入部 phase.2
ヨウスケのちょっとした過去の話からです。
どうぞよろしくお願いします。
今日、新しいことをはじめた。それは今まで俺がやってきたこともなかったことだ。
家に帰り、そこそこ入り浸っているツイッターにそう書き込んだ。
リツイートやお気に入りの通知がどんどん入ってきて、何通かのフォロー通知もあった。
リプライ、いわゆる返信の欄には、
『何を始めたんですか?!』『新しいプロジェクトか何かですか!?(wktk)』
プロジェクトってなんだよ。俺は絵師でもなければボカロPでもねえよ。
同じような140文字には到底届かない程度の文章がばんばん届いた。
みんな食いつきすぎだろ。
これだけ呟くだけでもリツイートやお気に入りが貰えるのもなんだか申し訳ない。
基本的にフォローは昔から小説を書き始めた当初からのファンの方、作家の先輩方や声優さんやお世話になっている人たちしか返さないのでフォロー数は400人にもとどかない。それにくらべフォロワー数は12000を少し超えたところ。アニメ化すればもっと増えるだろう。
フォロワーが増えてくれればアニメを見てから原作を読む、なんて人も中にはいるだろう。
そんな人が増えてくれれば、俺も創作意欲が沸いてくるというものだ。
そろそろお仕事するから。また夜くらいには浮上するかもね。そんじゃ、またなー
こいつら監視してるのかってくらいリプライが早い。
お仕事がんばってくださいツイートを一通り眺めた後、アイフォンを自室のデスクの脇に置き、パソコンを起動させた。
「そういえばノパソ貰えないんだった…」
どうしようかと悩み、修理に出すことに決めた。
しばらくこのキーボードの硬いパソコンと過ごすことになるが仕方ない。
ワードソフトを立ち上げ、書きかけのファイル『マキバetc F4』を開き、目を通す。
きちんと展開を思い出し、プロットを確認しながら修正を織り交ぜる。
キーボードを叩き始めたのは、それから十五分後だった。
翌朝、校門で後ろから声を掛けられた。
「あ、天木先輩!おはよーございまーす!」
「おお…玉崎。おはよう…霧島は一緒じゃないのか?」
「結衣ちゃんはだいたい時間ぎりぎりにきますよー。残念でしたね!」
寝不足気味で細くなった目を後ろから来た女子に向ける。
玉崎美樹。アニメ製作部所属の一年生。霧島と同級生だ。小さな背丈とアホ毛の立った黒髪が特徴的で、割りと固有名詞や人物名を覚えるのが下手な俺でもそのアホ毛で覚えることができた。
脚本家志望でいつもなにかとメモをとっている。大事だと思う。そういうの。
霧島が声優をやっていることを知る数少ない人物。しかし俺が作家であること、今度俺の作品がアニメ化され、それに霧島が参加するかもしれないことはまだ知らない。というか言ってない。
若干ラノベ脳で授業中も時間の大半を妄想に費やすそうな。気持ちは凄く分かる。俺もそうだ。作家と脚本家という似た職業同士だからか、親近感を感じた。そのせいか、クラスの女子と違って普通に話せる。
「何が残念なんだ?」
「え?先輩と結衣ちゃんって付き合ってるんじゃないですか?」
すぐこんな事を言うやつなんだと、だいたい分かった瞬間だった。
「んな訳あるか。俺と霧島は知り合ってまだ間もないんだ。てか、雰囲気で分からないか?」
「そうなんですか…すいません、分かりませんでした」
「謝んなくていいけどさ…ところで、部活って毎日行かなきゃダメなの?」
玉崎はんーっと悩んだ後、明るい声で言った。
「そうですね!ほぼ毎日です!ついでに言えば土曜日もちょっとだけあります!」
絶望だ。
「ああー…先輩、今絶望だって思ったでしょ?」
「…なんで分かった」
「顔に書いてありましたし!」
「ああそうかい…」
「心配しなくていいですよ!先輩は入ったばかりだからすることなんかありませんし!」
「それはそれできつくないか?なんかやらせろよ」
「いきなりやらせろなんて…先輩のヘンタイさん!」
「その言葉はそっくりそのままお前に返すぞ。ヘンタイはお前だ。ラノベ脳め」
隣を通った生徒にすんごい睨まれた。まあ、ヘンタイとはいえ、そこそこ可愛い女の子とこんな話してればそりゃ羨むか。アホらしい。
「それじゃあ先輩。また放課後、放送室で会いましょう!では!」
「おう、またな」
昇降口で玉崎と別れ、生徒で溢れかえる廊下をぶつからないようにスイスイと教室まで移動する。
