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第8章 玉座の対話

― ネフェル視点 ―


漆黒の城内は、まるで別の世界だった。

高くそびえる天井には大聖堂のような装飾が施され、

その荘厳さはむしろ、不気味さすら漂わせていた。


廊下には灯がなく、壁に掛けられた無数の絵画はすべて、

かつてこの国に生きた王たちの肖像だった――その目が、すべてこちらを睨んでいるように思えた。


だが、ネフェルは歩を止めない。

その背の金色の羽は、もう迷いも恐れもはらんでいない。


(もうすぐですね)


「ええ」


“ノエル”の声に短く応じて、ネフェルは最後の扉の前に立つ。


重厚な扉には、王家の紋章が刻まれていた。

だが、その中心部はひび割れ、血のような染みが浮いている。


「……腐っているわね」


(もう、王国としての“魂”を失って久しいのです)


ネフェルが扉に手をかける。

指輪が微かに光ったその瞬間――


――ギィィ……ッ


音を立てて、扉が自ら開いた。

まるで“玉座”が彼女を迎え入れたかのように。


そして、そこにいた。


王子――アルストリア。


玉座に腰掛け、長い髪を肩に垂らし、

まるで絵画の中のような美しさで、静かに微笑んでいた。


「やあ……久しぶりだな、ネフェル」


その声は落ち着いていた。

むしろ、穏やかとすら感じるほど。


「ずいぶんと遠いところから、よくぞ来てくれた。

ようやく、会える気がしていたよ……君は、逃げたまま“終わる”ような者ではないとね」


ネフェルは応じない。

ただ剣を手に、静かに歩みを進める。


王子の前には、誰もいない。

護衛の騎士も、側近も、兵も、何もない。

あるのは、彼の狂気と、その背後に揺れる黒い炎。


「言葉はもういらぬか? まあ、それでも構わない。

だが私は、伝えておきたいのだ。君を愛していたと」


その言葉に、ネフェルの足が一瞬止まった。


「愛? あれを、愛と呼ぶの?」


「当然だ。命を、国をもくれてやるほどの感情など、愛以外にあるだろうか?」


王子は笑っていた。

しかしその目の奥にあるものは――ただの空洞。


「私は君にすべてを捧げた。

だから、君もすべてを寄越すべきだった。

それを拒んだ……なら、君のすべてを壊す権利が、私にはある」


ネフェルの瞳が、怒りに揺れる。


「……町の人たちは、ただ“私を守った”だけよ。

それを……焼いたのね。命ごと」


「当然だ。君を奪った者を罰したまで。

それが、王の権利――神の裁きだ」


「神? あんたが?」


ネフェルの声は冷たく、そして澄んでいた。


「あなたは“神”になりたくて、私を“器”にしようとした。

だけど……私はただの人間よ。

生きて、感じて、怒って、哀しんで、そして――選ぶ。

だから私は、あなたを裁く」


王子の笑みが静かに崩れる。


「そうか……ならば――見せてみろ。

“人間”の裁きとやらを!!」


その瞬間、王子の背から黒い炎が噴き上がった。

炎は人の形を模し、空間を歪ませ、王子の両腕に闇の刃を形作る。


――黒き神性。


それは、かつて王族の血が封印していた“魔性”そのものだった。


王子の声が重なって聞こえる。


「来い、ネフェル! この玉座に跪け!!」


「いいえ」


ネフェルの羽が広がる。

金色の輝きが城の空を照らし、彼女の剣がその手で輝いた。


「あなたこそ、炎の中に沈みなさい。

これは私と貴方の罪。あの人達のための――最後の火葬よ!!」


そして、二人の剣が、激突した。


狂気と祈り。

破滅と希望。

その交錯が、王城を震わせ、天空を裂く。


扉の向こうでは、誰もが知っていた。

この戦いで、王国が終わることを。


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