第7章 決着の城門
― ネフェル視点 ―
王都を包む空は、重く、曇っていた。
朝なのに、まるで夕暮れのような色。
光のない空の下で、街の石畳さえ、どこか血の気が引いたような色をしている。
ネフェルは歩いていた。
足取りは、迷いがなかった。
だが、それは強さではない。
失ったものの重さを、そのまま歩みに変えただけだった。
左手の薬指に嵌めた、小さな銀の指輪が静かに光っている。
「あと少し……」
誰に向けた言葉でもなかった。
けれど、彼女の中にある“誰か”が、静かに応える。
(ええ、もうすぐです)
“ノエル”。
彼女の中にいる、もう一人の声。
ネフェルは何も尋ねなかった。
ただ進んだ。
町の門を越えたとき、兵士の影はなかった。
王都に近づいても、誰一人、門を守る者はいない。
「……誰も、いないの?」
(もう、この国は“王子の国”ではなくなったのです。
王子は、王となることを捨て、魔王になろうとしています)
「魔王に?」
(ええ。ですが、その器には“心”がありません。
狂気と欲望で作られた王――)
「なら、その王子は……もう人ではない。と?」
(……はい)
石造りの城門が、見えてきた。
重く閉ざされたはずの門は、なぜか半分だけ開いていた。
まるで、彼女が来るのを“待っていた”かのように。
「……罠ね」
(ええ。でも、罠ごと貫けるでしょう? あなたなら)
ネフェルはうなずいた。
両腕には今、誰かの剣が握られている。
あの日、町で拾った名もなき剣。
刃こぼれだらけで、歪んだ鉄の塊のようなそれが、彼女の力に反応して光を帯びていた。
歩を進める。
剣を引きずるその音が、城門に反響する。
風が吹くたび、彼女の背の“金色の羽”が揺れる。
やがて――
城の大扉の前に立つ。
その扉の前には、誰かが立っていた。
黒衣の騎士。
かつて王子に忠誠を誓った、最後の騎士団長だった者。
「ここより先は、神の聖域。
罪人と死者と、過去を背負う者は通せぬ」
かすれた声。
鎧にはひび割れ。
だがその両眼だけは、鋭く光っていた。
ネフェルは、ゆっくりと剣を構えた。
「私は、過去を背負いに来たんじゃない。
未来を、変えに来たのよ」
騎士は一瞬、口元を動かした。
それは、笑ったようにも、哀れんだようにも見えた。
「ならば、その剣で示してみせろ。
貴様が“天使”ではなく、“人間”であるという証を」
風が止んだ。
空気が張りつめ、剣と剣が火花を散らす。
一瞬。
ネフェルの剣が疾走し、騎士の刃が防ぐ。
その瞬間、二人の周囲に雷鳴のような衝撃が響いた。
剣戟が鳴るたび、彼女の羽が煌めき、
黒き騎士の剣が弾かれるたび、過去の血が滲み出る。
だが、ネフェルの目に映るのは、ただひとつ。
――あの、王子。
玉座で笑っている姿。
「……この剣は、皆の命と、願いの重さだ」
剣が赤く燃える。
あの日、町を包んだ炎と同じ色。
彼女の髪と、同じ色。
「……だから――私は、もう迷わない!!」
叫ぶと同時に、ネフェルの剣が騎士の防御を貫いた。
時間が止まったかのように、風が静まり――
鎧が裂ける音が響いた。
騎士は、剣を落とし、崩れ落ちた。
だがその顔には、どこか微笑が浮かんでいた。
「……人で、あるか……なるほど……」
それを最後に、静かに意識を閉じた。
城門の奥。
漆黒の回廊へ、ネフェルは踏み出す。
(あなたの歩みは、もう止まりません)
ノエルの声が、胸に染みる。
「行こう。終わらせるために」
踏みしめる石の感触は冷たい。
だが、彼女の心は熱かった。
これは、復讐ではない。
これは、救済でもない。
――これは、罪を裁くための戦い。




