~潮風の音~
主人公の男の子と、気が強い女の子の、青春ラヴストーリ
ある日、自分の生徒に聞かれた
「先生のペン、新しくしないんですか??」
私は応えた
「このペンは、先生の彼女なんだ。」
そうですか。と言い残し、その生徒は教室を去った
誰もいなくなった、小さな高校の、小さな教室…
窓からは海が見え、潮騒が頭をくすぐる
“彼女”を手にして、小さな物語を書く放課後
教師となった今も、その趣は変わらない
深く息を吐き、ペンをノートの上に置き、椅子から立ち上がった
窓際に立ち、潮騒を浴びた
教室からも見える、砂浜と防波堤
誰にも教えられない、ペンをくれた人と、秘密の約束を交わした場所
私は、どうしても、この教室が良かった
潮騒になびかされ、ノートのページがめくれる
夕日が綺麗に当たる、自分の机
ペンと物語の題名が照らされた
目を閉じて、潮騒を聞くと、今でもあの夏の記憶が、脳裏を過る
自分を教師と言う夢に背中押ししてくれた、何十年も前の夏…
私と三人の友達と、三人の女性
思い出すと、アレが青春だったのだろうか…
机に座り、再び彼女ペンを持った
「今度の道徳の授業にでも、読んでやるかな…あの夏の事…」
ノートの表紙に書かれた題名…
それは…
私が高校一年の時の夏の日
今日で学校に来るのは最後
そう言う事もあり、私は屋上で少々サボっていた
「…剛太、起きて!!」
頬を何度も叩かれた
目を開けると、左にショートカットの女の子が見えた
「優恵か…どうした??」
「終業式始まるよ!!」
渋々体を起こし、目を擦った
「眠い??」
「いや、大丈夫…ありがとう。」
彼女は、私の横に座った
手には、何故か国語の教科書が
「漢字か??」
「うん。」
彼女の膝の上に教科書が置かれ、それにはしおりが一枚挟んであった
そのページを開けて、赤い線を引いてある所を見た
そこには“欠伸”と書いてあった
私は、それをやってみせた
「あ〜ぁ。」
「なっ、何??」
「分からねぇか??一応俺の授業だぞ??」
「のび。」
「違う。でも“び”は合ってるぞ。」
彼女も欠伸をした
「今、お前したぞ。」
「え!?“あくび”なの??」
「そうだ。」
「えへへ〜ありがと。」
胸ポケットからペンを取り出し、教科書に小さな字で“あくび”と書いた
「ホント、ここに来たら眠くなるね…」
膝の上に教科書とペンを置き、彼女は目を閉じた
「全く…お越しに来た奴が寝てどうする??」
右を見ると、彼女の寝顔が見えた
私の肩にもたれ、静かに眠っていた
「ヤエ、ヤエ。」
「ん??寝てた??」
「行くぞ。終業式、始まるんだろ??」
「うん。」
私達は体育館へ向かった
彼女の名前はヤエ
皆と居る時は、男勝りでほんの少々ワガママ
でも、私と居る時は、凄く甘えたで、天然ボケが出る
料理も美味しいし、可愛げがある
体育館に着くと、私達を入れて七人しか居なかった
しかも、同級生ばかり
「おせ〜ぞ!!」
航助が私の髪をくしゃくしゃにした
「悪い、寝てた。」
六人が同時に笑う
「はっはっは!!珍しいな、お前が昼寝なんて。」
「ホント、隅に置けないんだから。」
マイクを二度叩き、音の確認をする音が響いた
相変わらず、校長の話は長かった
航助は隣で鼻提灯を作って寝てるし
反対ではヤエが寄り添って寝てるし
「二人共、終わったぞ!!起きろ!!」
目を覚ました二人は、立ち上がった
「ありがと、剛太。」
「よく寝たぜ〜。」
と、二人揃って欠伸をして教室に戻って行った
私も立ち上がり、教室に帰ろうとした
「剛太さん。」
一人の女の子が、私を止めた
「鞠子、どうかしたのか??」
彼女の名前はマリコ
ヤエとは違い、髪の毛もヒヨコ色のロングで、性格もおっとりしている帰国子女
ヤエとまではいかないが、多少は甘えただ
「剛太さん、今日の帰り、ちょっと寄り道しません??」
まさかこれって…
「デート…とまではいきませんが…剛太さんがそう思うなら…」
「で、どこ行くんだ??」
「行ってみれば分かります。」
二人は教室に戻り、皆と帰る準備をした
「剛太、今日はありがと。」
「また分からん事があったら聞けよ??」
「うん。あっ!!これ。」
ヤエは上着を脱ぎ始めた
「いつの間に…」
「真夏だけど、潮風がね。」
渡された学ランを手に取った
「じゃあね、お先〜。」
手を振りながら教室を出て行った
