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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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祠めぐり

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 ここに、そんな人物のひとりの話を紹介しよう。

 彼女の名はアケミ。異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 てくてく、てくてく。

 晴れた空の下。私と猫一匹。旅の空。

「ふう」

 このところのお天気のおかげで、ちょっと空気が乾いてる。だけどこのあたりはたぶん、普段は湿気の多そうな土地だから、今の私にはありがたいかな?

 私の装備は、ファンタジーめいた旅装一式。武装はなし。

 それにしても、いい天気。

「ふわあ……あれ?」

 立ち止まって背伸びしていたら、いつものやつ発見。

「おお、みーっけ!タマ、悪いけどいつものよろしくね?」

「ニャア」

 猫……タマはそれだけ鳴くと、周囲の警邏(けいら)と狩りに行った。

 で、私はアイテムボックスから愛用の道具類を取り出す。

 じゃじゃーん。

 ちなみにこういうアイテムたち。

 

『セラナ巫女のホウキ』

 女神セラナに仕える巫女の祝福されし箒。不死者特効、さらに浄化力もある。盗まれても破壊されても巫女の元に戻ってくる。

 

『セラナ巫女のタワシ』

 女神セラナに仕える巫女の祝福されしタワシ。既に聖具化しており、盗まれても破壊されても巫女の元に戻ってくる。

 

『セラナ巫女のスコップ』

 女神セラナに仕える巫女の祝福されしスコップ。既に聖具化しており、盗まれても破壊されても巫女の元に戻ってくる。腰に補強+2。

 

 いつのまにか、私お手製のホウキがナゾのアイテムになってる。

 たわしもどきとスコップは普通に買った市販品なのに、いつのまにか聖なる道具になっちゃってる。

 ……ま、いっか。

 

 ちなみに発見したのは。

「ん、やっぱり間違いない」

 半分土に埋もれてるけど、神様の(ほこら)だよ。

 スコップで掘り出す。

「ん、よし……じゃあちょっとお水~」

 火と共に愛用している生活魔法『水』で祠を濡らし、たわしでゴシゴシと。

 しばらくやると、祠はきれいになった。

「タマ?」

「ニャ!」

 振り向くと、大きな山鳥を引きずってるタマが。おおやったか!

 でもずいぶん奮闘したらしく、タマはヨレヨレだった。

「おつかれタマ」

 そう言って手をかざすと、タマはみるみる元気になって、そして私はちょっと脱力。

 そして、タマの戦いが情報として頭に入ってきた。

「頑張ったねえ。そろそろまた改良・強化しないとダメかな?」

 タマは私のスキルで生み出した分体ってやつ。私の一部で生き物じゃないの。

 最初は子猫サイズで斥候や囮くらいしかできなかったけど、本体の私がレベルアップしたせいか、今では猛獣なみに強くなった。リアルタイムで動かす事も、今みたいにお仕事を任せることもできる。

 私、逃げたり隠れたりは得意なんだけど、色々と問題ありだから。

 もちろん非常時には殴る蹴るも躊躇しないけど、神様に捧げる獲物を叩き潰しちゃうのはちょっと。タマは貴重な戦力なのだ。

 さて。

 

 山鳥を捧げて、神様にお祈りした。

 

 この祠はセラナって女神様のものらしい。

 今のこの世界では主流の神様じゃないけど、農林水産業関係とか猟師の人の間では今も信仰されてるんだって。昔は巡礼者が各地の祠をお掃除して回ってたらしいけど、そういう信者が居なくなってからは、人のいない地域の祠は荒れ放題……ってことらしい。

 

 お祈りが終われば、次は山鳥を解体する。もちろん食べるためだ。

 日本のお墓と同じだ。これを放置したら色々沸いてお墓も荒れちゃうからね。

 

 え?そもそもなんで祠のお掃除してるのかって?

 きっかけは……この世界での私の『はじまり』を話す必要がある。

 

 

 

『え?なに?ここどこ?』

 ある晴れた日。私は唐突にこの世界にいた。理由も何もわからず。

 前の事はよく覚えてないし、自分が誰かも知らない。

 ただ『アケミ』という名前が頭にひっかかっていたから、アケミと名乗った。この世界の人は発音しにくいようで、アーキでもいいですよと。しかし実のところ、これが自分の名前だったかどうかすらもわからない状態。そもそも本当に女だったのか、さえわからないありさまで。

