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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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生活手段

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「昇格試験?その話はお断りしたはずですが?」

 ギルドマスターから唐突にギルドランク昇格試験の打診を受けたナツメは、またですかと不愉快そうに眉をしかめた。

 少し説明が必要だろう。

 冒険者ギルドではその実績に応じて冒険者をランク付けしている。

 近年はじまった新しいランク制度では、冒険者は八級からスタートして最上位は一級、さらに特殊ランクとしていわゆる英雄的人物を遇する特級が存在するようになっていて、ナツメはその中でも三段目の六級冒険者である。

 で、五級への昇格試験を断り続けている理由なのだが。

「ナツメくん、そうわがままを言われても困るね。実績を積んだ冒険者が上に行くのは義務なんだし」

「上に行けない理由については、もう何度もご説明したはずですね?

 私は単独依頼しか受けませんから、パーティーを組む、または他冒険者との連携が必須になる五級以上は受けられない。何度も、何度も申し上げているはずですよね?

 なのになぜ、ただ依頼の完了報告をしにきたのにギルドマスター部屋に連行された上に、受けない試験をしつこく、しつこく、しつこく強制されなくてはならないのですか?いい加減にしていただきたいのですが」

「いや、だからね。君が集団行動を毛嫌いするのはわかるけど、連携は重要なわけで」

「ですから、私は戦闘スタイルが特殊なので誰であろうとお見せするわけにはいかないのですと、いったい何度いえば理解してくださるのですか?」

 畳み掛けようとしたギルドマスターをナツメは逆に畳み込んだ。

「私にしつこく昇格を勧めるのは、私の戦闘スタイルやスキルを提示させたいため、そのために他者との連携を強制したいため。つまり、私にはデメリット以外何もないではないですか!」

「いや、だからねナツメくん。登録している冒険者の能力把握は我々の義務であって他意はないんだよ?」

「……なるほど、そうですか。ならばわかりました」

 ふうっとナツメはためいきをついた。

「そうか、試験を受けるんだね!だったら──」

 ナツメはギルドマスターの言葉を無視して立ち上がると、すたすたとギルドマスター部屋の出口に向かいだした。

「え?ナツメくん?」

「これ以上お話するのは時間の無駄と判断しました。もう必要ありません(・・・・・・・・・)ので失礼します」

「おいナツメくん、待ち給えナツメくん!?」

 ナツメはそのまま部屋を出ると、受付にまっすぐ向かった。

 受付嬢はナツメの顔を見ると微笑み、昇格試験の手続き用紙を渡そうとしたのだが。

「ナツメさ……」

「おそれいりますが、これの処理をお願いします。退会届です」

 え、と驚いた顔をする受付嬢に、ナツメはさらに続けた。

「すぐにお願いします。あ、これ、会員証も返却いたしますね」

「……理由を伺ってもよろしいですか?」

「こちらに登録しておくメリットがなくなりましたから。すみませんが」

「なるほど。

 そのまま放置でも問題ありませんよ?別にお金がかかるわけじゃないですし、二年ほど放置すれば自然と失効いたしますし」

「普通はそれでもいいと思います。でも悪いけど信用できません。登録したままなのをいい事に何かをゴリ押しなどされても困りますから、きちんと消してしまいたいのです」

「……」

「よろしくお願いします」

「わかりました。ご利用ありがとうございました」

 受付嬢はちょっぴり残念そうに書類とカードを受け取ると退会処理をはじめた。

「ちょっと待った!」

 追いかけるようにギルドマスターが駆けつけてきた。

「エナちゃんそれストップ!何やってんの無効!」

「もう受け付けました。たとえギルドマスターでも撤回は無理です」

 ギルドマスターがやめさせようとしたが、エナと呼ばれた受付嬢は一度受け付けた作業を止める気はないようだった。ポンと魔法印をいれ、カードを無効にした。

「エナちゃんキミ何やってるの!ギルドマスターの僕の命令を」

「お言葉を返すようですが、冒険者ギルドは構成員である冒険者ありきの組織です。当人の意思決定をギルドマスターの思惑で勝手に曲げるのは許されません、たとえ最上位のグランドマスターでもです。

