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異界漂流者の物語  作者: hachikun
17/95

クラス召喚のテンプレ人生?

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 彼の名はマコト。異界漂流者である。


 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 気がつくと異世界にいた。

 いや、わけがわからないだろうけどそうなんだ。俺は、おそらく同輩だろう者たちと広いフロアみたいなとこにいた。足元には巨大な魔法陣。そして、怪しげな神官、王女っぽい人たち。そんで兵士たち。

 な、異世界召喚だろこれ?

 わけがわからないが、異常事態なのはわかった。

 でもとりあえず最低限の状況を理解しようとした俺は、自分のステータスらしきものを確認することができた。

 おお出た。

 

『江崎 (まこと)

 種族・人間

 称号・呼ばれた異世界人

 レベル・1

 スキル・『変身Lv1』『モンスターハート』

 

『スキルの説明』

 

 変身

 当人の知る・見たことのある動物やモンスターに変身できる。一般的な動物サイズならかなり大きくても小さくてもよいが、極端に大きさを変えるには当然、そのぶん大きなエネルギーを必要とする。

 また、その生き物の固有スキルも学んだり使うことができ、学習内容は変身解除後も有効。ただし翼やブレス器官の必要な固有スキルは無理なので注意すべし。

 

 モンスターハート

 知性のある人以外の動物・魔物と意思疎通できる。しかしテイムできるわけではない。

 

 ダメだろこれ、外れスキルってやつだ。

 直接戦闘用のスキルではないし、だいいち人間側のスキルでもなさそうだ。勇者様やその仲間たちにふさわしいものでもない。

 ステータスは悪くない気もするけど、これも比較対象がないし、誰かと簡単に比べる事もできない。

 よし、決めた。

「すみませんトイレ」

 問答無用で説明会だか謁見の間に護送だかが始まりそうな雰囲気だったので、先に声をあげた。

 召喚者には何割か女性もいたから、たちまち「まず一息ついてから」みたいな空気が出来上がった。まぁもちろん、俺と一緒にお花摘みにいこうって物好きは誰もいなかったが。

 言い出しっぺなのでもちろん、俺は先。誰に頼もうかと思ったら、真面目そうな兵隊の人が連れて行ってくれた。

「お手数かけちゃってすみません」

「いえ、とんでもない。……本当は我々の方が真っ先に謝罪すべき立場ですから」

「……確かにその通りですが、あなたが悔やむことじゃないですよ。謝罪すべきは僕らをこの世界に強制的に連れてきた首謀者であって、兵士のあなたの責ではないでしょう」

「ありがとうございます……やっぱりそうだったんだ」

「え?」

「あ、いえ、なんでも」

 ああ、薄々わかってる人もいるんだ。俺たちが誘拐拉致されたに等しい事を。

 誰が召喚やらかしたのか知らないけど、こうやって手伝わされる立場はたまったもんじゃないよな。

 でもごめん。

 俺、今からバックレるから。

 

 雰囲気から予想した通り、やっぱりトイレは水洗とかじゃなかった。

 この手のトイレは風通し良く作るもので、大昔の日本では川の上に作る事すらあった。天然の水洗トイレってわけだね。

 どれだけ開放的だったかって、古事記あたりを読むと、おめあての女の子がウンウンしようとしたところで、下から槍でツンツンする話があるくらいだ。昔読んだ時、どこのエロゲだよと思ったんだが。

 ああ、ちなみに日本の古典ってエロゲも真っ青のシチュエーション多いぞ。百科事典や検索語で妄想しちゃう性初年のキミにおすすめだ!