 でも、この時はそれどころじゃなかった。

 だって私はすっぽんぽんのうえ、荷物も何も無しだったからだ。

 そして状況も何もわからぬまま、さらに野犬に襲われた。

 わけもわからず、気づいたら野犬を蹴り、締め、殺してた……私も怪我しながら。

 同じく野犬に襲われたっぽい親子の死体を見つけて、荷物をもらった。これでナイフと保存食、それに最初の服を手に入れたんだけど。

 そこから遠くないところで、最初の祠を見つけた。

 それは、ぼろいけど日本の小さな神社みたいな建物に収容されていた。建物には誰かが使った跡があった。

 動物を警戒しつつ寝るなら、外より中がいいだろう。

 よくわからない異界の神様だけど、とりあえずお掃除。で、お世話になりますとお祈りしてから泊めてもらった。

 その日の晩、狼の群れが来た。でも祠には不思議な力があって、狼は近づけないみたいだった。

 そればかりか、体もなぞの活力に満ちていて翌朝とても元気だった。

 で、せめてものお礼と出発前にもう一度お掃除、花を飾ってお祈りすると、またしても微妙に気持ちよくなり、力が湧いた気がした。

 もしかして、お祈りするとちゃんとご利益がある神様なのだろうか?

 まぁ気のせいかもしれないけど、こんな状況だ。素直に感謝しておこう。

 そして私は。

 最後に祠にもう一度、ご加護ありがとうございますと重ねてお礼して、そして旅立った。

 

 過酷な旅だった。それに危険でいっぱいでもあった。

 

 立ち寄った町ではひどい目にあった。

 不思議なことに言葉が通じて字も読めた。もしかしたら加護のせいかもしれない。他に理由もないし。

 黒髪黒目というのは異界からの迷い人特有らしく、いろんな人が親切に声をかけてくれた。ありがたかった。

 でも宿屋のおかみさんには、真剣な顔で正反対のことを警告された。

 

 ひとの悪意に気をつけろ。

 身よりがないと確定しており、しかも異世界人は無防備なことが多い。しかも若い娘という時点で、あんたをただの獲物と見ている者は多いと。ただ今は狙いをつけてるだけだと。

 黒髪黒目は徹底的に隠せ。

 とにかく注意しろ自衛しろ、迂闊に薦められたものを飲み食いするな。

 襲われたら傷つけるのでなく殺せ。生きてたら難癖つけられる。

 どんな理由があっても牢屋に入れられるくらいなら逃げろ。

 遠い町に逃げたら指名手配なんて追ってこないし、牢屋に入れば逃げられないから、まず確実に兵士と組んで襲われる。

 

 まさか、いくらなんでもと思った。

 けど、おかみさんの言ったことは本当なんだと、じきに理解できる事が次々と起こりだした。

 

 同行した冒険者に毒を盛られて売られかけた。最初から売り飛ばすつもりで私に声をかけ、儲けたお金は山分けの予定だった。

 親切のつもりで困ってるおじさんに声をかけたら、強姦されそうになった。どうせ黒目黒髪なんてまともな職につけないだろうし、声をかけたのも身体売るためなんだろ?と当たり前のように言われて思わず全力で蹴ってしまった。

 逃げた奴隷の女の子を助けたんだけど、私が黒髪黒目と知った途端、私のフードを引っぺがして大声で騒いで私に人の目を集め、本人はそのどさくさに逃げていった。

 とどめは、とある人族至上主義国家の町。

 泊まった町でいきなり冤罪かけられ捕縛された。宿の人から兵士までグルだった。

 牢屋でドヤ顔でせせら笑い、逆らったら死罪と言いつつ私を犯そうとした兵士に、私は完全にキレた。

 その場で兵士を殺し牢屋をぶち破った。この頃には積み上がった加護が凄いことになっていて、一時的ならそういう事も可能になっていた。

 さっさと宿に戻り、まだ売られてなかった荷物を取り返した。

 さらに、自業自得の分際でギャーギャー騒ぎ立てた宿の主人を黙らせ、黒髪の分際で主人を殺すなんてとわめいたその妻も殺した。どうせ指名手配されるのだろうし、だったらと宿のお金がっつりもらった。

 宿帳から私の名を消そうとしたら、そもそも居なかった事になってた。

 つまり、チェックインした時点でもうロックオンされていたと。

 これはもう頭にくる以前の問題だった。

 もちろんその国には以降、よりついてない。

 

 で、そうした事件のたびに、私を見る人族の目、目、目……。

 さすがの私も学習した。

 最初に警告してくれたおかみさんの言葉が身に染みた。

 

 私はそれ以降、人族の町に寄りつくのは一切やめた。

 それ以外の人族、エルフや獣人族の町の方が良かった。

 エルフは高慢だけど黒髪黒目をモノ扱いしたりしないし、獣人族の戦士は脳筋が多いけど、おひとよしが多かった。

 異邦人の私は、どれだけ助かったか知れない。

 

 で、祠参りはずっと続けていた。

 祠の結界は悪意ある人間も寄せ付けないようで、落ち着いて安眠できた。それは建物のない、打ち捨てられた祠でも一緒だった。そういう祠でお祈りすると、ただのモノに成り果てていた祠にまるで火が灯るように結界が戻るわけで、なるほど、やはり守ってくださっているのだと実感できた。