教室に入るスライド式の扉の前に溜まっていたヤンキーかぶれのDQNを無言の威圧で退け、教卓から遠い窓側、一番奥の席に座った。暖かくなってからは日差しが睡魔と共闘することもあるエリア51だ。
空き時間にすこしでも小説を進めておきたいものだがこんなところでいきなりノートパソコンを開くわけにもいかない。そんなことしたらタダの痛いヤツ認定されてしまう。
ちなみに、風の噂では『ポメラ DM100』という文章を書くためだけの端末があるらしい。乾電池で動くし小さいしでなかなか使える、との評判。気になるな。
予鈴が鳴り、担任の科学教諭、佐々木が薄くなりかけた頭頂部を抑えながら小走りで現れた。
学級委員が号令を掛けて、生徒がいっせいに立ち上がり、礼をする。
佐々木教諭が簡単な連絡を始めた頃、ズボンのポケットがブルブルと震えた。
ホームルームが終わり、アイフォンを確認すると知らないメールアドレスからメッセージが届いていた。
題名は無く、メッセージも一言、『昼休み、放送室に来てください』のみ。
この時点で大方差出人は分かったが、俺はこの差出人に連絡先を教えていない。おお怖。
あんまり携帯を弄っていると注意されかねないので、ポケットに入れた。
椅子に深く腰掛けてため息をつき、読みかけの文庫本を机から出した。
物語を読み進めていくのと同時進行でなかなかイカした表現やとんちの効いた表現を覚えておく。後で執筆に使うためだ。これも大事なお仕事。
朝のささやかな読書タイムは、一時間目が始まるまで続いた。
睡魔と壮絶な闘いを繰り広げた午前中の授業が終わり、半ば忘れかけていた放送室に向かった。
階段を二階、三階と上がっていき、三号棟の一番奥の放送室にたどり着いた。
前回のようなことがあってはいけないので二回ノックした。すると、
「はーい」
と、かわいらしい声の女の子が応対してくれた。霧島だった。
「あ、先輩。メール見たんですか?」
「そうじゃなきゃわざわざ自分からこんな辺境まで来ねえよ」
「まあいいじゃないですか。とりあえず入ってください」
霧島に誘われるまま放送室に足を踏み入れた。
放送室の奥にある小窓は開けられ、そこから気持ちのいい風が入ってきていた。
「あ、天木先輩!朝振りですね!」
小窓の近くにこしらえられた机に相変わらずのアホ毛が立った玉崎がいた。その手には弁当箱。机には国民的人気キャラクター、マッキーの弁当袋が二つ。どうやら霧島と玉崎はここで昼食を食べているらしい。
「先輩もここでお昼ですか?」
「さあな。分からん。てかまだだ。 で、霧島。何の用だ」
近くにあったパイプ椅子に腰掛ける。
霧島はもごもごとむさぼっていたバームクーヘンをごっくんと飲み込み、話を始めた。というか、飯の前にバームクーヘンかよ。
「そうでしたそうでした。先輩にこのアニメ製作同好会改めアニメ製作部の活動を説明しようと思いまして」
「なるほどな。別にいいけど手短に終わらせろよ?さっきも言ったけど昼飯まだなんだ」
霧島がため息をついてつらつらと話し始めた。
「私たちアニメ製作部は……まあ機材もあまり無いのでテレビのように動くものを作っているわけではありません」
「というと?」
「イラストをスライドショー形式で映して、そこに声を当てていきます」
「なるほど…」
霧島は一口お茶を飲むと、続けた。
「私たちアニメ製作部は現在先輩を含め五人の部員を擁しています。それぞれ役割があって、美樹は脚本とプロット係、二年の本谷姫香さん…は留学しちゃってますがイラストを担当してもらっています。かなり絵が上手です。それと…」
「それと?」
「地下街のアイドルが一人、声優として在籍しています」
ドヤ顔で言われた。
「…へえ」
「あれ?反応薄くないですか?アイドルですよ?アイドル。かわいいですよ?」
「アイドルって苦手なんだよ…あの貼り付けたような笑顔が」
「む、失礼ですね……先輩放課後空いてますか?」
「あ?なんでだよ」
「見に行きましょう」
「は?」
「見に行きましょう。うちのアイドルを」
これから長いこと続いていく聞くに堪えない口論が始まると、玉崎はふふふ、と笑うと卵焼き一つを口に頬張った。
「不幸だ」
「いいじゃないですか。部員に自己紹介しなきゃいけませんから。ついでですよついで」
