マサユキ・ライジング
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その人の名は日比野正之。
彼の若き日……まだ異界にたどり着いて間もない頃の物語である。
◇ ◇ ◇
「罠解除できました」
「やっと解けたのかよ、グズが」
「マサ、おめえはドアの外で警戒しつつ見張りだ。いけ」
「……わかりました」
俺は内心ためいきをつきつつも、トラップルームの外に出た。
どうやら今回も、ここまで罠を解除してきたシーフの俺に分け前はないらしい。
ま、それがあんたらの選択なら俺もかまわない。
そんなことを考えつつ、俺はドアを後ろ手で音をさせないよう静かに閉めた。
そしてポケットから小さな砂時計を出して、床に置いた。
砂がサラサラと落ちていく。
「……」
俺はそのまま、気配を殺して立ち尽くした。
無音のはずの砂の落下音までもが、研ぎ澄まされたシーフとしての耳に静かに聞こえていた。
非戦闘員を軽んじるヤツはゲームには向かない、とはよく言われたことだが、これはリアルなファンタジー世界にも言える事だった……ま、実際に飛ばされてみての感想なんだけども。
今、扉の奥にいる連中は、同じ時に冒険者になったいわば『仲間』だ。
もちろんゲームの仲間ではなく、この『異世界』での仲間。
冒険者になるにも最低限の資格がいる関係上、試験が行われる。
で、同時に資格をとった者たちは苦楽をともにするわけで、最初のチームの母体になることが多いそうで、俺たちもその例にもれなかった。
だがしかし。
適性試験で非戦闘員と出た者たちを、彼らは次第に軽視しはじめた。
特にギルドでのランクが上がってくるとその傾向は強くなり、ついには二軍なんて事を言い出し、ついにメンバーに公然と格差をつけはじめた。
薬の作成に長けている錬金術師。
ダンジョンでは役立たないが外では活躍するアーチャー。
そしてこの俺、シーフ。
これらを奴隷、あるいはせいぜいパシリ扱いすることが増え始めたのだ。
俺も彼らに最初は忠告した。
だけどある程度まで来たところで、俺は──。
「む」
気がつけば、砂時計の砂がわずかだ。
いつのまにか思考におぼれていたみたいだ、あぶないあぶない。
さて、いよいよ砂が全部……落ちたと。
ふむ、ではそろそろ作動する頃合いかな?
『グォォォーーーッ!』
『キャアアアっ!』
『な、なんだ!?』
『まさか……時間切れだとバカな!?』
『そんな馬鹿な、モンスター倒して扉が開いてるうちはリスポンしな……!?』
『なんだこれ、なんだこれ……まさか!?』
『マサ、まさかてめえ!?』
『開けろコラ貴様死にてえのかヤメギャアアアっ!!』
はいはい、そりゃ俺が閉めたもの、見てたよねえ?
つーか、本当にバカだぜこいつら。
経験値を独占するために俺をパーティから外したの誰よ?
最初から俺にひとりでずーっと罠解除させて、場合によっては先制攻撃もさせて、おいしいとこだけ総取りしてたの誰よ?
このモンハウの罠外す時、そのまま扉閉めたら自分たちの権利がなくなるからって、扉だけはおさえてたの誰よ?
なのにさ。
自分らが宝をとるって段になったら、ひとりじめのために俺ひとり外に置いて、みんな中に入っちまうんだからな……バカだよなぁ。
そりゃあ閉じ込められるって。
ああもちろん、俺も手を抜いちゃいないぜ。
麻痺トラップを追加させてもらった、途中で外して持ってきたやつだ。
トリガーはモンスターの再発生で、対象は人間。
おまけに、ここの敵は今のあいつらだと素でもギリギリ勝てるかどうかって連中だ。
「……」
しばらくして扉をあけて全滅を確認すると、俺は引き上げてギルドに全滅の報告をした。
全滅の報を聞いた錬金術師のマナ、それにアーチャーのホブリ。
ふたりは喜びも悲しみもしなかった。
少し複雑な顔をして、そして安堵の微笑みを浮かべた。
「それでホブリはどうするつもり?」
「エルフの里にいって、師匠の手伝いでもしようかと。悪い癖を抜きたいし」
ホブリはハーフエルフだ。
この世界のエルフはハーフエルフを迫害も差別もしないが、里に永住だけは認めない。なぜならエルフの里は森の一部であり、彼ら里のエルフは同時に彼ら的には聖職者でもあるからだ。
おそらくホブリは師匠の元で鍛え直しつつ、今後の道を決めるのだろう。
「あ、ちょっと席外すよ?」
「おう」
ホブリが笑顔で去っていった。
「マナは?」
