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第6話 それでも、帰すと約束した 第二幕


 翌朝。

 朝から誰がこんなに食べるんだと頭を抱えたくなるような量の朝食が、テーブルいっぱいに運ばれてきた。

 護衛は豹族と虎族にペアのままで、彼らは夜の間も離れることなくずっとドアの前に張り付いていた。

 グレイはまたもや彼らも同席させ、昨日の夕食の時と同じように4人でテーブルを囲む。


「それで、結論は出たのか」


 テーブルの上に並ぶ皿がほぼ空になったところで、シャールはたっぷりとミルクを入れた紅茶らしき発酵茶に口をつけながらグレイにたずねた。


「えーっと……それは……」


 分かりやすく視線を彷徨わせるグレイ。


「眠れないくらい考えた結果は、あの狐族が来てからでいい。その方が都合が良いんだろう、虎族、豹族?」


 シャールが言うと、護衛達は顎を引いて返答にした。


 狐族もグレイの返答が待ちきれないらしく、食後のお茶を堪能し終えた頃にはドアをノックする音と共に姿を現した。

 テーブルを挟んでグレイと狐族が向かいあい、護衛達は狐族の後ろに立つ。シャールはというと、所謂お誕生日席に椅子を移動させてそこに陣取っていた。


「それで? どうするんだ?」


 互いに言葉を出しあぐねているようで、だまりこくったままのグレイと狐族に、より正しくはグレイに向かって返答を促したのはシャール。彼としてもさっさと結論を聞きたいからだ。

 グレイはじっとシャールへとすがりつく様な視線を投げかけ、それからしゅんと肩を落としてから狐族に向き直した。


「俺は、俺が居たあの僧房に帰りたい。俺を拾って育ててくれたじい様や、お師様、仲間達もきっと心配している。シャールさんが俺を帰してくれるのなら、俺は帰りたい」


 グレイはそこで言葉を切り、小さく一息おいてから続ける。


「けど、一度だけ。それ以上は譲れない。一度だけあなたたちと一緒に戦う。俺が役に立てるかどうかは分からない。一度でどうにかなるかすら分からない。もし、この一度で魔物を討伐し瘴気を浄化出来たとしても、俺はここには残れない。出された条件には正直ぐらっときたけど」


 一晩中、ごろごろと寝返りをうっては溜息を聞かされ続けたことで、白か黒というよりもグレーソーンに落ち着くんだろうとは予測していたから、シャールはグレイの出した結論に、まぁこんなことだろうなと表情には出さずに心の中で吐き出す。

 そうと決まれば、グレイに付き合うしかない。

 グレイが討伐隊に一度参加すると返事したのだから、シャールはそれにつきあう。

 討伐隊にも参加することになるだろう。そうしなければ、グレイを守ることは出来ない。

 シャールの仕事は、CORGIの仕事は対象者を発見、接触し、帰ると決めた場合には元の界に帰すことだ。

 おそらく、討伐隊の出撃は“早急”にとはいかないだろうし、その程度は予測の範囲内だ。

 違法召喚者たちから見れば、救世主となるグレイを知らない間に連れ去ってしまう可能性のある不審者でしかないシャールを、彼らがどう扱おうとするのかすら大きな問題ではない。

