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入部

僕は文章を書くのがあまり得意ではありません。つまり練習中です。

僕は今、定職に就いていますが、ある夢があります。

人生で一冊でも本を書き、書店の店頭に並べることです。

それを高校生で成し遂げた主人公。うらやましいです。

ここで長々と語るのもアレですし、そろそろ終わりましょう。

是非あとがきでお会いできるのを楽しみにしています。ではでは。

 メディアミックス。

 あまり聞き慣れない言葉ではあるが俺にとっては待ちに待ったものだった。

 メディアミックスとはその作品の映像化。例えばアニメやドラマなどのテレビ系の娯楽メディアを通して多数製作することで新たなファンの獲得、グッズ商品などの販促を促進するという手法。らしい。

 らしいというのも俺もあまり良く知らない所為で、なんとなーく覚えた結果だ。それはどうでもいい。

 俺の名前は天木洋介。神宮大学附属高等学校の二年三組。一般の人間。

 ついでに言えばとある出版社で兼業作家をやらせてもらっている。ペンネームは下の名前をカタカナにしただけの『天木ヨウスケ』。主にライトノベルと呼ばれる中高生向けの作品を書いている。出した作品は四作品。内三作品はシリーズ物で今でも続いている。ちなみにもう一つは新聞で短編を書かせてもらっていた時の短編集だ。

 今回、シリーズ『マキバと馬とエトセトラ。』が思いのほかヒットし、めでたくアニメ化することになったのだ。

 あらすじは感情の起伏の乏しい主人公、牧場コウタが元々農家の実家を継ぐために農業高校に進学。そこで出会った非農家ながら農業高校にやってきたヒロイン、高木ホノカと動物や作物を通して自身の可能性に気づいていくというものだ。

 その中でコウタの感情の変化、ホノカがコウタに、コウタがホノカに対する想いが日々募っていく描写などなど、恋愛経験の無い俺が妄想全開で書いたものが何故か高評価を受け、出版、アニメ化された。

 アニメ化の話を聞いた時は嬉しさのあまりツイッターのタイムラインを荒らし、フォロワーが減った。

 そんなこんなでめでたくアニメ化作品(予定)持ちの作家となれたのだ。

 計画がどんどん進んでいくうち、ある日監督からこんなことを誘われた。

 このアニメを新人声優の発掘に使わせてくれないか?

 こんな事が他の作品で行われているのかは分からない。監督の考えていることもだ。

 俺はまだ学生で、これからさっさと独立して食っていこうという気もない。売れた分の印税は学費に当てたり妹に何か買ってやろうと思っている程度だ。新人発掘というのも声優業界の発展につながるのならと了承した。

 そんなわけで監督の言うとおりにヒロインや脇役に新人の声優さんが多数起用された。

 声優のオーディションの日。俺は現場にいた。

 音響設備のある部屋に通され、お世話になっている総監督の松平さんにあいさつをする。

 しばらくしてオーディションが始まった。『マキバと馬とエトセトラ。』から引用した台詞をキャラクターごとに分けて演じてもらう。

 自分の考えたキャラクターに声があてられ、新人オーディションと言えども感動のあまり早くも目頭が熱くなった。

 そんなわけで、緊張しまくりでまともに話せていなかった気もする。それでも、声優さんたちの演技力、新人といえども迫力のあるものだった。監督が言った新人でも才能のあるやつの声は体に響いてくる、という言葉にも納得がいった。

 しかし、その中で少し変わったやつがいた。

 どこかで見たことのあるかのような茶色の癖毛を肩の辺りで揃えられた髪の毛に大きな黒目、赤いチョーカーを首に嵌めた犬のようなその娘は決して腹の底に直接響くような声色でも、透き通ったオペラ歌手のような声色でもない。

