13 旅立ちと別れ
玄関には、皮でできた背嚢と、自分で鍛え、親方が研いでくれた剣が静かに壁に立てかけてあった。
背嚢を持ち上げると、フィン鉱山に行ったときよりも少し重かった。
振り返ると親方は少し笑って、こちらを見ていた。
「まあ、町まで距離あるしな。ちょっと色々と入れておいた」
親方が少しため息をついて、頭をかいた。そんな親方の姿を、私は初めて見た。
「うん。行ってきます」
「おう。行ってこい」
外に出ると、リコが背中を向けて待っていた。
穏やかな風が吹いていて、その風が私とリコの髪をそっと揺らす。
私が出てきたことに気が付いたリコが、振り向いた。
昨日、初めて会話したときと同じ笑顔で、私を出迎えてくれた。
私も、少し笑って返した。
もう一度、家を振り返る。
ところどころツタが生えた壁、少し短い煙突、私の部屋の窓、鍛冶屋の工房――
そして玄関で腕を組んでいる親方。
私はこの家で生まれて育った。
毎朝の鳥の声で起きて、鉄の匂いが漂う場所で仕事の準備をし、時間があれば個人的にあの大きな手で指導してくれた。
初めて剣を鍛えた日のことを思い出す。
不格好な剣だった。でもその剣を見て親方は嬉しそうに笑って「お前の焔の形は良い形だ」と言ってくれた。
その時は分からなかったけど、剣から見えないものを親方は感じたんだと思う。
今だったら、少しわかる気がする。
この家にまた帰ってきたいと思う。
鍛冶屋でもある家を見ていたら、親方が玄関から歩いてきて私から3歩の距離まで近づいてきた。
口を開いて何か言おうとしては閉じ、また開いて――
言いづらそうにしていた。
私から声をかけた方が良いかなと思って声をかける。
「どうしたの?親方」
「いや…なに…ミーシャ。大きくなったな」
「…うん」
私はそれしか言えなかった。
他にも色々と話すことがあるのに。
親方も、きっと同じことを考えていたと思う。
多分、大きくなった以外にも色々と伝えたいことがあったんだろう。
分かる。分かってしまう。だって育ての親だから。
長居したら決心が鈍りそう。
寂しい思いを振り切るかのように、リコの方へ歩き出す。
後ろは振り返らずに。
リコが親方の方を一度見てから、私に視線を戻した。
「いいの?」
心配そうな顔で私を見ている。
「うん。いい。行こう」
私はリコを見ずに、一歩前へ踏み出した。
鍛冶屋からリコが拠点にしている町へは少し穏やかな登り坂が続く。
リコは私の前を歩きながら、時々後ろを振り返っていた。
どうやら、親方がまだ家の前で私たちを見守っているらしい。
リコが時々手を振っていることで、それが分かった。
登り坂が終わり、下り坂を少し歩くと、もう私の家は見えなくなる。
その場所で、私は家の方を振り返った。
寂しい。その気持ちで心がいっぱいになる。
親方と一緒に過ごせない日々があるというのが、心が締め付けられるようだった。
そして、一度でも言おうとして言えなかった言葉がある。
いつか言えるし時間があると思っていたから、まだ言えてない言葉。
親方は、自分のことは「親方」と呼べと言っていた。
私はそれを守ってきた。
でも今になって思う。
一度でもいいから、言っておくべきだった。
振り返った家の前には、親方がいて、ゆっくりと私たちに手を振っていた。
鼻の奥が痛む。親方の姿がぼやけて、遠くにいるように感じた。
私は大きく息を吸って、静かに吐いた。私の胸の奥に炎が宿った時のように。
そしてもう一度、大きく息を吸って――
「行ってきます!お父さん!」
親方に絶対に届けと言わんばかりの声を出した。
周囲にいた鳥たちが一斉に飛び、風が少し強く吹いて私の髪をなびかせた。
親方は振っていた手を止め、下を向いた。
右手で顔を覆うようにして、しばらく動かなかった。
やがて、時間をかけて私たちに顔を向け、再び手を振ってくれた。
私の両目からまるで焔の様に熱い涙が頬を伝った。
私は黙って町への道のりを歩く。
静かに、けれど力強く。
昨日灯った焔を胸に。
どんな道も、困難な道も、歩いて行ける気がした。




