7 ドワーフの試練
時が止まったような気がした。
背後から聞こえていたリコの足音も消え、広間の冷気も消えた。
剣の横で揺れる青白い炎だけが、ゆっくりと、まるで時間に逆らうように動いていた。
少し後ろにいるリコを見る。
目を丸くしたリコも私を見て、剣を見る。
私は再び剣を見て、剣の後ろや周囲を見回した。
「いや、こっちだから。この台座にいるアーク様! ドワーフの最高傑作と言われた俺!! どうよ!」
もし、この目の前の剣が人だったら、胸をそらして仁王立ちして言っていたんだろうな。
何だろう。顔まで想像したら……殴りたくなってきた。
「け……」
「け……? 俺には毛はないぜ! 刃はついてるけどな!」
「剣が……喋った」
絞り出すように言った私の声は掠れていた。
リコを見る、リコも目を丸くして驚いていた。
「なんだよ! 悪いか、ねえちゃん! 今の剣は物言わぬ鉄と化してるのか?」
さっきより落ち着いた声だった。再び剣の方へ向きなおす。
リコが私の横にきて恐る恐る、剣の方を左右見回して口を開いた。
「えっと……なんていうか……初めてですね。剣と話すのは」
リコがドワーフの宝であるアークに話しかける。ちょっとビビり腰だったけど。
「そうなんか……ところで今、何年だ? あれ? ドワーフ王のあいつは一緒じゃないのか?」
少し剣が左右に動いたような気がした。
周囲に私たち以外の人がいないことを確認しているらしい。
「僕たち二人だけです」
リコが気づいたのか、剣に向かって言った。
剣は左右の動きを止め、静止して少し黙った。何か考えているようだった。
「あー、試練か。たしか、そんなことあの王が言ってたな。忘れてたけど前もこんなことあったわ!じゃあ、これから大変だな、二人とも!」
少し黙ったあと、何か思い出したようにそう言った。
ここまでが試練だと思っていたけど、まだ何かあるような言い方だった。
「えっと……どう大変なんです?」
リコが剣に尋ねたそのとき、何かが私の頭にぶつかった。
地面に落ちて、剣の右側に転がっていった。少し青く光る石だった。
「懐かしいなー。たしか、前は五人組のドワーフだったな。まあ、失敗したけどな」
また石が降ってきた。今度は剣の正面に落ち、私の足元まで転がってきた。身体中の毛が徐々に逆立ってきた。
何が起こるのか聞こうと剣を見ると、剣がさっきよりも光って見えた。
「前のやつらは本当にダメだった。仲間がいたのに全然、なってなかった・・・お前らにもあいつらと同じ言葉をくれてやるよ!…マイアのご加護があらんことを」
急に真後ろから、大きな音と風がした。
風に背中を押されて剣にぶつかりそうになり、とっさに剣を飛び越えた。
風が私の耳を後ろに強く撫でた。風の勢いで目が開けづらい。
それでも私は剣越しに、通ってきた道を瞬きしながら見た。
リコは剣を背にして、片手で風や飛んでくる砂埃から目を守っていた。
「ミーシャ! 大丈夫!?」
リコがこちらを見ずに叫んでいた。その声は風で聞きにくかったけど何とか聞こえた。
「大丈夫!! 何!? 何が起こったの!?」
負けじとリコに叫んだけど、リコは黙って前を向いていた。
凄く警戒しているみたい。私も、さっきよりはるかに耳の毛が逆立っていた。
砂埃が落ち着き、小石や砂が落ちる音がやむと、音と風の中心には青く光る大きなゴーレムが片膝をついた状態でいた。
ゴーレムが現れてから、部屋の中の圧がより一層のしかかってきて、息をするのも苦しくなってきた。
頭は丸く、胴体は四角くて角張っていて、無骨な感じのゴーレムだった。
ただ、大きかった。背は私の三倍……いや、四倍はあるかもしれない。
腕は私が三人並んだぐらいの太さで、あの腕で殴られたら、生きてはいられないだろう。
「さあ、試練の始まりだぜ!! 頑張れよ、二人とも!このドワーフ王お手製の試練のゴーレムを倒してみな!俺を使ってもよし! 道具を使ってもよし!! 勇気と力を示せ!!」
「ミーシャ!! やるよ!」
リコは背にあるアークを引き抜いて、ゴーレムに対して構えた。
それに呼応するように、私も自分で鍛え上げた剣を引き抜いて構える。
「お! 俺を使うのか、人族の少年!! 良いねえ。良いぞ、その覚悟。やろうぜ! 何百年かぶりの戦いだ!!」
剣がリコに、大きな声で鼓舞するように言った。
リコは剣を見て、後ろの私に少し目線を向けた。
私はリコに頷いた。やるしかない。前へ。
私は大きく息を吸って、ゴーレムを睨みつける。
倒さないと、生きて帰れない。
覚悟を決めないと、体が動かない。
ここで挫けてるようでは外の世界に行けない。私は私のしたいことが出来ない、そう思った。
ゴーレムが前に一歩、こちらへ踏み出した。
その一歩だけで、振動が体の芯まで響いた。
風が再度私たちに襲い掛かる。
「勇気と力があるものが、俺を扱える!こいつを倒して見ろ、ふたりとも!倒した暁にはドワーフの宝である俺がお前らに仕えてやる!」
偉そうに。何様だ、こいつ。そう思ったけどそれよりも、このゴーレム。関節はどうなっているのかよく見えないけど、膝も肘も曲がるみたい。あと人間でいう膝のところと、頭にも額のところに傷があった。
そんなことを見て考えていると、ゴーレムが私たちにさび付いた部品を回すようにゆっくり顔を向けた。
丸い頭から2つの赤い目が私たちを睨んだような気がした。
同時に、私たちに左拳を振り上げた。
一瞬だった。気づきもしなかった。私は思ったよりも素早く動いたことに驚いて、とっさに動けなかった。
死ぬかもしれない。そう思った瞬間、体が動かなくなり、膝が地面についた。
小さかったころ、親方と並んで眠った夜。剣の稽古、料理の手伝い。
一緒に過ごした日々が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。
ゴーレムは好機とばかりに、風と共に拳を振り下ろしてきた。




