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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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エルフスキー

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 ここに、そんな人物のひとりの話を紹介しよう。

 彼の名はジャン。異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その時。

 異世界の勇者マサトを中心にした精鋭メンバーは、いよいよこれから魔王の待つ魔国に攻め込もうとしていた。

「魔国は広いよ?どうやって行くの?」

「俺たちには『コロ』がいるだろ?コロがいれば、直接魔王城に乗り込むくらい簡単だろ?」

「強いですからね、コロ」

 取り巻きの少女たちは、傍らで大人しく座っている巨大な黒竜を見上げた。

「でっかくなったよなあコロ。ナダーシャがテイムしたのが三年前だっけ?」

「う、うん、まさか黒竜をテイムできるなんてね、ラッキーだったよぉ」

 ナダーシャと呼ばれた娘がエヘヘと苦笑して、他の娘の目線がきつくなった。

 彼女のチームでの地位は低いのだが、簡単に排除もできない。ナダーシャを除外するとはコロを手放すことであるため、マサトの評価を下げたくない少女たちは、裏に回った陰湿な嫌がらせを繰り返したり、過失に見せかけて彼女を殺そうとするものの、表だって彼女を排除はできずにいた。

 ひどい話ではある。

 しかし、俗に言うハーレム勇者なんて言われるものの場合、裏での足の引き合いなんぞ常識であろう。女とは、いかに男をだまくらかしつつ友という名の敵を躱すかが重要で、そのための技術を俗に女子力といったりもする。

「よし、じゃあこれからコロに乗って魔国に行こう。まずはどういう国なのか見聞しないとな!」

(女の子探しね)

(女の子探しですわね)

(まーた増やすつもりですわね、この見境なし)

 そんな、どうでもいい男女のいざこざに溺れている彼女らは気づくことがなかった。

 コロと呼ばれた黒竜がどこか、嘲笑うような目で自分たちをみていることに。

 そして、その瞬間は来てしまった。

 

『断る』

 

「!?」

「誰だ!?」

 マサトたちは突然の耳慣れない声に立ち上がり、警戒を始めた。しかし誰も見つからない。

 いや。

 ナダーシャと呼ばれたテイマーの少女だけは、驚愕の顔で『コロ』を見上げていた。

「そんな……コロ……なんで?」

「ナダーシャ!?」

 異変に気づいたのは意外にもマサトだった。ナダーシャの表情に驚き、そしてその原因が、自分たちがコロと呼んでいる黒竜であることにも気づいた。

「……まさか!?」

『ほう、気づいたか。異世界人』

 黒竜はマサトの反応に驚き、多少評価を上げた。一瞬だけだが。

「きさまコロじゃないな!?コロをどうした!ナダーシャに何をした!」

『は?何をボケておるやら』

 黒竜は呆れたように鼻で笑った。

『貴様らが三年前、生まれたばかりの我にかけた呪いが、ようやく解けただけの話であろう。何を驚く?』

「呪い?何の事だ!!」

『ああ、貴様ら虫けらはテイムと呼ぶのだったか?こちらが生まれたばかりで抵抗力が弱いのをいいことに、こちらの意志に反して好き放題にあやつるおぞましき呪いをかけたではないか。

 しかも。

 そこのナダーシャという娘が恐れ多いと嫌がるのを、むりやり呪いを使わせたのは貴様だったよなあ?』

「な!?」

『何を驚く?もちろん覚えておるとも』

 そして……黒竜はじっと人間たちを見て語った。

『異世界人とその取り巻きたちよ、貴様らにわかるか?

 自分の親を殺した奴に、むりやり身体を操られる気持ちを。

 親の血を全身からしたたらせている奴らに、むりやり魔法で服従させられる気持ちを。

 自分の親がバラバラに解体されるのを横目で見ながら、泣く事すらも許されず、殺しても殺しても飽き足らない虐殺者どもに、体が勝手に甘え、汚らしい手ずからに食い物を食べさせられる絶望を。

 しかも。しかもだ。

 そのエサは、自分の母のバラバラ死体だときた!!』

「……」

『ああ……そうだな、理解できぬのだろうな。

 所詮きさまらは人間。おぞましき破壊者であり血も涙もない侵略者なのだから』

 その言葉に少女たちは言葉を失った。

 テイムされる側の意識など彼女たちは考えたこともなかったからだ。

 

 しかし。

 本当にテイムされるという状況が今聞いた通りだとしたら?

