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第6話 それでも、帰すと約束した 第一幕


 そこはどうやら地下の様だった。

 人の気配と声のする方へとシャールは進む。

 石造りになっている廊下を進むと奥が広くなっているのが見えた。

 そっと気配を殺して近づき中を覗き込んでみると、10m四方程度の大きさのやはり石造りの部屋になっていた。松明で煌々と照らされており、床だけでなく天井にも複雑な文様が書き込まれている。

 床の上で不安そうにしているのが違法召喚された対象者だろう。周りにはこの界の住人と思われる者たち。神官風の者が3名と、護衛らしきものが5名だ。

 神官風の者のうちの一人が対象者に向かって何やら説明らしき事をしている。

 シャールは彼らと同じ外貌へと姿を変える。


「そこまでにしてもらおうか」


 彼らと同じ半人半獣の獣人族の姿になったシャールは、声を掛けながらそこへとゆっくりと踏み込む。

 すぐに護衛らしき男たちが神官風の者たちを背にかばう位置に移動してきて、得物へと手を掛ける。


「あんたたちに言っても分からないだろうけど、異界渡り巡察士だ。本人の同意を得ない違法異界渡りを探知した。対象者を保護、元の界に帰す」


“それ、説明端折り過ぎだゾ”

 と、課長がいたら無駄に語尾にハートをつけてウィンクを飛ばしつつつっこんできそうだが、居ないのだから問題はない。


「そこのあんた」


 シャールは床の上で不安そうに座りこんでいる対象者に声をかける。


「え? なに……俺?」

「そう、あんただ。あんたの界に帰るぞ」

「なにを言うんだ!」


 シャールの言葉に食ってかかってきたのは、対象者に何やら話をしていた神官風の男だ。


「聞いた通りだ。そいつは帰す。この界の管理者から、界渡りの申請は出ていない。おまえたちの“召喚”は不法行為だ」


 すっぱりと言葉で切り捨て、シャールは視線で護衛たちを威嚇しながら彼らを迂回するように足を運びながら対象者へと少しずつ近づく。

 これもなかなかに面倒なパターンだ。

 異界渡りさせた界の住人と顔を合わせるよりも先に接触出来れば、ほとんどの場合は何の問題もなくスムーズに話がついて対象者を元の界に帰すことができる。

今回の様にすでに顔を合わせてしまっている場合はその限りではない。


『自分達の勝手な都合で、こちらの都合も考えずにこんなことをして! 誘拐と同じじゃないか! しかも帰った記録がないとかどういうことだ!』

『そちらの都合はお伺いはするが、こちらがそれを受け入れるかどうかの選択肢は与えられるべきだ。そして、帰った記録がないとかじゃなくて、帰すための最大限の努力をしろ』

『そちらの都合は理解できる。こちらにも都合もあれば生活もあったが、受け入れるしかないのであれば、そうするしかあるまい』


 と、だいたいは大きくこの3パターンに当てはまる。


 一番目の反応をしてくれているなら、元の界に還すことができると告げれば話に飛びついてきてくれることが多く、元の界に還して任務終了となる。

 二番目の反応をしてくれているなら、当人次第。経験的な割合では、その場で還るという判断をするのは約半数。もう半数は、異界渡りをさせた界の住人と巡察士の両方の様子を観察して、信用できると思った方の話しを受け入れる。で、ここでの選択も、元の界に戻るという選択をするのは約半数。残りは、異界渡りさせられた界での生活を様々な理由から受け入れているため、界に統括させることになる。

 三番目の反応をしてくれているなら、これはもう長期戦になる。相手の境遇を自分の境遇として受け入れているので、帰れると聞いても妙に同情的であったり妙な責任感の様な正義感の様なもののせいで、問題が解決するまでは手伝うとか言い出すのがパターンだ。その途中で様々な要因から、残るのか帰るのかの結論をだす者もいるが、問題解決した後になってようやく選択するものもいる。結果的に残る選択をするのは8割から9割にもなる。


 そうして今回のこの様子は……。

 シャールはすでに、長期戦だろうなと心の中で溜息をついている。


“パターン2か3。できれば2の方がまし”