「剛太さん、私、先生に呼ばれましたので…」
「あぁ、待ってる。」
「ありがとう。じゃ、ちょっと行って来ますね。」
いつしか、教室には自分一人となった
学ランを羽織る時、“自分とは違う匂い”に気が付いた
気になって、もう一度脱ぎ、学ランに鼻を当てた
「あ…」
ヤエ独特の匂いだった
胸いっぱいに息を吸い、それをゆっくり吐き出した
ヤエとすれ違う時に鼻をくすぐる、優しげな匂い
何故かもう一度近寄ってみたいと何度も思った
「剛太さん、行きましょ。」
次にマリコが来る時には、私は無意識に学ランを着ていた
「行こうか。」
「はい。」
誰にも言えなかった
ヤエの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ事など…
学校を出て、私はマリコの後ろを着いていった
「どこ行くんだ??」
「剛太さん、チラシは見ないの??」
マリコは鞄から一枚のチラシを出し、私の前に広げた
「アイスクリーム。」
「1人で行くのも何ですし…」
「ヤエとか他の奴らも居るだろ??」
「いっ…いけませんでしたか…??」
マリコの反応が少しおかしい
頬に血が廻り、淡い桃色に染まり
それを隠す様に左手を置き、私と眼を合わせようとしなかった
「暑いのか??」
“そういう事”に弱かった私は、そうとしか聞けなかった
「いえ、大丈夫です。行きましょ。」
そう強がる彼女だが、少々足元がおぼつかない
「マリコ!!」
「はい??」
「大丈夫じゃないだろ??」
「ちょっと暑いです。」
私は鞄から凍らせて置いたお茶を彼女に渡した
「飲んどけ。」
「冷た!!」
彼女を横で見ていた私はようやく気が付いた
デートだ
「マリコ、ほら!!」
「??何でしょう。」
右手を出した私に、マリコは戸惑っているようだ
「フラフラだから、その…急に離れないようにな。」
マリコは無言で私の手を取った
「もうすぐだから、大丈夫ですよ。けど、握っておきます。折角なので。」
本当に彼女の言った事は本当だった
すぐにアイスクリーム屋に着いた
「剛太さん、好きなの選んで下さい。」
「いい、おごるよ。」
彼女は首を横に振った
「私が誘ったんです。」
「じゃあ…チョコレートな。」
「はい。」
彼女は微笑んで店に走って行った
私は木製のベンチに座り、内ポケットから懐中時計を出した
まだ昼前か…
「はい、剛太さん。」
目の前にアイスクリームが差し出された
「おっ、ありがとう。」
懐中時計を内ポケットに仕舞い、アイスクリームを手に取った
私はプラスチックのスプーンでそれを口に運んだ
「美味しいですか??」
「食べるか??」
「ちょっとだけ。」
彼女の前にアイスクリームを出した
彼女は、それをスプーンですくい、小さく口を動かした
「美味しいか??」
「美味しいですねぇ…私もそれにすれば良かった。」
「イチゴも美味しいだろ??」
「えぇ…でも、ちょっと甘すぎます。」
「太る心配か??」
彼女は私の方を見た
ちょっと怒った顔で
「それが乙女に当てる言葉ですか??」
「悪かったよ。」
彼女は微笑み、急に立ち上がった
「行きましょう。」
私も立ち上がり、差し出された彼女の手を取った
「海が見たいです。」
「毎日見てるだろ??」
「海に行きたいです。」
「分かったよ。」
強引に連れて来られた海で、彼女は潮風を浴び、私は砂浜で寝転がっていた
そして、彼女が切り出した
「最後に見た私は、綺麗でしたか…??」
「??」
「フフッ…」
少し悲しげに彼女が笑う
私は不安になった
彼女が、何処か遠くに行ってしまいそうで…
「私、アメリカに行くんですよ。」
私の不安は的中した
「私、剛太さんの事、結構好きだったんですよ!?」
彼女の背中は、小刻みに震えていた
私は彼女の頭を撫で、彼女の両手を取った
「泣いたら、余計悲しくなるだろ??」
「うん…」
「だったら…もう泣いちゃダメだ。」
親指で彼女の涙を払い、内ポケットからあの懐中時計を出した
そして、そっと彼女の首にかけた
「俺の宝物だ。目的が済んだら、必ずここに帰って来てくれ。立派な、国語の教師になって、ここで待ってるから…絶対だ。」
「じゃあ、私、英語の教師になって帰って来ます!!」
いつの間にか、すっかり泣くのを止め、小さくガッツポーズをした
私はそれを見て、小さくうなずき、その場を後にした