第4話 対象者が、人とは限らない件
界が拒むものは、
いつも悪意を宿しているわけではない。
意思疎通ができない存在にも、
帰るべき場所はある。
CORGIが向き合うのは、
必ずしも“誰か”とは限らない。
異界渡り監察課長は、今日も今日とてCORGI執務室に入り浸っていた。
ここ最近は、空きデスクに新たにPCを設置してリンクさせ、CORGI達に“自分の仕事しろよ”と、追い出されないように対策までしている始末だ。
コツ、と。
乾いた音が響いた。
件の課長の指が机上を叩いた音だ。
「シグナル情報だ」
その一言で、室内の空気がわずかに切り替わる。
ユールは椅子の背にもたれたまま天井を見上げ、ギールはおやつのマフィンをごくりと飲み込んだ。
「強度は?」
シャールが端末を操作しながらたずねた。
「かなり強いな」
課長の目がPCの画面上を走る。
「しかも同一地域で、ほぼ同時に複数反応が出ている」
最低限耳に入れるべき情報だけを拾い上げて言葉にすれば、ユールがぼそりとこぼした。
「うわぁ……。嫌なやつじゃん、それ」
目の前にPCがあるにもかかわらず、ギールはイスから降りてとてとてと課長の方へと歩みより、立ち上げられている画面をのぞき込み、こてんと小首をかしげる。
「同時発生……? 界の誤検知、じゃないよね?」
コーギーさんの大変に愛らしい“こてん”にずきゅんとハートを打ち抜かれながらも、課長は仕事モードの皮をかぶり続ける。
「誤検知なら、ここまで強くは出てないだろうな」
課長は短く否定すると、シャールが視線を上げた。
「人、とは限らないかもな」
「その可能性もある」
課長は頷く。
「半径百メートル圏内。複数ってレベルじゃないな。数が多い。界の反応が過敏になっている」
「単独は避けた方がいいな」
シャールの判断に、課長も同意する。
がたがたがたと、滑らかな指の動きに反した音を立てながらキーボードを弾く。
「承認した。今回は三人で行け」
「了解」
「はいはい」
「行ってきまーす」
シャール、ユール、ギール、三者三様の返事が重なった。
承認の予測をしていたそれぞれの妖精型バディシステムが、ふよふよと飛び交いながらすでに準備に取り掛かっている。
「規則はいつも通りだ」
課長が念を押す。
「可能な限り早く接触し、選択肢を提示。意思確認のうえ実行。意思疎通ができない場合、同意確認は不要。送還を優先しろ」
◇◇ ◇
フル装備で送還室から対象の界へと送られ、最初に感じたのは静けさだった。
風はある。草も枝葉も揺れている。
けれど、人の気配がない。
「……妙に静かだな」
三角の大きな耳をピンと立て、小刻みに角度を変えながらユール。
森というにも林というのもはばかられる程度に、まばらに木が生える草原だった。視界の奥には濃い緑が見えているから、森の入り口とでもいったところか。それにしては、まばらすぎる気もしなくはない。
「誰もいないし、町も村も、なさそう~」
ギールが背伸びしながら周囲を見回す。
「反応源は、この辺りのはずだ」
三人に中では探知に一番長けているシャールが先頭になって、まばらに生える木々にあいだを歩いている。
シャールの耳先がぴぴっと揺れた。
「この辺り、ってさぁ」
ユールが言いかけて、言葉とともに足を止める。
目の前にあるのは、一本の木だった。
太く、枝を広げ、青々と葉を茂らせている。
やけに、元気そうな――木。
「……なあ、アー兄」
「言うな」
シャールが即座に遮る。
別の木のそばで、幹をてしてしと叩くギール。
「アー兄。木、だね」
「…………」
シャールの耳先がぴぴっと揺れる。
「なにこれ、あれだけ強いシグナルだしてて? その正体がコレ?」
ユールが額をおさえながらくるりと体の向きを変え、幹にもたれかかった。
ちら。
ちらり、と。
ギールとユールがシャールへと視線を向ける。
シャールは大きくため息をつくと、目の前の木を見上げ、それから周囲の木へと目を向けた。細かいことは分からないが、数種類の木がランダムに生え、どれもこれもしっかりと枝葉を広げて緑に覆われ、見るからに生命力にあふれている。
「界が“異物”と判断したんだ。この世界の生態系に、本来存在しないものなんだろう」
「こーんな普通の木が?」
言いながら尻尾でぺしぺしと木の根元をたたくユール。ギールは花から花へと渡る蝶のように、木から木へと渡り歩いている。
「普通の木にしかみえなくても、見た目と、界の判断は別だ」
シャールは言いながら端末を取り出し、さくさくと操作する。
ギールが二人のそばに戻ってきた。
「さすがに、お話、できないね」
口にするまでもなくわかりきったことだが、わかりきったことだけに口にするのもはばかられ、シャールもユールも、ちょっと現実からそらしていた目を強引に引き戻されたような気分になる。