放課後、俺と霧島は神宮高校の最寄り駅にいた。俺の手には都市部に向かう電車の切符が握られていた。
「なんのついでだ。俺だって暇じゃないんだぞ。帰って続きを書かなきゃいけないんだ。一応これでお金も貰ってる身なんだよ」
「うっ…それはそうですけど…」
霧島は弱いところを突かれて返す言葉も無いようだった。
腰の辺りで指を絡めて弱々しくうつむく姿を見ると、少しだけ言い過ぎたな、と思った。
「…まあ、なんだ。帰っても続きは書けるし…ごめん、言い過ぎた」
冷えピタが人の肌に触れていれば温まるように、俺はある程度の関わりがある人間には普通に接する。ちゃんと謝ることもできる。いままでそんな関係を持った友人と呼べる存在はネット以外にはいなかったけど。
「え?何謝ってるんですか?」
けろっとした顔で霧島が俺を見上げた。
「……なんでもねえよ。電車来たぞ、行くぞ」
「先輩なんで乗り気なんですか?どういう心境の変化ですか?」
トテトテとついて来る霧島にでこピンし、適当な席に座った。
霧島がおでこを抑えながら向かいの席に座り、四人がけの二人使用という贅沢な構図になった。
日も傾きかけた午後五時半、電車は都市部に向けて走り出した。
「先輩、これどうぞ」
「ん、ああ。サンキューな」
出発して五分ほど。霧島からアメを貰った。
アメを口に放り込んで窓の外を見ながら甘さを堪能していると、ガラスに映った霧島がじーっとこちらを見ているのに気がついた。
「……なんだ?」
あんまり見られるのも気恥ずかしい。振り向いて言った。
「い、いえ…なんでもないです。はい」
顔を赤くしながら先ほどから読んでいた文庫本に目を落とした。と思ったら話しを始めた。
「先輩…いくつか質問いいですか?」
「急だな。内容によるぞ」
「大丈夫です。多分先輩を困らせるような質問じゃないですから。 先輩はいつ頃から…小説を書き始めたんですか?」
最後の方は小声だった。一応作家であることを気にしてくれたんだろう。優しいやつ。
「そうだな…順を追って説明していくと…」
質問されたとはいえ、自分からこんなに話したのは初めてではないかと思うほど、喋った。
俺が小説を書き始めたのは高一の春の事だった。
俺が通っていた中学校はめずらしいことに中三でもクラス替えがあった。
その影響で、かろうじて仲がよかった田中君(仮名)ともクラスが離れてしまい、いつのまにか独りになってしまっていた。
最初のほうこそ田中君のところにも行ってみたが、いつ頃からか避けられるようになった。
そこから俺は、学校での人との関わりを自ら断った。今思うと、相当アホなことをしたなと思う。
家以外で口を開くことは無く、いつもむすっとしていたと思う。
幸い成績が多少良かったので落ちぶれることもなく、ただただ無駄な毎日を過ごしていた。
受験勉強と同時にせいゆう部の方にも行かなくなり、家に帰ってもアニメを見るか、本を読むか、勉強すかしかしなかった。
受験も終わり、無事に志望校である神宮高校に合格してからは、それこそ空虚な時を過ごしていた。
そんなある日、行きつけの本屋にこんなチラシが張ってあった。
『新人作家募集!君も小説家になってみないか!?』
やたらデカデカと張ってあるものだから思わず見入ってしまった。
「あ、天木君。小説家に興味あるの?」
本屋のバイトがそんなことを言った。
「別に…興味ないっす」
「えー?でも天木君はいっぱい本を読むんだから、結構書けると思うよ?しかも、この賞に受賞すれば賞金最大三百万だよ?」
「三百万も!?」
「そ、そうだよ。君ゲンキンだね…意外と」
そんなわけで、俺は小説を書き始めた。
とはいえ、最初からすらすらかけるはずも無かった。その辺はバイトにいろいろ聞いた。
最初は異世界モノを書いて、小説投稿サイトに投稿した。
バイトの異常なやる気と添削や校正のお陰か、そこそこの評価を貰える程度の作品を書くことができた。実はまだひっそりと続けている。主に二週に一回の間隔で。
これを機に俺は、実体験と妄想を元に牧場モノを書き始めた。それこそ今アニメ化されようとしている『マキバと馬とエトセトラ。』だ。北海道の叔父さんが農業高校の先生をやっているのが大きな要因だった。旅行ついでにロケハンできて得だった。
「へえー。先輩の叔父さんは先生なんですか」
「畜産のな。動物大好きなんだよ」
口の中が乾いたので駅で買っておいたコーヒーを一口飲んだ。