 それに旅が続くほどに不思議な力が色々使えるようになってきた。これもどうやら祠の女神様のご利益らしい。

 きっと、お祈りする事で加護のようなものをいただけてるんだろうって思った。異邦人の無力な小娘としては、ありがたいどころの話じゃなかった。なかったらとっくに人生終わってたろう。

 守ってくださったのだから、もちろんお礼もしよう。

 で、祠をみつけたらますますしっかりお掃除して、お祈りの日々。

 

 そしてある時の祠で、本物の巫女さんと同席する事になった。

 いつものようにお掃除していたら声をかけられた。

 聞けば彼女は最寄りの町の神殿に属していて、近郊の祠を掃除しているのだという。祠の保守は祖父である先代に薦められたそうで、祠の結界維持はしておくべきと聞いていたらしい。

 で、旅の空で祠掃除をして回っている事、そのほか事情を話したら驚かれた。そして彼女に強く薦められ、正式にセラナ巫女の洗礼をうける事にした。

 彼女に祝福してもらい、私は名実ともにセラナ巫女となった。

 

 立場を得ることで、私の身辺は多少なり安全になった。

 それから私は、町では教会に寝泊まりさせてもらうようになった。といってもセラナの教会があるのは圧倒的に田舎や人族以外の町が多く、自然と都会にはよりつかなくなったが。

 漂泊の異世界巫女。

 私はいつしか、そう呼ばれるようになった。

  

 そうそう。

 あとで知ったんだけど、祠めぐりってセラナ教徒の修行の一環なんだそうだ。巡礼して各地の祠を掃除して回るのはそういう特別な意味があり、私は知らずにそれをして加護を積み重ね、強い力を得たのだろうと。

 けど、信徒じゃなかった私にどうして?

 そのことを教えてくれた神官様は、こうおっしゃった。

『あなたは、どの神にも属さない異邦人(エトランゼ)だったのでしょう?

 そのような小娘がひとりで祠を掃除し、祈りをささげることはめったにないことなのですよ。セラナは長い事旅人を守ってきた女神ですから、さっそくあなたに祝福をかけたのでしょうね。

 しかもあなたはその後、出会うたびに祠を掃除してきたのでしょう?ちなみにいくつほど?』

『んー、200個の時にお祝いしたけど、もう覚えてないです』

『ウフフ……それはつまり、最低でも300日程(リーグ)以上も続けているということになりますね。

 女の身で、しかも荒地や危険な荒野もあったでしょうに。

 アーキ嬢。

 それほども各地を巡り、祠整備の旅を続けている信心深き者を女神様が放置するとお思いですか?』

『あー……それで私、こんな強くなったんですか?知らないうちに?』

『うすうすは気づいていたのでしょう?加護をいただいているって』

『まぁ、それは』

 まじかよ。

 気づけば私、健康を通り越して素手で熊とか殺れちゃう女になっていた……すごいな加護。

『魔力は、その動物の式神魔法によるものでしょうな。それを常時維持することで伸びたのでしょう。

 体力は……そもそも徒歩で旅を続けたわけですし、巫女は体力の加護もあるのですよ?』

『なるほど』

 なるべくしてなった、そういう事かぁ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 漂泊の巫女アーキ・ラシュ・セラナ女史についてはナゾが多い。

 歴史に名を残す巫女や司祭には両極端あり、ある者はきらびやかな姿や道具類と共に史書に名を残し、またある者はおびただしい伝説と謎を残す。

 アーキ嬢は典型的な後者であり、一生涯を巡礼の旅で終えた。この世界に残存していた数千以上の女神セラナの祠は彼女の手でひとつひとつ保守され、場合によっては修繕も行われた。

 今も残る、もっとも真実に近いとされるアーキ嬢の姿。

 旅装で祠の掃除道具を背負い、彼女オリジナルの式神術で作った猫を伴う姿。

 たったそれだけが彼女の真実で、そして基本にして全て。

 彼女はその姿で世界中を巡り歩き、おびただしい数の祠の保守を行った。

 嵐や風雪に追われた旅人にとっての拠り所。

 魔獣や猛獣に襲われた無力な人々の安全地帯(セーフティーゾーン)

 セラナの祠は、遠い昔に良かれと作られた時代の息吹を取り戻した。 

 

 時が流れ、彼女はもう昔の人となった。

 アーキの名は残っているが伝説だけが独り歩きしているし、本名がアケミという名の異世界人だった事も、黒髪黒目の女性であった事も、今や一部の研究家が知るのみになってしまった。

 だけど、彼女が復興した祠掃除の修行は今も健在だ。

 一般教徒は大きな町や有名どころの祠の保守を。

 専門家や巫女・神官は任地の周辺や辺境地の祠の保守を。

 

 たったひとりの、しかも黒目黒髪の少女が一生かけて復興させた偉業。

 それは今もなおその弟子たちに引き継がれ続いているのである。


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