 ギルドマスターこそ考え違いを正されますよう」

「キミねえ……」

 ギルドマスターは不愉快そうに眉をしかめたが、受付嬢(エナ)の言葉は完全無欠に正論だった。

 ナツメはエナに微笑み、小さくアイコンタクトして去っていった。

 

 

 数刻後、エナ嬢の自宅にナツメはいた。

「ただいま。ナツメ、おつかれー」

「ういっす」

 疲れきった顔のナツメにエナは微笑むと、ナツメとお茶していた男性に帰宅の報告をした。

「ただ今帰りました、おじさま」

「お疲れ。エナ、ギルドマスター(あいつ)に何か言われたか?」

「大丈夫、あれもそこまでおバカじゃないと思うよ?」

「ふむ、それならいいんだが」

 ちょっと気になる風の老人にエナは微笑んだ。

「お母様は?」

「まだ孤児院だ。卒院して町暮らしになる子がいてな、実は俺もさっき帰ったんだ」

「追い出し会かぁ。あれ今回って」

「ミュンって言ってたぞ」

「うわ、もうミュンの番!?うう、歳は取りたくないねえ」

 ちょっとおどけて言うエナに、ナツメも老人も笑った。

「それでナツメ、今後は何とかなりそう?」

「討伐したものは商業ギルドと町で売却する方向でまとまったよ。あとステータスの確認は」

「当面は俺がやる。俺で解析できなくなったら、その時にまた考えればいいさ」

「すみませんマサユキさん、ほんとお世話になります」

「気にするな、同郷のよしみって奴だ」

「……」

 とても親しそうなナツメと男性を見て、くふっと含み笑いを浮かべるエナ。

「なんだいエナ?」

「この場合、私はママにテコ入れすべきなのかしら、それともナツメを?」

「なんか言ったかい?エナ?」

「いーえ何も。ちょっとお母様のとこ行ってきます」

「お、そうか?」

「かわいい後輩の門出ですもの!では!」

 エナはナツメにチャッと敬礼すると、笑顔で立ち去っていった。

「……あの子の行動パターンは時々わからないなぁ」

「そりゃ、マサユキさんがニブチン野郎だからですよ」

「え?」

「なんでもないでーす。ところでマサユキさん?」

「え、あの、なに?ナツメさん?」

「……なんでもないです。それよりお隣いいですか?」

「あ、うん」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 滑川(なめかわ)なつめ。札幌出身で両親は普通のサラリーマン。

 中学生の時に異世界召喚に巻き込まれたが、隷属の首輪をつけられそうになり逃げ出した。かの国の異世界召喚を探っていたマサユキ・ヒビノに保護されてこの町にやってきた。

 武器戦闘はからっきしだが、精霊魔法に飛び抜けた適性をもつ。地球ではいわゆる「みえる人」で、苦労する事も多かった。

 この世界では大魔力と精霊魔法の組み合わせは強制徴兵コースになりかねないので、マサユキたちが手伝って秘匿している。

 実はおじさん好きで、助けてくれたマサユキにかなり傾倒している。

 

 エナ。異世界転生者で、通称『裏のギルドマスター』。

 私生児で孤児院にいたが前世記憶に目覚め、冒険者活動して小銭を稼ごうしたところを先代受付嬢である義母に拾われた。先代の受付嬢である義母と、身元引受人になってくれたマサユキをとても慕っている。

 受付嬢としての厳しい態度は、義母とマサユキの英才教育のたまもの。

 ギルドマスターたちは彼女としばしば対立するが、同時に彼らはエナを高く評価もしている。それにエナの厳しさはギルドとしての正しさである事も知っているから、むしろ基準点として彼女を重視している。

 カワイイ外見なのに荒くれ者たちにも一歩も引かないので、その意味でも人気がある。


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