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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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ミルソータ物語

これは以前、別の名前で短編投稿されていたものの再掲載です。

 それは、とある異世界でのこと。

 魔族の奴隷が足りなくなってきたため、とある王国が異世界人の勇者召喚を試みた。

 召喚対象は騙しやすい血気盛んな青年。案内役には側妃の産んだ末席の姫を。

 魔族領を切り取った後にもちろん勇者は殺す予定だが、その前に誰かを傷物にされても困る。要は姫は生贄なので、どうせ継承権もないも同然、死んでも誰も困らない末席の姫を対象とした。

 そして召喚は行われた。

 少年の名はソータ。

 予定通り、いやそれ以上に純朴そうな青年だった。少々気弱なところがあったが素質は充分、そして魔族の侵略に対抗するというウソにまんまと騙された。終わったら異世界に帰るか姫と結婚するか選ばせるという話もまるっと信じたようで、言われるままに訓練で力をつけ、言われるままに戦いに飛び込んでいった。まさに狙い通りだった。

 

 唯一の計算違いといえば、その純朴さがちょっと突き抜けていた事だろうか?

 

 ソータは王国の者が鼻で笑うほどのバカで愚鈍なお人好しだったが、異人種や平民には異常に愛された。品性が下賤(げせん)なのだろうと男たちは考えたのだけど、人間には決して心を開かないはずのドワーフの職人までもがソータに笑い、機嫌良さげに頭をなでるに至り、さすがの彼らもそれがソータの資質であることに気づいた。

 その戦いの旅の途中、ソータはそうやってたくさんの味方を作っていった。

 訓練と称して行った村を救って感謝された。

 魔物の討伐時にも笑顔で参加して喜ばれ、地元の冒険者たちに可愛がられた。

 共に旅していた姫……王族の血の入った下の娘なんぞ慰み者か道具にすぎないから、彼女に名前はない。ソータは何かの名前で呼んでいるそうだけど、報告によれば異国語で理解できないそうだ……からの定期報告でも、情報収集がてら地元民と共に飲み食いし、楽しげに訓練兼討伐の旅を続ける彼の姿がありありとうかがえた。

 その事実を重く見た上層部は、最終的にソータが、魔族の一種とされているエルフの少女たちを救って森に返した時点で決断を下した。

 ある程度魔族領を切り崩したところで彼を殺害すると……。

 

 ソータは勇者としても結構強かったが、それ以上に姫を信用していた。

 だから、とある雪の日。

 国境にある小さな村でソータはあっさりと、突然に殺された。

 死因は宿の部屋の中。姫による背後からの一突きだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ソータは確かに姫を愛していた。いやむしろ愛しすぎていた。

 愛しい姫が国の責務を全うしようとしている事も、最終的に自分を殺す事が目的である事も理解していたのに、そのうえで、ソータは彼女が望むなら知らんぷりして殺されるつもりだった。

 そして、その事前提で、仲よくなったほとんどの人たちに、こっそりと事後を託していた。

 有用なスキルの複写、情報の提供。

 あらんかぎりの異世界の有用な情報。

 自分なきあとの、対王国戦略についての意見書などなど。

 ソータは単なる純朴な青年をあくまでも演じつつ、真に勇者としてこの世界のためになる方法を、彼は模索し、実行していた。

 そして、時間切れまでいっぱいの時間を使ってあらゆる手を打ったあと、何も知らぬふりをして刺されたのだ。

 

「ふふ……やっぱりね」

「え?」

 その瞬間、姫はソータの言葉に耳を疑った。

「ごめん、黙ってるつもりだったのに……いいよわかってるよミル。知ってたんだ。……きみが国の命令で動いていることも、そして、僕を殺さなくちゃいけないこともね」

「そ、そんな、なんで」

 気が付くと姫……ミルは、崩れ落ちる血まみれのソータを支えていた。

 といっても、ミルの華奢な身体で青年しかも勇者であるソータの重い体を支えきれるわけもない。自然とミルはベッドに座りこみ、ひざの上にソータの頭を抱くカタチになっていた。