 更に心の中で呟き、じっと対象者を見る。


「ところで、名前は? 俺はシャール」

 名乗りもなかなかに大切だ。特に、異界渡りをさせた界の住人たちが先に名乗るよりも先に名乗り、さらに名乗らせられれば、少なくとも印象は良くなる。

「グレイ……シュタルク」

 戸惑いを声色に響かせながら対象者:グレイが名乗った。

「そうか。シュタルク」

 故意に姓を呼ぶ。

「グレイでいい」

「なら、グレイ。どうする。選べ。残るのか帰るのか。そいつらはどうか知らんが、俺にはあんたを元の界に戻すことができる。確実に」

 答えを促すように言えば、グレイはシャールとこの界の者たちへと忙しそうに視線を彷徨わせる。

「俺は……」

 へにゃりと眉尻をハの字に下げてグレイが口を開く。

「帰れるのなら帰りたい。けれども、急にこんなことになって、なにが信じられて、誰を信じられるのか分からない。シャールさんだっけ? 俺が元の村に帰れるって言ったけど、今じゃなきゃ帰れない? それともいつでも、俺がそう望んだら帰れるのか?」


“今だ”


 と、答えたいのをぐっと我慢する。


「今が最善だ。出来れば早い方がいい。歪みが大きくなる」


 正直にそう告げると、グレイがホッとした表情を見せた。


「じゃあ、あんたたちに質問だ。あんたたちの都合に、俺は必ず必要なのか? あんたたちはシャールさんみたいに、俺を元の村に帰してくれるのか?」


 そんなふうに投げかけられ、彼を異界渡りさせた者たち、神官風の人物の一人は苦虫を噛み潰したように口元を歪める。


「……帰れないのか?」


 確認する様な口調でグレイ。


「過去の記録の中、帰られたという記述はありません」


 曖昧な返答。

 丁寧な言葉を使うのが彼の癖でなければ、グレイを粗略に扱うために違法に異界渡りさせた訳ではなさそうだが、グレイが厄介事に巻き込まれることは間違いない。


「……一日、考えさせてくれないか? あんたたちの話し、もう一度きちんと聞かせてほしい。それから、シャールさんの話しも聞きたい」


 そう言いながら、床にぺそりと座りこんだままだったグレイは立ち上がり、地味にシャールの方へと近寄る。

 今のところは、彼らよりもシャールの方が信用できるということだろう。

「……移動いたしましょう。お部屋をご用意させます」


 先の男は、神官風の他の二人に小さく頷いて視線とハンドサインで指示を出すと、彼らを先に行かせた。


「ご案内いたします」


 それから、そう付け足して視線でグレイを促す。

 グレイは逡巡するようにシャールへと視線を向け、それから彼へと向き直り後について歩きはじめる。

 護衛と思われる男たちの前を通り過ぎたとたん、彼らはシャールに向かって剣を抜いた。

 雰囲気で感じとったグレイが慌てた様子で振り返り、

「シャールさんも一緒でないなら、俺は行かないからな!」

 と、護衛達の背に向かって言葉を投げつける。


「……その方も、ご一緒に」

「ですが……」

「私の責任の元、ご一緒に」

「承知いたしました」

 神官風の男と護衛達の間で短いやり取りが行われ、彼らは得物を納め道を開ける。

 その間をシャールが通りグレイの側へと行くと、神官風の男は足を踏み出し、護衛達は殿についた。

 人が二人並べば精一杯という程度の石壁の道を、何度の角を曲がり、短い階段を数度上り下りして10分ほど進んだところで重厚な作りのドアにたどり着く。

 護衛の一人がドアに手を掛け押し開き、全員が出るのを待ちドアから手を離す。どういう仕組みなのか定かではないが、オートロックの様にでもなっているのだろう。ドアが閉まるとともにカチリと施錠される音がシャールの耳に届いた。

 パターン的にはあそこが“召喚の間”とでも称している場所で、簡単に出入りできない様に封鎖しているのだろう。

 それだけ重要な場所という見方もできれば、異界渡りさせた者がこの場所を見つけても勝手に出入りできないように封鎖しているともいえるだろう。これまでの歴史に中でも異界渡りをさせたことがあるようだが、元の界に戻った記録がないということは、本当にこの界に残ることを受け入れたと考えることもできるし、帰らせなかった結果だと考えることもできる。