 むしろ、確実にグレイを帰すために、狐族はじめ神官風たちの言う対象を討伐させるための“安全策”を講じなければならないことのほうが重要だ。

 神官風達の持つ情報だけでは不十分だ。

 グレイの身の安全を確保するためには、彼自身を“守護”するだけではなく、取り巻く環境を理解し情報を整理しなければいけないからだ。



「それが無理なら、ここを出ていく」

「了承できません」

「なら譲歩すべきだ。俺は、ここに留まって一度とはいえ討伐に加わると譲歩している。求めるばかりで何も与えないのは、ここのやり方なのか?」


 グレイの固い声に、ふと思考の海から引き上げられる。

 狐族を相手に交渉をしているらしいが、なにが論点なのかシャールには分からない。

 そっと狐族の後ろに立つ護衛達へと視線を向けると、虎族の方は半ば諦め顔で、豹族は僅かに眉間に皺を寄せているのが映った。

 そんな表情をするような無理難題なのかと、シャールは彼らの話しの内容に耳を傾ける。


「俺は事情を説明されて、正式に依頼を受けて担当に割り振られてのことならこんなこと言わなかった。あなた方は俺を“招いた”と言うけれども、俺にとってはそうじゃない。僧房への依頼もなく俺をここへさらったのだと、俺が認識していると理解すべきだ」


 グレイのその言葉に、シャールはご尤もなことだと心の中で頷く。


「しかも、違う街、違う国なんて以前に、俺が居た世界とは別の世界だなんて。帰ることができるかどうかも分からないなんて。どんなに困っていたにしても、人道的に褒められる行為でないと理解していてなおすがったのだと言われても、あなた方の行為が誰からも咎められることなく正当だとは俺には思えない」


 これにもシャールは心の中で頷く。


「シャールさんが居なかったら、俺は僧房に帰ることができない。シャールさんは初めから、俺を帰すために居るって言ってくれていた。俺がさ、どっちを選択するか、どっちを信頼するかなんて分かることだよな。俺は、帰りたいんだ」


