線引き
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼女の名は美潮。異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
「なるほど、私は反対です」
並み居る村人とパーティ仲間たちの非難の視線の中、その銀髪の少女は静かに首をふった。
「ちょっと待てミッシー、俺たちは冒険者だぞ!しかも緊急事態なんだぞ!」
「問題のハンタービーは人間には無害、しかも事情を知らない子供がヤンチャした程度じゃ反撃して来ない程度には平和な種族です。そして確認したところ異常も見当たらない。
そして、彼らの巣にはこの村人のものと思われる作業跡があった。
これの意味することは明らかですよね?
この村は被害者でなく加害者であり、ハンタービーたちは攻撃されて当然の反撃をしようとしているだけの話です」
言われた村人の何人かが視線をそらした。
銀髪少女、ミッシーはそれを見て「間違いないようですね」とためいきをついた。
「しかし、村の危機なんだぞ!それを!」
「ここをどこだと思ってるんですか、魔の森のほとりですよ?人界の約束事なんか届かない場所です。
友好的な魔物とはうまくやりあっていく、それは当然求められる基本事項じゃないですか」
そういうと、少女は肩をすくめた。
「で。子供でもわかる原則すら守らない者が当然の反撃を受ける事に、どうして肩入れしなくちゃいけないの?
まぁリード、あなたたちは町の人間だから、彼らの自爆につきあうっていうのなら止めるつもりはないけど。
でも、わたしを巻き込まないでよね?」
「おまえは俺たちの仲間だろうが!!ふざけんな!!」
「なるほど、パーティの一員ではあるわね。
でもリード、あなた冒険者組合でちゃんと説明受けてるわよね?
冒険者チームはいかなる場合でも一丸となって行動すべきだけど例外もある。そのひとつが戦争への加担よ」
そう言うとミッシーは眉をよせた。
「冒険者は寄り合い所帯が原則だから、いろんな立場の者がいる。だから、リーダーの命令だからって祖国を裏切るような事が容認できるわけないから、これは当然の権利として認められている。知ってるわよね?」
「はあ?おまえはバカか、魔獣災害のどこが戦争だよ?」
「リードこそ何いってんの。
ハンタービーは魔獣じゃないわ知的種族よ。
つまり、これは魔獣の襲撃でなく、彼らとこの村の人間の戦争だわ。しかも非があるのも、そして宣戦布告をしたのも村の方でね」
ミッシーは肩をすくめた。処置なしといった顔だった。
「まぁいいわ、町の人と無意味な議論をするつもりはないから」
そういうと、ミッシーは手に自分の冒険者カードをもち、魔力をこめて大声をはりあげた。
『宣言する。わたし、森の民ミッシー・ドラコロワはルトフル族に対する村の人間たちの侵略行為には一切加担しない。
また、この件で意見を異にする冒険者チーム「希望の風」からも脱退する。理由はチームメイト全員に、自由意志に反して戦争に加担させられそうになったためである。……「処理」』
そういうと冒険者カードが輝き、そしてフッと消えた。
「な!?」
「何を驚いてるの、まわりに託せる人がいないから精霊に処理を頼んだだけよ」
あなたたちに託したら、自分らに都合のいいように処理するでしょうからとミッシーは付け足した。
ちなみに、政治的な立場をチームメンバーに強要するのは絶対やっちゃいけない事であり、ミッシーの処理が受理された場合、ここのメンバーたちは査問にかけられる事になる。
「そんじゃま、わたしは立ち去るわ。ごきげんようとは言わないわ、じゃあね」
それだけ言うと、ミッシーは背を向けて去っていこうとした。
「ちょっと待てよオイ!」
背後でリードが声をかけたが、ミッシーは完全無視。
その無反応に腹をたてたリードがミッシーの肩をつかもうとしたが、見えない壁にぶつかって近づけない。
「な、なんだ?」
「魔法!?」
「バカ、何かのアイテムだろ?」
「でもミッシーて、金気のものは一切身につけないわよ?」
魔道具は発動体に貴金属や宝石を用いるので、まったく金属が使われていない事はまずない。
だがミッシーは精霊術師であり、魔道士の杖すらも持っていない。荷物も衣類と携帯食だけなのだ。
……そう、彼らは知らない。
彼らは精霊術というと風に吹かせたり温度を下げたりして皆を間接的に援護するスキルだと考えていた。