「そんな、どうして……だったらこんな事になる前にどうして」

「だって……きみといたかったんだよ」

 ソータの目はとても安らかだった。

「あのねミル。

 本当は僕は異世界じゃ、居場所なんかなかったんだ。学校じゃいじめられて、家もめちゃくちゃで、実の妹にもゴミみたいな目で見られて、死ねばいいのにって言われて……どこにも行き場なんかないし、好きになってくれる人もいなかった……知ってたかい?」

「……はい、なんとなくは」

「そうか……アハハ、やっぱり……僕のウソなんて……っ!」

 苦痛が走ったのか、ソータは一瞬、顔を歪めた。

「なのに、きみは僕を勇者さまって呼んでくれた。こんな頼りない僕を励ましてくれて、頼りにしてくれて。

 僕は嬉しかった。こんなうれしいと思った事は、生まれて一度だってなかったんだ。

 どう見ても嘘つきの王様とか、こっちを蔑んでるのがありありとわかる騎士団長とか……そして、バカでもわかるような魔族の襲撃の嘘っぱちとか、そんな事どうでもよかった。

 僕はただ……きみが勇者さまっていってくれて、笑ってくれるのが嬉しかったんだ……」

「……」

 ミルは、全て知られていた事をこの瞬間に悟った。

 そして、全て飲み込んだうえでなお、ソータが自分を選んでいた事も理解してしまった。

 そして……。

 末席の姫として嘲笑され続け、そして国のための道具としてソータに従った自分の現状を重ねあわせてしまった。

 自分がやらかした事の重さを。

 自分が、二度と取り返しのつかない事をやらかしてしまったことを今、ミルは理解した。

「ごめんよミル」

「え?」

 突然に謝ってくるソータに、ミルは眉をしかめた。

「そんな、悲しい顔……させるつもりじゃ……なかった、の、に……ごめん、よ」

「そんなことっ!」

「僕は、しあわせだよ……こんな、かわいい子の、ひざ、の、うえ、で……しねる……な……ん……て」

「……勇者さま?」

「……」

 ソータはそれっきり、二度と動かなかった。

 ミルには蘇生レベルの治療術の知識も技術もない。この近くにもそれのできる者はいない。

 つまり、もう何もかも手遅れだった。

(……わたしは、とりかえしのつかないことをしてしまった)

 

 ミルは愚かな娘ではなかった。

 ソータに知られていたという事は、おそらくソータの性格からして、なんらかの手を打っている事は間違いないだろう。それはミル自身をどうこうするようなものではないだろうけど。

 でも。

 この事がわかれば、ミルだって命はない。

 いや、もしかしたら。

 今、この村を囲んでいる者たちの仕事には、自分を殺す事も入っているかもしれない。

(どうせ死ぬんだったら)

 ミルは王家のペンダントをとり裏ぶたを開いた。わずかな魔力を流し込むと、キチッと音がして針のようなものが出た。

 自害用の毒針だ。

「ごめんなさい勇者さま……せめておそばに」

 そういうとミルは自分の首に針をさした。

 即効性の毒のため、たちまち揺らぎだす身体。

 そして。

 ゆっくりとソータのそばに横になった。添い寝するように。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ひっそりと待機していたエージェントたちにより、後始末は迅速に行われた。

 同時に消すつもりだった姫が出てこず、確認するとソータの部屋で共に亡くなっていたという計算違いはあったものの、問題はそれだけ。

 村をまるごと囲い、誰ひとり逃がさない状況にしたうえで村ごと焼き払った。

 人の数が妙に少ないという話もあったが、季節柄、近郊の村に農作業の手伝いにいっているのだろうとのこと。もとより目撃者にならないのなら問題なかった。

 

 結果を受け取った国は、魔族の手による暗殺で勇者ソータが倒れたというニュースを流した。

 ただちに討伐隊という名の国境警備軍を送り、勇者の切り取った土地を強制的に国の領土に組み込むと発表した。もちろんそこに住む魔族は全て我が国の所有物であり、ただちに大規模な奴隷狩りにとりかかる事になった。

 

 ここまでは、確かに計算通りだったのだ……そのはずだった。

 だがこのあと、おかしな事が増え始めた。

  

 奴隷狩りの結果だが、魔族はほとんど見つからなかった。

 それどころか、領土に組み込むと発表した村々はひとの痕跡も残ってなかったり、村ごと焼き払われている事すらあった。魔族は人間以上に生まれた土地に執着する種族が多いというのに、どういう事だろうか?