 それでも、俺はただただ魅了されてしまった。

 気になった声優はチェックをつけておけ、と監督に渡された紙に真っ先にその娘の名前にマルをつけた。

 アフレコが終わり、家に帰ろうと音響室を出たところで後ろから呼び止められた。

 茶色い癖毛の首輪っ娘、霧島結衣はそこにいた。

 俺は、その場で初めて声優という方たちの本当の器用さというものを知った。

 そしてこの出会いが、どんな物語よりも奇っ怪で摩訶不思議なお話になるとは夢にも思わなかった。

 霧島のあの声だけが、いつまでも脳の内側に残っていた。





 アニメ製作同好会


 夕暮れの丘にたたずむ校舎っていうのはどうにも苦手だ。

 部活に向かう渡り廊下をダラダラ歩きながらそんなことを思った。

 何処からでも青春の匂いが漂ってくるから、とかが主な理由だ。実に性格の悪そうな回答だ。

 運動場を見れば甲子園を目指す野球部が日々練習を重ねている。それを影から見守る女子マネ。悪寒がする。マップルでも読んでみなみが甲子園に連れて行ってやれ。新大阪まで行けばあとは乗り換え一本で最寄駅だぞ。

 文化部の集まる三号棟を見れば吹奏楽部や書道部、文芸部はもちろん、占い研究部、化学実験同好会などがある。なんでこう私立高校はこんなに部活が多いものか。体育館前では和太鼓部、昇降口前ではダンス部、体育館ではバレー部にバスケ部、卓球部。バトン部なんてのもある。

 作家から見てみればネタに使えそうな部活もあるものの、決して面白そうだとは思わなかった。

 もともと人と関わる事が苦手だったためだ。そのせいかいつも妄想ばかりしていた。結果、兼業作家という生きがいのようなものにも出会えたので終わりよければすべてよし、というやつか。まだ活動は終わらせたくないぞ。

 そんな人間として冷えピタ並みに冷えた俺が、どうして部活なんかに入ってしまったのか。

 別に弱みを握られたとか、好きな先輩がいるとか気が変わったとかではない。あれは確か数学の追試に行った時だったか。


『お前なあ…いくら文系だからってこの点数はひどいぞ…もっとがんばらんとな』

 数学教師の国木田がため息混じりに愚痴を零した。

『留年にならない程度にがんばってるじゃないですか』

『そういう問題でもないだろ。お前の志望校の推薦基準に届かんぞ』

 この言葉に俺は猛烈に反応してしまった。

『マ、マジすか!?』

『ああ。大マジだ…知らなかったのか?』

『知るわけ無いじゃないですか!うわあー…どうしよ…』

 そう言って頭を抱えると国木田はニヒルに笑い、小さな声でこんな事を言った。

『まあ、あの部活で結果を出せば一発で推薦決まるんだがな…天木には無理か』

『先生、今なんと?』

 国木田はそれかかったと言わんばかりに話し出した。

『あ?ああ、俺が顧問をしているアニメ製作同好会は一人すごい奴がいてな。そいつのお陰で毎年なんか良く分からない賞を取ってきてるんだ。だからお前がそこに入って部員になればその賞が実績として評価されるんだ。どうだ?』

『でも俺…部活嫌いっす。入ったらもうカタストロフです』

『まあそうつっけんどんにするな。所属さえしていればいいんだ。別にあと一人で部に昇格して部費が下りるとかそんなのじゃないからな』

『動機が不純じゃないですか…でも幽霊部員でいいのか…』

『ついでに言えば、備品のパソコンが支給されるぞ』

『先生。入部届けを』

『毎度あり。追試終わったらな』

『うわ忘れてた!』


 と、こんな感じだ。完全に乗せられていたな。でもパソコン支給はおいしいぞ。

 実は今執筆に使っているノートパソコン、lenovo B590は結構前に買ったものだがキータッチが軽くてものすごく使い易く、メモリも多く、通信速度も速く、画面も大きいのでお気に入りとして酷使していたところ、ついこの間起動してもウンともスンともいわなくなってしまった。

 バックアップはとってあったものの、予備のパソコンはキーボードが硬くあまり使いたくない。

 支給されるのはlenovo B500というwindows8のノートパソコンらしい。lenovoを支給するとは会長さんもなかなかいい趣味をしている。今度飯でも奢ろう。印税で。

