4 壁画の前にて
洞窟内は暗く、奥に進むにつれて空気が冷たくなってきた。
まるで、春から冬へ季節を逆戻しているみたいだった。
リコが言っていた通りの道順で、最初の分かれ道を右に進むと、少し広めの部屋に出た。
この部屋には何もないけど、私にとっては大好きな場所。
一番冷たくて、ほこりっぽいけど――
なぜなら、私が一番好きな壁画があるから。
他の壁画はところどころ欠けたり、色が落ちていたりしているけど、
この部屋の壁画は綺麗に残っていて、まるでドワーフ王国が栄えていた時代から、朽ちるのをやめたみたいだった。
しかも、他の壁画よりも少し大きく描かれている。
薄手の白い服を着た金色の髪をした女の人が、大きなハンマーを両手で大事そうに胸に抱いている壁画。
大きさで言えば、私が全力で垂直に跳んでも、両手のところに届くか届かないかくらい。
それくらい大きく描かれている女神様。
そう、この女の人は、たぶん山の女神様。
前に親方が、ドワーフ王国では古来より山の女神様を信仰していたって教えてくれたことがあった。
今でも作業場の横にある休憩所には、親方が彫ったという女神様の像がある。
私は像よりも、この壁画の方が好き。だって美人だし。目は閉じてるけど、大事そうにハンマーを抱いている。
なんか、大切にしてる感じが出てて、すごく好き。母性を感じる。
その壁画を見て、「綺麗だな」って思いを込めて、少し熱っぽいため息を吐いた。
静かなため息でさえ、この洞窟内ではすごく響く。
もし……もしだけど、自分に母親がいたら、こんな感じだったのかなって。
親方には、自分の両親のことを聞いたことがないし、聞こうと考えたこともないけど。まず、第一に親方が自分の母親のこと知っているかどうかもわからない。でもきっと知っている。私の母親のこと。そんな母親と壁画を重ねて色々と考えていたけど、結局、思ったことはひとつ。
「綺麗だ」…って思っていたら、すぐに現実に引き戻された。
「神話に出てくる七人姉妹のうちの末娘、マイアだね」
左側から声がして、そっちに目線を向けると、いつの間にかリコが横にいて、少し見上げて壁画を見ていた。
「ドワーフの祖先は、このマイアの息子っていう話があるんだけど、聞いたことある?」
急に学者っぽいことを言ってきた。え、何? 見た目、貴族の三男坊っぽいのに、本当は学者さん?
私が黙って聞いていると、知らないと思ったのか、リコが続けた。
「たぶん、この壁画の向こうにドワーフの宝があると思うんだ。隠し扉とかになってると思うんだよね」
そんな馬鹿な。前回も、前々回もここに来たことあるけど、いろんな人が壁を触ったり叩いたりしてた。
そんなの、見つからなかった。
「そんなものないよ。だって、これまで見つからなかったし。いろんなとこ叩いたり触ったりしたけど何もなかった」
「それはしっかり調べてないし、叩くからダメなんだよ。『ドワーフの槌を振るえ』っていう朝の話、覚えてる? 槌を振るわないとダメなんだ」
どこにあるんだよ、そんなの。
あ、もしかして――
私は、女神様が両手で抱えているものを見た。
「そう。マイアが持っている槌。それがカギだと思うんだ。ちょっと待ってて」
そう言って、リコの身体が薄緑色の膜に包まれて宙に浮いた。そのまま、女神様の両手のところへ向かう。
リコが女神様が抱えていたハンマーに触れるとガコって重い音ともに埃を落としながら少し動いた女神様が抱えていたハンマーは壁画の中に消えていく。
リコがハンマーを押しリコの腕が肘まで壁に吸い込まれるように消えていった。
そして、ハンマーの柄の部分がリコの方にせり出し、それを地面に向けて押した。
移動させても……何も起きなかった。
リコが下に降りてきて、頭をひねりながら「あれ?」と言った。
次はどうするのか聞こうとした瞬間、地響きが鳴った。
巨大なものが開くような、閉じるような――判別できないほどの重い音が部屋に響いた。
崩落したらまずいと思い、来た道を戻ろうと急いでリコの手をつかんで走り出そうとした。
前を向いたら、来た道は大きな壁に、もう閉ざされるところだった。
「大丈夫だよ。違う扉が開くから」
振り返ってリコを見ると、穏やかに笑っていた。
私が振り向いた先――女神様の真下に、また地響きとともに壁が外側に向かって開き始めた。
その先が、ドワーフの宝へ続く門なのだろう。
門の先の暗さは、周りの暗さよりももっと深く、冷たい空気が流れているようで怖かった。
だけど、こんな冒険をしてみたくなかったかというと、それは嘘。
「さあ、ドワーフの宝を手に入れようか」
リコが、反対に私の腕をつかんで、一緒に連れて行こうとする。
本当にあった。ドワーフの宝は、あったんだ。
そう思うと、心が熱くなるのを感じた。