 帰ることが叶わないことで、反発や不信を抱かれたとしても、最終的にはここで生きていくしかないと諦めさせ受け入れさせる。

 そのためには、万が一誤作動を起こしてしまって元の界に戻られては元も子もない。それもあっての封鎖なのだろう。

“まぁ、俺にはこんなもの関係ない”

 内心、吐き捨て気味に呟きながら、シャールは隣できょろきょろとあたりを見回しているグレイを見る。

 初めの様子からするともっと流されるタイプかと思ったけれど、案外きちんと自分の意見を言えていたし、こうしているところを見るとなかなかに好奇心も旺盛のようだ。

 シャールはグレイの様子を観察しながら、後ろについている護衛達と前に立つ神官風に様子も窺う。

 身形の良い者たちがすれ違うたびに道を開け、軽く頭を下げているところを見ると、この神官風の男はかなりの高官の様だ。ついでに言うなら、後ろの護衛達に関しては、地位的には神官風の男よりも下なのだろうこともうかがえる。

 グレイがここへ違法異界渡りさせられた理由は、残念ながら今のところは確定できない。部屋を与えられた後に、グレイの元を訪れるくらいの自由が与えられるなら、何を言われたのか直接聞きに行くのが一番無難だろう。先を行く神官風の男に聞いたところで、素直に応じるとは思えない。

 彼らからすればせっかく“召喚”したグレイを、彼らから取り上げて元の界へ還すと言うシャールはありていに言えば“敵”でしかないからだ。

 しばらく歩き、庭に面した明るい回廊を進み、さらに奥へと行きようやく足が緩められる。

 神官風の男が指示して先行させた者たちが控えている。どうやらグレイの本日の“宿”についたらしい。

 控えていた者がドアを開け、神官風の男はグレイを伴い中へと入る。シャールはというと、ドアをくぐることなく、廊下で立ち止まっている。

 ここはグレイに用意された部屋であってシャールのために用意された場所ではないからだ。これももう経験なのだが、一緒になって入ると大概は護衛どもだけでなく違法界渡りさせた者がうるさい。

 規模からするとかなり大きな屋敷か、小さめの城といった雰囲気だが、この程度であればここから追い出されても忍びこんでここまで来ることはシャールにとっては造作もないことだ。

 部屋のことを一通り説明したらしく、神官風の男はグレイを残して部屋を出ようとドアへと向かって足を踏み出す。


「待って! シャールさんは? シャールさんはどうなる」


 慌てたように、けれどもどこか不安をのせた声でグレイ。

 面倒なことになりそうな予感しかしない。

 溜息をついたのはシャールだけではなかった。

 神官風の男は僅かに嘆息すると、グレイに向き直した。が、彼が口を開くよりも先にグレイが言い放つ。


「シャールさんもここで! シャールさんが一緒じゃないなら、俺は出ていく」

“あぁ、ほら。面倒なことになった”


 シャールはもう一度、心の中で溜息をついた。

 グレイの言葉に、神官風の男はしばらく何か言いたそうな空気を纏わせていたが、


「彼らを護衛として室内に配置することを条件に、許可します」


 と応じ、グレイからの返事を聞くことなく踵を返して今度こそ部屋から出てくる。

 苦虫噛み潰したような渋りきった表情をシャールに投げかけてくるが、当の本人はそんなものなどどこ吹く風だ。


「彼に失礼のない様に」


 神官風の男に棘のある声で言われ、護衛どもにはグレイに分からない程度に背をついて促され、シャールはしぶしぶと部屋の中に入った。

 グレイの側まで進んだところで、パタンとドアが閉められ、その左右に護衛達が張り付いた。



 そのとたん、へちょりとグレイが腰が抜けたかのように床に崩れる。


「よかったぁ……。一人にされたらどうしようかと思った……」


 かなり本気で零しているが、それと同じくらい本気で面倒に巻き込んでほしくなかったとシャールは三度心の中で零していた。

 ざっと部屋を見回す。

 異界渡り監察課の執務室よりも広い室内には、大きなベッドが一つとテーブルセット、それにソファーまである。あとはチェストや何やらと設置されているが、派手さはないが凝った意匠をしていて、どれもこれも庶民派な雰囲気はない。

