3 洞窟の中にて
かつてのドワーフ王国は、どこか埃っぽい、もしくはカビっぽいような臭いが洞窟内を占めていた。
目の前の洞窟の中は暗く、どこまでも闇が続いているような錯覚を覚える。
私以外の種族だったら何も見えなくて怖いぐらいの闇なんだろうけど。
でも私の目は、そんな暗いところも見通せる。
昔は内壁に、もっとたくさんの壁画があったらしい。
今ではほとんど剥がれ落ちてしまい、ただの岩肌になっている。
過去の栄光も、今は霧と消えた――そんな感じ。
それでも、たまに残っている壁画を見るのが好きだった。
暗闇でも見えるから、つい長居したくなる。
天井に、たまに見える美しい女の人。金色の髪に、薄いローブを着て両手を左右に広げて何かを迎えてくれるような姿で描かれている。
太い腕で鍛冶をしているドワーフの姿。金床に向かって何かを叩いている姿が描かれている。親方みたいに髭を生やしたドワーフ。その周囲には火花が散っていた。
この間、綺麗な女の人の壁画を見上げてばかりいて転びそうになったけど綺麗だからずっと見ていたくなる。ドワーフの壁画は、昔も今もやっていることは変わらないんだなって、少し親近感がわく。
それらを見ていると、「ああ、今、冒険してるんだな」って思える。
そんなことを考えていたら、最初は冒険者への嫌がらせで早く歩いてたのが、早く壁画のところに行きたくなって早くなっていた。
今回でフォス鉱山の洞窟も三回目だったから、慣れもあったんだと思う。
「おーい、待ってよー」
後ろから声が聞こえたとき、急ぎすぎたなと思った。
だから、彼の明かりがつくまで少し待つ。
「すごいね。やっぱり猫獣族って、本当に夜目が効くんだね」
後ろから、楽しそうな声が聞こえた。
怒るでもなく、焦ることもしていない。
何なんだ、こいつ。遊びに来ているわけじゃないのに。
そういえば、ここまでくる時の山道にも慣れてるし、こんな昔の遺跡にも慣れてる感じ。
ここまで息も切らしてないし。
しまいには、松明に明かりをつける手つきも、慣れてる感じだった。
今も笑顔を張り付けた顔で私を見ている。
何か楽しそうな、というかワクワクしている感じ。
釣られて私も楽しそうになりそう。
遊びじゃない、という気持ちを持つためにも私は立ち止まって冒険者に声をかけることにした。
「あんた……」
冒険者が私を、ん?何?という顔をして笑顔から疑問の顔になって見てきた。
そして、ちょっとあっと言って口を開いた。
「リコ。リコだよ、僕」
そう言って、ニコッと笑っていた。
また無邪気な笑顔。釣られて私も笑いそうになる。
「リコは……ソロ冒険者で最速でランクを上げたって聞いてたけど。どれくらいで上げたの?」
朝来た時に、私が準備していたら親方とリコが話していたのを横耳で聞こえていた。その時、親方が驚いたように少し大きな声で言っていたのを思い出す。
だから…少し、ソロ冒険者――リコに興味が湧いた。
彼が少し上を向いて、うなって考えてから答えてくれた。
「…あー、三日だったかな?」
「私、嘘をつく人、嫌い」
嘘を言われたから、私は素直に言ってみた。私って、いい子。親方にもほめられた、素直で良い子だって。
何より、依頼主との信頼って正確な情報交換だから。親方も嘘ついてもいずれバレるって言ってたし。
リコが驚いたような…いや、ちょっと傷ついたような顔をした。
ちょっと言葉を選んで言えば良かったかな、とも思ったけど、ほら私正直者だから。
でも、そういえば前に親方にお前は正直すぎる、だからもうちょっと言葉を選んで言えって言ってたっけ。
…親方なら、なんて言ったかな。
私は少し、自虐的な意味を込めて息を強く吐いた。
「いや、本当だって! 僕が冒険者になって、まだ四日ぐらいなんだって」
リコが発した少し大きめの声が洞窟内の壁に反射して響き渡った。
うるさいなーって思ったけど…それは言わず、代わりに私は少しため息をつく。
「はいはい。本当は三週間とかでしょ?」
リコが頑張って、分かってもらおうと次の言葉を言う前に私は前を向いて歩きだす。
歩きながら、リコについて考える。なんで冒険者やっているのか。冒険者やらずにいても、どこでもやっていけそうな物腰と態度なのに。
普通、冒険者と言ったら荒くれ者、というイメージだったから。実際、町で買い物をしていたとき、酒場で喧嘩している冒険者に遭遇したことがある。
そんなのを見てきたから、余計にこの冒険者と私が考える冒険者のイメージが合ってないんだよなーって思う。
また、さっきのリコが言った3日か4日でランクを上げたことを思い出して、それについても考えてみた。
確か、町で聞いた話だと最速記録は四週間だったから、三週間だろ。見栄張ったな、こいつ。
「えー、嘘も言ってないんだけどな……どうしたら信じてくれる?」
歩きながら、リコの方を見たら、ちょっと肩を落として下を見ていた。
再び前を向いて思うのは、言いすぎだったかなってこと。少し可哀想になってきた。
でも本当の事だし。
というか信じてもらおうとしてるんだ、こいつ。
まだ、出会って1日もたってないのにって思う。
まず、あのドワーフ王国の文献だって、本当かどうか怪しいのに。
後ろを振り向いて、苦い顔をしながらリコを見たら、また穏やかな笑顔を返してきた。
少し立ち止まってリコの方を見ずに、考えてみる。
暗い洞窟の中の岩肌を見ながら考えてみたけど、何も思いつかなかった。
「とりあえず」
「とりあえず?」
「ドワーフの宝、見つけたらってことで」
私はそう言って、また歩き出した。
「頑張って見つけようね」
ちょっと明るい声が返ってきた。
いつも楽しそうだな、こいつ。何もかも楽しいですって感じ。きっと道端の石ころにも興味わいて楽しくしそうにするんだろうな。…いや、それはないか。
そして強く思ったことは一つだけ。
……いや、お前が見つけるんだよ――とは実際には言えず。
そんなリコからの応援を背に受けながら、私たちは洞窟の先へ進んでいった。