「先輩が小説を書き始めた理由は分かりました。そのあとの、デビューまでのことも聞いてもいいですか?」
「ああ?仕方ないな。よく聞けよ」
ここまで話しておいて最後まで話さないのももったいない。本当は聞かれなくても話すつもりだった。
結果から言うと、張り紙にあった賞には間に合わなかった。
しかし、俺は書くことをやめなかった。もうこの頃には、書くという行為が楽しかったんだと思う。
間に合わなかったのは結果的に良かった。
次の賞はだいたい六ヶ月後。
この間に書きまくった。一ヶ月に一度バイトと会って添削、校正を繰り返し、A4のコピー用紙に印刷。紐でまとめて出版社に郵送した。
結果が分かるのに思ったより時間はかからなかった。
『天木ヨウスケ先生?ああ、良かった良かった。先生の作品、良かったですよ。ええ、簡単に言えば入賞です。天木先生の作品が、金賞に入賞しました』
やや落ち着きの無い担当編集者、まあ今となってはお世話になりっぱなしの橘さんが電話を掛けてきた時は、正直信じられなかった。
はあはあ、ほうほうと相槌を打っていると、
「あの、先生?」
「はい、何でしょう」
「聞いてますか?」
「すいません、状況が飲み込めなくて…」
「まあそりゃそうですよね。とりあえず、これだけは飲み込んでください。天木先生の作品、『マキバと馬とエトセトラ。』が入賞しました。金賞です。賞金やデビューの話がしたいのですが、天木先生は未成年なので親御さんと一緒に本社まで来てください」
おおよそこんな事を言われた。
翌週の日曜日、母親を引き連れて東京に向かった。案外素直に信じてくれたおかげでスムーズに事は運んだ。本当は羽を伸ばしに観光の方に行きたかったのだろうが。
説明を受けている段階で母親は、
「へえ、あんた小説なんて書いてたのね。いいじゃないやってみなさいよ。どうせなら印税だけで暮らせるようになりなさいよ」
と随分お気楽なことを言っていた。
「そうですよ。小説家なんてそう簡単になれるものでもないですよ。やりましょうよ。学業の邪魔になるような事はないですよ。多分」
ここまで後を押されてやらないのももったいない。
こうして、俺は小説家デビューした。この頃は、自分の作品にアニメ化の話が持ち上がるなど思ってもいなかった。
「なかなか面白い話でした。ありがとうございます」
にこっと微笑みかけられた。可愛い女の子が笑ってる顔って幸せになるな。
「トントン拍子で話が進みすぎて最初はドッキリかと思ったけどな」
「テレビ局も一般人相手にドッキリは仕掛けませんよ」
霧島は意地悪そうな顔で言った。
「揚げ足を取るな。言い返せないだろ。 ……そういえば霧島は、なんで声優になったんだ?」
霧島の顔が固まった。まずいこと聞いたか?
「え?わ、わたしですか?そ、そそそそうですねー?ア、アニメが好きだったので!」
「なんだそのわざとらしい言い回しは!」
「わざとらしいってなんですか!これでも声優ですよ!?演技には自信があります!」
「今はそっちじゃない!お前が…!って着いたんじゃないか?」
「あ、そうみたいですね。行きましょうか」
「変わり身の早さもすごいなお前……」
プシューと気の抜けた音と共にドアが開く。
仕事帰りのサラリーマンの流れに乗って駅の外まで出ることができた。
久しぶりにやってきた駅前は相変わらず空気が悪く、絶え間なく車とバスが往来していた。
高層ビルが立ち並ぶコンクリートジャングルの中にぽつんと開けた駅前の広場の中を霧島に付いて歩いていく。なんとなく、その小さな背中が頼もしく見えた。
横断歩道に並ぶかと思うと地下に続く階段に踵を返した。
「こんなところにアイドルがいるのか?」
「こんな駅前の一等地じゃありません。言ってませんでしたが少し歩きますよ」
霧島は申し訳なさそうに笑いながら頬をかいた。
少しがっかりしたものの、この霧島結衣という人間に慣れてしまったのかめんどくささとかイライラした感情は起きなかった。だんだん環境適応力が高まってきたな。このまま高めていけばパンデミックになっても生き残れそうだ。そんなことを考えながら、霧島の背中を追った。
さあ、次回いよいよ地下街のアイドルが登場します。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
是非次回もまたお会いしましょう!