 きっぱりと言い切るグレイに、これだけはっきり言い切る対象者に遭遇するのは久しぶりだな、と、やはり心の中でこそっと喝采を送る。


「ですが、その者が本当にグレイ様を元の世界にお送りすることができるかどうかなど」

「初めから“帰った”記録がないと分かってて“招く”なんてことするあなた方よりも、余程信じられる」

「その言葉が真実かどうかなど」

「シャールさんは出来ないことは言わない」


 論点の矛先がCORGIとしての自分へ向いたことを察し、シャールはそこにさっさと結論を叩きつけることにした。


「異界渡りが出来ることを証明すればいいのか? なら、グレイで証明すれば問題ないだろう」


 もちろん、送り帰したらこっちに連れてくることなんて無いけどな、と心の中で付け足す。

 グレイには届かなかったシャールの心の声は狐族には届いたらしく、若干ドヤ顔のグレイに反し、彼は分かりやすく眉間に皺を寄せた。


「……善処しましょう」


 苦々しく狐族。

 けれども、シャールには彼に言葉が何に対してのものなのかがつかめない。残念なことに、グレイと彼がどんな話をしていたのかまともに聞いていなかったからだ。

 グレイを見れば笑顔を見せているから、少なくとも彼にとっては良いことなのだろうという程度にしか分からない。

 その後しばらく彼らに話しに耳を傾け、その内容を要約すると……。


 討伐隊を組み、グレイは一度だけそこに参加する。

 討伐出征に当たり、グレイが求める情報があれば開示すること。

 その結果の如何に関らず討伐が済めば、シャールに元の界に帰してもらう。

 討伐までの滞在中は、グレイに対し可能な限り便宜を図ること。

 グレイに護衛をつけること。

などなど。


 互いに出した条件の落とし所の確認で、グレイの案がほぼ通っているが、いくつかは狐族が押し切っている案もあった。

 中には、シャールのことも含まれていた。

 狐族はシャールをここに留め置くことには反対なのだが、グレイがごねにごねた結果、最終的にはグレイとは別の部屋を用意するところで落ち着いた様だった。

 これにはシャールもほっと息をついた。

 腹をもふられる危険が低くなったからだ。

 他には滞在中、軍部に話しを通して訓練場を解放することや、訓練自体も軍部の者たちを相手に使ってもいいということなんかも内容に盛り込まれていた。

 隠していることはありそうだが、聞いている限りは、あからさまにグレイに不利な条件はない。


 その後、改めて知らされる。

 戦力と森で成り立つ小国で、瘴気に侵された森は、国の命脈そのものだった。

 森が侵されれば、民が困る。それはやがて、国そのものを蝕む。

 調査隊を送り込んだ末に判明したことは、魔性化したロールベアの変異体とみられる上位個体の存在。瘴気を呼び込み、ほかの魔獣たちを従えているとも。

 既に数度の討伐隊を送ったが、成功には至らず、打開策として禁忌に近い“召喚術”が選ばれた。

 術式を行ったのは神官達。

 狐族の神官風カイナ・フォルシアは神官達のトップである神官長で、彼を中心に“召喚術”の研究、解読、展開が行われたということだった。

 護衛としてついている豹族のグエン・トスカリオと、虎族のリッジ・クィントスは肩書的には近衛兵団百兵長という立場にあるらしい。

 他にもざっくりとした軍の構成や、複雑ではないが身分制度について、最低限とおぼしき情報を教えられた。

 ひとしきり話し終えると、カイナはグレイとの話し合いの結果を報告し相談しなければいけないからと、席を立った。

 残された護衛達のうち、虎族のリッジに“報告先の相手”について心当たりを尋ねれば、王のことだと返答が返ってきた。カイナはグレイを異界渡りさせた実行犯で、それを指示したのは王だということだ。

 そりゃそうだろうなと心の中で呟くシャールに反し、グレイはそんなに大ごとなのかと目を丸くしていた。


 小一時間ほどでカイナが部屋に戻ってきて、王に了承を得たと告げ、それと共にリッジとグエンはこのままグレイの護衛担当兼世話係となることも告げられた。

 そして一部を除く城内と、城下町への出入りについても、リッジかグエンを伴うならばいう条件つきで、基本的には自由にしてもよいとのことだった。

 シャールの移動についても、室内側のドア前に待機している護衛という明目の監視、もしくはリッジかグエンを必ず同行させることという条件をつけられた。

 面倒と言えば面倒だが、監視のことを態の良い案内人とでも思えば、地の利のないシャールにとっては悪い話しではない。ある程度の見取りを把握してしまえば、一人で動きたいときは適当に抜けだしてしまえばいいだけ。

 王への報告と共にシャールの部屋の手配も指示してきたらしく、カイナに案内されて用意された部屋へと移動する。とはいえ、廊下を挟んでグレイの部屋とは斜向かいで。

 部屋のドアから覗けば見える場所なのに、シャールの部屋の場所を確認したいと言い出したグレイがついて来れば、自動的にリッジとグエンもついてくる。流石にこれには閉口だ。

 案内された部屋はグレイに用意されているものよりもやや狭いが、一般的には充分に広いといえる。シャールが宿泊施設に求める条件は、壊れていない屋根と壁、清潔なベッドが確保できることなので、それを思えばこの部屋はかなりの好条件だ。


「確認できたなら、いいだろう。戻れ」


 部屋の中をうろうろして備え付けられているテーブルの側へと移動し、イスを引いて腰を落ち着けようとしているグレイにシャールが言い放った。


「シャールさん、冷たい!」

「うるさい。あんたにはあんたの部屋があるだろう。そっちを使え」


 シャールがご尤もなことを言えば、グレイがぶすくれる。

 カイナへと視線を向けると、シャールはくいと顎先で“そいつを連れて行け”と無言で示す。察したカイナがグレイを連れ、リッジとグエンと共に部屋から出ていくまでにたっぷり10分はかかったことは……。今後のパターン化になりそうで、彼らが部屋を出てドアが閉まるとともにため息をつく。

