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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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常識違い

注意: 身体を激しく傷つけるような残酷表現があります。

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 

 今回登場する人物は、たいへん不幸な例である。

 彼女の名は、陽奈(ヒナ)。異界漂流者である。

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

「なにするのよ!」

 ある日、突然に職場に兵士がやってきた。

 なにごとかとビックリしていたら、なぜか私が取り囲まれて。えらそうに名前を読み上げられたと思ったら拘束され、連れ出された。

 ちょっと、誰か助けてよ!

 なのに周囲から聞こえるのは、ひそひそ、ひそひそとひどい噂話だけ。

 

「あの子、インガス様を誘惑したんですって」

「え……まさか。インガス様よ?ガッチガチの上に婚約者のリデル様を溺愛してる、あのインガス様を?なんでまた?」

「いやーそれがね、ダンスに引っ張り出したうえに接吻したって。公衆の面前で」

「うわぁ……ないわー」

「それにしても、なんであの子が?たしかに積極的な子だけど、そんな非常識なタイプじゃ」

「それがねえ。ダンスとかキスくらいでって言ったらしいよ?」

「え……なにそれ」

「しかもインガス様が、責任とって妾にしようっておっしゃったら、お妾さんとか勘弁してくださいって言い切ったとか」

「ええええ、ひどい、ひどすぎるよそれ!」

「あの子って、そういや外国人だっけ?そういう国なのかしら?」

「知らないわ。でも、いくら外国人でも限度があるわよ」

「インガス様とリデル様がかばってるって噂、本当だったのねえ」

「ひどい……」

「ほんと」

「インガス様リデル様、おかわいそうに」

 

 いったいなんなのよ。

 確かに、勢いでキスしちゃったのは確かだけど。

 だからってどうして逮捕されなくちゃいけないのよ?

 けど、逆らってもどうしようもなくて。

 そのまま私は、なんか時代劇のお白州みたいなところに引き出された。

 厳しい顔をしたおじさんが、何か読み上げ始めた。

「下女手伝いヒナ、おまえに姦通罪の疑いがかかっている。ついては確認することがあるので、なんでも正直にいうように」

「かんつう……?」

「ふむ、姦通の意味を知らぬか。簡単にいえば相手のいる者と不埒(ふらち)な行為をした者という事になる」

「な……!?」

 なにそれ!?

「ふざけないで!冤罪(えんざい)よそんなの!」

「なるほど冤罪という言葉は知っておるか。ならば無知というわけではないな。

 ならば問おう。

 先日の祭でヒナ、おまえはインダス殿を、かの者が拒否したのに連れ出してダンスを踊った。相違ないか?」

「え?インダス様と?ええ踊ったけど、それが何か?」

 いつもそばに張り付いてるお人形みたいな子がいなかったし。

 ひとりだから踊らないなんてもったいないじゃんって無理やり引き出したのよね。

 え?女から誘うのはよくないって?

 そりゃそうかもだけどさ!

「そのダンスは最低でも許嫁(いいなづけ)、通常は婚約者か夫婦でなくては公の前で踊ってはならぬ事になっておる。それを周囲に注意され、それでもなお踊った。相違ないか?」

「ええきいたわ、なるほどと思ったわ。でも私、外国人だし、お堅い人たちが言ってきたら、すみませんって言えばいいって思ったわけだけど?……もしかして、まずかったのかしら?」

 もしかして、予想以上にやばいことだったのかしら?

 まさかね、たかがダンスよ?

「その是非は後で述べよう。今は質問を続ける。ダンスの際、おまえはインダス殿に口づけした。相違ないか?」

「あーはい」

 なんか悲鳴あがってたし、いい気分だったわよねえ。

 なんかすごい目で見てる子もいたけどさ。

 何もしないくせに嫉妬だけ一人前とか、あはははっ!

「なるほど、訴え通りか」

「まさかと思ったが……」

「??」

 あらら?

 なんか、すごい深刻な顔で相談はじめちゃった。

 なんでキスくらいでとは思うけど、わたしにだって「まずい空気」くらいはわかる。

 

 これは、ちょっと?もしかして大問題?

 うーん、たかがキスとは思うけど。

 でも念のためよね、ちょっと予防線はっとくかな?

 

「あの、もしかしてわたし、いけない事をしてしまったんでしょうか?あの?」

 あわてて涙目になってみせた。最悪、無知な外国人の失敗ってことで通してくれるように。

 うふふ、女に生まれてよかったわよねえホント。

 しかし。

「最悪だな」

「え?」

 なんかこう、全然効いてないって雰囲気なんだけど?

 しかも、こっちを見る目がさらにきつくなったような?

「公平を期すためにまず言っておくが、無知を装って同情を誘う態度はやめておくがいい。裁判官には個人的感情で動く者はいないが、わざわざ自分の立場を不利にしたいのでなければ、それは改めよ」

「あっそう」

 なんだ、そうなの。

 だったら最初から言いなさいよねバッカじゃないの?

