14 親方と思い出
親方は、ミーシャたちが見えなくなった道をしばらく見つめていた。
風に揺れる木々の音がする。小鳥たちが元気に鳴き、穏やかな一日の始まりを告げていた。
今日も、誰かしら来るかもしれない。
いくつか依頼はあるが、急ぎではない。
店を開けよう。なるべく、いつもの日々を過ごそう。親方はそう考えた。
少しため息をつき、家へ向かいながら、ミーシャたちが歩いていった道を振り返る。
「気をつけていけよ。お前たちの道に、マイアのご加護があらんことを」
もう見えないミーシャたちに、囁くように言った。
家に入った後、親方は店を開く準備をした。
店の前の掃除、工房の掃除、仕事道具の確認。
それらを終えても、まだ朝と言える時間帯だった。
少し時間があると思い、部屋へ向かう。少しゆっくりしよう。
向かう途中、家の大黒柱があり、そこにはいくつも横に引かれている印があった。
ミーシャの成長の証。一番下は親方の膝ぐらいのところからある刃物で引かれた印。
親方が一番下から自分の頭のところまですっと撫でた。
指先が赤ん坊だった頃の小さかった手を思い出す。小さな手で自分の無骨な指を握ったあの日を。
最後に印をつけた場所は自分の背よりも少し高いところにあった。
膝あたりにあった印から少し見上げる場所にある印までゆっくり見た。
大きく成長した。本当に。そう親方は思う。
大黒柱を撫でた手で2回軽くたたき、再び自分の部屋へ向かう。
部屋に入って灯りをつけ、軋むベッドに腰掛ける。
目の前には、長方形をした大きな木箱がある。
蓋の部分には女神マイアが掘られていた。両手に逆さにした剣を持っている女神マイア。
剣は誰かを攻撃するためだけにあるのではない、守るためにもあるんだよ。
そう言われたから、守るような女神マイアを掘ったな。
そしてその女神マイアは俺たちのシンボルになった。
久しぶりに見てみるか――そう思い、蓋を開けた。
中には、拳ほどの白く丸い球体と、手前から短剣、弓、短槍が入っていた。
親方は手前の短剣を手に取り、静かに鞘から抜く。
抜かれた短剣は、美しい輝きを放っていた。
親方は、その刃をそっと撫でた。
「やはり、お前の娘だったよ、マリー。お前と同じ、冒険者になっちまった。あの子を産むと言われた時から、もしかしてそうなるかもとは思っていたが……どうか、今は亡き仲間たちよ、英雄たちよ。あの子たちを見守っておくれ」
静かに剣を鞘に戻す。
大切な剣を木箱に収め、蓋を閉じた。
そして、木箱を愛おしむように、そっと撫でた。
「お父さんって言われたな……」
嬉しそうに、どこか恥ずかしそうに笑う親方。
瞼を閉じて浮かぶミーシャとの日々。瞼の裏に静かにいくつもの風景や出来事が映し出される。
生まれた日、ミーシャが一人で立った日、マリーが亡くなった日、鍛冶仕事を見てたら私もしたいと言われた日、初めて鉄を打ったら飛んできた火花で火傷した日。
火傷した日は、まるで火が激しく燃え上がるように泣いていた。だけど「またやる」と言った顔を見た瞬間、この子はマリーの子なのだなって思った。諦めない、やる気に満ちた目の中に見えるけど見えない光…焔は母親にそっくりだった。
少しそのことを思い出して親方は優しく笑う。
まるで昨日の様に鮮明に、鮮やかに蘇る。
少しの時間、目を閉じながら思い出していたが、さて、仕事場に戻ろう。そう思いベッドから親方は立ち上がった。
体に残っている燻る火を外に出すように、寂しさを追い払うように、鋭く短く息を吐いて。
部屋の灯りを消し、静かに扉を閉めた。
だが、心の焔は灯された。
その焔は、ドワーフの鍛冶屋の娘に引き継がれた。