 幽霊部員なら部室になど行かなくていいと思っていたところ、国木田が最初だけ顔を出しておけ、と余計なことを言ったため無駄な体力を消費する羽目になった。まあ、パソコンの嫁入りの時くらいはしっかりやっておこう。婚約破棄はもっとも避けるべき事態だ。持ち主と愛の逃避行なんて許されない。

 三号棟の最上階、角部屋の放送室のドアをノックし、そこそこに重たい扉を開き、中に入る。

「こんにちはー…」

 決してコミュ障ではないものの人と話すのは苦手だ。

 恐る恐る入ってみたが誰もいない。もぬけの殻だった。

「誰もいないのか…一旦職員室に戻るか…てかもう明日でいいか」

 そう独り言を吐いて回れ右をしようとした時だった。

「…っあん!……ダメ…だよ…そ、んな……あっ!……」

 何処からか喘ぎ声のようなもの、というか喘ぎ声が聞こえてきた。

 規則正しく聞こえるピンク色の声に一瞬思考が停止した。再起動に数十秒。lenovoよりも遅い。

 よく考えれば三階角部屋という誰も来ないような辺境ならばありえることだ。顧問はあんな放任ジジイだし。

 胸の底が熱くなり、苦い水が喉を満たす。俺はリア充臭がすごいものを見たり聞いたりすると吐く。リアルに吐く。ここ五年で三回ほどリバースした。それほどでもないな。まあそうなる前に避けてたし。

 早く出ようと扉に手を掛けた時、一つ気づいた。この同好会の会員は四人。聞いたところによると全員女生徒。男子はいない。でも喘ぎ声。

 …なんか嫌な予感がする。考えすぎかもしれないが、この学校にそんなクズ野郎はいないと思っていたが分からないぞ。

 しかし、もし違っていてもなくてもそれはそれでとてつもなくめんどくさい事にならないか?

 そう迷っている間にも声は激しくなっていく。放送室が防音で良かったな。

 とりあえず先生を呼ぼう。もし声の主が先輩とかだったらパソコンとはおさらばだ。婚約破棄だ。

 踵を返し、扉に手をかけた。そのときだった。

「結衣ちゃんおっはーー!!!」

「ぶほっ!!?」

 元気良く入ってきた、制服のリボンを見る限り一年生の背の小さな女の子の扉開け攻撃が顎を捉えた。そのまま床に沈む。

「う、うわあ!?だ、大丈夫ですか!?てかどちら様ですか!?」

 泡でも吹きそうな激痛の中、何とか起き上がる。

「あ、ああ…入部希望者だよ…ちくしょうめ…」

「す、すいません…せ、先輩さん?でいいのかな…」

 一年娘はネクタイの色を見て、言った。

「そうだな…俺は二年だ」

 背丈の小さな一年娘は手を差し伸べてくれたので立ち上がる。

「先輩入部希望って言いましたよね?」

「言ったな」

「ならまず結衣ちゃんに言わなきゃですね!結衣ちゃーん!」

 一年娘が奥の録音室に向かい始めた。

「お、おい!そっちは…!」

 一年娘はがっちゃんと録音室の扉を開けた。アニメのようなきれいな喘ぎ声がこっちまでクリアに聞こえた。

「うわあ!びっくりした!部活始まるっていうのにエロボイス録音しないでって言ってんじゃん!」

 録音?どういうことだ?

「こっちのほうがびっくりしたよ!ノックくらいしてよ!!」

「それより、新入部員来てるよ!二年の人が!」

 ここで一年娘が俺の存在を伝えた。

「え!?じゃあ今の聞かれたの!?いやだ!出たくない!!し、死ぬ!!」

 何処かで聞いたことのあるあの声がした。

「部長がそんなのでどうするの!ほら行くよ!」

「いや!いや!いやぁぁぁ!!!」

 一年娘がズルズルと声の主を引っ張って連れてきた。なるほど、そういう行為じゃなかったワケだ。良かった良かった。当の本人はそんな様子でもなさそうだ。最後まで抵抗してるし。