「さて、話を続けよう。

 おまえの国ではどうか知らないが、我が国では、いや、この大陸にあるすべての国でもそうだが、口づけは夫婦間もしくはそれに準ずる関係の男女、でなければ家族間のスキンシップ等でするものだ。それこそ小さな子供ですら知っている事だな。

 最初からまとめよう。

 つまりおまえは、婚約者のいる高位貴族の男性に対して男女のダンスに、しかも周囲が止めるのに公の場で引きずり出しあまつさえ、当人の意志を無視して破廉恥行為に至ったと認めたわけだ。相違ないな?」

「な」

 一瞬、頭が真っ白になった。

「破廉恥行為ってなに!?そんなことしてないわ!なんでそうなるのよ!言いがかりよ曲解よ!」

「おまえが言ったことだろう。公衆の面前で口づけしたと。それが破廉恥でなくてなんだというのだ?」

「ふざけないでよっ!」

「ふざけているのは貴様の方だ!」

 怒鳴られた。

「おまえを訴えているのはレムリア家……すなわちインダス殿本人でなくそのご家族だ。

 当日、リデル嬢は事情で少し遅れていた。そしてインダス殿の元に駆けつけたところで、インダス殿にしなだれかかり、口づけをするおまえを見て卒倒したのだ」

「……え?」

 あの時、あの子がいた?

「インダス殿とリデル嬢ご本人は、事情のわからぬ外国人のおまえの事を察して情状酌量を求めている。

 だが、おふたりのご家族となると話は違う。今回の件は公の場で堂々と行われた事もあり、おふたりの胸の裡に留める事ができぬからな。ことは両者の家の方の名誉にも関わる問題になってしまった。

 そして、ここ数か月のおまえの行動のこともあり、両家は文字通りの怒り心頭なのだ。いかにお二人でも止めきれるものではない」

 そういうと、おじさんはものすごく怖い顔をした。

「ここ数ヶ月の間、皆がおまえに再三の注意をしてきたろう。未婚の娘が婚約者のいる男に近づいてはならぬと。

 そして、破廉恥な行動についても、いかに外国人といえども。いや、事情のわからぬ外国人であるからこそ、大変な事にならぬように、勘違いから困った事にならぬようにと、多くの者が懇切丁寧に教えていたはずだな?

 だがしかし、おまえはそれらをすべて無視した。問題視すらせず、聞く耳をもたなかった。

 今回の件も、おまえのやらかした行為の中では氷山の一角にすぎない事もわかっておる」

 そこまで言うと、ためいきをひとつついた。

「おまえに選択肢をやろう、どちらかを選ぶがいい」

「選択肢?」

 ウムとおじさんはうなずいた。

「ひとつは、無法者(アウトロー)になること。

 今後、この国のいかなる村にも街にもおまえは入れぬ。国外に出るのは自由だから、好きにすればよい。

 だが、これは非常に厳しいことになる。たったひとりで生きられる生活力と非道を切り抜ける戦闘力がなければ、まず待つのは野垂れ死にとなろう。アウトローになると奴隷狩りすら関わらぬから、自由を売り渡して助かる事もできぬのだ。

 もうひとつは、修道院に入ること。

 死ぬまで俗世に戻れないが、決まりにしたがって敬虔に生きる限り、生活に困ることも命を脅かされることもない。それに聖職者として位階をあげれば、もちろんそれなりの人生も約束されるだろう。

 さて、どうする?

 ちなみに私としては修道院を勧める。今は不満に思うかもしれぬし、もしかしたら腕に自信があるのかもしれぬが、多少戦えて生活力があるレベルでアウトロー暮らしに入れば、間違いなく破滅するからだ」

「どうするって……」

 彼らには話してないけど、わたしはただの迷い人じゃない。

 こういうのをチートって言うのかな?わたしは剣こそあまり得意とはいえないけど、山を越え谷を越え歩き続けられる体力と、賢者級の魔法の力もある。

 修道院?

 そんなとこ選ぶなんて負け犬のすることよ!

