからないけど、それがいい気がした。

 それにもう、クラスメートも信用できない気がしたしな。

 

 『精霊』は魔獣使いのスキルの上位互換ではあるらしく、皆には魔獣使いだと信じてもらえた。

 王様やクラスメートには「たいしたことないスキル」って見られてたけど、お城の魔獣兵や冒険者の人たちは歓迎してくれた。いい魔獣使いになれるゾと太鼓判も押してもらえた。

 

 俺の主な仕事は移動用の魔獣の管理や捕獲が主体になった。

 地味に思えるだろうけど、この世界では結構大事だった。

 なにしろ高速移動の手段がなく、しかも科学の乗り物は発達していなかった。だから魔獣使いの存在はなかなかに重宝されたのだけど。

 けど。

 

 あいつら……魔獣を使い捨てやがるんだ。

 当たり前のように使い潰して、俺にまた入手してこいってやらかすんだ。

 

 俺はもうイヤだ。

 

 あいつらはいいさ、魔獣の声なんか聞こえないんだからな。

 けどよ。

 魔獣たちを半ば騙すようにして手を貸してもらい、むざむざ死なせている俺には聞こえるんだぞ。

 痛い。

 苦しい。

 たすけてって……。

 

 俺はもうイヤだ。

 たとえ。

 たとえそれが、二度と元の世界に帰れないという意味だとしても。

 俺はもう。

 

「……ありゃ?」

 ウダウダ考えているうちに迷ってしまったっぽい。

 

 俺はモンスターに襲われるってことがない。

 まぁたぶん『精霊』スキルのせいだろうと考えているが、このおかげで本当に助けられている。

 だけど、もちろんそれも秘密。

 そんなことがバレたら盾代わりにされるのが目に見えているし、それでまた殺される魔物たちも増えるだろう。

 だから俺は、みつかりにくいスキルで逃げ隠れしている事にしてる。

 え、そんなんでバレないのかって?

 最初の頃はともかく、もう俺についてくるメンバーなんて誰もいないから心配ないよ。

 

 それにしても帰り道がわからん、こりゃ参ったな。

 ほとほと困り果てていると、突然に頭の中に声が響いた。

『半精霊とは珍しいな?』

「!?」

 反射的に振り返ると、向こうに真っ白なバイコーンが草を()んでいた。

 さすがに驚いた。

 バイコーンは有名なユニコーンに比べて日本じゃマイナーだったけど、実はユニコーンのモデルじゃないかと言われている魔物だ。二角獣とも言われ、二本の角をもつ馬の姿をしている。

 

 あちこちの森で珍しい魔物も見たけど、さすがにバイコーンを見たのははじめてだった。

 すごいな、なんかカッコいいじゃないか。

 

 ユニコーンが清純を司るのに比べバイコーンは不純を司ると言われている。ま、地球の物語のことなのでこっちには関係ないか。

 バイコーンは俺に近寄ってくると、何かイヤそうな反応をした……刺激臭を嗅ぎつけた猫みたいな反応だ。

『半精霊よ、その肉体はそろそろ脱ぎ捨てていいんじゃないか?』

「ちょっとまってくれ、半精霊とは何だ?」

『ん?ああそういうことか、ならば教えよう。座れ』

「……」

『さっさと座らんか!』

「お、おう」

 なんか知らんけど座らされた。

 バイコーンは俺が座ったのを確認すると、その横にのんびりと座った。

 やがてバイコーンは満足したのか、話をはじめた。

『半精霊というのは、精霊化の祝福のかかっている存在のことを言うのだよ。

 異界の生き物はこの世界にとっては異物でな、自由に動き回るのは本来まずい。

 なので、それらは世界によって消されるのが基本なのだが』

 そういうと、バイコーンはブルルと顔をあげた。

『たまに、魂の色がこちら向きの個体がいる、おまえのようにな。

 そういう個体には精霊化の祝福をかけるのだ。

 この世界の生き物と触れあえば触れ合うほどにおまえの魂はカタチをかえてゆき、

 ついには異界の肉体を脱ぎ捨てて精霊の一柱になってしまうわけだが』

「……それが俺?」

『そうだ』

 バイコーンはそういうと、またブルルとうなった。

「いや、ちょっとまってくれ。

 俺たちはこの世界の人間に召喚された者だけど、用がすめば返してくれる事になってて」

『それをおまえは信じてないだろう?』

「……ああ」

 それはその通りだった。

 

 他のクラスメートにしても、言葉通りに信じてるのは一部のバカくらい。ほとんどは、それが口先だけの嘘っぱちだと理解していた。

 なのに、どうして大人しく従っているのか?

