表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界漂流者の物語  作者: hachikun
21/95

悪意の代償

(注:これは、別枠で試作している作品の原案です)

 

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人名はユウ。

 彼もまた異界漂流者であった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それは、よくある戦いの結末の風景であった。

 

 異世界から呼び寄せ、長きにわたり戦わせた男。ユウと名乗っていたがどうも仮名らしく、誰にも、酔わせてもその本名を漏らさぬ用心深い男であったが、それでもついに魔王を討ち取るに至った。

 彼は後に続く魔族殲滅作戦に参加しないことを告げ、そして何もいらないので自分を召喚したその日、その時に返してほしいと告げた。自分も故郷に戻り、父と母に親孝行をしたいのだと。

 ほとんどの者はユウの妄言を嘲笑したが、ユウと親交のあった数名の巫女や神官が名乗り出て、本当に送還を執り行うこととなった。

 ただ一匹、ユウの連れていた獣人族の娘の問題があったが、ユウは娘をエルフの里に送ってほしいと神官たちに頼んでいた。おそらくその神殿使節は襲われ娘は売られるだろうが、騙されたまま去っていく茶番を最後まで見届けるのも一興だろう。そして最後の日を迎えた。

 

 まったく、笑わせてくれる。

 戻るところなど存在しないのに、それを知らず帰るとは滑稽なものよ。

 おや?

 

「イヤァァァ、オイて行かないで!!」

 獣人族の娘が乱入してきたな。

 おやおや、一緒に転移してしもうたか。

 ふふふ、娘を売り飛ばしたかった者がしかめっ面をしておるわ。

 ははは。

 がんばってユウを送り出した者たちが、かの異世界の状況を聞いて目を丸くしておる。

 ああ、本当に知らなかったのだな。まぁよい。

 彼らが『勇者』の事実について触れ回られると困るが。

 まぁ彼らはどうせ、地方の寺院に収容され監視もつく身だ。特に問題あるまい。

 

 帰還をエサに働かせていたユウが知るはずのない事だが、ユウの故郷はおそらくもう存在しない。少なくとも母親はもう生きてはいないはず。

 理由は簡単だ。

 そもそも名も顔も知らぬ異世界から何かを召喚するわけだから、対象の選択は「ある条件を満たすもの」となる。

 ユウを召喚した儀式はその性質上、特定の条件にあう者を二百人以上とらえていた。

 なのにどうしてユウひとりしか召喚されなかったかというと、それ以外はユウを引き込むための魔力源として吸い上げるようになっている。ユウをこちらに引き込むための魔力源として使われたが、それでも充分に余った。異世界のヒトモドキとはいえ人数が多いので魔力も潤沢、有効に活用できた。

 ほんに、この女神謹製の魔法陣はよくできている。異世界のものを選択的に呼び寄せ、しかもそのエネルギー源も現地のものでまかなうというのだから!すばらしい!

 命のすべてを瞬時に吸い取られた向こうの世界の適合者は、全員がその瞬間にゾンビとなったであろう。

 この適合者は一箇所に定まっておらず、かの世界にひろく分散しているはずだが例外もある。これは高位筆頭者の最も近い肉親で、実母はまず確実に適合者だったはずだ。だから筆頭適合者であるユウの実母も、ユウの転送時にゾンビとなったろう。

 ユウの母親は命を賭して息子をこの地に送り出し、そして命尽きてゾンビとなったわけだ。

 なのに息子はその母の情を無視して、この世界を捨てて舞い戻ったわけだ……ふふふ、まぁ異世界人といえば見た目こそ我ら人間に似ているがその実、ゴブリンの類と聞く。女神の加護も消えて元のゴブリンに戻ったのだから、ゴブリンの巣に戻り、ゴブリンにふさわしい最後を迎えるのだろう。

 む?よその世界に大量のゾンビを発生させて問題ないのかだと?

 女神によれば、ああいうヒトに似た魔物の住む世界はひとつではないそうだ。

 であるから、別にどうなろうと問題ない。最悪ひとつやふたつ滅びても次の召喚に困りはしないそうだ。

 ふむ。

 

 

「王よ、緊急に報告がございます」

「うむ、どうした?」

「ハイエルフの里にて大きな異変がありました。駆けつけましたところ、里そのものが消えており、また、神話級の大魔法が駆使された形跡があるとのことです」

「なんだと?」

 まさか雌エルフどもが減ってしまったのではあるまいな?