 さて。

「いい窓、しかも開いてるじゃないか」

 もちろん風通しはいいけど、中が見える窓が開いてないのもトイレ。当たり前だよな。

 けど、俺にはスキルがある。

 この世界の動物や魔物なんて知らないけど、俺にもなれるものがある。

 そう。

 地球の動物になればいいんだ。

 

【変身・三毛猫へ】

 

 その瞬間、俺は子供の頃に実家で飼ってた日本猫の『シマ』を思い出していた。

 三色のシマシマ尻尾の三毛猫だから、シマ。彼女は野良出身なのでたくましく、飼い猫になっても自力でスズメやねずみを捕る強い子だった。そして自分の子じゃない子猫も含め、たくさんの子猫も育て上げた。

 子どもたちもみんな尾が長かったので、ちんと尻尾をたてて行列するさまは微笑ましく、俺はめっちゃ可愛がっていたものだ。

 

 そしてその瞬間、俺はシマと同じ、シマシマしっぽの三毛猫になっていた。

『よし……!?』

 口の中がムズムズして、思わずペッペッと吐き出した。

 吐き出したものを見た俺は驚いた。

『え、これって』

 虫歯を補修した時のアレじゃないか。

 人工物だから外れたのか、そりゃそうか。

 その意味に気づく事なく俺は「そっかー」と納得した。

 さて、さっそくだが逃げないと。

 

 小さな猫になってみると、世界はそれまでとは全く違っていた。

 狭いトイレだと思った場所は、学校の教室ほどもある広い空間になっていた。猫になり、視点が一気に1.5m以上も下がった結果だった。

 きょろきょろと見回した。

 とても逃げられない小さな換気窓だったそこが、ガバッと開いた自由への出口になっていた。

 金網などは全くない。出るぶんには問題なさそうだ。

『よし、行くか!』

 まとわりつく大量の布切れ……つまり今まで着ていた服を捨て、俺は駆け出した。

 

 出た先は、見知らぬ大きな公園だった。

 そこが召喚場所からトイレに来る前に見た庭園である事には、やがて気づけた。さっき見たオブジェと同じものが視界に入り、しかしさっきとは比較にならないほど巨大だったからだ。

 それにしても。

『とんでもない速さだなオイ!』

 地上高わずか10センチたらずの目線で時速60キロって、どれだけスリリングか想像した事あるかい?

 ちょ、高速でアクセルベタ踏みですっ飛ばすより全然凄いぞこれ!こわっ!

 猫は持久力のない動物で遠くまでは行けないが、瞬時には時速60キロにも達する。この低い視点で!

『ちょ、ちょっと減速!』

 すぐに速度を落とし、むしろ足音を忍ばせて歩きだした……これでも体感上、高速を流すくらいの速度は出てるけどな。

 さて。

 この世界に猫がいるのか知らないけど、まさか異世界から拉致った人間がこんな小動物になっているとは思うまい。いずれ気づくだろうけど、そうなる前に脱出してしまえばいい。

「おや?こんなところにリアか?」

 リア?ふむ、そういう猫っぽい動物がいるのか、おぼえておこう。

 俺はあくまで猫っぽく、つーんとその兵士を無視して歩き去った。兵士の方も追ってくることはない。

 やっば。ドキドキしちまった。

 そして俺はそのまま、なんとか王城を脱出できた。

 

『ふう』

 跳ね橋になっている正門を無事抜けた時にはホッとしたが、まだ安心はできない。

 それに身体が熱くて疲れている。

 猫は長距離移動に向かない動物だ。どこかで休まないといけない。

 下町か?

 いやしかし、おそらく下町には猫的な立ち位置でテリトリーをもつ動物がいるだろう。今の状態でそいつらとやりあうには問題がありそうだ。

 うーん、どうしよう。

 目立たないように通りの隅で休憩する。

 はぁ、はぁ、はぁ。

 熱い。

 でもこの身体は汗が流れない。

 くそ……この身体にはちょっと酷だったか。まいったな。

 でも人間には戻れない。服がないからな。

 おまけに。

 ステータスを見た俺は、想定外のデータに驚いた。

 

『マコピ』

 種族・リア(幼生体・雌)

 称号・変異体

 レベル・1

 スキル・『変身Lv2』『言語学』

  

『スキルの説明』

 変身・異生物に変身して危険をやり過ごす事ができる。

 言語学・人間や亜人種の言語を理解できる。

 