 問題はそればかりではなかった。進軍に問題が起きはじめた。

 行けども行けども食料が全く手にはいらないため、食料が足りなくなった。魔族の女を奴隷にし、初々(ういうい)しい初物(はつもの)を喰らい、さらに美味いものをいただこうと期待していた者たちの士気は地の底まで落ち込んでいたし、そういう者たちの起こす問題がさらに食料問題を加速した。

 おかしな噂まで飛び始めた。

 

 いわく、このあたりで謎の病気が流行って魔族どもはとっくに逃げ出した。

 いわく、誰もいないし食料もないのは、彼らの神に生贄として捧げたからなのだと。

 いわく、魔族の手紙をみつけた。それは「わたしは東に逃げる」と誰かに伝える内容だったと。

 

 彼らの中には「ひきあげないとまずい」という声もあったが、ひとりの奴隷も、なんの戦利品もなく帰還することが何を意味するかを知っている者もおり、彼らが反対して撤退の決断ができない。飢えによる士気の低下もあってここで対立すると全軍が空中分解してしまう可能性もあり、彼らは手紙の話のままに進むしかなくなっていった。

 だが──。

 期待をもって進んでいったヨレヨレの彼らは、たしかに魔族に出会えたのだけど。

 それは。

「なんだ、これは」

 おびただしい数の、見たこともない数の魔族。いろんな種族の混成軍のようだった。

 なんだこれは。

 どうして、どこにこんな数の魔物が?

「司令官、変です!」

「なんだ?」

「エルフとドワーフが組んでます!獣人も……いや、もっと希少な種族も」

「なんだそれは?」

 たとえ死滅しても組まないと言われていたエルフとドワーフが組んでいるだと?

 さらに、今まで組んだこともない種族同士が普通に組んでいるだと?

 バカな。

 ならばと展開しようとすると、右にも左にも敵がいるとのこと。

 いや。

 いないのは後ろだけだった。

 

 まずいと一部の者はついに気づいたが、もう遅かった。

 

 恐慌に陥った者たちが、次々に逃げ出しはじめた。

 しかし、それは最悪の悪手だ。

『違う逃げるな、逃げちゃいかん!』

 彼らの軍もバカばかりではない。数名の者は過去の勇者が国に寄贈(・・)してくれたという異世界の歴史書を見ていて、そこに書かれていた陣形を思い出していた。

 これは、異世界の歴史にあるという恐ろしい手だ。

 恐慌にかられて逃げ出す者たちを背後からすり潰すための陣形だ。

 なぜ亜人どもが?

 それだけではない。

 何やら聞いたことのない炸裂音のようなものが遠くから聞こえたかと思うと、味方の一部が倒れていく。

 いったい、これは何だ?

 

 彼らはその正体を知る前に、全滅する事になった。

 

 

 ソータは確かにお人よしのマヌケだったが、当たり前だが異世界人の知恵は持っていた。

 そんな彼が自分の立場に気づいた時、何をするかを彼らは考えもしていなかった。

 自分を道具としか見ていない人間国家と、仲良くなった亜人たちのどちらの肩をもつか?

 そしてソータ本人が使えずとも、その知識を伝授することはできるのでは?