 ハイエルフの里を国の支配下におき、一定量の雌奴隷を産出可能とするのは重要な国策ぞ。

 

 なのに。

 今後、定期的に雌奴隷を産出するはずの鉱山がなくなってるだと?

 

 兵士たちの士気にも影響する。

 エルフ族根絶の予定が大きく狂わされる事にもなりかねん というのに。

 

 そもそもエルフ族の勢力根絶には大きな意味がある。

 エルフ族自体を皆殺しにする事なく、その勢力だけを叩き潰す。

 そうすることでエルフそのものを奴隷種族として使えるようになるし、彼らが保護しているあまたの少数勢力をまとめて一掃できるのだ。

 奴隷は労働力として有効なだけではない。

 やがて純血のエルフはいなくなるだろうが……エルフの血をひく良質の奴隷どもは向こう数百年くらいは生産可能になるだろう。うまく交配などで工夫すれば、家畜種族として永続的に所有できるかもしれない。

 いかようにも使える肉奴隷を安定供給。さらに、いよいよ衰えれば絞って魔石にすればよい。

 まったくすばらしい。

 そして、ここまで完遂してこそ、我ら女神の子たる人間がこの世界の盟主として君臨できるというものだ。

 

 なのに。

「エルフは子供一匹残っておりません!それどころか、雑多な亜人どももです!」

「どういうことじゃ?」

「は、魔道士団長によりますれば、ハイエルフや長老級の者たちがその生命と引き換えに大魔道を駆動、一族の者たちや庇護していた各種族を遠方へ……もしかしたら別の世界に送り出したのではないかと」

「別の世界だと!?」

 後にそれはなんと、ユウの戻っていった世界のようだと女神のおつげで知れた。

 

 なんと。

 家畜となり飼われるよりはとゴブリンの世界に逃げたと申すか!

 なんというもったいない……。

 あの外交官もどきの仕事をしておった人形のようにキレイなメスもか?

 ううむ。

 あれは特別に朕専用とするよう、すでに猿轡に首輪も用意してあったのだがなぁ。

 

 いかな女神といえど、異世界は他の神の管轄となり直接干渉はできないという。

 だからこそ女神は、異世界召喚という外法を我々にお与えになられた。

 我々は小さき人間であるが、それでも女神に選ばれし者だ。そしてヒトであるがゆえに神々の約束事をすり抜けることができるわけだが、そのための知識がない。

 ゆえに女神様は、我らに知恵を、つまり魔法陣をくださった。異世界から安価に亜人奴隷を連れてくる事ができる、最高の魔法陣を。

 しかし、もちろんそれだけでは役に立たないのだが……そこが女神様の素晴らしいところだ。我々が道具としてアレを使いやすいように、頑丈にし、さらに才能まで植え付けて送り込んでくださるのだから。

 なのに、いったいなぜ?

 

 さらにそれだけではない。

 

「ゾンビ発生件数が異常に増加しております。従来はゾンビが出なかった地域にも続々と。

 またゾンビの中に、見たこともない異郷の装いや体格の者が出始めていると」

「ゾンビなど焼いてしまえ」

「それが、従来の薬の効かない未知の毒を持っておるそうで。うかつに焼いたり破壊すると強い毒が残され、畑などが使い物にならなくなりまする」

「なんだと!?」

 そしてさらに問題が続く。

「エリッタ国とサドゥン国が反旗をひるがえしました。こたびのゾンビは異世界産であり、亜人が奴隷も含めて皆消えたことも含め、先日の異世界人ユウを冷遇した我が国が全ての元凶だと」

「言うてくれるわ。益のある時だけ都合よく迎合しおる連中が!」

 ゾンビの急増により税収が激減している。

 防衛力の届かない地方の村が放棄されるケースが増えているのだ。戦力が足りないのだから仕方ないことだが、税収には痛すぎる話だ。

 見捨てた辺境の村は確実に全滅だろうが、費用対効果を思えば騎士を差し向けるなどありえない。

 まぁ、民なんてものは青い血の我ら貴族と違い、勝手に沸いてくるものだ。ゾンビ騒動が収まってから集めれば問題なかろう。

 だいいち昔はちゃんと守りきれていたのだろう?村民は何をしておるのだ?

 え?昔は冒険者が守ってくれていたが今はいない?

