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第2話 帰すためには

異界に迷い込む者がいれば、必ず向かう者がいる。

それが違法であろうと、偶然であろうと関係ない。

「帰る」という選択肢を守る


――それが、異界渡り監察課CORGIの仕事だ。


「ギールちゃん、おかえり~!」


 ひと仕事を終え、界統括機構界監察部異界渡り監察課へと帰還した巡察士:ギールを、文字通りすっとんでいって出迎えたのは彼のバディである妖精型オペレーションシステムのルシカ。


「ただいま~」

 エラインにそう応えながら、与えられているデスクが設置されている監察課内にある別室へと向かうギールの姿を、ほてほてと足音が書き文字で見えやしないかと、スタッフたちがちらちらと盗み見ては微笑ましい表情を浮かべている。

 短い距離の先にCORGI専用に設えられた執務室には事務机が5台入れられており、そのうちの3台にはデスクトップPCがどんと構えるほか、開いたままの読みかけの本がのっていたり、やや雑然としていたりとそれぞれに使っている人物の個性が出ている。

 ギールは開きっぱなしの本がのっている自分のデスクへと進むと、ぽすんとキャスター付きの椅子に腰を落ち着ける。足先が床から浮いてしまうのはご愛敬だ。


「ギールちゃん、ベルト外して。双刀、メンテに出してきてあげる」


 ふわりとデスクの上に降り立つとルシカは、ギールを促して腰につけている双刀を剣帯ごと外させ受け取る。


「報告書、書いてね~」

「うん」


 身長が20cmに満たないサイズ感からすると相当重い筈なのに、ルシカはひょいと剣帯ごと肩に担いでふわりと浮かび、宙を滑る様に進んで部屋から出て行った。

 その背を見送りながらギールは小さく溜息を零つつ、それでも言われたとおりにPCをたちあげ、雛型のデータをひらいて今回の任務の報告書の作成に取り掛かる。

 PCの操作があまり得意ではないギールの入力のペースは、ぽち、ぽち、と随分とゆっくりだ。

 しゅんと、オートロックの部屋のスライドドアが開く音を大きな三角の耳が拾い上げる。

 視線をPCのモニターからドアの方へと向けると、目が合う。同じCORGIのシャールだった。


「アー兄、ただいま~」

「おかえり」


 ギールが声をかければ、彼はファイルと書類を片手に、自分のデスクへと向かいPCの前に陣取る。スリープモードになっているPCの、起動までのわずかな時間を待ちながらシャールが声をかけた。


「早かったんだな」

「うん。ドア開けたらすぐだった」

「初期接触か?」

「うん」

「違法?」

「違法」


 そんなやり取りの間に立ち上がったPCを相手取り、シャールはキーボードをまるで鍵盤楽器を奏じる様になめらかに弾き始める。ギールのキーボードからもれる、ぽち、ぽちと、ゆっくりしたタッチ音とは雲泥の差だ。

 ギールがようやく半分ほど仕上げたところで、シャールは席を立ち、CORGI執務室内に作りつけられているミニキッチンへと足を運ぶ。しばらくしてそこから出てきたシャール手には、二つのマグカップ。片方をギールのデスクにそっと置いた。


「界管理者?」


 短い言葉だけれど、さっきの続きだということは分かる。


「……常習者」

「だろうな」


 シャールはそれ以上何も言わず、ギールの肩にぽんと手を乗せ、自分のデスクへと戻っていった。

 淹れてもらったミルクたっぷりの甘い紅茶を口にしながら、ギールがぽち、ぽち、とキーボードを打ち、ようやく残り1/4をきるくらいまで入力したところでドアが開いた。

 入ってきたのは課長、アキオミ・コガだ。


「おかえり」

「ただいま」

「被害は?」

「ばちんって転んだ時に、手をすりむいてた。あとは、服と……卵はダメだった」

「卵か……」


 課長は一瞬だけ目を細め、それからすぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「本人の意思は?」

「即、帰るって」

「それは良かった」


 言葉は軽いが、声音は仕事のそれだった。


「近頃」


 シャールが声をあげる。


「長期案件が増えてる。それから常習者も」


 続いたその言葉に、ギールがハッとした表情で、空きデスクのイスにどっかりと座り込んだ課長へと視線を向けなした。


「オミ、あの界の管理者、なんとかして」


 何を指してのことかは察しているのだろう、課長が眉尻を下げてギールに向きなおす。


「ばちんって転んだ時に、追いついて割りこめたからよかったけど、あとちょっと遅かったら食べられちゃってた。おれだけでも、あそこに行ったの3回目だよ。おれ以外にも行ってるよね」