しかしそもそも、精霊術師とは精霊と深くつきあう者のことをいい、彼らの言うようなスキルなど存在しない。
つまり。
精霊たちが精霊術師であるミッシーの意思に従い、皆の接近を拒んでいるだけなのだが、彼らはそれに気づく事ができなかった。
「……エル、ミッシーを攻撃しろ。全力でだ」
「え、いいの?リード、あんたミッシー狙ってたんでしょう?」
エルと呼ばれた女は魔道士。全力で攻撃すれば人ひとりなんて骨も残らない。
しかし。
「いいからやれ!なんかイヤな予感がする!」
確かにリードはミッシーを狙っていたが、それは森の民という珍しい種族でしかも美人だったからだ。
精霊術は環境に依存する力と聞いていたし、いつも丸腰に布の服、せいぜい硬い木製ナイフだけという姿のミッシーは強い者には見えなかった。だから、上位者の自分が守ってやれば一発だとも考えていた。
だが現実には、ミッシーは理解のできない奇怪な娘だった。完全武装の自分たちと同じ場所に丸腰で立ち、武器も怪物もまるで恐れない。確かに精霊術は役立つし作戦上のことなら言うことをきくが、なんというか……まるで自分だけが別の次元にいるような、そんな女だった。
その違和感が今、大きな不安に変わっていた。
ちなみにエルの方はというと、リードがミッシーを気にしているのが気に入らなかった。ミッシーが来る前は事あるごとにリードはエルを求めてきて、エルはそれに応えていたというのに、ミッシーを気にするようになってから減ったと感じていた。
実際にはミッシーの参加により仕事のクリアが楽になり、リードの気持ちが盛り上がる頻度がその分落ちただけなのだけど、そんなことエルには関係ない。リードはミッシーをなんとか排除したかったが、彼女が非常にいい仕事をしている事に魔の専門家である彼女は薄々気づいていたから、今までは手を出せずにいた。
でも許可が出た今なら、堂々とミッシーを始末できる。
しかし。
呪文を詠唱しようとしたエルは突然に息苦しくなり、声が途切れた。
なに、これ。
そして、ふと目をやるとミッシーがこちらを見ている。
(詠唱妨害、まさか!?)
実のところ、呼吸を乱して詠唱を妨げるのは風を操れたら簡単なのだけど、エルはそこまで気づかない。高度な術で詠唱を防がれたと感じた彼女は身構え、未知の攻撃に備えた。
そうこうしているうちに、ミッシーは静かに村の外に去っていった。
「あの……あの娘さんはどこにいったので?」
「いや、わからない。もともと一時雇いで仲間じゃなかったんだ」
一年以上もともに冒険していれば、本来は立派な仲間だ。
だけどリードは、村人の問いかけにそう答えるしかなかった。
◇ ◇ ◇
ミッシー・ドラコロア嬢には謎が多い。
そもそもミッシーという名前はよくある愛称であり、本来の名前は違っていたと思われる。ただ、一年もともにいた冒険者チーム『希望の風』のメンバーですら誰一人として彼女の実名を知らなかったらしい。
後年の研究では以下のことがわかっている。
物心ついた時には魔の森で、古代竜に保護されていたこと。
その古代竜には人の子と呼ばれているのに、森の魔物たちには竜の幼生体と認識されていたこと。
そして、精霊術師として知られているが、実は本人の資質は『巫女』であったらしいこと。
彼女は当初、魔の森のほとりに生きる人間たちを支援しようと冒険者になったと思われる。
しかし参加してみると、冒険者のほとんどは金目当てで魔を狩るだけのならず者だったし、がんばって生きている村人たちも、その実、魔の森を金儲けの対象と見ているのだという事がわかってきた。そして実際、危険の多い魔の森のほとりにわざわざやってくるような連中は、一山当てたいような人間が大多数だった。
森と人の間を取り持ちたかったミッシーは、最終的に人をあきらめ、森の娘に戻った。
なお。
彼女が立ち去って数日のうちにかの村は全滅している。
冒険者チーム『希望の風』も全滅しており、自己判断で麓の冒険者ギルドに知らせに走ったシーフの男性のおかげで、この事件は今に伝えられている。
この男性はミッシー嬢に好意的だったようで、こんな言葉を残している。
『彼女は森の民なんだから、同じ森の民に侵略をしかける者たちに同調できないのは無理もない。平和裏に離脱したわけだし、問題ないと思うよ。
俺も彼女に同意見だったので、彼女のあとでチームを離脱した。
とはいえ俺は森の民じゃないから自由意志でギリギリまで戦闘支援に参加してから、スキルを駆使して離脱したけどね』