 

 ソータはおそらく、そうやって知識を伝えていったのだろう。

 自分たちに従って魔族の世界を攻撃するふりをしつつ、それ以上の利益も彼らに与えていた。

 本などではなく、自分が故郷で見て、聞いた異世界の戦争の知識や技術を、ありとあらゆるカタチで彼らに伝えていった。

 ランスをたずさえた騎馬をどうやって打ち破るか。

 まだこの世界には存在しない、大軍の効率的な運用法。

 そして、ハイリスクながら特定の相手には絶大な効果のある作戦。

 おそらく、町から食料を持ち去り補給不能にしたのもソータの入れ知恵かもしれない。

 あのように士気を失わせ、流言飛語で操ったあげくに罠にはめるのが彼の知識によるものならば。

 彼の価値を低く見積もっていた人間側は、さすがにマヌケに過ぎたといえよう。

 それだけではない。

 あの不思議な音は異世界から昔もたらされたものの魔法の方がいいと放置されていた、タネガシマという武器をソータの提案や情報で魔法と組み合わせ、改善したものとか。そしてさらに、テッポウタイという戦法で魔力の少ない一般兵でも連射攻撃に参加できるようにしたとか。

 集団で大きな力を発揮する戦い方の概念。

 戦争をよく知らないソータでも、物語のおかげでその弱点と共に知っていた陣形『カクヨクの陣』。

 そして……共通の敵や理想のためならば、種族を超えて協業すること。

 

 確かにソータは死んだ。

 でも、お人よしの少年が残したものはこの世界の亜人たちが等しく受け継いだ。そして彼らはそれを活かし、人間族の侵略者を打ち払うばかりか叩き潰した。

 それどころか、各地で魔族奴隷の逃亡や、魔族奴隷を囲っているところが焼き討ちされる事件が増え始めた。他国から魔族奴隷を奪いに来ているのだろうと考えた者たちは背後関係を調査させたのだが、驚きの事実に目を剥く事になった。

 それらを引き起こしている団体が、ひとつではないこと。

 そしてそのほとんど全てが、死んだソータと関わりのある者たちであったこと。

 

 これはもう確定だった。

 ソータは確かに死んだが、彼は死ぬ前に人間でなく亜人側の味方であることを望み、全てをたくしていたのだと。

 わかった時には、もう遅かった。

 各国はソータが召喚元の国により謀殺された事もなぜか掴んでおり、しかも狙ったようにほぼ同時に反王国キャンペーンを繰り広げた。

 さらに同じ情報が民衆レベルにも広がっており、なまじソータは優しい勇者どのと人気があったため、たちまちに王国は揺らぎ始めた。

 そこにはなぜか亡国の末姫でなく、ミルなる愛らしい女の子が連れ添っていた事になっていたのだが。

 やがて。

 王国はすぐさま滅亡する事こそなかったものの、かつての半分以下に領地を減らす事となった。

 そして勢力を二度と盛り返す事なく。

 やがてソータが友人たちに語っていた「対等にケンカしたり仲よくしたりして共存する世界」が現実になる頃。

 王国はその看板を共和国に挿げ替え、王侯貴族は姿を消す事になった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 少年の名が『ソータ』である事は人間側の正史には刻まれていない。彼のそばにいた女の子についても何も語られていないが、ソータを縛り付けるために召喚した人間側の国がつけた末席の姫であろう事がわかっている。完全に道具として扱われていた彼女は、なまじ王族であるため名前すら与えられていず、そちらの記録には「名無しの姫」である事は整理番号みたいなものしか残されていない。

 対してエルフ族の記録には、ソータ少年がミルフィーユという名を与えようとして姫に「あなたより長い名前はイヤです」と拒否され、ミルという名にしたという記述が残されている。ソータはミル嬢と共にいると幸せそうで、ミル嬢が所属国の上位に逆らえないことを周囲に警告された時も「僕はそれでいいよ。それより僕がいなくなった時のことを託したいんだ」と言われたという。

 ソータの最後はよくわかっていないが、おそらく謀殺とされている。ミル嬢は彼と運命をともにしたのだろう。

 

 ソータ本人は決して優れた人間ではなかったし、勇者として後の世に記録されることもなかった。むしろ、召喚国によって謀殺されてしまった被害者として、探せば記録が残るのみである。

 

 しかし。

 人間のみの国家群がこの世界で斜陽の道を進みはじめた、最初のきっかけを与えたと考える歴史家は多い。

 

『ケンカしたり仲良くしたり、みんなでいこうよ』

 

 心優しい少年の夢見た世界は、今もこの世界に生きていると信じたい。


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