入部 phase.3
続きです。どうぞ!
「本当に結構歩いたな…」
「だから言ったじゃないですか。 さて、ここが今、巷で話題の『アイドルホール Claris!!』です!」
ばばーん、と効果音が聞こえてきそうなくらい煌びやかな看板がでかでかと掲げてあった。
それぞれ推しメンのグッズを持ったいかにもな感じのする人々の合間を縫ってどうにか劇場にたどり着いた。霧島に促されるまま、ステージがよく見える後ろの方に陣取った。
霧島に訊くとステージが始まるのは二十分後らしい。もっとぎりぎりでも良かったんじゃないか。
「このくらいにこないと大体スペースが埋まっちゃうんです。私が一人で来るときは早めに来て一番前にいますよ」
「え、霧島一人でこんなとこに来んの?」
「な、何か問題でも?」
「い、いや。意外だなぁと思っただけだ」
「ふふふ。私の趣味は多いんですよ」
「褒めた意味はないんだけどな……」
時間が経つに従ってだんだん前の方からスペースが埋まっていく。こうして見るとなかなか有名なグループなのかと思え始めてくる。
初めてこんなところに来たからかもしれないが、なんとなく緊張してきた。狭いホールの中に熱気が立ち込めてくる。周りではサイリウムが点灯するか確認している人もいる。
「な、なあ霧島…ってなんでお前もサイリウム持ってんだよ!」
少し落ち着こうと隣に立っている霧島に話しけるも撃沈。ハチマキやハッピは付けないにしろサイリウムを両手に保持していた。このまま急速潜行か転身後退してしまいたい。この海域はアウェーすぎる。
「しっ!もうすぐ始まりますよ!」
らんらんと輝く瞳で返された。
「なんでそんな楽しそうなの!?部員の顔合わせだったよね!?」
「往生際が悪いですよ先輩!いいかげん諦めてください!」
「何を!?何を諦めるんだよ俺!!」
その瞬間、辺りの照明が落ち、ステージだけが照らされた。
「先輩。よく見ていてくださいね」
ポップな音楽と共に可愛らしいステージ衣装に身を包んだ五人の美少女が現れた。
『みんなー!今日も来てくれてありがとー!いつもよりテンション上げていこうねー!!!』
一際大きな歓声の中で五人の美少女は綺麗な歌声と寸分の狂いもないダンスで観客を魅了していた。
前列の方ではヲタ芸を打つ熱狂的なファンの方々。ん?ということは霧島は一人の時あの中にいるのか?嘘だろ?
「先輩、紹介しましょう。我がアニメ製作部のもうひとりの声優…… 『アイドルホール Cralis!!』所属の五人組ユニット『Ordinary GIRLS』のセンター、山城美鈴ちゃんです」
ポニーテールを揺らしながらステージの上を駆け回る山城は、汗と照明のせいか輝いて見えた。
結果から言うとステージは大盛り上がりだった。
テレビなんかで見るアイドルのライブとそう変わらず、必死にヲタ芸を打つアイドルヲタの皆さんの姿を見ていると、見ているこっちも暑くなった。霧島が妙にうずうずしていたのは気のせいだろう。
時間も流れて午後八時頃。ライブが終わり、霧島が山城と待ち合わせをしているらしいカフェに案内してくれた。待ち合わせしてるんだったら最初からそこでも良かった気がする。後の祭り。
喉が乾いていた事もありカフェに入ってすぐに紅茶を注文した。ティータイムは大事にしないとネ。
紅茶を飲み一息ついたところで制服姿の山城がやってきた。
「あ、結衣ちゃーん。おっつおっつー!」
「美鈴ちゃん、お疲れ様でした。今日もいいライブでした!」
「へっへー。ありがとね。 …で、その人が例の新入部員さん?」
山城は瑠璃色の瞳をこちらに向けた。
「そうです。名前は…自己紹介くらい自分でしてください」
勝手に話進めておいてそれはないんじゃないか?まあいい。自己紹介か。第一印象が大事だぞ。
「天木洋介だ。神宮高校二年三組。趣味は寝る事、特技は特に無し。 …これでいいか?」
「はいはい!二年三組なら先輩さんですね!私は山城美鈴、一年四組です!よろしくお願いします!」
アイドルらしい元気な自己紹介だった。好印象。
「んー、天木先輩の名前って、何処かで聞いたことあるんですよねー… 天木先輩って、有名人だったりします?」
む。ちょっとギクっとしたな。勘の鋭いやつなのか?