 ドアとは反対側になる部屋の奥に窓が付いているが、嵌め殺しになっていて開けることは出来ない。コツコツと拳を当ててみれば、強化ガラスの類ではないようなので、いざとなれば突き破って外に出ることは容易い。

 他にはドアが3枚あり、そこもチェックする。

 一つはトイレ、一つは風呂、もう一つはウォークインクローゼットだった。

 なんにせよ、室内にトイレがあるのはありがたい。

 ひとしきり室内を確認すると、シャールはソファーの方へと近づき腰を落ち着ける。固くなく、さりとて沈み過ぎることなく座り心地はなかなかだ。

これなら、ここで寝ても大丈夫そうだ。

そんな事を思いながら、改めてグレイへと視線を向ける。

床にへたり込んでいた状態からは回復しているものの、落ち着かなそうに部屋のなかをうろうろと歩きまわり、窓から外を眺め、またうろうろ。護衛に近づき何か話しかけようとして、やめてまたうろうろして……。

 すらりとした尻尾が半分膨らみっぱなしなのをみれば、落ち着かない以上のものが充分に伝わってくるのだが、見ているだけでこちらが落ち着かない。


「グレイ、落ち着いて座れ」


 思わずそう声をかければ、グレイはすっとんできてシャールの隣にぴったりと座った。

 シャールは僅かに眉間に皺を寄せ、腰を浮かしてそっとはなれて座り直す。そうするとグレイが離れてなるものかとばかりに間を詰めてくる。

 数度繰り返して、ついにシャールはソファーの端っこまで来てしまった。


「おい。いい加減にしろ。くっつくな」

「シャールさんひどい!」

「はぁ!?」

「こんな訳のわからないところに連れて来られて、戦えだとか、戦わなきゃ国がヤバいみたいなこととか言われて、パニくるでしょ! で、帰ることができるだとか出来ないだとか、そんな話を急に振られてもまともな判断すぐにできる訳ないし。しかもあの人たちはちょっと怖いし、シャールさんもちょっと怖いけどあの人たちよりもマシだし、いい人っぽし、犬族だし心のオアシスだし」

「わかったからちょっと落ち着け!」


 ついにはシャールの手を掴んできゅっと握りしめて力説し出したグレイ。彼の手を振り払って立ち上がり、テーブルの方へと移動してイスを引きソファーの方へと向きを変えて座り直す。

 こちらに来ようと腰を浮かせたグレイに、掌を向けて差し出し


「あんたはそこだ」


と、告げる。

 グレイが渋々といった態で腰を降ろすと、シャールは小さくため息をついた。


「で? あんたはどうしたいんだ。一日、考えるんだろう?」


 現実を突きつけてやる。

 シャールとしても、彼が答えを出さない限りは手が出せない。今できることはせいぜい、異界での“守護”くらいで、当人の意志が確認できなければ元の界に帰す“救助”も、異界渡りでおきた歪を戻して整合性をとる“統合”だって出来やしないのだ。

 グレイははっとした表情をみせる。それからしゅんと肩を落とし、ちらっとシャールを上目づかいに見た。


「どうしよう……」

「あんたが決めることだ。奴らに何を要求された。その要求に応じられるのかどうかから考えればいいだろう」


 すがりつく様な声で紡がれた言葉を、シャールはばっさりと切りかえす。

 どうするのか、どうしたいのかは当人が決めるべきことで、シャールが決めることではない。とはいえ、当人が決めるための手伝いなら出来る。与えられている情報を引き出して再認識させたり、そのうえで判断するにあたり情報が足りないのならそれを入手し提供するといったことも必要とあればする。


「シャールさん……」

「言った筈だ。俺が出来るのは、あんたを元の界に還すこと。この界の連中の話しをきいて、その話を受け入れるのか、突っぱねて還るのか、その判断をするのはあんただ」

「そりゃ、帰れるならすぐに帰りたい。正直、そんなこと俺の知ったことかとも思うし、どんな無茶ぶりだよって思うし、でも、あいつらの切羽詰まった感じ見たらなんか、それが本当に俺に出来ることならとか思っちゃうし、どうすりゃいいんだってぐるぐるするし」

