種族
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
そう、彼女も異界漂流者であった。
◇ ◇ ◇
『ふん、よくぞこんなところまで入ってきたものだ。薄汚い破落戸どもよ』
「げ、しゃべるのかこいつ」
「ということは中ボスですか。これは我々が討伐しないといけませんね、そこいらの初心冒険者じゃ無駄に死者を増やすだけでしょうし」
一体の竜が、ずらりと現れた者たちを見て不機嫌そうな顔をした。
『ひとつ聞くがおまえたち、我を「試武の王」と知っての行動か?
我は強き武芸者の選定や鍛錬を見守る者と遠い昔、おまえたちが初代勇者と呼ぶ者の依頼で引き受けた役柄であるし入り口にもその旨を記しており麓の村人にも徹底するよう伝えてあるが、そのことを理解した上で今のその行動か?
返答せよ。
我に集団で総力戦を挑むのは死を意味するが、それでもこのまま戦うと?』
竜が不機嫌さを隠そうともせずに警告するが、その冒険者チームは全く動じるところがなかった。
「初代勇者ってアレだよな?魔物と共存共栄とかほざいたバカ?」
「バッカだよなぁ、おいしい経験値と仲良くしましょうって。そんなんで魔王討伐できるかってーの」
「ですねえ。スキルの割り振りや経験値は自分たちやお城でできるわけですし、非合理ですよね。
それに増えすぎたモンスターや成長したモンスターは間引かないとダメですし、経験値としても素材としてもおいしい存在ですし」
「まったくだよなぁ」
どうやら、まったく会話が通じないようだった。
どうやら彼らはヒト以外の存在を、自分たちのためのリソースとしか考えていないようだ。竜は情けない思いでためいきをついた。
あの高潔な勇者と同族とは、とても思えない。歳月とはヒトをここまで堕落させるのかと。
しかし。
陰鬱な気持ちで彼らをぐるりと見渡した竜は、ちょっと看過できないものをそこに発見した。
そして戦闘準備に入ろうとする彼らに声をかけた。
『待て、そこにおる小さき者はなんだ?』
「……は?」
『その者だ。そこの隅っこで首輪をつけられておる者だ』
「は?ああ、これのことか?」
それは首輪をつけられた、岩人間のような存在だった。明らかにチームの仲間ではない。
しかもその身体には無数の傷がある。どういう役割をさせているかも明白だった。
『幼子ではないか。そなたらは種族が違うという理由で、幼子を盾にして戦うのか?』
「そりゃあ、こんなの潰しても素材もとれないしなぁ」
「子供ったって、岩の塊だしー」
「盾くらいしか使い道ないわなぁ。それもちゃんと命令しとかないと逃げようとするし」
「首輪つけるの大変だったよねえ。まぁ、簡単に壊れないのだけは大したものだけど」
対等な存在どころか、歩く盾くらいにしか認識してないらしい。
竜はためいきをつくと、前肢をついと出した。
その瞬間。
「あ、こら何しやがる!」
ふわっと岩人間が浮き上がった。明らかに竜の干渉の結果だった。
それは彼らが騒いでいる間にも竜の手元に引き寄せられた。そして。
「!」
『ふむ、よし』
その場で、パリンと軽い音がして首輪が外れた。
さらに、まとわりついている拘束魔術のようなものも、バチバチッと音をたててまとめて吹き飛ばされた。
そして。
「ギャアッ!!」
人間たちのチームの中にいた魔道士らしい女が、突然に苦悶の声をあげた。
「サリー!?」
『ふむ、返しを食らったか。まぁそうであろうな』
「き、きさまサリーに何をした!?」
『何を驚く、おまえたちにわかりやすく言えば、呪いを術者に返しただけだが?』
「呪いだと?」
眉をしかめる男たちに竜は告げた。
『なんだ、呪いだと知らなかったのか?盾とするために岩塊の呪いをかけておったのだろうに』
「なに?何をいってる?……な!?」
男たちの顔色が途中で変わった。その目は、竜の手元で岩がパリパリと外れていく岩人間に注がれている。
岩の中から出てきたのは、黒目黒髪の少女だった。
『よし、束縛が解けたな。そなたは精霊どもと共におれ』
「……」
少女はコクンとうなずくと、何かキラキラと輝いている竜の背後の空間に移動した。
「貴様、その子を放せ!!」
『その子?ああ盾の代わりがほしいのか、くれてやろうとも』
そういうと、竜はポイと盾をひとつ投げてやった。安物の粗末な盾だった。
『自分で動きはしないが、防御力だけなら岩塊より高かろう。好きにするがよい』
「きさま……オイやるぞ!!邪竜を倒すんだ!!」
「おお!!あの子を助け出さんとな!!」
「おおともよ!!」
「……」
「……」
ついさっきまで動く岩塊、使い捨ての盾だったのに容姿が変わった途端にこの有様。
おまけに、それを敵を眼前にしているにもかかわらず、冷ややかな目で見ているだけの女たち。
(ふむ。戦力として男たちが目をつけたが、見目麗しい娘が加わるのを良しとしなかった女たちが呪いをかけたというところかな?