 彼らと入れ違う形で、虎族や豹族とは違った兵装の者たちが二人入ってきて、ドアの左右に立っている。彼らがシャールにあてがわれた監視だということは一目瞭然だ。

 けれど、違和感を感じる。

 監視者たち入れ違うさいにすれ違った時の、狐族の神官長の目。

 シャールではなく、監視者たちに向けられていた。

 あの目は――味方を見る目ではなかった。


◇ ◇ ◇


 それから3週間。

 もともとの素養も大きいのだろうが、猫族の割には社交的なグレイは特に兵団の中で受け入れられすっかりなじんでいた。

 グレイが兵団の訓練場へ行くときはシャールも端からついて行くつもりをしていたから構わないのだが、彼は毎回シャールを迎えに来るようになっていた。

 そのおかげなのか、どこからどんなふうに情報が漏れたのかは不明だが、きつかったシャールに対するあたりが、今では随分と柔らかくなっている。自分へのあたりがどうとかこうとか気にするシャールではないが、結果としては動きやすくなり情報が入りやすくなった点においては良い傾向だと感じていた。

 今日も朝からグレイがシャールの部屋のドアをノックする。


「シャール、行こう~」


 声をかけられ、シャールは装備を整えると部屋を出る。

 違法界渡りさせられた当初はシャールを“さん”付けで呼んでいたグレイだが、3日と経たないうちにシャールに“さん付け禁止令”を出され、今ではシャールの前では彼のことを“シャール”と呼ぶようになった。さん付けしなくなったのはシャールの前だけなのを知らないのは、当の本人のみ。

 いつも通りにご機嫌な足取りのグレイと共に、向かう先は兵団の訓練場。

 傭兵業が国の収入源なだけあり、兵員の数もかなりのものだった。

 兵団は大きく分けて4つあり、訓練場もそれぞれに与えられている。王城内の居城を中心に東西南北にそれぞれの兵団がそれぞれの訓練場を構え、名称もその方角のままに“東の兵団”“西の兵団”と呼ばれている。

 グレイの警護についている虎族のリッジと豹族のグエンが北の兵団の所属で、初めはそこに入り浸っていたグレイだが、今は他の兵団にも出入りしている。

 今日は西の兵団の訓練場へと向かっているらしい。

 西の兵団はグレイが得意とする拳術を使う者の割合が他の兵団よりも多いこともあり、今では一番初めに入り浸っていた北の兵団と同じかそれ以上に入り浸っていた。

 特に兵団の副団長を務める狼族のエンリとは気が合うようで、リッジとグエンの警護が付いているものの、夕食後に城を抜けだして街に呑みに繰り出したりしているくらいだ。

 他の兵団に比べて西の兵団はシャールにとっても、ある意味では気が楽な場所になっていた。


『犬族大好き!』


と、憚ることのないグレイ。エンリという名の狼族の副団長と意気投合したようで、他の兵団に居る時よりもシャールに纏わりつかないからだ。おかげで自分のための稽古に励むことができる。

 モノ好きな団員が手合わせを申し出てくることもあるが、ほとんどは実戦と想定したシャール曰くの“素振り稽古”をしている。その動きがまるで演武を見ているようだと、どこの兵団でも同じようにささやかれていることをシャールは知らない。

 エンリに駆け寄るグレイからシャールはしれっと離れ、訓練場のほぼ対角線上まで移動すると大きく伸びをする。

 討伐部隊の編成と出兵時期についての情報を得られることはなかったが、こうして兵団の訓練場を渡り歩くグレイの付き添いをしていたおかげで、兵力の規模についての把握はほぼできた。

 東西南北の兵団の戦力は、平均すると均衡しているが、それぞれに特徴がある。

 東は魔術を、西は拳術を、南は槍術を、北は剣術を操る者たちが他の団に比べると割合としては多い。特化型までとがらせず、他の団に比べるとという程度で仕訳けることで、平均的にレベルをあげさせ戦闘時に苦手な分野を持たせない様にするのが狙いらしい。たしかに、全体的にみたときの軍としてのバランスがとても良い。

 その証拠に、どんな得物を持つ者と手合わせをしても、よく間合いをとり充分に対応しているのが観察できた。

 特にシャールを唸らせたのは、拳術と弓術の手合わせだ。極端に間合いが違うにも関らず、互角に渡り合う。流石にこれには感心すればいいのか閉口すればいいのかと、心の中で呟いたほどだ。