 しかし抵抗虚しく目の前に声の主は出てきた。

 涙に濡れたその大きな黒目は、まっすぐ俺を捕らえた。茶色の癖毛を肩の辺りで揃えられた髪の毛に大きな黒目、赤いチョーカーを首に嵌めた犬のようなその娘は間違いなく、

「霧島…結衣…」

 その人だった。

 霧島はぽかんと間抜けに口を開き、何故かすぐ笑顔になった。

「良かった…まったく知らない人じゃなくて」

「良かったの!?ガッツリ喘ぎ声聞いたけど!?」

「それはまあ、先輩じゃなかったら今ここで舌を噛んで死んでます」

「なんで俺ならいいんだよ…」

「先輩はこちら側の人間ですから」

 真顔で言うもんでちょっとびっくりした。まあ考えたらそうか。仕事でやってるかも知れないし。こいつが普段何をやっているかは知らないが。

 そして一人状況を飲み込めてなさそうなアホ毛の立った背丈の小さな一年娘は小首を傾げて不思議そうに言った。

「あれ?お二人は知り合いなんですか?」

「ああ、霧島は俺の書いた…」

「あ!天木先輩、手擦りむいてます!」

 霧島はわざとらしくジェスチャー混じりで言った。右手の甲を見てみると、なるほど少しだけ擦りむいていた。でも、このくらい気にする程度でもない。舐めておけば治る。

「ああ、ホントだ。でもいいよ別に」

「だめです!作家は手が命ですよ!」

 霧島と俺の会話を訳が分かってなさそうな顔で一年娘が眺めている。

「と、とにかく!私は先輩を保健室に連れて行きます!美樹は早く原稿終わらせてください!」

 そういうと霧島は擦りむいていないほうの手を持つとスタスタと歩き始めた。

「お、おい!霧島!?」

「あ、ちょっと!結衣!」

 美樹と呼ばれた一年娘は呆然としたままもぬけの殻になった放送室に取り残された。

 はぁ、とがっくり肩を落とし、とりあえずと言わんばかりに霧島が先ほどまで録音していたエロボイスを再生し、恍惚の表情で、

「ああ…捗るなあ…うふふ…」

 と体をくねらせていた。


 所変わって保健室。

 保健教諭は用事か何かだろう。今は出払っていなかった。

 霧島ははあはあと息を荒くしながら俺を保健室に押し込み、勢いよくドアを閉めた。

 落ち着いたところで霧島が切り出した。

「あの…一ついいですか?」

「…なんだ?」

 すこし身構えてしまった。それを読み取ったのか、霧島は目を泳がせながら恐る恐るといった感じで少しづつ話し始めた。

「本当に…あの天木ヨウスケ先生なんですか?」

「ああ…そうだけど…ってかこの間会ったろ、スタジオで」

「そ、そうなんですけど、なんだか確信が持てなくて…」

 スタジオのことは二人しか知らない。それを聞いて霧島は安心したのか白いシーツの敷かれたベッドに座った。

「それで、どうして先輩はアニメ製作同好会に…?」

 パソコン目当てなんて安直に言ったらさすがにあれか…やめておこう。

「あ、あれだ。アニメ製作同好会に凄いやつがいるって聞いたからな。小説のネタにでもしようかと」

「先輩、それ今考えたでしょう?」

 霧島がジト目で睨んでくる。

「なっ!?そ、そんなわけないだろ。俺は作り話はするが嘘はつかない」

「同じようなものです!それより…」

 ジト目から少し潤んだ瞳になって訊ねてくる。

「…ほんとに、聞いちゃったんですか?」

 聞いちゃった、とは絶対アレだろう。

「ああ、聞いた」