ついでに意識をもたせたまま盾として使い潰して殺そうとした、というところか。人間らしいといえば人間らしいのかもしれぬな)
おそらく少女は当初、その容姿を隠していたのだろう。整いすぎた容姿はトラブルの元だったろうし、そして勧誘などに応じるつもりもなかったのだろう。
しかし強引な男たちに困っている間に、隠している中身が美少女と見抜いた女たちが先手を打ったというところか。
竜は、やれやれとためいきをついた。
(人間族ではないとは知らないのだな、ふむ)
たとえ戦力として加えられたとしても、その正体がしれた時点で扱いは仲間から道具に変わったのだろう。その意味では、屈辱の果てに使い潰して殺そうとした女たちと結局は同じとも言える。
(まあどちらにせよ、生きては帰さぬが)
人間の悪い部分だけを煮詰めたような集団。
だが残念なことだが近年、そういう人間がやたらと増えているのも事実だった。
しばらくして。
人間たちの死体や血の海を魔法で掃除した後に、竜と少女はいた。
『……うまいか?』
「うん!」
『そうか。たんと食うがいい』
少女の姿をしたそれは、記憶もちの半魔族だった。呪いもなくなり、隠す必要もなくなった今、かわいいシッポをピンと立ててご満悦だった。
シッポで感情がモロにわかるのは、有尾型の知的種族にとっては子供の特徴でもある。
(まだ保護者が必要のようだな。どれ、魔族で話のわかるヤツといえば)
魔族は混ざり者でも気にしないので、そっちの心配はない。
ただ孤独性の者が多いので、そこだけ注意が必要。
竜は魔族に渡りのつきそうな知り合いを探し、その者に魔法でコンタクトをとりはじめた。
◇ ◇ ◇
多くの勇者物語のラストでは「めでたしめでたし」で終わってしまうが、現実にはその先も続いていくものだ。
かつてこの世界を救った勇者は、自分のように異世界から連れてこられる者がでなくていいようにと、勇者を育てるための仕組みを考えだした。そしてその最終選考の役目を、世界の礎を守る古代竜『ル・ケブレス』に頼んだという。
単独で訪れ、試験を依頼する者を見てやってほしいと。
もちろん竜も条件をつけた。
それは、単独で訪れた勇者のみの対応とすると。集団でやってくる者はその内容を問わず、今まで通りの対応をすると。
以来、いろんな者が竜のもとを現れた。
時には勇者でなく、ただの異世界からの迷い人がきたこともあった。彼らは単体なら戦わずにすむという噂を聞き、旅に耐えられる程度に自分を鍛え、はるばる訪ねてきたものだった。
だが、歳月はひとから記憶を奪っていく。
そして、ひとの心とは荒みやすいもの。
聖なる竜がいつのまにか邪竜と呼ばれたり、同じ世界を分け合う友であるはずの多種族を家畜と称して狩るようになるまで、それほどの時間はかからなかった。
その世界がどうなったのか。
助けられた半魔の少女が幸せになれたのか。
歴史はそれを語らない。
ただひとつ言えることは。
かつてこの世界でニンゲンを自称していた種族は、我々のようにいろんな肌や瞳の色を持っていなかったらしい。肌は白人よりもなお白く、瞳は金色だったという。