 だったら、とれる道なんて決まってる。

 

 わたしは、無法者(アウトロー)の道を選んだ。なんか、止めてくる人たちがいたけど、大丈夫と押し切った。

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 ヒナと呼ばれる少女の記録はどこにも見当たらないが、もしあなたが探したいのなら、シネセツカ大陸にある中世期の『インダスにまとわりつく者』事件を調べてみてほしい。もっとも、抹消されるにふさわしい、おぞましい案件である事を確認する事になると思うが。

 ここに彼女の記録を書いておこう。

 

 第四期の中世期にシネセツカに現れた彼女は、異世界からの迷い人であった。若い娘でもあり、現地の領主によって保護されたが、何を勘違いしたのか領主の婚約者を押しのけ成り代わろうとするなど、信じられないようなトラブルを連発した。また若き嫡男のインダス青年にもまとわりつき、不愉快なたくさんの問題を起こしたという。

 むろん異世界人ならではの問題もあったし、インダス青年やその婚約者も彼女のせいではないとかばった。

 しかし婚約者をさしおいて青年とダンスで踊り、さらに口づけまでするに至っては、さすがのインダス青年もかばいきれなくなってしまった。またこの件で婚約者が倒れてしまった事、さらに公の場での問題とあって両者の実家も動き出してしまった。

 結局、ヒナ嬢本人の希望を聞き、追放刑か修道院どちらかの道を選ばせることとなった。

 ヒナ嬢はここで追放を選び、彼女の行く末は決定した。

 だが、実は彼女をめぐる凄惨な運命はむしろ、このあと加速するのである。

 

 追放当日、ヒナ嬢はさっそく弱い魔物を狩りだした。いきなり初日で狩りができるというのは尋常ではないわけで、ある程度の経験があり、なおかつ才覚もあったのだと思われる。

 だがその後、当たり前のように角や牙を売りにいこうとして街に入ることを拒否された。

 どうやら追放といっても定住できなくなる程度と自分勝手に解釈していた模様で、まったく街に入れないと知り驚き、聞いてないと騒ぎだしたが、そもそもアウトロー扱いとは「村や町に一切入れない」ことだと何度も、それも複数の担当官に説明を受けているはず。今さら知らないは通らなかった。

 また、ある程度の力はあっても解体経験はなく道具もない。当然、素材の品質もろくなものでなく、街道で商人に売りつけようとしても質の悪さから相手にされなかった。

 さらに、商人にひどい罵倒を繰り返すので頭にきた若い行商が身売りをほのめかしたところ、激怒してその商人に魔法をぶつけて殺害してしまった。

 目撃者が多数いた事からこの瞬間、彼女は追放刑から死刑に変更、全大陸指名手配となった。

 最終的に討伐部隊が組まれ、やがて犠牲も払いつつヒナ嬢は捕獲された。

 しかしこの後の余罪などの調査で驚くべきことが発覚していく。

 手配を受けて開き直ったのか、わずかな逃走期間中だけでいくつもの商隊を襲って略奪を繰り返しており、ハッキリわかっただけでも五百人近くを殺害していた。中には小さな集落に滞在中に通報されそうになり、子供も年寄りもまとめて皆殺しにした、などという恐ろしいものまであった。

 もちろんだが死罪は確定であった。

 

 だがここで、類まれな魔力の高さが惜しまれた。それに殺した数が多すぎた。

 ただ殺すのでなく生きた魔石として、死ぬまで魔道具に魔力を送り込ませ続ける……そんな残酷な刑罰が提案され、そしてそれが可決された。

 実際にどういう措置がなされたのかは正式な記録にはないが、以下のような事らしい。

 まず、一生涯魔法が使えないように強大な魔封じがかけられた。

 次に、魔眼も使えないように目を潰した。

 言語魔術が使えないように口をきけなくした。

 そして、何か魔術的な行動もとれないよう、手足を奪い去った。

 そこまでの措置をしたうえで、同様の他の極限犯罪者と同様に医師の指導の元、完全看護の下に置かれた。もちろんそれは福祉目的でなく、一日でも健康に長生きさせて少しでも魔力を搾り取るため。

 そこでは通常の医療で行われる精神的配慮も何もない。彼女を死なせないため、それ以上のことは何も考慮されない。

 そして莫大な魔力が彼女の肉体を衰えさせない。

 彼女は何もできない肉の塊状態で、数百年を生き続けさせられたという。

 

 なお当時の書記官によるメモの一つに、こういう記述がある。

『ヒナは確かに奔放な娘であるが、それならそれで地方に住めば問題ないはずである。特に道祖神信仰の盛んな西南部では性に関してもあけっぴろげであったし、かりにアウトローになっても南西部に行けば当時でも仕事くらいは見つけられたろう。事実、無実の罪でアウトローになって西南に逃れるケースはしばしばある。

 彼女がそうしなかったのは、自ら拒否したからの模様。

 善意で西南いきを勧めた商人に「田舎って、ここの王都だってクソみたいなど田舎じゃないの。あれ以上の田舎なんて人間の住むとこじゃないわ」とバカにしたように言い切ったそうである。

 善意の発言にそんな応答をされたら、事務レベル以上の応対をする者はいなくなるだろう』

『ありえない事だが、こんな肉人形状態の彼女に手を出す監視官が出た。動けない、やられても告げ口できないからやり放題と言い切ったそうだが、当然この者は罪に問われた。まこと人間の業とはおそろしいものである』


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