「同じ学校なんだから無意識のうちにどっかで聞いたんじゃないか?」
適当に逃げておく。そうペラペラ喋りそうなやつには見えないが一応、念のため。
「そうかもしれませんね。改めてよろしくお願いします」
にっこり。どこぞの新人声優とは大違いだぜ。
「先輩、今失礼な事考えませんでした?」
「気のせいだろ。 それで、このあとどうするんだ?」
「そうですね。せっかくですし三人でご飯でもどうですか?」
霧島はんー、と考えたあと顔を上げて言った。
「いいね!天木先輩がどんな人か知るチャンス!」
「俺は普通の一般人だぞ」
ため息混じりに呟いた言葉は山城に届いた様子はなかった。
駅前の大通り沿いにある大手のファミレスチェーン店は家族連れと学生で賑わっていた。
声優、地下街アイドル、小説家という奇妙な三人は一番奥、壁の突き当たりに通された。たまたまだろうがなかなかナイスな場所だ。
「さてさて、何食べよっかなー」
山城が鼻歌でも口づさみそうな感じでメニューをパラパラとめくっていく。
「わたしはもう決まってます。ここのカルボナーラ最高なんですよ」
「じゃあ俺もそれをもらおうかな」
「あ、先輩マネしないでください!」
「いいだろ別に。初めて来るんだからうまいもん食いたいだろう」
「ダメです!カルボナーラは私のものです!先輩は子供らしくお子様カレーでも食べててください!」
「なっ…… お前だってちんちくりんのくせに大人ぶってカルボナーラなんか食ってんじゃねえ!」
「ちんちくりんってなんですか! 私がちんちくりんなら先輩はぽんぽこりんです」
「俺をどこぞのチビなまる子と一緒にするな!俺は魔の月曜日を連れてきたりしない!!」
「あのー…結衣ちゃんと先輩ってお付き合いなさってるんですか?」
不毛で無意味でまったく生産性のない口喧嘩に山城が爆弾を投げた。
「何言ってるんですか!!こんなぽんぽこりんでじゃんだらりんな先輩、ありえません!」
じゃんだらりん…愛知県の方言だっけか?なんで知ってんだこいつ。しかも使い方違うし。
にしても、そこそこ可愛い新人声優にありえませんとか言われたぞ。それなりにショック。
「な、なんでそこで落ち込むんですか!! ……先輩、こんなめんどくさい人だと思いませんでした」
「どうでもいいから早く店員さん呼びましょうよ!お腹が減ってたまらないんです!」
またまた爆弾を投げ込んできたのは山城だった。しかし今のは助かった。本気で泣きそうだった。
一番近くにいた霧島が店員を呼び、それぞれ注文。
「結局サイコロステーキにしたんですね…先輩」
「カルボナーラがダメなら限界まで霧島の食欲を刺激してやる」
「やり方が陰湿です!」
「カルボナーラ如きで意地張るやつに言われたくないな」
ふん、と鼻を鳴らすとくー、となにやら威嚇された。
山城はその様子を、同じように放送室で言い争う滑稽な二人を見る玉崎と同じような目で見つめていた。
「で、山城はなんで地下街のアイドルをやってるんだ?やっぱり夢があるのか?」
運ばれてきた料理は大層美味しいものだった。サイコロステーキの食感もチョベリグ。死語だな。
山城はカロリーハーフなハンバーグを切りながら答えてくれた。
「そうですね。夢っていうのもありますけど、やっぱり楽しいですもん。楽しいことはなるべくずっと続けていたいじゃないですか」
霧島はちゅるちゅるとカルボナーラを吸い込みながらこくこくと頷いた。
「あとはまあ、いつかテレビに出れたらいいなあ、なんて思ってます」
えへへ、とはにかんだ。日本一可愛い14歳と張り合えるんじゃないか?