 決まってる。

 事実から目をそむけ、現実を見たくないという幼稚な集団心理のせいだ。

 帰してくれるって言ったのに、帰れないなんてあるわけないだろうと。

 バカか、誘拐犯の弁だぞ、なんで信用すんだ?

 信じられないことに、その狂った意見がまかり通ってる。

 そして操ってる連中も、それを見越した上でこちらを好き放題にしてる。

 

 そんなことを考えた瞬間、それはやってきた。

「!?」

 何か世界の全てが揺らぐような、不思議な感覚が全身を襲った。

 なんだこれ?

 

『自覚した途端、身体にとどまれなくなってきたようだな』

「え……あ……?」

『もういいだろう、異界の身体は捨ててしまうがいい』

「な、なあ、ひとつ聞いていいか?」

『なんだ?』

「あいつらはどうなる?」

 クラスメートたちの顔が浮かんだ。

『ひとことで言えば全員死ぬ、だがそれが救いだろうよ』

「どういうことだ?」

『肉体が滅びれば、その魂は解き放たれる。

 かの者たちはおまえと違い、この世界に取り込まれない』

「元の世界に帰れるのか?」

『いや、ただこの世界からはじき出されるだけだ。

 まぁ世界群という観点からいえば、永劫と無限の彼方の果て、いつかは戻れるのかもしれないが』

「帰れる保証はないってことか?」

『肉体にしても魂にしても、本来その世界に属し、支えられて存在するものだよ。

 だからこそ君らは異物であり、こちらにあわせて取り込むか拒絶かの二択なわけだが』

「……とりあえずわかったよ。

 じゃあなんで俺は、あいつらと違ったんだ?」

 問いかけると、バイコーンは不思議そうに俺を見た。

『原則論でいえば、確かに本来のおまえも彼らも同じ存在だろうな。

 おまえは精霊化の祝福を受け入れた、それだけだ』

「受け入れた?祝福とやらをかけたのは俺だけじゃないってこと?」

『もちろん全員に投げかけられているさ、この世界の修正力の発露だからな』

「じゃあなんで俺だけ?」

『それはわからん。

 とにかく彼らは祝福が根付かず、おまえは根付いた。それだけだ』

「……」

 よくわかったような、わからないような。

『さぁ、もういいだろう。そろそろ、その異物は捨てなさい』

 そう言われた瞬間だった。

 

  

 ころん、と地面に転がっていた。

 

 

「……あれ?」

 妙に甲高い声。

 両手をみると、なんか白くて柔らかそうな手。

 あしもなんだか頼りなくて小さい。

 あれ?

 起き上がった。

「えっと……え?」

 はだかんぼみたいだけど、おぼえのない身体。

 いや、そもそもその前に。

「ちんちん、ない……え?」

 

 なんだこれ?

 なんだこれ!?

 

 それに、ここどこ?

 

 さっきまでいた草原じゃなくて、ごつごつした地面と、何か恐竜時代みたいな巨大な草がドン、ドンと生えたよくわからない世界にいた。

 何この不思議ファンタジー世界!?

 そしたら。

『なんだ、自分がわからないのか?』

 頭上から力強い声が響いたかと思うと、空中に持ち上げられていた。

「わ、わ、わわわっ!」

『あばれるな、まだ自分で飛べもせぬくせに』

 そう言いつつ、何か巨大な湖みたいなとこの上に連れて行かれた。

 うわ、まさかあの水に落とされるの? 

 ちょ、ちょっとっ!

 でも、水面に映された自分の姿を見て絶句することになった。

 

 

 そこにいたのは。

 巨大なバイコーンに首根っこをくわえられ、ぷらーんとぶらさがっている、

 まるで絵本から転げ落ちてきたみたいな、ちみっこくて羽根の生えた幼女だった。

「……」

 俺が右手をあげると、幼女が左手をあげる。

 おっぱい……ぺったんこ。

 ちんこ……はえてない。

 

 な、なんじゃこりゃあっ!!