「何を、要求されたんだ?」


 どんな理由で異界渡りさせられたのか確認しておきたいし、グレイ自身に自分の考えをまとめさせるという作業にもなるだろうと話の先を促す。


「瘴気の森ってのがあるらしくて、そこに住みついてる魔物を狩るんだって。その魔物のボスみたいなのが、瘴気を呼んで森を瘴気の森の変えてしまっているから、ボスを討伐して瘴気の森を浄化するって」


 寿命の近い界ではありがちなことだ。

 界が寿命を迎えれば崩壊する。その崩壊の仕方は様々だ。ある日突然弾けてしまうこともあれば、ゆっくりと衰退して生命体のない不毛の地となりさらさらと崩れることもある。

 この界の様に、寿命でほころび始めて出来た歪みから瘴気が噴き出し、緩やかに生命が終焉を迎えることも少なくはない。

 瘴気の出所を、瘴気のせいで変化してしまった生命たちの上位種となった生命体だと、これを討伐すれば瘴気がなくなると信じているのも、そうした界の住人達のパターンだ。

 執務室で課長に行き先の界がここだと言われた時に、このパターンになるんだろうなと予測はしていた。あまりにも予想通りで肩透かしを食らった気分だとシャールは心の中で零す。

 稀に強い上位種が瘴気を呼ぶこともあるし、人為的にそれが可能な界もあるが、この界に関してはその線はない。

 歪みから生じた瘴気がそこを中心に動物や植物といった生命体に変化を及ぼし、新たに発生した食物連鎖から寄り強い個体が跋扈し、辺り一帯の主ともいえるような上位種として君臨しているだけなのだ。

 これを討伐と称して殺したところで、新たに別の個体が君臨するだけで堂々巡りになるだけ。

 何度か繰り返すとおのずとそのことを理解し対処方法が変わるのだが、この界の少なくともこの国の住人はまだその結果に至っていないということだろう。


「それで? あいつらはあんたに何をさせようとしてるんだ?」


 上位種を狩るには自分たちでは不足だから、それができる力を持つ者を対象としたのか、瘴気の浄化を対象としているのか、おそらくどちらか、もしくは両方なのだろうけれどと、内心呟きながらシャールは質問を投げかけた。


「討伐の手伝いと浄化」

「討伐と浄化?」


 グレイの返答にシャールがオウム返しすると、彼はこくりと頷く。


「俺、モンクなんだ」

「ほぉ」

「回復もいくらかできるけど、特に浄化が得意で。空間浄化、対物浄化、対人浄化、それから念浄化に魂魄浄化」


“それはもう、モンクっていうより、エクソシストじゃないのか”


 心の中でそっとつっこむ。もちろん、そんなことはおくびにも出さない。


「モンクはあんただけなのか?」

「そんなことはない。違う流派の奴らも入れれば、数はそこそこいく」

「なら、他の連中と違うところはないか? あんたでなければいけなかった理由だ。目的があって異界渡りさせているということは、その目的に叶う条件が揃う対象が引っ張られる。つまり、あんたはここの連中が求める条件を備えているということだ」

「浄化、だと思う。俺の浄化の力はかなり強いみたいだから」


 成程、合理的だとシャールは口に中で呟く。

 上位種が瘴気を生み出していると考えているこの界の住人からすると、喉から手が出るような人材だろう。

 闘うための人材と浄化のための人材。

 実際に討伐隊を組むとなると、浄化のために宛がわれるのはおそらく神官たちだろう。彼らに戦闘力としての期待はかけられない。となれば、前線で切りこんでいく戦闘部隊とは別に、護衛をつけなければいけない。それに食料を確保する輜重部隊も必要になる。

 人数が多くなればなるほど、どうしたって足は遅くなる。

 グレイ一人でどうにかなる様なものではないにしても、戦闘と浄化を同時に行うことのできる人材の確保は重要だろう。

 戦闘と浄化を行えるグレイを中心に、少数で精鋭部隊を組んで彼らがマークしている上位種にダイレクトに突っ込むつもりなのだろう。


“どう考えたって、その後の展開が良いものになるとは思えない”