 くわわわぁ、と大きく欠伸を漏らしながら程良い感じの木陰に入り、根元に腰を降ろして幹に背を預ける。

 西の兵団に来た時はこの場所に陣取るのが、シャールには常のことになっている。

 ちょっと見にはそこにいると分かりにくく、なおかつそよそよと風が抜けて気持ちが良い。

 要するにちょっと気を抜くには丁度良い場所なのだ。

 異界渡りさせられ元の界に戻ることを希望しているにもかかわらず、すぐに戻れない状況を作り出してしまった対象を、帰らせるその時まで安全に確保し続けることもCORGIの仕事だが、適当なところで緊張を抜くことを知らないと完遂することは出来ない。

 今回の任務の中で、多少緊張を抜いてもよいと決めたのがこの場所だ。

 少なくとも二人の護衛がグレイにはついているが、西の兵団では特に彼が懐いていることもあって副団長にほぼべったりで、さらに警護が強化されているようなものだからだ。

 木の幹に背を預けたまま、シャールはうとうとと微睡に誘われゆっくりと瞼を閉じる。

 ふと、瞼の裏に浮かんできたのは同族の二人の巡察士。

 たいして歳のかわらないシャールのことをどうしてだか『アー兄』と呼ぶ、ギールとユール。

 ほぼ2歳ずつ歳が違い、一番上がシャール、次がギールで一番下がユール。ローティーンなら2歳差は大きな壁となるだろうが、もっとずっと長く生きている彼らからすると、一ケタ程度の年齢の違いは“同い年”のくくりに入れられる程度の僅かな違いでしかない。

 少し子供っぽいところのあるギールと、そんな彼に妙にくってかかるユール。


“仲良くしてればいいけど……”


