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キラキラの夜

作者: 北大路京介
掲載日:2025/12/21

夜の街は、静かだった。

街灯がぽつぽつと並び、アスファルトに光の粒を落としている。

その光の中を、一匹の猫が歩いていた。背中が、星みたいにきらめいていた。


「……おい。」


男は声をかけた。

猫は立ち止まり、振り返る。

その目は、夜空の奥みたいに深かった。


「何してんだよ、こんな時間に。」


猫は、ふっと笑ったように見えた。

「集めてるんだよ。」


「集める?」

男は眉をひそめる。

「何を?」


「キラキラ。」

猫は短く答えた。

その声は、風みたいに軽かった。


男は苦笑した。

「キラキラねぇ……。ガラスの破片でも拾ってんのか?」


猫は首を振る。

「違うよ。君には見えないもの。」


「見えないのに、集められるのかよ。」

男はポケットに手を突っ込みながら、猫の後を歩き出した。


「なぁ、それ、売れるの?」

男は軽く笑う。

「キラキラ専門のバイヤーとかいるのか?」


猫は肩をすくめるように尻尾を揺らした。

「売らないよ。夜が暗すぎるときに、そっと置いていくんだ。」


「誰かって誰だよ。」

男は少し声を低くした。

「……俺じゃないよな。」


猫はちらりと男を見た。

「君かもしれないし、君じゃないかもしれない。

キラキラは、名前を選ばないから。」


男は鼻で笑った。

「占い師かよ。」


猫は路地の隅に落ちていた小さな水たまりを覗き込む。

街灯の光が水面に揺れていた。

猫はそっと前足を伸ばし、その光をすくうような仕草をした。

すると、不思議なことに、その光が猫の手の中で小さな粒になった。


男は目を見開いた。

「……マジかよ。」


猫は粒を瓶に入れる。瓶の中で、光がちいさく瞬いていた。

「こうやって、集めるんだ。」


男は瓶を覗き込む。

「それ、何に使うんだ?」


猫はしばらく黙っていた。

そして、ぽつりと言った。

「誰かの夜を、少しだけ明るくするんだよ。

暗闇は、時々、重すぎるから。」


男は笑った。

「詩人かよ、お前。」


猫は肩をすくめるように尻尾を揺らした。

「君だって、探してるんじゃないの?」


男は足を止めた。

「……何を?」


猫は振り返り、まっすぐ男を見た。

「キラキラ。

君が落としたもの。君がまだ、手放せないもの。」


男は、答えられなかった。

ポケットの中で、手が少しだけ震えた。


「なぁ。」男は口を開いた。

「それ、俺にも集められるのか?」


猫は首をかしげる。

「君が見つけられるなら。

でも、見つけるんじゃない。気づくんだよ。

キラキラは、目じゃなくて、心に映るものだから。」


男はしばらく黙った。

遠くで波の音がした。

その沈黙の中で、男は小さくつぶやいた。

「……昔、あったんだよ。俺にも。」


猫は耳を動かした。

「何が?」


男は笑った。

「キラキラだよ。……あの頃は、そこら中に転がってたのにな。」


猫は首をかしげる。

「どこで?」


男は少しだけ目を細めた。

「海辺の公園。……あいつと、よく並んで座ってた。」


猫は瓶を差し出す。

「一つ、あげるよ。

これは、誰かの笑顔のかけら。

君のポケットにも、まだ入るだろ?」


男は瓶を受け取った。

中で光が、ちいさく揺れていた。

それは、誰かの笑顔みたいにあたたかかった。


男は、ふっと笑った。

「……ありがとな。」


猫は何も言わず、夜の闇に溶けていった。

ただ、去り際に一度だけ振り返り、

街灯の下で、ゆっくりとまばたきをした。

その目は、星を閉じ込めたみたいに光っていた。


男はしばらく、その光を見つめていた。

そして、誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやいた。


「……あいつ、まだ笑ってるかな。」


波の音が、遠くでやさしく響いた。

男は瓶をポケットにしまい、ゆっくりと歩き出した。

その歩幅は、ほんの少しだけ軽くなっていた。


夜空には、猫の足跡みたいな星が、静かに瞬いていた。


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