 シャールはもう何度目になるのか分からない溜息をつく。

 異界渡りさせられるくらいなのだから、グレイはかなり強力な浄化を行うことができるのだろうけど、界の歪みからくるレベルの瘴気を浄化できるほどのものではないだろう。

 そうなると、テリトリー内で第2位の上位種が勢力となり、次はそれが討伐対象になる。

これが繰り返され疲弊し、やがては自分たちの都合で異界渡りさせておいて、思い通りにいかないことの責任をなすりつけることだってありうる話だ。ここまでくると、大概は情が移ってしまっているから、問題を解決できないのは自分の力不足のせいだと捉えてしまって、どんどん自分を追い込んで深みにはまってしまう。

悪い言い方をすれば、最終的には使い潰される。


「あんた、その話を請けるのか?」


 できれば請けずに帰ったほうがいい、と心の中で付け足しながらシャールが言えば、グレイはすがるような視線を向けてくる。


「どう……しよう。森の瘴気ってのが浄化されないと、危険な魔物に襲われるし、森での狩りや採取ができないから生活にも困る。民の生活が綻べば、最終的には国が滅ぶなんて言われたらさ。そんなん、俺の知ったことじゃないし。自分たちの国のことは自分達でやれよって思う。そりゃ、俺たちだって依頼されて派遣されることもあるけど、それは俺のモンクとしての仕事だから当然だと思うし」

「帰りたいのか、連中の話しを依頼として請けたいのかどっちだ」

「こんなふうに一方的に連れて来られてってことじゃなくて、ちゃんとした依頼の元でだったらたぶん引き受けてた。必要とされ求められるところで、己の信念に反することなく正しく使う、力とはそういうものだって、教わってきた。教えられたからってこともあるけど、俺もそう在りたいと思っている」


 これは結論を出させるにはなかなかに骨が折れそうだ。

 シャールはちらりとドアの前に張り付く護衛へと視線をやった。

 向こうからすればシャールは“不審者”以外の何物でもない。折角異界渡りをさせたグレイに危害を加えられる可能性をなくすための監視、それに余計なことを吹き込ませないようにするためとどんな内容の話しをしていたのかを報告するために、彼らはここにいる。

 聞かれても差し障りのない内容しか話していないのだが、彼らは無表情を貫いてはいるものの、シャールが引き出すグレイの言葉を一言たりとも聞き逃すまいとしている様子はありありと伝わってくる。

 その証拠に、耳先が僅かにぴくぴくと動くのが映る。


「あんたが、納得できる答えを出せ。一日考えてみると言ったのはあんただ。その返答次第で俺の動きも変わる」

「え?」


 グレイがどういうことかと視線で投げかけてくる。同じ視線を護衛達からも感じる。


「言っただろう。俺はあんたを帰すことができる。あんたが帰らないと決めたなら帰さない。帰ると決めたなら帰す」


 シャールからするととても曖昧に濁した言葉だが、グレイや護衛達はそう受け取っていない。

 白か黒かの極論と彼らは捉えたように察するが、シャールはあえて否定も肯定もしない。それが彼にとっての事実だからだ。


「シャールさん見捨てないで~」

「うわっ!」


 ちらりと護衛達の様子を窺うべく視線を外した途端、そんな声と共に腹に衝撃を受けてシャールは驚き視線を戻す。

 肩幅よりは狭い程度に開いて座っていた足の間に、床に正座して腰に腕を回し腹にぐりぐりと顔を押し付けているグレイの姿。


「おい、あんた! なにするんだ、放せ!」


 肩を掴み引きはがそうとすると、そうされまいとグレイが腕に力を込めてぎゅうぎゅうとしがみついてくる。その力たるやシャールが本気で押しのけようとしているのに、全く離れることがないほどに強い。


「おい! ぼさっと見てないで剥がしてくれ!」


 自力では無理だと判断し、シャールはドア前に立つ護衛達に助けを求める。彼らは互いに顔を見合わせた後、シャールの方へと駆け寄ってきて、腹にしがみつくグレイを二人がかりで引きはがしてくれた。


「いやだ~、シャールさ~ん!」


 護衛達に両脇から押さえ込まれ、グレイはシャールへと手を差し伸ばしながらじたばたと抵抗している。


“オミの呪いか!? オミが獣人化したのか!?”