 心の中で苦笑と共に呟く。

 バディたちが残っているし、アキオミがいるからどうとでもなるだろうと思いなおし、緊張の糸をゆるゆるとゆるめ微睡におちた。


 小一時間ほど経っただろうか。

 シャールが急に目を開き、体を跳ねさせ横に飛びすさった。

 ドカッ

 シャールが背を預けていた木の幹を、重そうな音を立てた原因であるブーツの底が踏み抜いていた。


「相変わらず、反応が良いな」


 ニィッと口角を持ちあげ、そのくせ全く悪びれる様子もない犬族の男が足を戻しながら言う。

 シャールは小さくため息をつく。

 その犬族の男は西の兵団の団長で名をリッケルといい、ここへ来ると2度に一度の割合でこうして絡んでくるのだ。


「いいもの、持って来てやったぜ」


 彼はそう言いながら、シャールが座っていた場所に腰を降ろすと、手に抱えているカゴにかぶせている布を取り地面に広げカゴをのせる。


「そろそろ言い飽きてきたけど。団長様がこんなところでサボっていていいのか?」


 呆れたように返しつつも、シャールは木陰に戻りカゴをはさんで向こう隣りに腰を降ろした。


「サボるなんて相変わらず人聞きの悪い。俺は、せっかく神官達が召喚したグレイを、元の世界に送りかえすなんて言いやがるワルモノの監視兼懐柔をしてるだけだぜ?」

「はいはい」


 若干芝居がかって力説するリッケルの言葉を、シャールは面倒くさそうにさらりと流す。


「と、言う訳でだ。呑むだろ」


 こんなやり取りも一度や二度ではないため、リッケルはカゴの中から小瓶を2本取り出し一本をシャールに差し出す。


「まだ昼にもなっていないのにか?」

「いらないなら、俺が呑む」

「いらないとは言っていない」


 シャールはそれを受け取ると、カゴの中を覗き込む。


「今日の“懐柔”料理はなんだ?」

「本日の“接待”料理は、俺様お手製ヤクのチーズとエルクのロースト、ボアのスペアリブ」

「悪くないな」

「もっと褒めてもいいんだぞ」

「それは食ってからだ」


 軽口を叩きあいながら、それぞれにカゴの中に手を伸ばしながら小瓶の中のエールをゆっくりと傾ける。

 リッケルの言う“ワルモノの監視”は、確かに彼が命じられている任務なのかもしれないが、それを堂々とサボるための免罪符にしているとは、西の兵団内ではもっぱらの噂だ。

 シャールの立場は、彼が言うようにせっかく召喚したグレイを元の世界に戻すなんて言って横からかっさらおうとする“ワルモノ”なのだが、グレイがやたらと懐いてやたらとシャールを連れ回すおかげで、誰も面と向かって“敵”扱いできない。

 戸惑っているうちに、シャールがしようとしていることは彼らにとっては“悪”だが、当の本人自身は武にも秀でていて少しぶっきらぼうだけれど基本的にいい人だと認識してしまっていて。

 むしろお近づきになって、気兼ねなく稽古や仕合の相手をしてもらえるようになりたいと、そんなふうに思われる対象になっている。おかげで、免罪符を掲げて気軽に近づいていくリッケルは、兵団員たちからうっすらと羨望の眼差しを受けている。

 もちろん、当の本人たちが知る由もないことだが。


「このスペアリブ、美味いな」


 エールの瓶片手に、もう片方の手でつまみあげたスペアリブにかじりついたシャールが素直に感想を口にすると、リッケルは得意そうににんまりと笑う。


「そうだろ! 丸一日しっかりタレに漬け込んでるからな。あ、もちろん、タレは愛情たっぷりなお手製だ」

「愛情が余計だ」

「失礼なやつだな」


 軽口をたたきあうこの関係は嫌いではないようで、シャールもリッケルも互いに肩の力を抜いてエールと肴をゆっくりと愉しむ。

 エールと肴で小腹が満たされると、次に訪れるのは先にシャールがむさぼろうとしていた微睡への誘惑。


 くわぁぁぁ

 くわわぁぁぁ


 犬族二人が大口を開ける。

 互いに場所を陣取り合い、同じ木の幹に背を預け目を閉じる。

 西の兵団の訓練場の中では目立ちにくいおさぼりポイントのこの場所は、兵舎の1階にある食堂裏の料理場からは割と良く見える位置になっていて。

 シャールがここへ来るようになってからというもの、良く見かける様になったその光景を、そこで働く者たちが微笑ましそうに眺めていることも……。当人たちの預かり知らぬところだった。



 さらに2週間が過ぎ。

 もうそろそろ出撃を決めるくらいのことはしてもいいんじゃないのかと、シャールが眉間の皺を深くし始める。

 トータルで一月以上も経っているのに、兵力をまとめ上げている様な気配がこれっぽっちも感じられない。

 たとえ兵力をまとめ、その発表を行うのがまだだったとしても、糧秣や装備などの準備の気配があってもよいはずなのに、それすら感じない。

 この期間がグレイの力量を見極めるためという名目で兵団を渡り歩かせていたというなら、それはそれで納得できる部分もある。だが、それにしては準備期間を置きすぎなんじゃないかと、シャールは思う。

 グレイの言い分は通っている筈なのだが、王をはじめとする権力者たちの間でなにか面倒事になっているのかもしれない。狐族の神官カイナの言葉からすると、被害はかなり深刻で早急に対処するためにとグレイの違法異界渡りを敢行した様子だったのに、いくらなんでものんびりしすぎだろうと。

 いよいよ長引きそうな任務の気配に、シャールは大きくため息をつく。

 長期の任務が嫌という訳ではない。

 先の見通しがつかないということが嫌なだけで。


「さーて、どうしたものかな」


 呟きながらも、とりあえずは狐族の神官に会って話を聞いてみて、情報が得られないなら諜報活動だなと計画を立てる。

 監視がついているとはいえ、兵団長クラスというわけではないから、その目をかいくぐることなど難しくはない。しかも、その監視自体がここへ来た当初から比べると、驚くほどに友好的で甘くなっているのだからなおさらだ。