「あー……。それな」


 ちらりとシャールへと視線を流すが、当の本人は涼しい顔でPC画面に目を走らせ軽快にキーボードを歌わせている。


「どうにかしたいのはやまやまなんだけどな」


 言いながら、課長は背もたれに背を預け、頭をのけぞらせる。


「違法な異界渡り複数回ってだけで、拘束対象になってもいい頃なんだけどな、うちがさぁ、優秀すぎちゃって対象者に明確な被害が出てないってんで、指導止まりになってんだよ」


 とてとてと、ギールが椅子から降りて課長の真横へと移動する。


「だんだん、危ない感じになっていってる。きっと次は、ない」


 ギールの言葉がごもっともだということは、重々承知している。なにせ、すべての案件を背負う立場だ。


「なんとかして。オミ、なんでもできるでしょ」


”でた、ギールの無茶ぶり”


 課長は心の中で苦笑しながら呟く。

 ギールの中では課長の人物像は一体どんなことになっているのかわからないが、少なくとも“なんでもできる”と思い込んでいるようで、とりあえず言えば何とかなるとも思っているらしい。

 もちろん彼とてどうにもできないこともあるのだが。


“かわいいギールの無茶ぶりだしなぁ”


 表情には出さず、心の中だけでニヤつく。


“俺もあの管理者はちょっとヤバいって思ってるし、しゃーねーなぁ”


「ん~、ギールのお願いだし? おじさん、頑張っちゃおうかな~」

「ほんと!?」

「でも、結果はどうなるかわかんないぞ?」

「だいじょうぶ! オミ、できるし!」


 きらきらと期待の眼差しを向けてくるギールに、へらりと課長の頬が緩む。

 視界の端で、シャールの口元が弧を描いているのを捉え、心の中で苦い吐息をもらした。


「あ、そうだ!」


 急に何か思い出したようで、ギールがぽんと手を打つ。


「ん? どうした?」

「今日の人、地球の人だったよ。地球界の人だったら今の状態を認識させやすくなるからって教えてくれた言葉。あれ、通じた。オミはなんでも知っててすごいね!」


 課長は何か特殊な言葉でも教えたかなと考え、思いあたった言葉を口に出す。


「あぁ、異世界トリップか」

「そうそれ!」


 ギールが嬉しそうにしている手前、そんな言葉を知ってるのは、じつは少数派で、たまたま今日の対象者がそうだったんだろうとは言い出しづらい。


 しゅん、と。


 軽い音とともにドアが開き、双刀を剣帯ごと抱えたルシアが戻ってきた。


「ねぇねぇ、聞いて~。別件だけど、10年越え、また一件増えてたよ」


 その言葉でシャールの口からはため息が漏れ、室内の空気がほんの少しだけ重くなる。


「常習者問題も厄介だけど、そっちも問題なんだよなぁ」


 空気だけでなく、課長の口調が重くなったのも仕方ないことだろう。


「減るんだよなぁ、選択肢が。時間が経つほど……」


 過去のデータが、脳裏をよぎる。

 課長の目が、ほんのわずかに伏せられた。


「早ければ早い方がいい……」


 明かさない胸の裡とともに大きく息を吐きだし、課長は立ち上がると側にいるギールへと手を伸ばし、もふりと頭をひと撫でした。


「俺たちは、俺たちにできることをするだけだ、な」

「帰してあげられるの、おれたちだけだし」


 彼らのそんなやり取りに、ルシアは抱えたままの双刀をギールへと差し出しながら紡ぐ。


「CORGI、だもんね」


 ギールが手を伸ばし、メンテナンスから返ってきたばかりの双刀を、そういえば整備班から何か言われていた気もするなと思いながら剣帯ごと受け取る。

 丁寧に大事に扱っても細かい傷がついたままの剣帯。慣れた手つきで装備し、腰の後ろで交差している鞘から双刀を抜き、軽く振るって馴染みを確認すると鞘に納め剣帯を外す。

 

「……できる範囲でがんばる」


 ぽつりと、ギールが付け足した。

 その言葉に、ギールらしいと、課長の口元がゆるむ。


「それでいい。君たちは——」


 一瞬、言葉を切り、


「——CORGIなんだから」


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