 シャールの脳裏に浮かんでいるのは異界渡り監察課課長様の『もふもふ&ちゅーの刑』だ。キレイだったりカワイイ女の子にされるならまだしも、オスにされれば鳥肌モノでしかない。

 人型化していれば総チキン肌がみられただろう。獣人化していても立毛筋が一斉に働いて全身総毛立っている。

 わさわさと自分の腕を撫で、立ち上がっている被毛を寝かせるシャール。


「放せー、放してくれー! シャールさんシャールさんシャールさーん!」

「放すな! 絶対に放すな!」


 じたばたと暴れるグレイと、妙な迫力で威圧してくるシャールの間に挟まれ、護衛達は本気で困惑の表情を浮かべている。

 今のところはシャールの威圧の方が勝っているようで、心情がどうあれ護衛達はしっかりとグレイを押さえ込んでくれている。


「俺はオスにぴったり隣に座られたり抱きつかれたりしても嬉しいと思わない。腹をもふられるとか本気でご勘弁だ。これから先もするつもりなら、俺は任務放棄する。この件から一切手を引く」


 びしっとグレイを指さして言い放つと、彼は雨の日に捨てられた子猫の様に目をうるうるさせてシャールを見上げてきた。


「ひどい、シャールさん酷い~! 犬族なのに酷い~!」

「犬族とか関係ない!」

「酷い~。俺、犬族大好きなのに。犬族に育ててもらって、お師様も犬族で、犬族いい人ばっかりだったのに~」

「はぁ!? あんた、猫族だろ!」

「大山猫族」


“いや、大枠で猫族でいいだろう”


 急にキリッとして答えを返したグレイに心の中でつっこむ。


「とりあえず、猫族なんだから、そこの護衛さんたちと仲良くしてもらえ。えーっと、おまえらは?」

「豹族」

「虎族」


 護衛達に矛先を振れば、彼らも勢いで答えてくれた。


「ほら。猫族の仲間だ」

「意地悪ばかりするから、猫族は苦手~! 犬族がいい! 犬族~! シャールさ~ん!」


“うん。なんかダメだ”


 じたじたするグレイの姿にそう零しつつ、神官風の一番偉そうだったあの男の姿を思い浮かべる。虎や豹を猫族と言うのと同じ程度には、あれも犬族の姿をしていた。


「おい、おまえ」


 シャールは豹族と答えた護衛に声をかける。


「あの偉そうなやつ、呼んで来い! 虎族、その間、グレイを確保しておけ!」


 言われるままに、豹族が側を離れるとともに虎族がグレイの背後に回って彼を羽交い締めにして確保した。



 10分後。

 ドアをノックする音が響き、応えを返せば豹族があの神官風の男をつれて部屋に入ってきた。


「どういうことですか」


 グレイが羽交い締めにされているのをみて、開口一番放たれた言葉に、虎族が助けを求める様にシャールへと視線を投げかける。


「どうもこうもない。おまえ、狐族だろ。大枠で犬族だ。それの面倒を見ろ!」

「なんのつもりです」

「犬族に育てられたらしく、犬族の側が良いらしい。おまえも犬族なら、異界渡りさせた責任を持って面倒をみろ」

「酷い~! シャールさん、酷い~! その人は犬族じゃないし、狐族だし!」

「狐も犬の仲間だ。それに人の腹に顔を擦りつける様な輩に発言権はない!」


 狐族の神官との会話に割って入ってくるグレイにぴしゃんと言い放つ。

 課長の『もふもふ&ちゅーの刑』で妙な感じのトラウマになっているからこその拒絶だと知る由もない彼らは、シャールが過剰反応している程度にしか思っていない。

 特に狐族の神官は、自分達にとっては“救世主”であるグレイを、シャールが粗略に扱っているようにしか見えず、あからさまに不快を表情に表している。


「とにかく、俺が話したいことは話した。内容の詳しいことについては護衛達に聞いてくれ。あの石壁の部屋である程度の説明はしているようだが、そこからの話し合いはしていないんだろう? そこを話しあってくれ。グレイはその上で、一晩頭を悩ませて明日の朝には答えを出せ。不都合はあるか?」