「なんでそんなにサッパリしてるんですか!?もっと動揺しないんですか!?」

「だって、霧島は声優なんだろ?別に恥ずかしがることないじゃないか」

 さっきは平気そうだったがあれは同級生の前で強がっただけか。可愛いところあるな。

「で、でも…顔見られたら恥ずかしいし…秘密だったし…よりにもよって先輩に…」

「もうちょっとはっきり言ってくれ。聞こえない」

「…別にいいです、聞かなくったって」

 霧島は後ろを向いて目元を拭った。なんか、女の子を泣かせるって気分が悪いな。こんな気分は執筆に活かそうと思いました。まる。

「それより、先輩。入部は素直にうれしいです、ありがとうございます。ようこそアニメ製作同好会へ。これで同好会から部に昇格できます」

 おそらく営業スマイルだろう。総監督にもこんな顔してた気がする。にしてもこの子の笑顔は眩しい。わざとらしく視線をずらし、適当に切り上げる。

「まあそう言うな。そろそろ嫁入りの準備をしろ」

「はっ!?わ、わたしがですか!?」

 霧島は顔を真っ赤に染めフラフラとおぼつかない足取りになった。

「んなわけねえだろ…パソコンだよ。国木田がこの部に入ればパソコン支給って言ってたんだ」

「先輩の入部動機ってもしかしてそれですか…」

 む、ばれたか。まあいい。いずれバレる事だ。

「ほら、早く出してくれキリえもん」

「私をそんな国民的ネコ型ロボットみたいに言わないでください。あと、残念ですがパソコンは貰えませんよ」

「…は?」

 意味が分からなかった。視界がブラックアウトしそうだ。

「去年は理事長のお孫さんがいらっしゃったので学校の備品を支給できたんですけど、お孫さん、姫香さんっていう二年生の方なんですが、今はオーストラリアに留学中でいないんです」

 だから無理です。と起伏に乏しい胸を張って言った

「嘘だろ…嘘だ…嘘だといってくれ…そうだ!呼び戻そう!理事長の孫なら金持ってんだろ!」

「落ち着いてください先輩!話がだんだん汚くなってます!」

 ソファにどっかり座り込み、頭を抱える。

「国木田め…騙しやがったな…絶対に許さん…!」

「そんなところでいい声を使わないでください。もったいないです」

「俺がいい声な訳がない…ネットであれだけ叩かれたのに…」

 嫌な事を思い出した。その昔、といっても三年前。中学二年の頃、クラスの少しだけ仲の良かった女子に『天木君って結構いい声してるよね!』と言われたのが始まりで台詞を読んで投稿したり生放送ができるサイト、せいゆう部で『歌ってみた』を投稿していた時期があった。所詮勘違いした中学生、高校生、ヘタすると社会人なんかが自分の声色を変えて投稿しているようなものだったし、マイクの音質が悪いと『音質悪すぎwwwwww』と草を生やされ、いろいろ工夫して音質を上げてみると『音質の割に歌ヘタ杉クソワロタwwwww』と夏の川原並みに雑草で生い茂った。

 そんな除草剤も一瞬で干乾びるような罵詈雑言の草原の中でも、評価してくれる人間はいた。

 そのクラスの女子に言われたように、何人もの人が『いい声してますね!』『マジイケボ!』などと言ってくれていたのだ。

 それで、俺は生放送にチャレンジした。

 自分で言うのもなんだが語彙は豊富な方だったし、当時よく一緒に生放送をしてくれていた女性の方には『ヨウ(せいゆう部内でのハンドルネーム)さんの話おもしろいですね!』なんてコメントも頂いた。