 そうと決めたら、まずは狐族の神官カイナに面会を取りつけることから始めなければならない。


「おい」


 室内ドア横に配置されている監視に声をかける。


「狐族の神官と話しがしたい。取り次ぐように言ってくれ」

「カイナ様に取り次ぎ?」

「そうだ。無理か?」

「お忙しい方だ。すぐにという訳にはいかないだろうが……」

「構わない」

「分かった」

「ありがとう」


 今行かないということは、監視の交替に合わせるつもりなのだろう。

 じきに朝食が運ばれてきて、食べ終わった頃にはグレイが迎えに来る。その時間に合わせてシャールの監視は自動的にその日の兵団へとうつり、夕方戻ってくるのに合わせてまた監視がつく。

 うまく行けば明日にでも顔を合わせられるかもしれないな、と胸の内で算段する。


 その算段は良い方に裏切られた。

 今日も西の兵団にきていて、いつものようにいつもの場所でのんびりと羽を伸ばしていた。

 近づいてくる人の気配。

 この場所を陣取るシャールを、2度に一度の割合で酒と肴をもって襲撃に来る西の兵団長のものとは違う気配に、シャールは目を開ける。


「あぁ、狐族か」


 その姿に呟けば、狐族の神官長は僅かに眉間に皺を寄せながら、さくさくとシャールの側まで進んできて足を止める。


「何か話しがあるのだと聞きましたが」


 神官長カイナは立ったままで尋ねた。


「わざわざ、すまない。流石にいい加減気にし始めてもおかしくないだろう? 一体、いつになったらグレイを出すんだ? 随分と切羽詰まった様子だと思っていたが、そうではなかったのか? だとすれば、なかなかの演技派だな」

「言いたいことはそれだけですか」

「障害があるなら、取り除いてやってもいい」


 さらりと受け流そうとする様子のカイナの耳先がピクリと動いた。

 やはり何かしらかの横槍が入っているのだと確信し、持ちかけるとカイナはそのままでじっとシャールを見据える。


「それを、あなたが言いますか」

「あいつを“召喚”したくらいにはおまえたちにも信念があるだろう。それと同じように、俺にも信念がある。本人の同意もなく帰す手段もないままに喚び、都合を押し付けるなど……。された当人にしか分からないだろう?」


 シャールにそんなふうに投げかけられ、カイナの口角にきゅっと力が入る。


「俺の任務はグレイを、グレイが望んだタイミングで元の界に戻すこと。それまでの間なら、雇われてもいい。必要があるなら、な」


 グレイを異界渡りさせたあの時の様子から考えれば、多少の横槍を入れられてもこの狐族の神官長なら押し進めそうなのに、あえて横槍を喰らっているのは、相手が彼よりも上位にあるのだろうという予測もつくが、自分の手駒もないのだろうとそう判断したのだ。

 手駒があるならこの神官長なら、自分よりも上位の者たちからの横槍もうまく捌くだろうに……。


「そっちは民の安全の確保、こっちはグレイを戻す。互いに利はあると思うが?」


 追い打ちをかける様に口にすれば、カイナはきゅっと目を閉じゆっくりと大きく息を吐き出してから目を開いた。


「……なにが、出来ます」


 そう問うたのはカイナ。


「何をさせたい。後で面倒事に巻き込まないと保証するなら、諜報だろうが闇討ちだろうがなんだろうが可能だ」

「大きく出ましたね」

「初めて赴く異界で、それでも異界渡りさせられた対象を見つけて確保し、元の界に送りとどけるんだ。そのくらいはできないと、この仕事は出来ない」

「……。いいでしょう。あなたの実力については兵団長達からも聞いています。具体的に何をしていただきたいかは、追ってご連絡します」

「了解」


 短く応じると、カイナは何か言おうと口を開き……きゅっと閉ざす。神官服らしい長い裾をひるがえすとシャールの背を向け立ち去って行った。



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