「そうだな。意思疎通、不可だな」
「ってことは?」
「同意確認、不要案件だ」
ユールが合いの手を入れ、シャールが結論を出す。
「あるある、だな」
ユールは肩をすくめた。
「界にとっては、危険因子だ」
シャールは淡々と言いながら、端末の操作を続けている。しばらくして、手が止まり……。
小さくはない吐息をもらした。
「仕事のお時間だ」
告げて、視線をくるり一体に流した。
察したユールがぎょっとした表情をうかべる。
「わぁ、いっぱいだねぇ」
その向こうからギールの、ちょっと呑気そうな声が響いてきた。
と、ほぼ同時。しゅっ、と、ユールの視界から木が一本消える。
消えた木の前には、手を伸ばしたギールが立っていて……。
「アー兄、まさか……」
その予感にユールが頭を抱えながら、ゆっくりとシャールへと視線と向けるが、小さく苦笑を返されただけだった。
「うっそだろ!? 範囲指定で一発でドン!とか」
「残念だな。この木の元の界に、この界の植物が混ざる可能性が出る」
頭を抱えるユールに近づくと肩をぽんと叩き、シャールは手近にあった木に手を触れる。
しゅっ、と。
わずかな光を伴い、木が消える。
シャールとギールが黙々と木々の間を渡り歩き、一本、また一本と『木』を本来の界へと帰していく。
「はいはい、やるよ! やればいいんだろ」
ヤケになって声を張り上げ、ユールもふたりに倣う。
半径約100m。
反応複数。
文字にすればたったそれだけのことだけれど……。
木々の生え方の密度を一言で表すなら“まばらな”という表現であらわすことができる程度だけれど……。
目の前の現実に、ギールは楽しそうに、シャールは淡々と、ユールはとぼとぼと木々の間を渡り歩き、地道に一本ずつ帰還させていった。
それなりの時間が過ぎ。
「さいごのいっぽーん!」
ギールの掛け声を共に、あたり一帯にあった木がようやくすべてなくなった。
「やっと……終わったぁ」
ユールが足を投げ出して地面に座り込む。
その向こうで、ぬーーーんと、ギールが大きく伸びをし、シャールは端末を操作していた。
「よし、残ってない。大丈夫だ」
端末をベストのポケットにしまいながら口にしたシャールに、ユールがつっこむ。
「はぁ? アー兄、探知したんだろ?」
「した」
「じゃあ、ないじゃん。わざわざ、端末で確認する必要ある?」
「念のため、だ」
「いやいやいや。探知能力、端末よりもアー兄の方が高いじゃん」
それを聞いてギールがこくこくと頷いている。
「それでも、だ。仕事、だからな」
シャールにそう返され、ユールはぱふりと草の上に倒れこんだ。
◇◇ ◇
彼らが帰還すると、当然のようにCORGI執務室内に課長の姿があった。
「おかえり。早かったな」
ユールは面倒くさそうに視線をそらし、シャールは軽く手をあげて返事して自分のデスクへと向かう。
「オミ、木、だった!」
フンスと書き文字が後ろに見えそうな様子でギール。
「木?」
「うん。いっぱいだった」
「いっぱいだったのか。……どうだったんだ?」
ギールに返しながら、課長はちらりとシャールへと視線を投げかけた。
シャールは立ち上がったPCのキーボードを操作しながら、応える。
「違法召喚の対象は『木』。意思疎通不可による同意確認なしで、すべて元の界への帰還済」
「それで?」
「反応複数ってことだったけど、100どころじゃなかった」
「範囲指定できるだろ」
「……できなくはないけど。半径100mのエリアとなると、ほかの植物を巻き込む可能性を捨てきれなかった」
「そうか」
彼らがそんなやり取りに、繰り返し作業系が苦手なユールが思わず声を上げる。
「あれを、“そうか”で済ます!?」
対象者の観察の必要もない、接触してからの説明からの意向確認、そのうえでの対処と。念のためにと一本ずつ探知をかけてシグナルが出てるのを確認するものの、そういった通常の手順をすっ飛ばして元の界に還すルーティーン。
ユールにとっては、同じ意思疎通不可案件なら、相手が危険度の高い魔物かなんかで切り伏せながら界に還すくらいの方がまだましと思うくらいには。
「界が壊れなかった。それで十分だ」
課長の答えは、いつも通りだった。ユールの性格をよくわかっているだけに、苦笑を浮かべてはいたが。
「木、とっても元気だったよ」
ギールがほわほわした口調で言いながら、バディスシテムに促されて装備を外し、手渡している。
「それは何よりだ」
少しの沈黙。
「まぁ、……こういう日もあるな」
課長がぽつりと言う。
「あれを“あるある”で片付けるなよ……」
ユールのぼやきに、シャールは短く言った。
「それもCORGIの仕事だ」