 上辺だけのコメントでも、ただ素直に嬉しかった。

「先輩がいくらせいゆう部で叩かれたって知りません。声の本質は心に響くかなんですから」

「現役の声優に言われるとなんか説得力あるな…なんか元気出たわ」

 霧島はそれなら良かったです。と息を一つ吐き、消毒液とガーゼとテープを救急箱から取り出した。

「先輩、手、見せてください」

「あ?いいよ別に。痛くもないし」

「こっちが見ていて痛々しいんです。観念してください」

 ずいっと擬音のつきそうな勢いで迫ってくる。気恥ずかしいのでさっさと手を出した。

「痛ってぇ…やっぱしみるな。消毒つけすぎじゃないか?」

「全然です。私だって保健委員なんですから適量くらい分かってます」

「保健委員で声優…どこのエロゲヒロインだよ」

「主役ならやりますから台本書いてください」

「なんでやる気に満ちてんだよ」

「主役ならなんでもやる派なので」

「そこでドヤられてもな…あれか?霧島って意外と目立ちたがり屋?」

「絶対違います。というかありえません」

「じゃあ…結構エロいセリフがお好きで?」

「それこそ違います!声優としての経験を積みたいんです!えっちなのは仕方なくですよ!?仕方なく!!」

 霧島は慌てふためき、ガーゼの入っていたタッパの蓋を落とした。

 それを拾いながら小さな声で言った。

「でも…えっちなのは嫌いじゃないし…演じてて楽しいんですけど…」

「…霧島って案外ヘンタイなんだな。声優怖いわ」

「声優さんにはヘンタイが多いんです!仕方ないんです!!」

「今のものすげえ暴言だぞ!?干される前に謝っとけ!!」

「どうもすみませんでした!声優は健全なお仕事です!!」

 6センチ四方の大きめなガーゼを手にばっちんと貼り付けられた。

「いってぇ!俺の手に八つ当たりするな!」

 そんなこんなのなんだかんだで手の治療が完了し、やや怒り気味に頬を膨らませた霧島が立ち上がりスタスタと歩き始めた。

「先輩はこのあとどうするんですか?」

「どういう意味だ?」

「パソコン無しでこの部に残るか、です」

 そうだった。パソコン貰えないんだった。本来ならこの時点で俺がアニメ製作部に残る必要はない。国木田に言わせれば籍だけでも置いて欲しいのだろうが、そんなことは霧島たちには関係無い。

 パソコンが貰えるのだからこの部に入ったんだろう?さっさとやめちまえよ。嫌いなんだろ?部活が。

 という今までと変わらない無気力で、灰色で、冷えピタの如く冷めた自分と、

 目的が不純だったとはいえ入部してしまったし、現役声優がこの部でどんなことをやっているのか見てみたい。

 ましてや、自分の小説が原作のアニメに出るかもしれない声優なら。

 無気力の中から気力が生まれ、灰色に白が足された。

 今なら、変われるのかもしれない。

 当の昔に忘れた筈のかすかな望みが、心の隅で息をし始めた。

「…まあ、せっかく入ったんだ。飽きるまでいるよ」

「本当ですか?やめたら先輩の家のパソコンに開いたらえっちな声が出るメール大量に送りつけますからね?」

「まさかの脅迫!?しかもすっげえ陰湿じゃねえか!!」

 半分開いた窓からは金属バットの快音がかすかに聞こえていた。

 不思議と、吐き気は起こらなかった。




 その日の帰り、バスの中でアイフォンにイヤホンを繋ぎ、久々にせいゆう部を開いてみた。

 プロフィールのコメント欄には、かつて仲の良かった女性ユーザーからのコメントがいくつか入っていた。

 次はいつやりますか?とか、最近見ませんね?とか、当たり障りの無いことが書かれていた。

 それ自体も二年前のコメントだったので返信しても相手が覚えているはずはない。

「綺麗な声だったな…」

 その人のユーザーページを見ても投稿された声は残っておらず、すこし寂しくなった。

 そういえば、と思い出した。

「俺、霧島にせいゆう部やってたって教えたっけ…?」

 うーん、と悩んだところでバス停に到着したため慌てて降りた。

 精算する時になって定期が見つからず、後の乗客に迷惑を掛けた。

 逃げるようにバス停から去った時には、さっきの疑問は忘れ去られていた。

 夕焼けに染まる街に、パンザマストが響いていた。



どうでしたでしょうか。『メディアミックス成功論』。

自作小説を書き始めてだいたい一年ほど経ちました。

最初期から比べるとだいぶ自分の中で成長してきたのではないかと思います。

しかし、まだまだ下手の横好き感が否めなくもありません。

この小説を通して、上達していきたいです。

まだまだ続きがあります由、また読みに来てほしいです。

それでは、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

次回もどうぞよろしくお願いします!

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