音の標本
夏の音を集める、というのがそのサークルの活動だった。
入会したばかりの私は、会員たちについて河原へ行き、花火大会へ行き、遠い集落の祭りへ行った。みんな高価な録音機を提げ、風の音や水の音、遠い笑い声を録っては、うっとりと聞き返していた。「音の標本箱」という名の、穏やかな趣味の会だと思っていた。
月に一度の鑑賞会で、会長がその年の一本を選ぶ。今年選ばれたのは、真夜中の県道で録られた一本だった。
虫の声。遠くを走る車。風にきしむ電線。
その底の方に、女の声が沈んでいた。
助けて、と言っていた。何度も、何度も。やがて声は途切れ、あとには虫の声だけが、何事もなかったように続いていた。
私は思わず立ち上がった。これは事件ではないのか。警察に届けるべきではないのか。声が震えた。
誰も、動かなかった。
会員たちは、湯呑みを手にしたまま、静かに微笑んでいた。会長がゆっくりとうなずいて、言った。
「いい音が録れたね。今年いちばんだ」
そのとき、私はようやく理解した。この録音を録った者は、その場に居合わせていたのだ。助けもせず、通報もせず、ただ機械を回し続けていた。そして、それは撮影者ひとりの罪ではなかった。
鑑賞会の壁には、過去の受賞作が並んでいる。踏切の音。海の音。祭りの喧騒。——そのどれもの底に、消えていく誰かの声が沈んでいるのだと、今の私には分かる。会員たちは毎年それを持ち寄り、味わい、拍手を送ってきた。何十年も。
「来年は、君が録ってくる番だよ」
会長が、私の肩にそっと手を置いた。周りの全員が、優しくうなずいた。
断れば、私はもう、この部屋を出られないだろう。次の鑑賞会の一本に、私の声が沈んでいるだけだ。
私は録音機を受け取った。手が震えていた。虫の声の底で助けを求める、次の誰かの声を、私は黙って録りに行く。ちょうど、この人たちがずっとそうしてきたように。




