9 決着
先に動いたのはゴーレムだった。
リコの方へ振り向き、今度は右の拳を振りかぶって叩きつけようとしている。
その動作はゆっくりに見えたが、実際にはかなり速かった。
リコの駆ける速度が上がる。
叩かれるよりも早く、彼はゴーレムの懐に飛び込んだ。
ゴーレムが拳を振り下ろす。
私から見れば、もう潰されたようにしか見えなかった。
広間に重い地響きが響き、また私の体の芯まで震えた。
地面から土煙が舞い上がり、ゴーレムの姿を包み込む。
その中から、甲高い金属音が響いた。
時折、土煙の向こうに火花が見える。
リコがゴーレムを切りつけて生じた火花だった。
人間でいう胸部や腹部を切りつけていた。
私がもう少しでゴーレムに届くというところで、土煙が収まり始める。
無我夢中で、私はゴーレムの足に短剣を振るった。
甲高い金属音とともに、振動が体の芯に響く。
刃が通らなかったけど、わずかに傷つけることはできた。
私はいったん距離を取り、ゴーレムを見据える。
絶対に、傷つけられないというわけではない。
ゴーレムの丸い頭を見る。目と目の間に傷があるのが見えた。
多分、あそこだ。直観だけど、きっと正解。
だけど、距離があるし奥の手を使うかどうか迷っていたら、ゴーレムは横薙ぎに腕を振ろうとしていた。
「ミーシャ!」
リコの声が危険を知らせる。
横に振るわれた腕が、私に迫ってくる。
「硬いなー、相変わらず!さあどうするよ!次は?どうする!このドワーフ王の試練、どう切り抜ける!?」
アークが場違いなほど明るい声で叫ぶ。
もう腕が、逃げられない距離まで迫っていた。
猫獣族の特徴は、大きな耳と暗闇で灯りなしに見えることだけ――
そう思っているなら、甘く見ないでほしい。
そんな思いが、鍋で沸騰する水のように湧き上がってくる。
急いで、だけど静かに、大きく息を吸って吐いた。
「先祖の血筋」
その瞬間、体の奥から力が溢れ出すのがわかった。
体が軽い。剣が軽く感じる。すぐにでも空へ飛んでいけそう。
体が燃えるように熱い。剣を握っている手を見ると、手の甲や二の腕から白い蒸気のようなものが立ち上がっていた。
もうゴーレムの腕がすぐそばにあって、腕から感じる殺意が私を襲い、毛が逆立った。
「ミーシャ!」
再びリコが叫ぶ。今度は、少し悲鳴じみていた。
腕が私にぶつかる寸前、跳躍する。
腕を足場にして、ゴーレムへ向かって駆ける。
ゴーレムの弱点は、額か胸元。
それは決まっている。このゴーレムは頭だ。
「やるねー、あのねえちゃん!久しぶりに見たぜ、あれは“先祖の加護”だ!!」
アークが興奮気味に叫んでいたが、私は気にせず、腕を伝って顔へ向かって走る。
人間でいう肩のあたりで、再び跳躍。
目標は頭部。
周囲が再び、ゆっくりと動き始める。
浮遊感の中、下へ引っ張られるように落ちていく。
下には、ゴーレムの丸い頭。
ゴーレムは右手で頭を守ろうとしていた。
守ろうとする動きで、憶測は確信になった。
到着するのは私の方が早い。
そのさらに下では、リコがこちらへ跳ぼうとしているのが見えた。
少しずつ、頭が近づいてくる。
私は全力で、片手剣をゴーレムの頭に叩き込んだ。
甲高い音が広間に響く。手からつたわる振動が体の芯までひろがる。
足と同じく、刃が通らないほど硬かった。
それでも、少しずつ刃が食い込んでいくのがわかる。
振り下ろしている間、何かを叫んでいた気がする。
でも、自分が何を言っているのか、もうわからなかった。
ここでやらなければ、私もリコも生きて帰れない。
親方のところに帰れない。
そんなのは、絶対に嫌だ。
思い出すのはあのツタがいたるところにある鍛冶屋。
唸るように燃えている炉。鼻を刺す鉄の匂い。打ち延ばされる鉄が鳴らす音。
そして、親方と暮らす家の匂い。
冒険っていうのは、帰る場所があるからこそ、意味があるんだ――
心の中で、叫んでいた。
だが、刃が半分入ったところで、急速に勢いを失っていく。
もう少し。きっと、もう少しで届く。
剣を握っている手が痺れてきた。肘も辛い。今になってさっき転んで痛めた肩が痛くなってきた。
あと、もう一押しあればいけるのに。
そう思った瞬間、リコが私の剣に交差するように、自分の剣を重ねてきた。
彼は、ゴーレムの手を逸らしてからこちらへ来たらしい。
視界の隅に頭を守ろうとした手が後頭部の方へ逸れていった。
どうやって逸らしたのかは見ていなかったけど、手や腕から煙が上がってた。きっと、何かしらの魔法を使ったのかなって思った。
リコの剣は、さっきよりも強く輝いていて、まぶしいほどだった。
剣が十字に重なった瞬間、私の剣も輝きを放った。
十字に重なる剣を見て、ああ、私たちは一緒に戦っているんだ――そう実感した。
「きたきたきた!!ここで決める!決めちゃうのか!!そして手に入れるのか!ドワーフの宝である俺を!」
アークの興奮した声が聞こえていたけど、どうでもよかった。
力いっぱい、剣を押し込む。私の気持ち事、刃に乗せて。
私は――
私たちは、やるんだ。
その気持ちだけだった。
何かが破裂する音が暗い部屋中に響いた。
音が鳴りやむと耳が痛いほどの静けさが部屋を満たした。
その瞬間、ゴーレムの体から青白い淡い光が急速に消えていく。
ゴーレムは動かなくなり仁王立ちのまま、ただの人形になった。
少し経ってから、私は息をしていなかったことに気づき、慌てて呼吸した。
息を吸った瞬間、汗が顔いっぱいに垂れてきた。
前髪がおでこに張り付いて、気持ち悪い。
目に汗が入り、痛くて――もう片方の目でリコを見る。
リコも汗だくで、肩で息をしていた。
お互い見つめ合い、笑った。
やり遂げた。言葉にしたかった。でも、胸の奥が熱すぎて、声にならなかった。
広間は元の静寂を取り戻し、冷たい空気に包まれていた。
でも私の胸の奥に灯った火で、体は熱かった。
「やったね、ミーシャ」
いつものリコの笑顔が、静かに祝福してくれた。