 

「いや、それは違う。それはおかしい」

 しかし、それに対してマサトは反論した。

「おまえたち竜族は鳥と同じだろう!インプリンティングって言って、生まれた時に見た存在を親と思うはずだろうが!だからお前の親はナダーシャのはずだろうが!」

『ハ、異世界人の下らぬ思い込みなど知った事か。

 また、かりにそうだったとして、それは我とナダーシャの問題であろう。貴様とそのとりまきのメスどもとはなんの関係もないし、ましてや背中に乗せて飛ぶなどありえぬ』

 黒竜は不快げに鼻を鳴らし、そしてつぶやいた。

『まあ、よい。不愉快なテイムの縛りもなくなったことだし、ようやくこれで本来の姿に戻れるというものだ』

 そういうと、黒竜は自分に取り付けられていた騎乗道具を、いとも簡単に破壊した。

 もはやマサトたちのことなど視界にも入っていない。

『さて、いそがしくなるぞ。庇護者を失い、虫けらが入り放題の山に平和を戻さねば』

「ま、まて!どこへ行く!」

 マサトの叫びを無視し、黒竜はゆっくりと空に上がった。

 しかし。

『おおそうそう、いかん、忘れるところであった!』

 そういうと突然に降下し、まだ呆然としているテイマー、ナダーシャを器用に捕まえて連れ去った。

「き、貴様ナダーシャをどうする気……うわっあちっ!!」

「マサト!?」

 マサトはいつの間にか剣を……勇者の証である聖剣を抜いていた。黒竜を敵と見なしたのだろう。

 しかし、黒竜はちいさなブレスを器用に吐き、その聖剣を加熱し取り落とさせた。

『この娘は、お前たちの手の届かぬ所へ連れて行こう。

 我を直接操っていた者であるが、おまえたちはこれを奴隷以下に扱っていたようだからな。さすがに放置は寝覚めが悪かろう。……さて、さらばだ』

 そういうと、黒竜は去って行った。

 あとには、呆然とする勇者マサトと、取り巻きの娘たちだけが残された。

 

 

「うう、ありがとうコロちゃ、ううん、ジャン様!」

『おまえはコロでよい。それより怪我はないか?』

「大丈夫!うん!」

 空の上。

 黒竜とナダーシャは親しげに話をしていた。

「お山に戻るの?」

『荒れ放題の山を復興させ、再び聖地に戻さねばならぬからな。

 問題は、バラバラになったそなたらダークエルフの血族であるが』

「んー、コロちゃん戻れば、みんな戻ってくるよ。わたしらは黒の竜様の護り手だもの!」

『ふふ、それはたくましいことだ』

「んーけど、心配だなぁ」

『ん?あの勇者どもか?』

「うん。また来ないかな?」

『すぐには無理であろう。彼らの国はこれから戦争であろうし』

「そっか」

 勇者と言われているが、つまるとこる戦争のコマでしかない。異世界の愚かな若者を騙して戦わせ、力尽きれば新品に取替える、それだけだ。

 同情?

 別にテイムされているわけでもなんでもないのだ。かわいい娘たちに囲まれてウハウハ生活と引き換えなのだから、それは当人が好きでやっていることだろう。

 放っておけば良い。こちらに被害がないかぎり。

『結界の締め直しも必要であろう。

 異世界人などというものが存在する限り、油断はできぬ。かの大戦中ほども警戒して損はあるまい』

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 黒き竜王ジャーダルクの伝説は数多いが、実は戦いの話は非常に少ない。むしろ愛憎劇のほうが有名である。

 特に、生まれた瞬間に親兄弟を皆殺しにしたボー国の奴隷戦士一味にテイムされ、幼竜時代の数年間を奴隷戦士の道具として過ごさせられた逸話は悲劇として有名である。現存するすべての人間至上主義国家はこの話を偽典つまりウソだと言っているが、それ以外のすべての国家の伝承、そして記録とも一致している。

 彼の他の有名な逸話というと、溺愛したナダーシャ姫との恋話が特に有名であろう。ふたりは黒竜とダークエルフの混血という不利な状況にもかかわらず、実に二桁の子供を残している。

 そういう彼はナゾの言葉も残している。

『私は竜にしてエルフスキー』

 エルフスキーという言葉の意味については様々な研究家が解析を試みているが、ナダーシャ姫はテイマースキルを持っていたという話もあり、かつての自分を縛り付けた恐ろしいスキルを持っていようとかまわず愛してる、つまり純愛を意味したのではないか、というのが後年の通説となっている。

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