 そんな馬鹿な話があるものか。

 冒険者なんぞ、家にいられない下の子や食えないゴロツキがいくらでもおるであろうが。

「陛下、冒険者になる者の多くは確かにそうですが、その出自をたどればその多くは、跡継ぎになれず夢を見て都会に出てきた田舎の者たちです。つまり供給源は周辺の村落なのですが、そちらはご存知のようにゾンビ騒ぎで人も、住む場所も、食料も急減しております。

 わが王都でもスラムに人がいなくなっております。死ぬ者が増えているのに外からの供給が絶えてしまったからです。

 陛下。

 人は無限ではありませんし、そして人が育つには時間もコストもかかるのです」

 バカを申せ。

 誰ぞあれ、この者の首をはねよ!

「陛下、陛下お考え直しを、陛下!」

 ふう、やれやれ。

 そもそも食い詰め者、ならず者、物乞いがこの世からなくなる事はない。そんな事ができる者がいるとしたら、それは人ではなかろう。

 人とは無限に生まれくる者で、幸福の椅子は選ばれた、ごく限られた者のぶんしかない。そしてそれは朕をはじめとする、選ばれた者たちのためのもの。

 無限に生まれる赤い血の者たちは、つまり消耗品なのだ。だから無限に生まれてくるし、無限に供給される。それが世の(ことわり)というものではないか。

 それをあのバカときたら、困ったものだ。

 

 おっと忘れていた、冒険者が足りないのだったな。

 どうせゾンビにおびえて都会に固まっているのであろう、やはり騎士と違って、ごろつき出身ゆえに意地汚いの。

 じゃが騎士は国を守るもの。地方を守るために使うわけにはいかぬ。

 誰ぞあれ。

 冒険者ギルドに命じろ、王都に固まらず周辺を守れと。

 なに?冒険者ギルドはいち国家に属さず命令をきく必要はないだと?

 その返答をよこしたギルド長を逮捕せよ、歯向かうなら国軍を差し向けよ。それでも押し返すなら内乱罪で全員処断せよ!受付嬢ひとりまで逃さず捕らえるのだ!

 は?不可侵の原則だと?そんな馬鹿な話があるものか!

 冒険者とて我が国にいる限りは国王の指示に従って当然である!

 だいいち下賤の存在が何を生意気な!従わぬなら奴隷に落として首輪をかけ従わせよ!

 

「……」

 はぁ、はあ。

 しかし、なぜであろうかな。

 今ごろになって、何も知らず笑顔でゴブリンの巣に帰ったはずの、あの愚かな……そう、ユウだったな。ユウの顔が目に浮かぶのは。

 やたらと増える奇妙なゾンビたち。揺れる国。

 なんであろう。

 問題ないはずなのに、この、えもいわれぬ不安は。

 この、ぽろぽろと知らずに崩れていくような謎の不安は。

 

 もしや。

 もしや、何も知らずに嘲笑われていたのは、あのユウでなく、わしらなのではないのかと。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その世界の記録は今となってはわからない。記録をしていた種族もいよいよ最後にはこの世界を見捨ててしまったので、誰も最後を見ていないのである。

 ただわかっている事は3つある。

 

 まずひとつめ。

 かの世界の人間族は女神を信仰していたが、実は女神はこの世界の神ではなかったらしい。よその次元からやってきた存在で、人間族を作成。自らの存在の一部をよりわけて中にインストールした。

 他種族を押しのけて繁栄した彼らは母体である女神に忠誠を誓い、その信仰心が女神の力の源になる。かの世界はつまり、一種の耕作地として使われていたらしい。

 

 2つ目。

 突如として衰退をはじめた理由は、公然と第三の世界に手を出したこと。その世界の住人をさらって奴隷

戦士にしたり、大量の人間の生命力を奪ったりと好き放題の狼藉をしていたので、ついにその世界の神を怒らせたのではないかと言われている。

 事実その証拠に、異世界から転送されてきたらしきゾンビたちは、そもそも彼らが生み出したものだと言われている。つまり自分たちの作ったものなのだから、自分たちで始末せよと異世界の神が送りつけたのだと。

 

 そして3つ目。

 元凶となった問題の『女神』は現在、確認できていない。

 基盤となる信仰心のほとんどを失なったことで力を失い、存在も維持できなくなり消えてしまったと思われる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