ロボットの願い
この世界はあまりにも醜い。
それを知ったのは、どれくらい前のことになるだろうか。
少なくとも、彼女と出会ってから――ということになる。
彼女と出会って、私の人生は大きく変わったと言える。
「あなたは……最近疲れているのではないですか」
101階、ある一室。
私と彼女が唯一話せる、そして私が唯一この世界が素晴らしいと思える場所だ。
彼女は目が見えない。それは私が初めて彼女と会ってからだ。
彼女は目が見えない代わりに、私の仕草から私の様子を感じてしまう。
「……そうでしょうか」
私は告げた。
疲れていると、彼女に感づかれている。
それは彼女に知られてはならない。
この世界が、醜いことを知ってはならない。
「あなたは疲れている……そう感じるのです」
「そうでしょうか、あなたの勘違いにも思えますよ」
知られてはならない。知られてはならない。
醜い真実を、知る必要などないんだ。
「今日のおみやげです」
私は、そう言って机にそれを置いた。
彼女はそれを手探りで見つけ、持ち上げた。それを撫でて、形を確認していく。
そして彼女は漸くその形を理解した。
「この丸い形は……いったいなんでしょうか」
「それは、あなたの住む星を象ったミニチュアです。触ってみると、凹凸が解るでしょう。それは陸地であったり山地であったり海溝であったりするのです」
「素晴らしい……ものですね」
彼女はそう言って、ずっとそれを触っていた。
私は時計を見ると――そろそろ時間であることに気づき、立ち上がった。
「もう時間のようです。すいません」
「そうですか、……次はいつごろになるでしょうか」
「……約束は出来ません、私も忙しくなってしまって」
悲しいことだが、それは事実だ。
彼女の種族――『人間』は、遥か昔に滅んでしまった。
そして今は、彼女だけが人間唯一の生き残り――であると確認している。
しかし彼女はその事実を知らない。
もしかしたら知っているだけで、言わないだけなのかもしれないが、もし知らないのであれば伝えない方がいいだろう。
恐らく彼女は私がロボットだということも知らない。
私は声帯が人間の形に完全に模写されており、人間と相違ない声を出すことが出来る。
別に私が特別なのでなく、現代のロボットがそうであるだけなのだ。
「それでは、さようなら」
「ええ、さようなら」
そう言って、私は扉を閉めた。
私は思い出す。
かつて、古い型のロボットから言われたこと。
――人間はもしかしたら、ほかの星に移ったのかもしれない
それが真実であるならば、彼女をその星に移してやることが、私の仕事であるのではないだろうか。
そう、思うのだった。
△
また、私が少女の部屋に行く、ある日のことだった。
私は警察に捕まった。
「貴様は国家に反逆した」
そう言われただけだった。
私が何をしたというのか。彼女を救っていた……ただそれだけではないか。
「あの人間は……この世界を人間のものに戻そうと図っていた。そして、お前もその人間に協力していた。証拠はあがっている」
「彼女が……そんなことをするわけがない」
「洗脳されているようだ……」
警察のリーダーとなるロボットが、そう言うと、ため息をひとつついた。
「連れていけ、こいつはどうせ……もう長くない」
私は警察により連行された。
エレベーターに乗せられて、扉が閉まる前――私は見てしまったのだ。
彼女の部屋の床が、血に塗れていたということを。
そして、彼女の身体が――ズタズタに引き裂かれていたということを。