キラキラの夜
夜の街は、静かだった。
街灯がぽつぽつと並び、アスファルトに光の粒を落としている。
その光の中を、一匹の猫が歩いていた。背中が、星みたいにきらめいていた。
「……おい。」
男は声をかけた。
猫は立ち止まり、振り返る。
その目は、夜空の奥みたいに深かった。
「何してんだよ、こんな時間に。」
猫は、ふっと笑ったように見えた。
「集めてるんだよ。」
「集める?」
男は眉をひそめる。
「何を?」
「キラキラ。」
猫は短く答えた。
その声は、風みたいに軽かった。
男は苦笑した。
「キラキラねぇ……。ガラスの破片でも拾ってんのか?」
猫は首を振る。
「違うよ。君には見えないもの。」
「見えないのに、集められるのかよ。」
男はポケットに手を突っ込みながら、猫の後を歩き出した。
「なぁ、それ、売れるの?」
男は軽く笑う。
「キラキラ専門のバイヤーとかいるのか?」
猫は肩をすくめるように尻尾を揺らした。
「売らないよ。夜が暗すぎるときに、そっと置いていくんだ。」
「誰かって誰だよ。」
男は少し声を低くした。
「……俺じゃないよな。」
猫はちらりと男を見た。
「君かもしれないし、君じゃないかもしれない。
キラキラは、名前を選ばないから。」
男は鼻で笑った。
「占い師かよ。」
猫は路地の隅に落ちていた小さな水たまりを覗き込む。
街灯の光が水面に揺れていた。
猫はそっと前足を伸ばし、その光をすくうような仕草をした。
すると、不思議なことに、その光が猫の手の中で小さな粒になった。
男は目を見開いた。
「……マジかよ。」
猫は粒を瓶に入れる。瓶の中で、光がちいさく瞬いていた。
「こうやって、集めるんだ。」
男は瓶を覗き込む。
「それ、何に使うんだ?」
猫はしばらく黙っていた。
そして、ぽつりと言った。
「誰かの夜を、少しだけ明るくするんだよ。
暗闇は、時々、重すぎるから。」
男は笑った。
「詩人かよ、お前。」
猫は肩をすくめるように尻尾を揺らした。
「君だって、探してるんじゃないの?」
男は足を止めた。
「……何を?」
猫は振り返り、まっすぐ男を見た。
「キラキラ。
君が落としたもの。君がまだ、手放せないもの。」
男は、答えられなかった。
ポケットの中で、手が少しだけ震えた。
「なぁ。」男は口を開いた。
「それ、俺にも集められるのか?」
猫は首をかしげる。
「君が見つけられるなら。
でも、見つけるんじゃない。気づくんだよ。
キラキラは、目じゃなくて、心に映るものだから。」
男はしばらく黙った。
遠くで波の音がした。
その沈黙の中で、男は小さくつぶやいた。
「……昔、あったんだよ。俺にも。」
猫は耳を動かした。
「何が?」
男は笑った。
「キラキラだよ。……あの頃は、そこら中に転がってたのにな。」
猫は首をかしげる。
「どこで?」
男は少しだけ目を細めた。
「海辺の公園。……あいつと、よく並んで座ってた。」
猫は瓶を差し出す。
「一つ、あげるよ。
これは、誰かの笑顔のかけら。
君のポケットにも、まだ入るだろ?」
男は瓶を受け取った。
中で光が、ちいさく揺れていた。
それは、誰かの笑顔みたいにあたたかかった。
男は、ふっと笑った。
「……ありがとな。」
猫は何も言わず、夜の闇に溶けていった。
ただ、去り際に一度だけ振り返り、
街灯の下で、ゆっくりとまばたきをした。
その目は、星を閉じ込めたみたいに光っていた。
男はしばらく、その光を見つめていた。
そして、誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやいた。
「……あいつ、まだ笑ってるかな。」
波の音が、遠くでやさしく響いた。
男は瓶をポケットにしまい、ゆっくりと歩き出した。
その歩幅は、ほんの少しだけ軽くなっていた。
夜空には、猫の足跡みたいな星が、静かに瞬いていた。