 ちょ、人間だった痕跡が全然ない、ただの変身できる魔物みたいになっちまってる。

 ああ……まぁ、偽装と思えば完璧だけどさ。

 変な話、このまま死んだら俺、人間でなく猫の死体になるんじゃね?……ちょっとゾッとしないな。

 

 そんな風にステータスを見ながら休んでいたら、唐突に女の子の声。

「あら?リアの子かしら?」

 そんな声がしたと思って見上げたら、そこにはなんかでっかいフランス人形みたいなのが立っていた。

 うわお、なんだこの超絶美少女。

「お嬢様、触っちゃダメです!」

「大丈夫、この子飼いリアだわ。ほら、こんなフワフワできれいだもの」

 抱き上げられてしまった。

 うわ、フワフワすると思ったらこの子、胸でけえ!

 ぬおお、美少女の胸の中……ここなんて天国?

「この子オスかしら、メスかしら?」

「……オスでしょう。お嬢様に抱きしめられて幸せそうですし」

 ぎくっ!

「ううんメスみたいよ。ほら、ついてない」

「お嬢様、はしたないですおやめください」

 そうそう、ひとのケツまさぐるのやめて……って、なんですと!?

 まじまじと自分の股間を見て、そして俺は戦慄した。

 ……ぎゃあああ、ない、ないない、タマがない!変なのついてる!

 なんで?

 思わず種族名を見直した。

 

 種族・リア(幼生体・雌)

 

 ああああ、本当にメスになってる!?なんで!?

 ……あ、そうか。

 お手本にしたのがメス猫だったからか!

 それに三毛猫って基本、メスしかいないんだったっけ?

 

 うわぁ、やっちまった!

 

「まだ子リアみたいだもの、乳母が恋しいのね」

「お嬢様、リアに乳母はおりません」

「そうなの。ねえキャサリン、この子連れて帰るわ」

「お待ち下さい、店の者にたずねてみます」

「なんで?」

「確かにきれいすぎますね、あまり上手ではありませんが、それなりに手入れされているみたいです。

 つまり野良ではないのでしょう。飼い主がいるのではないかと」

「あ、そっか。頼むわキャサリン」

「任されました。デイジー、ちょっとお嬢様についてなさい」

「はい侍女長」

 なんか知らんけど、複数の護衛がついてる子らしいな。

 だよなぁ、髪がドリルだもんなぁ。お蝶夫人かよ。

 俺、現実でこんな髪の女の子なんてはじめて見たぞ。

 それに衣服の感触も断じて安物じゃない。

 ……お嬢様?

 あ、やばい。貴族とかだとお城関係でバレるかも!

 しかし。

「あらダメよマコピ、今、飼い主をキャサリンに探してもらってますからね」

 やんわりと、しかしギュッと抱きしめられてしまった。

 まて、ちょっとまて。その問答無用でフワフワな感触はぁぁぁ。

 あうう、逃げられない……なんと罪深い(てんごく)か。はふう。

 

 巨大な美少女の乳に挟まれ、逃げられない。

 まさか、まさかこんな、おそろしい罠がこの世にあるとは。

 ああ……最悪だ。生きててよかった。我が生涯に悔いなし。はふん。

 

「マコピ?なんですかお嬢様?」

「ステータス確認したの、そっちから飼い主わからないかなって。ダメだったけど」

「情報なしですか?」

「うん。ちょっと変わったスキルあるけど、間違いなくリアの子みたい」

 うげ、この子ステータス読めるのか!

 あぶねえ!