 

 

「男じゃないんだが」

『精霊に性別なぞないだろう』

「ちっこいんだが」

『生まれたてなんだから当たり前だろう』

「大きくなれるのか?」

『属性がつけば大きくなれるかもしれんが、おまえは無理だろう』

「なんで?」

『典型的な自堕落タイプだからな』

「どういうこと?」

『精霊は精神体だから、性格が容姿に反映されるのだ。

 この姿、この羽根、雰囲気。

 かけてもいい。

 おまえは百年たっても花の中で寝てるだろうさ』

「……」

『まぁいい、それが精霊というものだからな』

 ひょいと投げ上げられた。

 ぽてんと音がして、バイコーンの背中に落ちた。

『せめて自力で飛ぶくらいはせんか』

「うおお、もふもふ~」

「はぁ、やれやれ。帰るぞちびすけ、落ちるなよ?』

「ういっす」

 俺はバイコーンの背中で揺られるまま、そこを去っていった。

 

 

 

 第七次召喚勇者隊から救助を求める連絡がきたのは、その年の夏月7日(なつづきなのか)のことだった。

 移動のアシである魔物たちが全滅し、魔物使いであるナツミ・エガワという少年も行方不明になったという。勇者隊はナツミ・エガワに移動関係を頼り切っており、徒歩の場合、食料などは問題ないが武器の損耗対策が間に合わず、このままでは帰還できず全滅するとの事だった。

 勇者管理委員会は第七次勇者隊が当初の目的を果たしたと考え、そのまま見捨てる事とした。

 当人たちには、なるべく早く善処するので、あとの事は気にせず全力で戦闘を続けるようにと指示を出した。

 新しい攻撃目標は魔の森の中心にし、そして通信を切った。

 こうすれば、彼らは助けがくると信じ切って中心に攻め入り全滅するだろう。

 反論もあるだろう。

 でも彼らは基本おひとよしのバカだから、見捨てられたという意見は却下されるだろう。

 最悪でも、主流派であるお人好しどもの足を引っ張って全滅を早めるだけ。

 第七次の管理業務はこれで終了となった。

 しばらくは警備を森の出口に貼り付けるが、これは万が一の生還者を掃討するため。

 

 

 次の勇者召喚のための触媒に潰す奴隷が足りないということで、奴隷狩りを行った。

 あわせて十二の村を更地に変えたが、召喚用の触媒を確保できた。

 なお。

 召喚の触媒とはつまり生贄であり、その乱発は国民を減らし、ひいては農地を減らして国力を衰退させるという声があった。それより農家のあぶれた下の子などを鍛えたほうがよいと。

 もっともな話だが、自国民を強化して勇者化するのはコストが高いし、だいいち自国民は反乱の危険もありコストもリスクも大きい。

 それに、召喚コストこそかかるものの後腐れなく消費でき、裏切るなら潰せば終わりの異世界勇者の方が低コストである。問題ないだろう。

 

 そろそろ潰せる村落がなくなってきたので、他国から奴隷を大量に買い付ける事にした。

 奴隷狩りが我が国向けの奴隷を狩るため、組織的に村を、町を潰しまくっているという話を聞いた。侵略であると我が国に苦情がきたが、こちらは何もしていないと門前払いした。

 そうしたら、突然に我が国の町がいくつか襲われた。

 奴隷狩りのためと判明した。なんて野蛮な。

 その奴隷狩りから奴隷を買っているらしい国に、賠償として自国民を差し出せ、さもなくば武力で接収しに行くと通告した。拒否されたので自軍を送り込むことを決定した……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 第四文明滅亡の原因だが、どうやら召喚勇者という名の使い捨て奴隷の使いすぎが原因であると判明した。

 自国民を使うと高コストだからという理由で召喚勇者を使ったという非常識さには驚くほかないが、グローバル化なる美名の元に自国民を捨てて安い外国人労働力を使い潰す事は資本主義の世界でよく行われる事であり、これは一方的に非難できるものではない。

 とにかくこの時代、奴隷狩りの横行により人口が二十分の1に激減、さらに、あまたの文明・文化の継承が途切れて文明が少なくとも二千年近くは後退する事となった。

 これが原因となり、やがて第四文明時代そのものの終焉に向かうのである。

 

 なお、この第七次勇者召喚の時、一柱の魂が精霊化の祝福をうけ、こちら側に残ったようだ。

 記録によるとこの者は魔獣使いを自称していたとされるが、記録を見るに魔獣使いではありえない要素がいくつか見られる。研究者はこれを、精霊化の祝福なのを魔獣使いと偽り周囲の追求を逃れていた……具体的には、役立たずとみなされたり盾代わりにされ殺されないために誤魔化していたのだろうとしている。

 なお。

 魔獣舎関連の人間はおそらく本当の祝福に気づいていたろうというのが記録から伺えるそうだ。

 だが彼らは総じて精霊化もちに好意的であるため、むしろ積極的に隠蔽に協力、無事に精霊となって森に去るまで支援していたのだろうと言われている。


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