「私のことはもういいです!天木先輩はどうしてアニ制に入ったんですか?」
山城は恥ずかしそうに話題を変えた。というかアニ制って略するのか。覚えておこう。
「俺か?俺は……まあおいおい分かってくるさ」
「なんですかそれー。話し損じゃないですか私ー」
「仕方ないな。俺の事情を話してもいいようになったらアニ制で一番最初に教えてやるよ」
もう隣のカルボナーラ娘は知ってるがな。こいつは例外。
「もったいぶるなんてやらしいですね。やっぱり天木先輩って有名人なんですか?」
「アイドルがやらしいなんて言葉使うなよ。夢が壊れる」
「アイドルだって人間なんですよ。今のメンバーといつ喧嘩別れするかもわからないのに」
「話ぶっ飛んだなおい」
「いやーでもアイドルになって気づくことって結構ありましたね。グループの人気が高ければ高いほど」
「話が汚くなっていってますやめてください!」
霧島が山城の口を塞いだ。まあ、正解だろう。
「そういえば先輩。今週の日曜日、空いてます?」
「またこんな風に引きずり回されるのはごめんだぞ」
「安心してください。学校の放送室ですから」
「そっか。それなら…ってこれもあんまり許容したくはないんだけどな。あと、そろそろ山城を開放してやれ。死にかけてるぞ」
はっ、とした顔で霧島は山城の口から手を離した。
「あ、天木先輩…助かりました…」
別にいいぞ、と親指を立てておいた。
「で、日曜日に何をやろうとしてんだ?」
「今、美樹がショートストーリーの原稿を書いてるんです。それが明日あたりに完成するらしいので、段取りの確認と加筆、修正をと思ってます」
「私もいますよ!」
出たアイドルスマイル。こそばくなるから止めてくれ。
「玉崎の脚本か。読んでみたいな」
脚本家志望の玉崎の作品がどんなものなのか純粋に興味が湧いた。
「厳しいこと言っちゃダメですよ」
「大丈夫だ。俺は口を出さないから」
「それもダメです。アドバイスくらいしてあげてください。あの子本気ですから」
「分かったよ。 ……って俺も教えれるほどでもないんだけどな」
「人よりは上手でしょ?」
そう言って霧島は笑った。まあ、そうだよな。と心の中で返事をした。山城はいみありげな会話をむーっと唸りながら聞いていた。
「ふへー!今日は楽しかったです!明日からまたよろしくお願いしますね!天木先輩!」
語尾にハートでもつきそうな声後方から聞こえた。
あれからおしゃべりタイムに入ったのはいいものの、色々根掘り葉掘り聞かれた。
ボロは出してないと思うが、意外と容赦のない性格だった。
少し重くなった腹をさすりながら夕方に降りた駅までまた歩いた。今度は地下街ではなく、地上を。
夜の都市部は車とバスの往来が多くなっていた。歩道には仕事帰りのサラリーマンや学生、観光客であろう人たちで溢れていた。
駅前の一番大きな横断歩道を三人並んで歩いていく目の前には煌びやかな電飾の施された大きな駅ビル。一階にある切符売り場でそれぞれの家に向かう切符を買った。
三番ホームに山城の乗る電車が一足先にやってきた。
「それではお二方。私がいないからって喧嘩しちゃダメですよ? あっ、イチャつくのもダメですからね!」
「な、何言ってるんですか! 早く電車に乗ってください!!」
無理やり山城を電車に押し込んだ霧島は少し赤らんだ顔で山城を威嚇していた。小動物かよ。
山城の乗った電車が発車してから、霧島とベンチに座って電車を待った。
先に口を開いたのは霧島だった。
「先輩。 いきなりで悪いんですが、いくつか質問いいですか?」
「おう。 答えられる質問ならな」
「大丈夫です。先輩のお仕事とは関係ありませんから。 先輩って、声優さんに興味あったりします?」