「ギルド雇いの誘いを受けてますから、しばらくそちらでお世話になろうかと」
「ああなるほど、あの後か」
「はい」
マナは、別の意味で危ないところだった。
戦闘員だけだと女がひとりしかいないうえ、その一人だけの女がリーダーである大剣使いに尻をふりはじめたせいだ。このため女にあぶれる事確定となったメンツがまわりに目を向け、そして、今まで薬の臭気で近寄らなかったマナが、実は結構可愛い事に気づいてしまった。
しかも彼女は彼らのいう二軍であり、対等の人間と見られてなかった。
脅せば従うだろうと考えたようで、今回のクエスト前に実際、あやうく一触即発になりかけたのだ。
しかも問題発生の場所がなんとギルド支所だった。
身体磨いて待っとけや的なセリフにふるえていたマナ。
で、職員がそのマナを保護すべく勧誘したのだろう。
まぁ順当なところだな。
「実は昨日、正式にギルド職員資格も取得しました」
「やったのか!」
「はい、ゆくゆくはマーカスかどこかで働かないかって……それでマサユキさんはどうされるんですか?」
「あー……俺はしばらく修行かな、仲間の全滅なんて事になっちまったわけだし」
「ねえマサユキさん」
「ん?」
ちら、と周囲を確認し、聞かれないだろうと判断したマナの目が悲しげになった。
「ありがとう、でも無茶はこれきりですよ?」
「……なんの話かな?」
「マサユキさん……あいつら、わざとはめたでしょ」
「あははは、そんな事あるわけが」
「マサユキさん」
そういうと、マナはポケットからカードのようなものを出した。
冒険者ギルドの職員証だった。
「……それは」
「実はついさっき、ギルドマスターに最初のお仕事をいただいたんです。資格もちというだけでここの職員じゃないですけど、こういうフリーの職員に指示を出すのはかまわないそうで。
なんの仕事をいただいたかは、もうわかりますよね?」
そこまで言うと、マナは姿勢をただした。
「皆さん、ダテにギルド職員やってないです。バレバレなんですよ」
「!」
「だけどわたしたちの状況、それにマサユキさんの性格から考えて、何が起きたかはだいたい予想しているそうです。わかったうえで今回は目をつむってくれているんですよ。
こういう事は、時々あるそうで。いわば不文律ですね」
「……」
「改めてマサユキさん。
今回のは非常事態につき不問ですけど……二度とやらないように、だそうです」
「……わかった、気をつけるよ」
ふう、とためいきをついた。
それを確認したマナは、
「それと」
「ん?……お、おい」
マサユキの眼の前でポロポロと泣き始めたマナは次の瞬間、マサユキにヒシッと抱きついた。
「……」
「ありがと……ありがとう!
こわかった、こわかった……ほんとうにありがとう」
「……ああ」
マサユキはもうひとつだけためいきをついて。
そして、静かにマナを抱き返した。
◇ ◇ ◇
有名人でもなんでもないのに、ギルド史のとある時代に登場し、一部ではマニアックな伝説にもなっている男『マサユキ』。
マサユキ研究者たちによって現在、以下のことがわかっている。
・元異世界人らしいこと。
・シーフ系になったのは、元の世界で「ぶいあーるえむえむおー」と呼ばれる遊戯の最中に死亡、遊戯中に一次付与されていたスキルや装備をもってきてしまったためで、それゆえに当初から非常に優れた隠密系技能を持っていたこと。
・実は弓もスナイパー級だったらしいこと。
・なぜか女性用装備をたくさん持っていたのは有名だが、その理由は、異世界で遊戯中のマサユキは女性だったこと。(なぜ遊戯でのスキルやアイテムを現実に持ち出せたのかはわかっていない。そういう異世界の技術があるのかもしれない)
・『女キャラ』とやらの時代の名前は「マルガリータ・つえ~れ」といったらしい。「黒歴史だけど、まぁスパイらしいだろ」とは当時のマサユキの弁なので、異世界的にはちょっと恥ずかしい名だった模様。
・マーカス支部職員のマナ・ピーノはマサユキの最初のパーティの同僚で、ピーノ姓は彼女が後年、家名をいだく時にマサユキの家名を元に作ったこと。
・マナ・ピーノが「最初に助けた女の子」であり、死蔵状態のマサユキの女性装備を最初に使ったのは彼女であること。
・「女の子に触りたいのは男のサガだけど、触ってほしいと思うのはパートナーだけだ」という言葉の元ネタはマサユキの迷言らしいこと。
マルガリータ・つぇ~れ
マルガリータ・ゲルトルーダ・ツェレ、通称マタ・ハリを元にしている。