 主に狐族に向かって言えば、彼は訝しそうにシャールへ視線を投げかけ、それから護衛達に視線を向けた。

 狐族の視線の意味を察し、護衛達が小さく首肯する。


「グレイ様をお連れしろ」


 狐族は視線をソファーへと向けて、護衛達に命じる。

 一人でグレイを羽交い締めにしている虎族の護衛が、グレイを立たせてソファーへと連れて行き座らせると、ローテーブルを挟んだ正面に神官風、グレイの背後に豹族の護衛、虎族の護衛は神官風の背後に待機する。

 シャールはというと、さっきまで座っていたテーブルにセットされている椅子へと腰を降ろした。

 本来なら部屋を出たほうが良いのだろうが、彼らにとって“不審者”であるシャールにこの建物内を自由に移動する権利は与えられないだろうし、待機すべき別室を用意しれくれそうな気配もなく、ここに居るしかないと判断してのことだ。

 彼らが話す内容はどうしたって聞こえてくるので、彼らに背を向けあからさまに様子を窺っていますヨという雰囲気を消すくらいの気を利かせる。


 要約すると、概ねはグレイが語っていた通りの内容だった。

 界の歪みからくる瘴気が、瘴気に中てられた生物の上位種を生み出しているという認識はなく、その生物が瘴気を運んできているという認識だという裏も取れた。彼らはまだ、瘴気が“どこ”からきているものなのか真相には辿りついていないのだ。

 上位種を仕留め瘴気を浄化した暁には、国の功労者として生活を保障し優遇する。また、地位、領地を与え、望むのであれば職務の斡旋も行う、と。

 グレイがもと居た界との生活と天秤にかけてどうなのかは知る由もないが、聞かされたグレイの声が上ずっていたことから、破格に近い高待遇なのは間違いないだろう。

 条件はこれでほぼ出揃った。

 あとは、グレイが何を選びとるのか。

 それは明日にならないことには、シャールにも分かりかねる。

 充分に話し合えたということなのだろう、狐族の神官風は護衛達を残し、シャールを一瞥すると部屋を出ていった。


 そのしばらく後に、部屋へと食事が運ばれてきて……。

 テーブルにどう見たって一人分には見えないほどにたっぷりと並べられた肉メインの料理に、グレイは目を輝かせながら護衛の豹族と虎族を無理やり引っ張ってきて一緒に席につかせると、その頃にはソファーへと避難していたシャールへとちらちらと視線を送ってくる。


「シャールさん。美味そうだし、食べようよ」


 ごろにゃんと背景に抜き文字で見えそうなほどの猫なで声を出すグレイ。

 正直なところ、シャールも腹が減っている。漂ってくる良い香りに食欲はこれでもかというほどにくすぐられている。


「……俺に触るな。もふろうとするな」

「えー……」

「約束できないならこの部屋をぶち破って任務放棄して引き上げる。俺を逃がした護衛達は可哀相に、下手すると監視対象を逃がしたことで処分されるかもな」

「それ、俺に関係……」

「あるよな。あんたの行動が引き金になるんだ。あんたのせいで、結果的に護衛達は処分だ。投獄程度のぬるい処分ですめば幸運だが、この国の処分はどのレベルなんだろうな」


 わざとらしくにやりと口角を持ちあげて悪い笑みを浮かべて見せると、グレイの尻尾がぶわっと毛を立てる。その向こうで護衛達が反論のために口を開きかけたのをシャールは目で居殺し、ならばと彼らは“そんなことにならない”と伝えるべくグレイに向かってぶんぶんと左右に首を振って伝えようとするが、残念なことに大山猫族の視線はシャールに固定されている。

 そうして、グレイは渋々と言った態で小さく頷いた。


「我慢、します」


 ぽそりと、それは悲しそうに呟く様に答える。

 シャールは内心ほっと息をもらしつつ、ゆっくりと立ち上がるとテーブルへと向かい、空いている席に腰を降ろし食事にありついた。


 その夜。

 一緒に寝ればいいのにと大きなベッドをぽふぽふと叩くグレイを無視し、シャールはベッドから毛布を一枚奪い取るとソファーへと体を沈めたのだった。


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