「どういう意味だ?」
「どうもこうも意味は一つしかないですよ。 まあ単直に言えば、先輩、アニ制で声優やってみませんか?」
「……は?」
「先輩、いい声してますよ。なんというか、私が夢に見ていた主人公の声っていうか」
ふざけた様子はなかった。
「夢って…… 俺は素人だぞ?」
「誰だって最初は素人です。私だっていきなり声優になれたわけじゃないんですよ。中学二年から養成所に通って、やっとあの場所に立てたんですから」
霧島に手を握られた。かなり力が入っていた。
「先輩もやってみませんか?楽しいですよ!!」
霧島の興奮した息が分かるほど顔も近い。目を逸らさないとやってられない。心臓が無条件で暴れる。
「あー…えーっと…… 霧島、手。あと顔近い」
「……あっ! ご、ごめんなさい!私、ちょっと興奮しちゃいました……すいません」
霧島は居住まいを正し、俯いたままで続けた。
「え、えっと、先輩はお話を考えるのも上手だし、背も高いし、なんだかんだで優しいし、私から言わせてもらえば、いい声だと思います。聞いてて安心するっていうか…だから…声優やってみませんか?」
ちょっと待て。背が高いとか優しいとか関係あるのか?褒めて伸ばす作戦か?絶対本意じゃない言葉をそこまで言わせておいて、黙っておくのは男らしくない。
「……まあ、俺も一時期は声優目指したこともあったし、やってみたくない訳じゃないけど……」
「ほんとですか!! 嬉しいです先輩!さすがです先輩!先輩の作品絶対売れますよ!!!」
「あ、ああ…ありがとう」
完璧に乗せられた。きっぱり断れるスキルが欲しい。
「そっかー先輩の声かあ…うふふ、どんな役がいいかなぁ…美樹に相談しなきゃなぁ……」
霧島は目を輝かせながら独り言をぶつぶつ言っていた。憲兵さんここに怪しい人が!
山城と別れて十分ほど経った後、電車がやってきた。
来た時と同じように四人がけの席に向かいあって座った。乗客が少なくて良かった。
すっかり暗くなった窓の外の景色を眺め、ため息をついた。
ほんの数日前までとはまったく違う日々を過ごしているからか、いつもより若干疲れが溜まっている。小説を書いたあとの気だるい感じとは違う、どこか心地よい疲れ方だった。
この電車唯一の長いトンネルに入った。
死んだ魚の様な目をした男をじっとみている茶髪の少女が窓に反射していた。
「……なんだよ。まだ食い足りないのか?」
「人を食いしん坊みたいに言わないでください。 先輩、一つ話ししても、いいですか?」
「ああ」
「実はですね、アニ制に入部したいって人がときたま放送室にやってくるんです」
「ほう」
「神宮高校にはいろんな部活動がありますが、やっぱりアニメが好きな人がアニ制に来てくれるんです。かつての私もそうでした。うちは結構活動が盛んで、動画投稿サイトにもいくつか作品をアップしてます。それを見てくれると皆喜んでくれたんです。 …でも、ほとんどの人が興味本意でやってきては『演じる』という気恥ずかしさと一癖も二癖もある先輩たちについていけなくて去っていきました」
まあ、たしかにこんなアクの強そうな部活を興味本位で覗いて、絶望するのはわかる。
「そんなことが続いて、ここ最近ちょっと部全体がナーバスな雰囲気になってました。そこに先輩が入るって聞いて……その…」
霧島の次の言葉を待った。しかし、霧島は、
「すみません。やっぱりうまく言えないです」
と笑うと頬をかいた。
なんじゃそりゃ…と言うといつか言葉にします、と返された。
その表現いいな、と思いつつ窓の外を向いた。
…部活も悪くないな。
そう思ったのは、これが初めてだった。