「なるほど……ということは人間が変身したものではないと。それは重畳」

「え、なに?」

「なんでもありません。するとマコピとやらが名前なのですか。ずいぶん変わった名ですね」

「王国語、帝国語、どれでもなさそうよね。デイジーは心当たりない?」

「そうですね。昔召喚された異世界の勇者で、マコトという名の者がそういうアダ名だったと聞きますけど……まさかですねえ」

「異世界の勇者様なら人間でしょう?リアなんか呼んでどうするの?」

「ですねえ、そんな馬鹿な話ありませんよねえ?」

 うるせえな、ほっといてくれ。

「ああ、そうですね。むしろ、その勇者様にあやかってつけられたのかもですね」

「あーそっか。でも」

「勇者様にあやかった名だとすると……この国のどこでもありえそうな名ってことですねえ」

「……そっか」

 なぜか頭をなでられた。

 それが気持ちよくて、いつしか俺は眠ってしまっていた。

 

 目覚めた俺は、なんかでっかいお屋敷の中にいた。

 女の子全開の、ファンタジー本に出てきそうな豪華でゴシックな雰囲気だと思ったらやっぱり、あのロココな美少女の部屋だった。

 首に違和感をおぼえて、確認したら首輪がつけられていた。

 しかもそれは魔道具らしかった。俺の成長にあわせて大きくなるけど、簡単に外せないらしい。

 うわあ、まじ飼い猫にされとる!

 やばい!な、何とかしないと!

 でも。

「マコピ、起きたのね?」

 持ち上げられて、抱きしめられた。

 ちょ、なにこの薄衣!ほとんど裸じゃん!

 ああ、美少女の香りが。ふわふわ……なんたる幸せか。

「マコピ、もうおまえはうちの子だからね。ずっと、ずーっと、わたしといっしょにいるのよ?いいわね?」

 おお、この天国がずっと続くですと!?

 は、はいいいぃ、一生おそばにおりますです、ええ!!

「……お嬢様、本当にこのリア、メスですか?」

「メスよ?ほら?」

「……女の子が好きなメスなんですかねえ?」

「なんで?」

「どうもこう、ひしひしとダメ男の気配がするんですがねえ」

 カンがいいなオイ。

「デイジーが心配してくれるのはわかるけど、考え過ぎよぅ」

「そうですかねえ」

「かりにマコピがそういう子だったとしてもリアよ?問題ないじゃない?」

「それはそうなんですが……」


 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 救世の女王と言われ国民に慕われた女王エカテリーナであるが、その人気のきっかけとなったのは魔獣使いの才能なのはご存知の通り。しかし実は彼女、子供時代は普通の貴族子女だったそうである。

 そんな彼女の運命を変えたのが、彼女のシンボルマークであるメリクタイガーの『マコ』。人語を理解し、女王の通称・魔獣部隊を率いる強大な魔獣だが、実は出会いは幼少期で、当時異世界召喚で有名だったファルー国の王都に家族ぐるみで来た際、お忍びの買い物中に拾ったのだという。もちろん当時はリア、つまり小型の魔獣種だと思っていたそうだ。

 しかし帰国後、エカテリーナの刺客を倒しているうちに位階をあげて強大化し、実はメリクタイガーの幼生体であると判明した。

 どういうきっかけで王都にいたのかは不明だし、わかっている事もほとんどない。

 マコは知っての通り、エカテリーナの死後も数代にわたってその娘、そのまた娘と歴代女王を子供時代から支え続けた。そして四代目になるはずだったエリシュ嬢が王権争いで王都を追われた時、マコはエリシュ嬢について王都を立ち去った。

 この事件により王国は魔獣部隊を使えなくなり、後の世の没落のきっかけとなっていった。

 マコがどうして王城を去ったのか、何歳まで生きたのかについては全く記録に残っていない。

 ただエリシュ嬢の日記によると「マコは新王妃のおっぱいが気に入らなかった」だそうである。

 子猫時代のマコはエカテリーナが手ずからかわいがっていたらしく、大きくなってからもエカテリーナのベッドに常にいた。例外はエカテリーナの(しとね)の時だけだが、この際にも手の届くところに必ず待機していた事が、入婿でエカテリーナと結婚した王子の手紙で判明している。

 そんなマコが常に好んだのは豪華な食事などではなく、歴代飼い主自らによる全身スキンシップなのだという。

 この事実を知った歴史家のランドー氏は、エカテリーナ以降の王国をこう結んでいる。

『女王のおっぱいが支えた国』と。

 

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